第24話 地龍に乗る男
…ドドド…
ん?
最初は風の音かと思った。
俺が魔法で作り出した水に沸く、ブリヤートの遊牧民族。
その集落へ向けて、遠くから響いてくる地鳴りのような音。
んん?
なんか音聞こえない?
霧雨が止んだ後も、未だ残った弧を描く幻想的な虹。
その情景において、あまりにも似つかわしくない轟音。
ドドドドドドドドドド!!
音はどんどんこちらへ近づいてくる。
おいおい、これは風じゃないぞ?
なんだなんだ!?
俺は音の響いてくる方、つまりは村の入り口の方へ目をやる。
そこから遠く俺の視線の先に見えたのもの。
あれは………地龍か!?
しかも1頭や2頭ではなく、少なくとも30~40頭はいるぞ。
なんて迫力!
「賊かーーーーー!!」
そして、一際速い一頭の地龍。
その地龍の上には、筋骨隆々の若い男が乗っているのが見えた。
何やら大声で叫びながら、こちらへぶっ込んでくる。
「…いずこの賊かぁ!!貴様ぁ!!?」
男は俺の姿を見るや、騎乗している地龍を急速に方向転換させ、今度は俺の方へと猛進してきた。
あれ?
あれあれ??
もしかして、なんか勘違いしてやしませんかね!?
男はそう叫ぶや、腰から提げた巨大な斧を右手で抜き放ち、なんと乗っていた地龍から飛び降りるように、高く跳躍。
そして空中で右手に把持していた斧を天高く振り上げると、落下の勢いそのままに、俺の方へ向かってくる。
…おい冗談だろ!?
「うおりゃああああ!!」
物凄い形相で迫り来る男。
これは漫画とかでよくあるように、俺の顔の前で斧を寸止めして、「貴様ぁ、なぜ避けぬ?」「…ふっ、お前の一撃に殺気がなかったゆえな…」なんて言い合うような展開じゃあない。
っていうか寧ろ、殺気しか感じねぇよ。
このままだと確実に首ちょんぱだよ!?
「ま…待て…!!やめんか、バートル!!」
「………!」
バゼルが必死の形相で叫ぶ。
セルジは目を閉じてうつむき、何やらブツブツ呟いている。
いかん。
このままでは、左うちわ食っちゃ寝生活を満喫できないまま、終わった!第一部完!になってしまう。
そんな事態は断固阻止だ!
俺は直立不動のまま、瞬時に無属性魔力を集中・循環させ、身体の強化を行う。
母の強化ケツビンタが、頭と尻をよぎるのはご愛嬌だ。
そして凄まじい勢いで、俺に向かって振り下ろされる斧。
その場にいた誰もが突然の惨劇に目を覆った…が。
その瞬間。
ガキィィィン!!
「…むぅ…!!?」
激しい金属音とともに、男の声が響く。
俺の首と胴体がサヨナラし、13日の金曜日に現れるホッケーマスクおじさんも真っ青な、ホラー映画さながらの光景がそこに…というような事態に陥ることはなかった。
なんとそこで俺の目に映ったのは、先程まで俺と話をしていたホランが剣を抜き、俺を庇うように、バートルと呼ばれた男の強烈な斧の一撃をその細腕で受け止めているという、あまりに荒唐無稽な状況だったのだ。
(…おぉ、助かったぁ。しかし、これはまた…)
「…バカバートル!なにやってんだお前!」
ホランは自らの剣で、しっかりと巨大な戦斧を受け止めたまま、バートルを怒鳴りつけた。
バートルも負けじと返す。
…が、斧を持つその腕は、ホランの剣圧に押され、小刻みに震えている。
「…なんで止める…!?…遠くから集落が真っ白になってる様子が見えたぞ!!…帝国の奴らでも攻め込んで来たんじゃねえのかよ!?」
そしてホランが再び口を開こうとした瞬間。
「バッカモーーーーン!!」
ゴキュ!!
「あ痛ぁ!!?」
物凄い音とともに、バゼルがバートルの頭に拳骨を落とした。
思わずバートルは斧を取り落とし、頭を押さえながら両膝を着く。
ひえぇ…大丈夫か…?
族長のあの拳…下手な鈍器で殴られるより痛そうなんだが…。
「いってぇ………。ちょっ…何しやがるんだ…族長…」
バートルは涙目でバゼルの方を見る。
『…ゲギャア…』
先程バートルが飛び降りてそのままになっていた地龍も、心配そうに小走りで近寄ってきた。
おぉ…。
地龍は案外賢いのか、主人を心配している様子だ。
いやん、地龍ってなんかかわいい…。
「何しやがる…ではないわ!お前はもう少しで村の恩人を殺すところだったぞ!」
バゼルが物凄い剣幕で怒鳴りつける。
その様子を見たホランも、ため息をつきながら、剣を鞘に収めた。
「…え…。じゃあもしかして…あのちっこいのが…例の魔法使いかよ…?」
バートルは俺を見ながらバゼルに尋ねた。
ええ、そうですとも。
ああ、ちっこいですとも。
「はじめまして。僕はレイン・プラウドロードと申します。この度は、父グレンフィードの命を受け、微力ながら、ブリヤート族の方々にお力添えをするため、まかり越した次第です」
「…じゃあさっき外から見えた白いモヤみてぇなのは…」
「僕の水魔法です。みなさんに喜んでもらおうと思って、些か調子に乗ってしまいました」
「へぇ?お前みたいなちっこいのが?ほんとかよ」
バートルはにやりと笑って肩をすくめ、いかにも信じられないといった様子で俺を見た。
それを見たホランは、俺が魔法で作った水を、柄杓に掬ってバートルに差し出す。
「信じられないと思うならさ、ほら、飲んでみなよ」
「…水だと!?…おいおい…どうしたんだよ、このみぶっ!」
バートルが話し終わる前に、ホランが柄杓を口に持っていく。
…見ようによっては、口元に持っていったというよりも、ぶん殴ったように…。
「ガボガボ…ごほっ!ごほっ!!何しやがるんだてめぇ!!」
「うっせぇな、バーカ。どうなんだよ、水を飲んだ感想は?」
「…あぁ?…そ…そう言えば…なんだこの水…。う…うめぇ!!?」
バードルは柄杓を傾け、残った水を一気に喉に流し込んだ。
そして目を白黒させながら俺の方を見る。
「…す…すげぇな、お前。これは…
ん?
どういうことだ?
「はい。おっしゃるとおりですが」
「そ…そうだよな…」
バートルは不安そうに状況を見守っているセルジの方を見た。
「はーっはっはっはっはっは!!そうだよ!そりゃそうだ!!落ちこぼれのセルジ君にゃあこんなことはできっこねぇよなぁ!!」
突然バートルは、セルジの方を見ながら大声で笑い、そして馬鹿にし始めたのだった。
「おいバートル!てめぇ!うちの兄貴の悪口言うのはやめろって、いつも言ってんだろ!!」
ガバッ!っとホランがバートルの胸倉を掴み、まるで首を絞めるような格好になった。
しかしバートルは一向に気にした様子はない。
それどころか、さらに声を大きくしてセルジを罵る。
「おいセルジよぉ、お前のせいだぜ。お前が弱っちぃ魔法使いだからよぉ。こんなよその国のちんちくりんに頼らなきゃならん羽目になったんだぞ。わかってんのかくそがっ!」
「バートル!?てめぇ!!」
さらに声を荒げるホラン。
…まあ、俺は何か口を挟む立場でもないしな。
ここは静観しておくとしよう。
「父さんも何とか言ってくれよ!」
ホランは振り返ってバゼルの方を見た。
しかしバゼルは、ゆっくりと首を横に振って答える。
「セルジが悪いわけではない。悪いわけではないが、バートルの言うことも理解できる。現にバートルは地龍騎兵隊を率いて、ブリヤート大草原の魔獣を適宜駆逐してくれておる。また、帝国が妙な真似をしないよう、国境付近で睨みを利かしてくれているのもバートルだ。その強さにおいても、セルジはバートルに遠く及ばぬ」
『ゲギャア』
『ゲギャア…』
いつの間にか、バートル率いる他の地龍騎兵隊とやらも集落に戻ってきていた。
いずれも筋肉モリモリマッチョマンが地龍に乗っかっており、それぞれ剣・槍・斧など、思い思いの武器を腰から提げている。
成程なるほど。
これがブリヤート族ご自慢の地龍軍団か。
さすがにこれだけの地龍が集まると、壮観としか言いようがないな。
げぎゃぁげぎゃあ。
「ホラン…、いいんだ。やめてくれ。父上やバートルの言うとおりだ…。俺は力もないし、レイン殿のような皆の役に立つ魔法も使えやしない…。こんな俺は父上の跡を継ぐ資格もないのさ…!!」
「あ…兄貴…」
セルジは肩を落とし、集落の中へと歩いて行ってしまった。
その背中が物悲しい。
ホランも心配そうにそれを見つめていた。
「…ちっ…」
バートルも1つ舌打ちして、セルジから目を逸らす。
一瞬…。
ほんの一瞬だが、バートルが悲しそうな目をしたように見えたのは、俺の気のせいだろうか。
「すまんな、レイン殿。見苦しいところを」
バゼルはセルジのことで申し訳なく思ったのか、俺に頭を下げた。
「いえ、とんでもありません」
「うむ、そう言ってもらえると助かる。さぁ!皆もそれぞれ仕事に戻れ。今宵は宴だぞ!!せっかくレイン殿が貴重な水や美味い食糧を持ってきてくれたのだ。ブリヤート族の名に恥じぬ歓待をせねば、末代まで笑われようぞ!!」
「「「…おお…おおおお!!これは久し振りに酒が飲めるぞ!!」」」
バゼルの一言で集落は再び活気を取り戻し、皆笑顔でそれぞれ散っていった。
さすがは族長。
その信頼の厚さには素直に脱帽だ。
「おい!聞いたかお前ら!!今日は宴会だとよ!!そうと決まれば酒の準備だ!地龍たちも、たまには休ましてやらねぇとな!!」
大声でワイワイ言いながら、他の男たちとともにバートルも去っていった。
「…はぁ…。悪かったね。まったくバートルの奴はあれで悪い奴じゃあないんだけど…」
「いえいえ、危ないところを庇っていただき、本当にありがとうございました」
俺はホランに頭を下げてお礼を言った。
「フフフ…本当にそうかい?あたしが悪かったと言ったのは、あいつの斧なんて余裕でどうにかできた
ホランはニヤリと笑って俺を見る。
「まさか。買いかぶりすぎですよ」
俺も片目をつむってにこりと笑う。
「はっはっは!まあそういうことにしておくとしようか!じゃあ、あたしは宴会の準備に行くとするよ!また後でね!」
俺は右手を上げて立ち去っていくホランの後姿を見送った。
「うむ、レイン殿。夜までそんなに時間はない。集落の案内を付けるから、適当に寛いでいてくれんか」
「お気遣い、痛み入ります」
俺はバゼルに頭を下げた。
よし、そうと決まれば子供たちとどこかに行ったシロでも探して……ん?
俺は、ふと何かの気配を感じて空を見上げた。
「…鳥…か?」
「…ん?何かおったか?」
バゼルも一緒になって空を見上げる。
「…いえ、鳥か何かがいたのかな…と」
俺はくるりと空を見渡すが、今は何も見えない。
一瞬鳥に見られているような気がしたが…気のせいかな。
「鳥と言えばこの辺りでも旨い鳥が捕れてなぁ…」
「そうなんですか。うちの領地の森でもですねぇ…」
俺はバートルと雑談をしつつ、集落の奥へと歩みを進めていった。
宴会か。
いやー、楽しみだな。
俺もちょっとだけお酒なんかも…にしししし…。
※※
「…私の気配を察知したか…?…なかなかに鋭い奴…」
長い髪のその男は、ブリヤート族の集落から遠く離れた場所、正確に言えば、ブリヤート大草原とグレゴリウス帝国の国境付近の荒野の岩場に立っていた。
「…全く。あの少年も余計なことをしてくれる…。放っておけばブリヤート族と言えども、飢えと渇きで勝手に滅びてくれたろうに…」
男はため息をつきながら呟いた。
「まあいい…。多少の水を得たところで、拠点の湖を失ったブリヤート族は遠からず滅ぶだろう…。邪魔をするなら、あの少年諸共よ…」
男はその身を翻し、岩場の奥へと進んでいった。
様々な思惑が交錯するブリヤート大草原。
見渡す限りの広大な草原は、ただ静かに、夜の帳に包まれていった。
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