第29話 大草原に平和を
「バートルーーー!!」
セルジの怒号が響く。
くそっ!
俺としたことが…。
こんなタイミングで攻撃してくるなんて!
「これは…サンドワームか…!!」
バゼルが臨戦態勢を取る。
俺はサンドワームと呼ばれた魔獣を見た。
いや、
集落の地面から突如顔を出したもの。
いやいや、こりゃ顔を出したなんてかわいいもんじゃないな。
それは、一言で例えると巨大なミミズ。
あまりにもでっかいミミズ。
黄土色をしたその長い長い体は、まるで3階か4階建てのビルの如くそそり立つ。
最も怖いのは、恐らく顔の部分?なんだろうが、深々とした緑色の眼と思われる器官がまばらに、かつ複数備えられており、口には不揃いでギザギザのおびただしい数の牙。
これを魔獣と言わずして、何と言おうか!
ごめん、正直言ってめちゃ気持ち悪いです!
「父さん!サンドワームってのは、砂漠の魔獣じゃなかったのかよ!?」
剣を抜き払い、既に戦闘モードに突入しているホランも叫ぶ。
「その筈だがな…。その巨大な体に周辺の水という水を取り込み、砂漠のオアシスですら枯渇させちまうやっかいな魔獣よ!…しかしそれがなぜこの集落に…」
バゼルも戸惑いを隠せない。
砂漠。
水、枯渇。
成程…読めてきたぞ…?
(つまり誰かが、
すると、枯れた湖の底にあったあのでっかい穴は、こいつの住処だったんだな…。
俺は倒れているバートルと、必死に止血措置をするセルジを見た。
恐らく、先程セルジを庇った時のことだろう。
バートルの左腕は、付け根の部分から歪な形に喰いちぎられていた。
セルジの必死の止血措置が功を奏したのか、バートルは意識を失ってはいるものの、その出血量は、若干マシになってきている。
しかし重篤な状態であることに変わりはない。
「セルジ!しっかりしろ!来るぞ!!」
俺の叫び声に咄嗟に振り向くセルジ。
だがサンドワームは、俺の声を一蹴するように、その黄土色の肉体をうねらせ、さながら超巨大な鞭のごとく、セルジとバートルに襲いかかった。
ガギィン!!
間一髪。
ホランがセルジとバートルの前に立ち、その攻撃を防いだのだ。
その前に、すぐさまバゼルも並び立つ。
「させるかよ!」
「我が息子らには、これ以上一歩たりとも近寄らせん!」
流石はブリヤートの戦士。
なんという気迫。
俺はさらにセルジに向かって叫ぶ。
「しっかりしろセルジ!何のために特訓したんだ!!お前が最前線でバートルやホランを守ってやらねぇでどうすんだ!!」
俺も思わず地が出てしまったが、今は構っている暇はない。
俺の呼びかけに一瞬目を丸くするも、すぐに冷静さを取り戻したセルジ。
バートルの身体をそっと地面に下ろす。
「バートル、すぐ戻る。しばらく耐えてくれ」
小さくそう呟くと、セルジは自らの肉体に身体強化を施し、サンドワームと対峙した。
「レイン…父上も、ここは手を出さないでくれ…!ホランはバートルを頼む。必ず…必ず俺の手でコイツを仕留めて見せる!」
セルジはそう叫ぶと、深く腰を落とし、水の魔力を練り込み始めた。
「くらえ化物め…!ナイアガラの川下りぃ!!」
ドッバアァァァ!
セルジの右手から激流の如き水が放出された。
だが。
『ギョアアアアアアア!』
サンドワームは不気味な鳴き声を上げるとともに、まるで自らの体が裂けたように大きく口を開き、セルジが放出した水の先端に凄いスピードで顔の部分を当てると、そのまま全ての水を飲み込んでしまった。
「なに…!?」
今度は逆にセルジに向けて振り下ろされる、巨大な槌のようなサンドワームの顔。
間一髪、セルジはそれを後方に飛んで躱した。
『ギョアァァァァ…』
攻撃が当たらず苛ついているであろう敵。
だがセルジの方も息が荒い。
「はぁ…はぁ…くそっ…魔力が…」
セルジに魔力を分け与えることもできるが…。
「セルジ!よく考えてください!!大きな水の流れを飲み込まれてしまうなら、
「はぁ…はぁ…飲み込ませないように…?…はっ!そ…そうか!」
セルジは1つの答えに辿り着く。
やったれ、セルジ!!
「はぁ…はぁ…ふぅー…」
呼吸を整えるセルジ。
最後の水の魔力を練り込んでいる。
サンドワームも隙を窺っているのだろう。
間も無く次の攻撃が来るぞ…。
「飲み込めるものなら、飲み込んでみろ…!」
そう言うとセルジは両手を前に出し、10本の指をサンドワームへ向けた。
「いけ!ナイアガラの水飛沫!!」
そう叫んだセルジ。
サンドワームに向けて、両の指全てからビー玉程度の大きさの水球を次々に撃ち出す。
その1発1発はなかなかの威力だ。
『ギョア!?ギョアアアア!!』
小さな水球を幾つか飲み込んだものの、体中に襲いかかる水球になす術もなく、次々に撃ち込まれるサンドワーム。
あたかも弾丸と思しき水球の攻撃が止む。
ボロボロのサンドワームは、それでも最後の抵抗を試みようと、セルジに狙いを定めた。
…が、そこにセルジの姿は無い。
上だよ?
遅れて気付き、その気配に上を見上げるサンドワーム。
だがもう遅いね!
「でやあぁぁ!!」
セルジはバートルの斧を天高く振り上げ、頭の上からサンドワームを激しく切りつけた。
『ギョアアアアア……!!』
ドシーーン!!
顔部分を根元からほぼ切断されたサンドワームは、青い血飛沫を上げながら、轟音とともにその巨体を横たえた。
「ふぅ…討ち取ったぞ!」
わああああああああ!!
集落中から歓声が上がった。
「よくやった…。強くなったな、セルジよ」
「はい…ありがとうございます、父上」
2人の様子を少し離れた場所から見ながら、ホランも微笑んでいる。
バートルの元へは集落のみんなも駆けつけており、どうやら一命は取り留めた様子だ。
(普通はこれでめでたしめでたしなんだけどな。
「すぅ…はぁ…」
俺は1つ大きく深呼吸し、身体に一気に魔力を練り込み始めた。
だってほら…俺は今…、めちゃくちゃ怒ってるからな!!
「シロ、準備はいいね?」
俺は側でお座りしていたシロに呼びかけた。
『アオーーーーン!』
待ってましたとばかりに、元気に応えるシロ。
よしよし、いい子いい子。
また帰ったらモフモフしてやろうな、いやごめんなさい、むしろさせてください…。
「ど…どうしたレイン?」
疲れ切ったセルジが俺に問いかけてきた。
「だってセルジ、湖は
俺は3本の指を立て、セルジに向けた。
「…あ…!」
「ぬ!?」
俺の言葉と仕草から、即座に内容を理解し、目を見開くセルジとバゼル。
だが俺は2人に続けた。
「大丈夫です。今度は僕…いえ、僕とシロに任せてください…こういう酷いことをする奴は、ちょっと気合いを入れてやらないと…」
その瞬間。
ズボ!
ズボボ!!
『ギョルアアアアアアアアアア!!』
さっきの奴より一回りも二回りもでかい、2匹のサンドワームが地面から勢いよく飛び出してきた。
「シロ、1匹頼むよ。あとの1匹…いや、1匹ともう
『ガルルルル……ガァ!!』
シロは一旦体を低く構えると、すぐさまサンドワームに飛びかかり、交戦を開始する。
まあシロに限って心配はないだろう。
それよりも…。
『ギョッギョッギョッ…!!』
一際大きな体を揺らし、上から俺を見下ろすサンドワーム。
んん、なんだおい?
小さな俺を見て笑ってやがるのか…?
ギョギョギョって…お魚に詳しいさか○クンかよ…お前。
「君は別にどうでもいいんだけどさ…」
俺は体を不気味に揺らすサンドワームをスルーして、遙か上空へと視線をやる。
そして。
——————いた。
見つけたぞ。
俺は集落の上空を旋回する大きな鳥を見つけた。
成程。
あれは父の書斎で本を読んでた時、間違ってミルクをぶちまけた際に開いてたページに載ってた奴だ。
そう…確かあれは、砂漠の怪鳥、デザートイーグルだ。
(具体的な方法とかはようわからんが、あのデザートイーグルから、なんか別の奴の魔力を感じる…)
『ギョギョギョルアアア…!!』
サンドワームは先程と同じく、鞭のようにその巨体をしならせ、俺に狙いを定める。
もちろん、俺はサンドワームなんて気にも留めていないが。
そしてサンドワームが俺を攻撃しようとした、今まさにその瞬間。
「見てるんですよね…?聞こえてるんですよね…?」
俺は上空のデザートイーグルを睨みつけながら、小さく呟く。
それと同時に、身体に練り込んだ無属性魔力を一気に放出し、目の前のサンドワームごと、上空を旋回するデザートイーグルに強烈な威圧をぶち当てた。
『ギョ……!?』
まるで時間でも止められたかのように、瞬時にその動きを完全に停止したサンドワーム。
デザートイーグルは、一瞬その大きな羽をばたつかせ、バランスを崩したようだが、地上から遥か上空を飛んでいたためか、なんとか持ち直す。
続けて魔力を練り込む俺。
そしてさらに、分厚い鉄板でも射抜けるのではなかろうか、と思えるような鋭い視線で、デザートイーグルを睨み続ける。
『ギョ…ギョルル……』
全然気にしていなかったサンドワームだが、どうやら俺の威圧に当てられて戦意を喪失してしまったのか、俺が見ていないのをいいことに、その身をゆっくりと、出てきた穴へと沈めはじめた。
どうやら逃げ出すつもりらしい。
「どこへ行くんです?…君を逃すと元も子もないじゃないですか…」
(…拘束する。…イメージは鎖。一度絡みついたら最後、かの地獄の門番ケルベロスであろうとも逃れられないような、真っ黒な鎖…)
俺は練り込んだ魔力を、普段あまり使うことがない「闇」の属性に変換していく。
そして俺は右足のつまさきを少しだけ上げ、トンッと、軽く地面を踏みつけた。
その瞬間。
ギュルルルルル!
ギュルギュルギュル!
ガキイィィィン!!
サンドワームの周りの地面から、巨大な漆黒の鎖が幾重にも重なって突出し、瞬く間にその黄土色の肉を雁字搦めにした。
『ギョギョギョ~…』
もはやその場から全く身動きが取れなくなるサンドワーム。
俺はなおも、上空のデザートイーグルを強く、強く、睨みつけながら、ゆっくりと右手を持ち上げ、人差し指と中指の2本をサンドワームの顔部分に向けて差し出した。
そして三度、その身体に強力な魔力を練り始める。
(2本の指に魔力を集中…そのど真ん中に無属性魔力を収束…固定。指を流れる魔力のイメージは、とびっきり強力な電流…!)
俺は2本の指の間に無属性魔力を発生させると、極限まで収束させてその場に押し留める。
加えて、水と風の魔力を合成し、雷撃の魔法を構築。
そしてそれをサンドワームへ向けて突き出した2本の指に集中させて、強烈な電流をまとわせた。
側から見れば、2本の指が青白く発光しているかのように見える程。
(強烈な電流が流れれば磁場が発生する。加えてそこに挟まれている電気を帯びた無属性魔力は、凄まじい力で射出される…。そう、魔法仕立ての
「わかってますよね…?どこのどちらさんかは知りませんけど、今度こんなつまんないことをしたら…」
俺は吐き捨てるようにそう言った後、全てを解き放つ。
「…地の果てまで追いかけて、ぶっ飛ばしてやっからなぁ!!」
そう叫んだ俺は、空を旋回するデザートイーグルと、サンドワームの顔部分がちょうど一直線になったタイミングを見計らい、押し留めていた無属性魔力を解放した。
その刹那。
キィーーーーーーン!!
バシュン!
バスン!
一瞬。
まさに一瞬の出来事だった。
耳をつんざくような甲高い音が響いたかと思いきや、漆黒の鎖でつなぎ止められたサンドワームの顔部分が、木っ端微塵に消し飛んだ。
そしてさらに、遙か上空を旋回していたデザートイーグルも同じく、まるで瞬時にこの世からその存在をかき消されたかの如く、粉々に弾け飛んだのだった。
※※
「うぐあぁぁ!!?」
荒野の岩場で男は崩れ落ち、気が付けば、両手両膝をついていた。
呼吸が荒い。
身体中から吹き出る汗。
だが決して外気温からくる発汗ではない。
それは、この世全ての恐怖を体現したかのような感覚に陥ったため、本能的に流れ出た冷汗。
「はぁ…はぁ…はぁ…何だあいつは…私は何をされたのだ…?そして何なんだあの恐ろしい目は…わけのわからない魔法は…?奴は私が見えていたのか…?何故だ…?私のことが見えるはずなどないのに…」
ガチガチガチ…。
男の身体は、いつの間にか激しい悪寒を感じて震えていた。
「だが…あれは…確実に
ビュオオオ…!!
荒野に吹き荒ぶ風。
男がまとっていたローブが風にさらわれた。
バサッ…。
その時、切り立った岩場に伏した男の姿が露わとなった。
エメラルドのような美しい翠色をした長い髪が風に揺れる。
そして、先端部分が少し尖った男の両耳。
「…くそっ…!!」
男は凄まじい怒気をはらみながら、ゆっくりと立ち上がる。
蒼い宝石のような色をした両の眼を、憎悪と混沌に曇らせながら。
「…この借りは…必ず返させてもらうぞ…」
再び荒野に吹き荒れる強風。
立ち昇る砂埃。
怨嗟の言葉をその場に残し、男の姿はいつの間にか見えなくなる。
————かくして、様々な思いが交錯したブリヤートの大草原は、徐々にその平穏を取り戻すのだった。
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