第26話 セルジ強化計画

「ではレイン殿、枯れた湖の視察、そして…セルジのこと…、よろしく頼んだぞ」


「兄貴…がんばれよ!うまい晩飯用意して待ってっからな!」


「あぁ、頑張ってくるよ!」


「それでは行ってまいります」


 俺とセルジは昨晩集落に戻った後、バゼルやホランと今後の話をした。

 そこで俺はバゼルやホランから、セルジの魔法使いとしてのレベルアップを図るべく、厳しい特訓を行うことの了承を得たのだった。


 バゼルやホランは、昨晩けっこういいペースで飲んでいたため、ちゃんとセルジの特訓話を憶えているかどうか心配だったが、どうやら杞憂だったようだ。

 あと、俺とセルジが急に仲良くなったことにも驚いていたが…。

 まあちょっと青春みたいで恥ずかしいから、その辺のやり取りは内緒ね!


 しかし2人とも酒に強いんだなぁ。

 俺ならあれだけ飲んだら、布団に入って朝まで直行コースだわ。

 まあなんとなく遊牧民って、なんぼでも飲みまっせ!って感じがするしな。


 そしてテントを出た俺は、いい子で待っていた今日もいいモフモフ具合のシロに颯爽と跨る。

 セルジも同じく、自らの地龍に跨った。

 この間うちに来ていた時と同じ地龍かな。


『ワンワン』


『ゲギャアゲギャア』


 コミュニケーションを取っているのかどうかはわからないが、シロと地龍が喧嘩を始めるようなことはなさそうだ。

 お互いに鼻を近づけて、匂いを嗅ぎ合っている。

 よろしくのご挨拶?


「ではセルジ殿、行きましょうか。まずは枯れてしまったという湖を見てみたいので、そちらへお願いしますね」


「承知した。ところでレイン殿、俺のことはセルジとそのまま呼んでもらえないか?これから俺はレイン殿に教えを乞う立場であるし、そこはケジメをつけておきたい」


 成程。

 別に気にしなくてもいいのに。


「わかりました、セルジ。では僕のこともレインと呼んでください。丁寧な言葉遣いも不要です」


「いや…しかしそれは…」


 逆に戸惑いを見せるセルジに俺は続けた。


「お互い大事な妹を護るため、兄貴同盟ってことでどうですか、セルジ?」


 セルジは少し目を丸くしたが、やがて笑みを浮かべる。


「ははは。いいな、それ」


「よし、決まりですね!じゃあ行きましょうか、セルジ」


 昨晩からこんなやり取りをするうちに、セルジとは自然と仲良くなれたような気がした。

 こっちの世界に来て、男の兄弟もいなかったし、なんか友達ができてみたいで、俺は少し嬉しかった。


 そして俺とセルジがいよいよ出発しようとした、その矢先。


「おい、待ちな…」


 俺たちの前に、眉間にしわを寄せ、青い顔をして睨みつけるような目で立ちふさがる男がいた。

 バートルだ。


 セルジは地龍に跨ったまま、バートルを見下ろす。

 バートルは口を横一文字に結んだままセルジを見つめ、しばらく何も話そうとしない。


 なんだなんだ?

 また喧嘩でも売りに来たのか?

 俺はそう思っていたのだが、次の瞬間に惨劇が…。


「セルジ、おま……うっぷっ!…オエエエェェ…」


 ひえええ!?

 いきなりゲロ吐きだしたぞ!?

 だ…大丈夫かバートル!?


「バートル…お前は酒に弱いくせに、また飲みすぎたのか…?」


 ただの二日酔いかい!!

 ついさっき俺は、遊牧民は酒に強い説を提唱したばかりだというのに。

 あの感慨深い時間を返せ!


「聞いたぜ…。お前…魔法の特訓…うぷっ…するらしいなぁ…」


 バートルは四つん這いの姿勢で口を拭いながら、息も絶え絶えに話す。

 その酷い光景を見かねた俺は、軽い水魔法でぽよんぽよんの小さな水球を作り、バートルの口元に運んでやった。


「おぉ…?…ゴクッゴクッ…ぷはっ…うめぇ。す…すまねぇな…ちっこい魔法使いよぉ…うぷ…」


 まだまだ青い顔をしているが、少し気分が良くなったのか、バートルはふらふらと立ち上がった。


「セルジ…お前…魔法の特訓するらしいなぁ…。あれ?…これはさっき言ったっけ…?まあよぉ…せいぜい頑張るんだな…魔法使いのお前なんかが、強くなれりゃいいけどな…」


 セルジは真っ直ぐにバートルを見据えながら、言葉を返す。


「強くなって見せるさ。必ずな…!」


 対するバートルは、ニヤリと笑う。


「へっへっへっ…オェ…楽しみにしてるぜ。そんときゃ俺と、もう1回勝負しろよ…セルジ…」


 一陣の乾いた風が吹き抜けた。

 場が緊張感に包まれる。

 若干ゲロ臭いのがしまらないが…。


「あぁ…勝負しよう。…必ず勝ってみせるさ!」


 セルジは右手で拳を作り、バートルの前に突き出した。


 おいおい、真面目か。

 もっと突っ込むべきとこがあるだろうが。


「へっ…期待しないで待って…うぷっ…オエェェ…」


 再び四つん這いになって嘔吐するバートル。

 ついには完全にダウンして大の字になり、その場で仰向けに寝そべってしまった。

 そしてバートルがいつも乗っていると思しき地龍に、パクッ!と頭をくわえられ、そのままズルズルと引きずられて連れて行かれる。

 なんてシュールな光景なんだ!


『クゥーン…くしゅん!』


 すまんシロ…お前の鼻にこの臭いはこたえるよな。


「じゃ…じゃあ行きますか…」


 なんかいきなり疲れてしまった…。

 いっちょやったるぜ!って気持ちが一気にしぼんじゃったよ…、はぁ。

 …うぷ…なんか俺も貰いゲロしそうになってきた。


「俺は…必ずお前に…勝つ…!」


 頭を地龍にくわえられたまま退場していくバートル。

 拳を突き出したまま、それを熱い視線で見送るセルジ。


「もう家に帰ろっか…?」


『ワォーン…』


 そんなことを真剣に考えてしまう俺たちであった。

 モフモフモフ…。


 ※※


「おぉ…ここが…」


 今、俺とセルジは大きな湖の前にいた。

 正確に言えば湖だった・・・場所だが。


 シロとセルジの地龍は、すぐにその場でゴロンと寝転び、日向ぼっことうたた寝を始めた。

 いいなぁ…。 

 というか、仲いいなお前ら。


 おっと話を戻そう。

 つい最近まで湖だったであろう場所。

 そこは東京ドームが5、6個は軽く入りそうな大きな湖。

 そしてそこから長く連なる、大きな川が流れていたのであろう巨大な溝。

 また、湖の岸壁には、水の高さまでの痕跡がくっきりと残されている。


(うーん…?特に急激な気候変動があったわけでもないのに、こんなに大きな湖の水が突然枯れることなんてあるもんなのか?…どうも何か意図的というか、きな臭いものを感じるな…)


 ん?

 なんだあれ?


 俺がふと湖の底の部分に目をやると、そこに黒い大きな穴がぽっかりと開いているのが見えた。


(なんだあの穴…?湧水が噴出していた場所かなにかか?でもそれにしては、なんとなく違和感が…)


「…どうだ、何かわかりそうか?レイン」


 セルジは心配そうな顔で湖を見つめる。


「え…?うーん…すみません、今の段階ではなんとも…」


 まあいずれにしても、現段階では下手なことは言わない方がよさそうだ。

 情報が足りなさすぎる。


「原因はまだよくわかりませんが、とりあえず湖の水はなんとかなりそうです」


「ほ、本当か!?湖や川に再び水が戻って来るのか!!?」


 セルジは前のめりになって詰め寄ってくる。

 その目には期待と不安が入り混じっている。


「いえ、湖の水が突然戻ることはありませんよ。けどどうせ戻らないなら、こちらの方から湖に水を注ぎ込めばいいじゃないですか」


「え…?それは…どういう…」


 セルジが言い終わる前に、俺は清い水の流れを強くイメージしつつ、身体に水の魔力を練り込みはじめた。


(これだけ湖が大きいと、手から蛇口みたいに水を出してたんじゃあ時間がかかりすぎる…。ならば俺がイメージするのは、ズバリ……滝だ!)


 俺は、かつて生きていた地球で、世界三大瀑布とも謳われたナイアガラの滝を強く思い起こす。

 あれぐらい水がドバドバっと流れていたら、わりとすぐに湖の貯水量は回復できるだろう。

 滝のイメージはきっと完璧…!

 …けどごめん、実際に行ったことはないんだ、てへ。


 そして俺は、練り込んだ魔力を右の手の平に集中させ、ゆっくりと開放する。

 するとその上に、バレーボールの大きさぐらいの水球がふんわりと顕れた。


「…!」


 ゴクリ…。

 突然のことにセルジは目を大きく見開きながら、俺の魔法の行方を見守る。


 俺はふよふよと浮遊する水球を、そのまま湖の中心部まで移動させ、次にそこからやや上昇させた。

 そして。


「それっ」


 ザッバーーーーーーーー!

 ドドドドドドドドッ……!!


 俺の掛け声とともに解放された魔力は、膨大な量の水を一気に放出しはじめた。

 湖のやや上空に浮かんだ水球から、四方八方に物凄い勢いで流れ出る水、水、そして水。

 生まれてからずっと草原に暮らし、滝など見たこともないセルジにとっては、まさに青天の霹靂。


「んなぁ…!?なんだあれは…!!?」


 セルジがその場にペタンと尻もちを着いた。

 俺はへたり込んだセルジの方へ向き直る。


「手から水を出しっぱなしにしたんじゃあ時間がかかりそうでしたので、この方法を取りました。まあ湖の問題はこれで解決できるのではないでしょうか?湖は全部で3つでしたっけ?それらも同じように自動で水を注ぎ込みましょう!名付けてナイアガラ作戦です!」


「そ…そもそも…手から水を出しっぱなしに…という意味がわからんのだが…。ところで、な…ないあがら…?ないあがらとは何だ、レイン?」


 セルジは呆然としながらも、なんとか言葉を絞り出す。

 ナイアガラってのはね、超有名なでっかいな滝のことさ!

 1度見せてやりたいぐらいの絶景だぜ?

 行ったことはないがな!!


「僕の故郷にはね、物凄く大きくて、水がどんどん流れるナイアガラの滝という名所があるんですよ」


 俺は腕を組み目を閉じて、うんうんとうなずきながら、懐かしい地球の風景を思い出す。

 セルジはそんな俺の方へ、ゆっくりと顔を向けた。


「そ…そうなのか…。ナイアガラの滝…。エリーゼ地方にはまだまだ凄まじい場所があるんだな…」


「あっ…!こ…故郷と言っても、あの…うちの領地じゃないと言うか…」


 しまった。

 俺はついつい、地球のことをイメージして故郷だなんて言ってしまった。

 今の俺の故郷は、プラウドロード男爵領だったぜ。

 失敗失敗。


「そうか、すまない。余計な詮索をした」


「いやいや、謝らないでくださいよ。ちょ…ちょっと勘違いしただけですから」


 俺はセルジに手を差し伸べると、セルジも俺の手を取り、スッと立ち上がる。


「さぁ、そんなことよりも。これから魔法の特訓を始めましょう」


「お…おぉ…早速か!!よろしく頼む!!」


 真剣な眼差しで俺を見つめてくるセルジ。

 真夏の太陽のようなギンギンギラギラした目だ。


 うぅ…。

 実は昨日勢いで、強くなろうぜ!なんて言っちゃったけど、実際は完全にノープランなんだよな…。

 すまん…。

 だってほら、人に魔法を教えたことなんてないんだもの!!

 けどさ、同じ妹を持つ身としては、力になってあげたいって思うじゃん!


「そうですねぇ…ではまず…うーん…まず……あっ、セルジの魔法を見せてください!できる魔法を全部ですよ!?」


 しめしめ…。

 これで少しは考えを巡らせる時間が…。


「魔法は1つしかできないんだ…。水魔法1つだけ…」


 ズコー!

 1個だけかいー!

 ま…まあいいや、何もないよりマシだ。


「そ…そうですか。いいじゃないですか。1つの魔法をとことん極めるというのも、僕は素晴らしいことだと思いますよ?」


「そ…そうか…。では早速使ってみるぞ」


 セルジが目を閉じて右手を前に出し、その二の腕辺りに左手を添えつつ、魔法の詠唱を始めた。


「…わ…我は望む。清き水の恵みがもたらされんことを…ピュアウォーター!」


 ぽよん。

 ぱしゃ。


 セルジの右手から、小さな水が出たかと思うと、それはすぐに地面に落ち、小さな染みを形作った。


 ん?

 んん?

 今のは…?


「あの…これは…?」


 俺は地面の小さな染みをみながら、セルジに問いかけた。


「…こ…これが…俺が唯一できる…その…魔法だ」


 なんだかモジモジしながら、最後の方は聞き取れないくらい小声になったセルジ。

 成程なるほど…。

 こりゃ自信も無くなるわな。


「…や…やはりダメか!?俺は父やホランのように強くはなれないか!?」


 俺に縋り付いてくるセルジ。

 う…産まれたての仔鹿みたいな目をするなよ…、あの決意の眼差しはどこいったんだよ!


「ま…まあ、きっと大丈夫です…よ?」


「なぜ最後が疑問形なんだ!?」


「まあまあ…。まずは少し見方を変えましょう」


 あまりにかわいい魔法で出鼻をくじかれたが、俺たちがやるべきことの道筋は何となく見えている。


「セルジはこの魔法を何回ぐらい使い続けられるんですか?限界の魔力量を知りたいのですが」


 俺はふとセルジに問いかけた。


「使い続ける分には、丸1日ぐらいは十分いける。現に集落のみんなのために、ヘトヘトになって倒れるまで、いつも水を出し続けていたからな…無論それでは全く足りなかったが…」


 セルジは自信なさげに、また小さな声で答えた。


「おぉ?丸1日ですか?それはなかなかいいんじゃないですか?」


「そ…そうか?集落ではほどんど魔法を知る人間がいないから、俺はよくわからないんだ…。この魔法も自分が魔法使いなんじゃないかと思ったとき、父が持っていた古い魔法の本に書いてあったのをやってみてたまたま覚えただけだし…」


 成程なるほど。

 そうやっていつも限界まで魔法を使い続けていたならば、魔力量は期待が持てる…のかな?

 しかし、本当に魔法のことには無頓着なんだな、ブリヤート族は。


「わかりました。うん。まず結論から言いましょう!セルジ、あなたは魔法使いです!」


「それは知っているぞ。改めてそう言われると、これはまた…」


 いちいちしょんぼりするセルジ。

 まあまあ、そんなネガティブにならずにさ。


「すみません、言い方が悪かったですね。正確にはセルジだけでなく、あなたの家系ですよ。バゼルもホランも、すごく強かったっていうおじいさんも、みんなみんな魔法使いだと思いますよ」


 セルジに軽く事実を伝える俺。

 俺の考えが正しければきっと…。


「そんなばかな!?あり得ない!!彼らは皆誇り高き戦士だぞ!あの強さが魔法使いであるはずが…」


 セルジは強くその事実を否定する。

 当然だ。

 これまで自分が歩んできた道、そして信じてきた事実を根底から覆すのだから。


「けれど事実ですよ、セルジ。あなたが強くなるには、まずそこから理解してください」


「しかし…突然そんなことを言われても…」


 視線が真っすぐ定まらず、右往左往させるセルジ。

 そんなセルジに、俺は右手の人差し指をピッと立てながら、ニヤリと笑う。


「言ったでしょう?だからこそ・・・・・強くなれるんじゃあないですか」


 セルジは俺の言葉にハッとして、額に汗をかきながらまたもや、ゴクリと唾を飲み込んだ。


 俺の魔法で作られた水球から、とめどなく湖に流れ込む水。

 その流れ落ちる水が、休むことなく響かせる重低音。

 それは立ち昇る霧のような水飛沫とともに、いつまでも、力強く鳴り響いていた。

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