第31話 エリーとお出掛けしよう!
「おにたま。エリー今日行きたいところがあるの」
ある日の昼下がり、エリーが俺の部屋を訪ねて来て、こう言った。
可愛いエリーのお願い。
そして今日の俺は部屋でゴロゴロしていただけ。
全く悩む余地など無いね!
当然2つ返事でオッケーだ。
「いいよ、エリー。兄ちゃんエリーのためならどこへなりとも、たとえ世界の果てであろうと付いて行こうじゃないか」
「ありがとう、おにたま!」
エリーの顔が一気に明るくなった。
相当に嬉しいらしい。
そんなに行きたいところがあったのかな?
…うっ…!?
ま…まさか。
まさかまさかまさか…!
か…かか…かれかれ…彼氏を紹介される…とかじゃあないだろうな…。
いけません、それはいけませんよ!!
「今日はね、お知り合いのおばあたんのところへ行きたいの。エリーご用意してくるね!」
そう言うと、トタトタと走って俺の部屋を出ていくエリー。
ふぅ…。
一先ずうちの領内で、大規模爆破魔法10連発をかます必要はなさそうだな。
「よし!最近エリーに寂しい思いをさせていた分、今日1日は、全部エリーのために使うぞ!」
ベッドから飛び出した俺は、いそいそと外出の準備をしつつ、近くで寝ていたシロを優しく撫でながら起こした。
うん、今日はいい日になりそうだ。
モフモフ。
※※
「ところでエリー、今日はどちらさんのお宅へいくんだい?」
俺は一緒にシロの背に乗るエリーに尋ねた。
「今日はね、ワットさんのおうちの近くの、コンスタントおばあたんのところへ行く日なの」
エリーは俺たちを運んでくれているシロを撫でながらそう答えた。
ワッツの家の近くのお家か?
そういえば、コンスタンツというお婆さんがそこに1人で住んでいたと記憶しているが…。
「そうなんだね。ところで今日は、お婆さんの誕生日か何かなのかい?」
俺は続けてエリーに聞いてみた。
もし誕生日とかなら、お祝いの品ぐらい用意した方がいいと思ったからだ。
だがエリーからは意外な答えが返ってくる。
「今日はね、おばあたまのとても悲しい日なの。ずっと前に、大きなおにたまが亡くなった、すごく悲しい日」
エリーは俺の方に振り返り、悲しげな目をしながらそう言うと、前を向いて黙り込んでしまった。
俺とエリーを乗せたシロは、その間も歩を進める。
…むむぅ。
今日はどちらさんかの命日なのか?
うーん…ここ最近領内でそんなお葬式あったかなぁ…?
いやいやそれよりも、そんな日に軽い気持ちで当事者の所へ行って大丈夫か…?
「エ…エリー?お兄ちゃんとエリー、今日お婆さんの家に行って大丈夫かな?今日はやめといた方がよくないかな?」
その瞬間、再びエリーが振り向いた。
「ダメ!今日はおばあたんといる!」
…!
いつも笑顔のエリーが、その大きな両目一杯に涙を溜めつつ、俺に向かってそう言い切る。
俺は優しいエリーの中に、揺るぎない強い意志を感じた。
ごめんよ、エリーにはエリーの考えがあったんだよな。
「…そっか。わかったよエリー。じゃあお兄ちゃんと一緒にお婆ちゃんの所へ行こう。そしてたくさんたくさん楽しくしてあげようね」
「うん!ありがとう、おにたま!」
パッと華やぐエリーの表情。
あらかわいい!
まあ、ここまで来たら最後まで付き合わなけりゃ兄貴じゃないよな。
うん、怒られたら怒られたで仕方ない。
その際は、ジャンピング土下座でもなんでもして、誠心誠意謝ろうではないか。
そして心地よい日差しの中、俺とエリーは、コンスタンツという老婆の自宅に到着した。
コン、コン。
エリーが優しくドアをノックする。
ギィ…。
木でできた、ちょっと古めかしいドアがゆっくりと開き、中からエプロン姿の老婆が姿を現した。
「こんにちは、コンスタントおばあたま。エリーです」
エリーはスカートの裾を両手でつまみ、しっかりと挨拶をした。
うんうん…よく挨拶できるようになったね、偉いぞ。
「こ…こんにちはー。突然すみません…」
『ワンッ』
俺もエリーに続いて少し遠慮がちに挨拶をする。
シロも吠えてご挨拶。
するとお婆さんは優しげな笑顔を浮かべ、、頭を下げて丁寧に挨拶を返してくれた。
「これはこれはエリー様、ご機嫌麗しゅう。レイン様にシロちゃんも。おやおや、今日は賑やかですねぇ。さぁさ、中へどうぞ」
そのまま中へ招き入れられる俺たち。
「申し訳ありません、あまり片付いておりませんで」
恐縮して俺たちに謝罪するお婆さん。
いやいや、こちらこそですよ、申し訳無いのは。
「おかまいなく。僕たちの方こそ、事前連絡もなしの突然の訪問、誠に申し訳ありません」
俺もお婆さんにきちんと頭を下げる。
「いえいえ、何をおっしゃいますやらレイン様。こんな婆に大切な頭を下げないでくださいまし。さあ、こちらへどうぞ」
こじんまりした家屋の中央部。
お婆さんはああ言ったが、家の中はすっきりと片付いており、手入れも行き届いている。
そして木製のテーブルの周りに置かれた椅子に、俺とエリーは座った。
シロはと言うと、エリーの隣ですぐに丸くなる。
「大した物はお出しできませんが…」
お婆さんは小さな木製の皿に入れられた、手作りのクッキーを出してくれた。
シンプルだが、とても美味しそうだ。
「ありがとう、おばあたま」
「本当にすみません。ありがとうございます」
「さぁさ、シロちゃんもどうぞ」
シロはお婆さんからお皿にミルクを入れていもらうと、さっきまでの眠そうな顔はどこへやら、嬉しそうに飲み始めた。
おぉ…?
すごい勢いで飲むな…もう空っぽかよ…。
そんな俺たちの様子を、お婆さんはにこにこしながら眺めている。
「いつも様子を見に来てくださって、本当にありがとうございます、エリー様」
「ううん、いいの。エリーも楽しのです」
ん?
エリーは時々ここへ遊びに来ているのか?
首をかしげる俺を見たお婆さんは、そのままの笑顔で俺に教えてくれた。
「もしやレイン様はご存じありませんでしたか?エリー様は領内の私のような年寄りを気遣って、時々シロちゃんと一緒に、こうして様子を見に来てくださっているのですよ?」
なんと、そりゃ初耳だ!
時々シロと出かけてるなとは思っていたが、まさかお年寄りの様子を見に行ってくれていたとは。
「そうでしたか、申し訳ありません。僕としたことが、全くエリーの行動を把握できていませんでした。妹が皆様のご迷惑になっていなければよいのですが」
とは言いながら、すぐにでもエリーをよしよししたい衝動を必死に抑える俺。
誰に言われることもなく、自らお年寄り宅を訪問して、声かけを行っていたとは…。
きゃー!
やっぱりエリーはすごいな!
さすがは自慢の妹ちゃん!!
「いえいえ、レイン様。迷惑どころか、皆エリー様やシロちゃんが来てくれるのを、それはそれは楽しみに待っているのですよ。そのお優しい心や愛らしい姿はまるで天使のようだと、皆で話しているのでございます」
えらい!
コンスタンツさんはようわかってらっしゃいますな!!
だが天使のようだではなく、マジ天使なんです!
「そうですか。それは大変嬉しく思います。本日もエリーが、どうしてもコンスタンツさんの家に行くと言って聞かなくて…。エリーが言うには、今日がどなたかの命日だったとか…。お恥ずかしい話ですが、僕は今日がそのように大切な日だとは露知らず、妹とともに訪問させていただいた次第なのです」
その直後、お婆さんは目を丸くし、驚いた表情を浮かべる。
しかしすぐに、さっきの優しい表情へと戻った。
「そうですか…そうだったんですか。やはりエリー様はお優しい方ですね。こんな年寄りの些末な事情にまで心を砕いてくださっていたなんて…。ああ、まさか共にあの人のことを偲んで頂けようとは、まるで夢のようです…」
お婆さんは持っていたハンカチで目頭を押さえ、涙を拭いた。
そこへエリーがトタトタっと駆け寄り、お婆さんの頭を撫で始める。
「いい子いい子です、おばあたま。どうか元気を出してくだたい。笑っていてくだたい。ハロルドおにたまも、きっとそう言うと、エリーは思うのです」
「……!!…うぅ…エリー様…ありがとうございます…ありがとうございます…!ええ、ええ、そうですね…優しかったあの人は、きっとそう言うでしょうとも…」
エリーの慈愛に満ちた所作と、その優しい表情に、ついに嗚咽を漏らしてしまうお婆さん。
それにしてもハロルドおにたまとは…??
口振りから察するに、もしや亡くなった旦那さんの名前か…?
いや…マジですごいなエリー。
俺も知らない領内のことを、そこまで詳細に把握しているとは!
「おばあたま、おにたま。エリーはお紅茶をもってきたの。おにたまから貰った、とても心がホッとするお紅茶よ。みんなで飲みましょう。えへへ」
エリーはそう言うと、肩から提げていた可愛らしいポーチからお茶っぱを取り出した。
おお、これはエルフの村で貰ったやつだな。
なんと用意のいい!
「…あら、エリー様、もしやこれは貴重なものではないのですか?…こんな老婆が飲むには些か以上にもったいのうございますよ」
まだ目が少し赤いが、落ち着いたお婆さんは、エルフの茶葉をそっとポーチに戻そうとした。
そこで俺は言った。
「問題ありませんよ、この茶葉は試供品として無償で提供を受けたものですから。コンスタンツさん。今日はぜひ、エリーの気持ちを汲んで、ともに紅茶を飲んではいただけないでしょうか?」
お婆さんは少し戸惑った様子ではあったものの、エリーの気持ちを理解してくれたのだろう、快く了承してくれた。
「…わかりました…ではせっかくなのでご馳走になりましょうかね。エリー様、ありがとうございます」
お婆さんは優しい笑みを浮かべ、エリーが持参した茶葉でおいしい紅茶を淹れてくれた。
そしてそれからしばらくの間、俺たちはお婆さんとともに、他愛のない話などをしながら、楽しい時間を過ごした。
俺自身も、こんなにゆっくりとした時間は久し振りだった。
※※
「ではエリー、そろそろお暇しようか。あまり長居してもご迷惑になるからね」
俺はエリーに帰宅を促す。
「はい、わかりました、おにたま。ではおばあたん、お邪魔いたました」
エリーは来た時と同じく、スカートの裾をチョンと摘んで、丁寧にお辞儀する。
「いえいえ、今日は本当に楽しい時間をありがとうございました。素晴らしい紅茶まで頂いてしまって…。きっとあの人も…ハロルドも喜んでくれております」
扉の外で俺たちを見送るお婆さん。
俺はエリーを先にシロに乗せ、お婆さんに最後の挨拶をする。
「今日は本当にありがとうございました。無理に押し掛けてしまって…。あなたにとって、とても大切な日だったでしょうに」
申し訳なさそうな顔の俺を見て、お婆さんはゆっくりと首を横に振りながら、優しく微笑んでくれた。
「いいえ、レイン様。あの人が亡くなってもうずいぶん経ちますが、今日程温かい気持ちになった命日はありませんでした。これも一重に、エリー様やレイン様のお陰です。本当にありがとうございました」
お婆さんは深々と頭を下げた。
「そう言っていただけると救われます。それでは失礼いたします」
そう告げた俺は、エリーとシロの元へ戻ろうとした。
その時、少し間を開けて、お婆さんはもう1度俺に声を掛けた。
しかし俺は、この後、コンスタンツの口から聞かされた言葉に絶句することになる。
「…レイン様。ただ…1つだけ不思議なことがありまして…。エリー様は何故今日という夫の命日や、ハロルドという夫の名前をご存知だったのでしょうか…」
頬に手の平をあて、不思議そうに首をかしげて考え込むお婆さん。
「…どういう意味でしょうか?おそらく父上や母上から聞かされたのだと思いますが?」
ん?
どういうことだ?
最近お葬式があったんじゃなかったのか?
「そうですか…けれど不思議なんです…。夫が亡くなった時、私はここには住んでいませんでしたから…」
んん?
なんか話が噛み合わんな…。
住んでなかったとは?
「と、おっしゃいますと?」
俺は片眉を上げ、首をかしげた。
そして。
「いえ…夫ハロルドが亡くなったのは、今から50年以上も前のことだったものですから…」
…なっ…。
「そしてその時、私と亡くなった夫は、今のグレゴリウス帝国の前身である、グレゴリウス皇国に住んでいましたし…不思議なこともあるものだな…と」
…なんだってー!?
俺の驚愕をよそに、エリーはシロの背中に乗りながら、その頭を何度も優しく撫でていた。
※※
コンスタンツの家からの帰り路。
少し日が傾き始め、お腹も空いてきた。
俺の前に座るエリーは少し眠そうだ。
「なあエリー、1つ教えてほしいんだけど…」
「…なぁに、おにたま?」
眠そうに目をこすりながら、エリーがこちらを向く。
「エリーはどうして今日がお婆さんの大切な日だってことや、亡くなったハロルドさんのお名前を知っていたんだい?父上や母上に聞いたの?」
「ううん…小さな子たちが教えてくれるの」
小さくそう言いながら、首をこっくりこっくりとさせ、エリーは眠そうだ。
「へえ、そうなのか。ところで、小さな子たちとは誰のこと?」
「うん…とても小さな子たちで…エリーの大切な…お友達…な…」
スー、スー。
遂に耐えきれなくなったのだろう。
エリーは俺に寄り掛かると、そのまま眠ってしまった。
無理もない、エリーはエリーで気を遣っていたんだろうしな。
「しかし、小さなお友達とは一体誰のことなんだろう…」
俺はエリーの方を見た。
ふわっふわの巻き毛を少し風に揺らしながら、気持ちよさそうに眠る我が妹。
シロもできるだけ揺れないように歩いてくれている。
「ははは。うちの家族はみんな優しいな」
まあいいか。
領内のお年寄りたちも喜んでくださっているということだし、ご近所の方々の噂話を、エリーが無意識に聞いていたという可能性もある。
(小さなお友達、というエリーの言葉が、少し気にはなるけどなぁ)
頬を揺する優しい風が吹く。
俺は大切なエリーの頭を撫でながら、ゆっくりと、家路を辿るのだった。
※※
過ぎて行くレインたちの少し後ろ。
優しい光がふわふわと揺蕩う。
もちろん誰にも見えない神秘的なその光。
今はただ1人、エリーを除いては。
『クスクス…今日もエリザベートは優しかったね』
『そうねそうね…エリザベートは優しかった』
『クスクス…今日はレインフォードも一緒だったね』
『そうねそうね…レインフォードも一緒だった』
『クスクス…これからもかわいいエリザベートを助けてあげないとね』
『そうねそうね…かわいいエリザベートを助けてあげましょう』
弾む声でお喋りを交わした小さな光は、だんだんと見えなくなっていく。
そして楽しそうな2つの声は、いつしか風のささやきへと溶けていくのだった。
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