第19話 ドラゴンとの別れ
その場は突然の俺の行動に、再び極度の緊張感に包まれる。
傷ついた巨竜を癒す光は既に消失した。
目を覚ましたドラゴンは、状況把握に努めるようにキョロキョロと周りを見回しながら、おもむろにその巨体を持ち上げた。
そして再び背中がゾクゾクするような低い声…。
『…グルル…』
(さて…どうでるかな…?)
俺は額から頬へ伝う一筋の汗を感じながら、何が起きても即時対応できるよう、魔力を調整する。
しかし。
『…ルルルアアアアア…!!うんまーーーーーい!!』
「「「え?」」」
俺を含め、その場にいた全員が声を揃えた。
悠久の時を生きたエンシェントドラゴンらしからぬ、間の抜けた声と表情。
場の空気は一瞬にして混沌渦巻くものに変わっていく。
『…我こんなにうまい魔力を喰らったのは生まれて初めてじゃああ!なんと濃厚、なんと芳醇。やはり我の目に狂いはなかったぜぃ!!にゃっふぅぅぅぅ!!!』
「「……!?」」
ドン引きするエルフたち。
そして俺。
おいおい、なんだその下校途中になんとかフラペチーノを買い食いして超幸せ〜的な表情は…。
「こ…これは予想できんかったな…」
全員が呆然と見守る中、小躍りするドラゴン。
お…俺の魔力が、なんというか…美味しかったということかな?
『…ハッ!?』
ようやく自らが浴びる奇異の視線に気付き、凍りつくドラゴン。
氷結の魔法でもそこまで一瞬で凍らんぞ。
再び重い沈黙が訪れたが…、なんだか最初と違って痛々しい系の沈黙だ。
『…グ…グハハハ…。ひ…人の子レインよ、今さらながら我を復活させてなんとする…』
重低音のような声を出し、雰囲気だけでも取り繕おうとする様が、より痛々しさを助長する結果に…。
「…あ…あのぅ。なんと言うか…元気になってよかったですね…?」
俺ももう、なんと声を掛けていいのか正直よくわからない。
リアはまだ呆然としている。
エルは何かを察したのか、口に手を当て、涙を流しながら、必死に笑いを堪えている。
『…う、うむ。…あぁ、いや、そうではなく…グルルルル!!…レインよ…お主は一体何のつもりか?…人の子に敗れた我に、おめおめと生き恥を晒せと申すか…!?』
失った大切な何かを取り戻そうとするかのように、威厳を保とうとするドラゴン。
なんだか必死すぎて違う意味で怖えよ。
しかしまあ、回復させたのは事実だしな。
「そうですねぇ。理由は3つです」
『…き…聞かせてもらおう…』
ドラゴンは静かに俺の話に聞き入る。
「まず1つ目、あなたは最後のブレスを吐く前、エルフの村に被害が及ばないように、わざわざ方向を変えたでしょう?」
そう。
最後のブレスを放つ直前。
こいつはたしかに、俺の後方に位置していたエルフの村に被害が及ばないように移動した。
最初はただウロウロしているだけかと思ったが、そう考えると辻褄が合う。
エルやリア、他のエルフの村人たちもにわかに騒がしくなる。
それが事実なら、このエンシェントドラゴンなる巨竜は、そもそも村を滅ぼすつもりなんてなかったことになるからだ。
『…さぁ、どうであったかな…戦いの最中であった故、些末なことなどあまり憶えてはおらぬな…』
ドラゴンはプイッとソッポを向き、頬をポリポリかきながら、うつむき加減でぼそぼそとつぶやく…。
「…あの…どうかしました?」
『…て…照れてなどおらんぞ!?』
いや、知らんがな…。
照れてたのかよ。
ぎゃあぎゃあと騒ぎ出すドラゴン。
わあああ!?
うるさい、うるさいですぅ!!
「…わ…わかりました、わかりましたから!!で…では2つ目の理由です。あなた…そもそも本気じゃなかったでしょう?」
『………』
今度はドラゴンは黙ったまま。
否定も肯定もしない。
「言い方を変えましょうか?本気かどうかはさておき、僕を殺してしまわないように、そしてエルフたちに被害が出ないように、常に配意してましたよね?」
『…むむぅ…』
「…レ…レイン…それは本当なのか?」
リアが不思議そうな顔をして俺とドラゴンを交互に見る。
「ええ、事実です。僕やエルフの皆さんをただ殺そうと思えば、それはそれは簡単に殺せたと思いますよ。だってわざわざ僕の前に降りてこずとも、もっともっと上空に昇って、そこから延々とブレスを吐きまくって森を丸ごと焼き払ったり、どっかからでっかい岩なんかを運んできて、ぽいぽいっと落としまくって全員ミンチにすれば、簡単に勝負がつくじゃないですか」
『…わ…我もそこまでえげつないことは思いつかぬが…。まあ概ねそのとおりであるな…』
ドラゴンは引いている。
が、事実だろ?
「…ちょっとくやしいですけど、さっきのブレスだって、本気じゃあなかったんでしょう?」
その場が静まりかえる。
ドラゴンはほんの少しだけ、申し訳なさそうに言う。
『…威力という点のみで語るのであれば、より強力なブレスを吐くことが可能ではある…』
やっぱりな。
そうだと思った。
「…ちなみに僕はあなたが開いた口の前で、たしか8層に重なった魔法陣からブレスが放出される様子を確認しました。参考までに聞きたいんですけど、本気でやろうと思えば、どのくらいまで魔法陣が顕れるのでしょうか」
『…ふむぅ…64層だ…64層の魔法陣を重ねたブレスが、今の我の全力であろうな』
「…ろっ…64層!?」
全員絶句した。
もちろん俺も絶句した。
マ…マジかよ…。
これには俺も本気でビビった。
こいつ全然本気じゃなかったんじゃん。
一体俺が受けたブレスの何倍…いや下手をすると何十倍の威力があるんだよ…。
『…そんな顔をするでないわ…単純に威力の話と言うたであろうが…。64層に陣を重ねたブレスなど吐いてみろ…この付近の大陸一帯が消し飛んでしまうばかりか、我が身とて修復不可能な程に傷つこう…そんなことをして何になるか…』
「…恐ろしい力ですね」
『…グフフフ…これでも我は龍の中の龍、エンシェントドラゴンなどと呼ばれておる故な…』
ドラゴンは胸を張って嬉しそうにしている。
しかしまあ、俺だってそんなドラゴンといい勝負できたしな!
ここはこっちも素直に胸を張るとしよう。
そもそも、俺1人で勝ったわけじゃあないしね!
『…して…3つ目の理由とは如何なものぞ…?』
ドラゴンが見つめてくる。
その眼差しは真剣そのものだ。
けどそんなに期待されてもなぁ。
特に深いものなんてないぜ?
「最後は単純です」
『…?』
「何も死ぬことはない。ただ単純にそう思っただけですよ」
混沌とした空気が、少し緩んだ気がする。
リアも戸惑いながら、仕方なしという顔で笑っている。
エルはなんだかニタァっとした、いやらしい笑顔だ。
こいつ一回ぶっ飛ばしてやろうか。
『…グワハハハハ!…成程…そうかそうか…。いやなに、やはり我の負けだ…たとえ全力のブレスをもってしても、きっとお主にはかなわなかっただろうさ…!』
んん?どうしたんだ?
なんか楽しそうだな。
まあいずれにしても最初はちょっとヒヤッとしたが、どうやらもう闘わずに済みそうだ。
「そうだ、そもそも僕はあなたに謝らないといけなかったんです」
忘れてた。
俺が…正確には俺の魔力が、このドラゴンを起こしたようなもんだった。
「僕の魔法のせいであなたを長い長い眠りから解き放ってしまったようで…。ほんとごめんなさい」
俺はドラゴンに向かって深々と頭を下げた。
そんな俺にドラゴンは言う。
『…お主が気に病むことではない、レインよ。長き時を生きる我にとっては、時間の流れなどさして気にはならぬ…』
ぃよし、お咎めなし!
よかった、これで一安心だわ。
そこで安心した俺は、ふいに疑問に思ったことに言及してみる。
「ところで、あなたは何故2000年もの長い間眠っていたのですか?」
めちゃくちゃ長生きであんだけ強けりゃ、もっと自由奔放に振る舞っていそうなもんだが。
何故わざわざうちの近所のこの森で、エルフたちの伝承に残るようなことになったのか。
その理由が気になった。
『…2000年か…割合と長い間眠っていたようだのう…』
ドラゴンはゆっくりと天を仰ぎ言葉を続けた。
『…眠るように助言されたのだ…かつての我が友であったエルフにな…』
「エルフのお友達、ですか…。そりゃまたなぜです?」
『…うむ…おそらくそれは我の食事のせいだろう…我の食事はいずれ世界を危ぶませる…奴はそんなことを言っておったのう…』
おお!話がつながった。
エルが言ってたエルフの伝承。
ドラゴンの目覚めと世界の危機がなんたらかんたら。
ふとエルの方を見る。
そのクリッとした大きな目が「ほら!僕の言ったことは正しかったろう?エッヘン」と言っているように感じ、少しイラッとする。
そして。
「…あのぅ…まだ僕やエルフたちを食べるつもり…なんですか?」
俺は思い切って聞いてみた。
エルフたちも真剣な目をしながら、口を横一文字に結んでいる。
きっとここが、ドラゴンとの友好と敵対の分水嶺だ。
俺の心臓は少し早鐘を打つ。
…が、しかし、そんな俺の思いをよそに、ドラゴンの反応は少し違ったものだった。
『…食べる…?…食べるとはなんぞ…?…我がお主らを喰うという意味か…?』
ドラゴンの頭には?が浮かんでいるのが見える。
「「…ん?」」
俺たちの頭にも…。
『…ようはわからぬが、何故我が小さき者らを食わねばならぬのか……腹の足しにならんどころか、逆に腹を下してしまうではないか…』
あっれー?
俺は思わず首をかしげる。
「…ちょっといいかな!」
思わず右手を上げながら、エルが口を挟んできた。
「…僕がいうのも変だけど、その…僕たちやレイン君を食べるために現れたわけではないんだね?」
『…いや…違うが…』
あっれー?
俺は反対側に首をかしげる。
「じゃあ供物がどうのとか、盟約によって喰わせろとかなんとか言ってのは、一体なんだったのかな?」
エルはどんどん切り込んでいく。
こういう図々しいところは、ある意味尊敬に値するし、時と場合によってはありがたいな。
『…無論…我は光属性の魔力を自身の糧とする故、寝起きのすきっ腹に魔力を喰わせてほしかったからに他ならぬが…』
エルは大きく目を見開いた。
「…光の魔力を…食べる…?」
おいおい、なんだか話が変わってきたぞ?
『我が眠りにつく前、確かに我が友は言った…我が眠りについた何千年かの後、強力な魔法使いの出現によって目覚めることになる、そしてエルフの子孫たちはその強き者を導き、我が糧たる光の魔力を供物として捧げるであろう…とな』
「そのエルフのお友達は何という名前だったのかな?」
『…名か?…名などは気にしていなかったな…むむぅ…一度だけ聞いたような…うーむ…思い出せんな……』
「そう、じゃあまた思い出したら教えてね。…それよりも謎がやっと解けたね。エルフの伝承にある世界の危機というのはつまり、魔力枯渇問題だったんだよ」
魔力枯渇問題…か。
前世の環境問題のようなもんか。
俺やドラゴンに向かってエルは続ける。
「ドラゴンが摂取する光の魔力だ。きっとそれなりの量だろう?おそらく今と同じように、2000年前も強い光魔法の使い手は少なかったんだよ。ほら!ここでもまた、君の異常性が際立つね!」
一言多いんだよな、こいつは!
『…グハハハ…たしかにな。過去、現在、そして未来においても、レインの程の光魔法の使い手はおらぬだろうさ…』
「…異常者扱いは些か気になりますが、お褒めの言葉と受け取っておきます」
成程…。
光魔法って使い手が少ないんだ。
知ったかぶりしてたけど、余裕で知らんかったわ。
『…そこでだな、レインよ…少々頼みがあるのだが…』
なんだなんだ?
腹ペコドラゴンがいやにかしこまって。
「なんでしょうか?僕に聞けることなら努力しますが」
ドラゴンはドラゴンなりに上目遣いをしながら話す。
余計に怖さ倍増だけどね!
『…まあなんというか…我はこうして目覚めてしまったわけで、魔力を喰わねば生きてゆけぬ…。そこでだ、毎日とは言わぬ…時折でよい。時折でよい故、我を哀れな仔羊と思うて、お主の魔力を分けてくれぬか…』
上目遣いのドラゴンはどんどん顔が下がっていき、最後は土下座みたいな格好になってしまった。
「エ…エンシェントドラゴンが…レインに土下座している…」
「いやー、凄まじい!変態ここに極まれりだね!!」
リアは絶句し、エルはますます盛り上がっている。
ルルやラルスを含め、エルフの皆様もドン引きだ。
おかしいよ!
俺が土下座させたわけじゃないよ!
「やめてくださいよ!…わかりました、わかりましたから!お腹が空くんですよね?…別に僕なんかの魔力でよければ、必要なら毎日でも差し上げますから!」
まあ飢えの苦しさはどの種族も共通だろうしな。
俺も自分とこの領民が飢えるなんて考えたくもない。
「…レ…レイン!?お前…そんなに軽々しく…」
「わぁお!レイン君たら言うねえ、太っ腹ぁ!!」
外野の興奮はさておき、なんだか今度はドラゴンが金色の目をでっかく見開いて驚いている。
『…な…なんと…。悠久の時を生きる我が、よもや人の子からそのような言葉を掛けられる日が来ようとは…やはり我が友は、未来を見通す千里眼でも持っていたのか……うむ…うむ!!そうと決まれば、我もそれなりに準備をせねばな!!』
ブワァァァ!!
そう言うが早いか、エンシェントドラゴンは巨大な翼を上下させ、少しずつ上昇し始めた。
『…さらばだエルフたち、そしてレインよ。此度は騒がせて済まなんだな…またそのうち相まみえようぞ…必ずな…』
ぐっ…。
凄い風圧だ!
「ちょ…ちょっと、いきなりどこへ…!?」
『…グフフ…すまぬなレインよ…お主の気持ちは分からんでもないが、我にも準備というものがある故な…しばしの別れよ…』
なんかよう分からんが、お別れの時間か。
突然どうしたんだ?
そう思った矢先。
突然ドラゴンはエルフ村の方に向かって雄叫びを上げた。
『グワオオオオオオオオオン!!!』
うぐっ!?
さっき闘った時とは比べ物にならんぐらい、気合いの入った感じに聞こえるぞ!?
『…ふむ…驚かしてすまぬな…付近に魔獣どもがウロウロしておったでな…ここら一帯が誰の縄張りかを理解させたというわけよ…これで向こう200年は森の奥からは出てこぬであろう…』
「おぉ!それは素晴らしい!」
グッジョブだよ、グッジョブ!!
お宅に喰われそう問題ですっかり忘れてたけど、さっきまでの懸案事項だった森の魔獣問題も解決じゃん!
『…ではな…!!』
最後にそう言うと、エンシェントドラゴンは、凄いスピードで森の奥へと飛び去って行った。
…さっきまでの喧騒が嘘だったかのように、森は元の静寂に包まれる。
はたと我に返る俺。
「…なんだか今日は色々あってすごく疲れました…」
ふとリアに声をかけた。
今日は本当に疲れた。
リアと出会い、そしてエルフたちから攻撃を受け、果てはエンシェントドラゴンなんて奴とも闘ったり…。
俺は傍で眠ったままのシロの横にゆっくりとしゃがみ込み、体を優しく撫でる。
あんな雄叫びにもビクともせず眠ってるお前も、ある意味すごいよ。
「…よかったのかレイン?ドラゴンとあのような約束をしてしまって」
リアはシロを愛でる俺に不安そうに言った。
「まあ問題ないでしょう。おそらく、時々エルフの村で魔力を分け与える程度に落ち着きますよ」
「そうか…。だといいがな…」
そう。
俺はこの時、本当にそう考えていた。
きっとその程度のことだろうと、軽く…。
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