第18話 闘いの後で

「あー、つっかれたーーー!」


 ゴロリと大の字になって寝転ぶ俺。


『ワン!ワン!』


 俺の横に続けてゴロリと転がるシロ。

 うっ!重い!

 上に乗っかるんじゃありません!


 いやー、しっかしなんとか生き残ったわ。

 ほんっと、シロやエルフのみんなが助けてくれなかったら、どうなってたかわからん。


 一息つく俺たちの横で、これまたゴロリと横倒しになっている巨大なエンシェントドラゴン。

 体の至る所から立ち昇る黒煙は、まだしばらく収まりそうにない。


(しっかし、よくもまあこんなどデカいのと闘えたよなぁ俺。今回ばかりは自分で自分を褒めてやりたいわ)


 もう一度ゆっくりとドラゴンを見てみる。

 辛うじて生きている様子ではあるが、完全に意識を失っているのか、未だピクリとも動かない。

 また、あれだけ美しかったその肉体を覆う銀色の鱗は、度重なる俺の魔法にさらされ、ひび割れたり、真っ黒に焦げたりして、損傷がかなり激しい。


(…けど、こいつはあの時…)


「レイーーーーン!!」


「わわっ!?ちょ…ちょっと!リア!?」


 俺の方に猛然とダッシュしてきたリアは、そのまま俺を思いっ切り抱きしめた。

 く…苦しい…。

 苦しいけど…ちょっと柔らかい…。


「…うぅ…よぐ無事だっだな…ううぅ…よがっだ…レイン~」


 俺をきつく抱き締めながら、誰はばからず、ぐしゃぐしゃに泣くリア。

 そんなに心配してくれてたのか。

 ちょっと悪いことしたな。


「…心配かけてすみません…。ありがとう、リア」


 俺も少しだけ強くリアの身体に手を回す。

 ありがとな、心配してくれて。

 

 しかしそこへ悪魔が。


「ちょっとなになにー?いちゃいちゃするのは森の奥の茂みの中あたりでやってくれるかなー」


「「わっ!」」


 いきなり真横から話しかけてきたエル。

 俺もリアもびっくりして、お互い背を向けて正座するような形になってしまった。

 びっくりさせんなよな!


「それにしても、よくこんなでっかいドラゴンなんかに勝ったね!ほんとすごいよ君は。というかもはや異常者だよ」


 褒めてんのか、けなしてんのかどっちだ。

 俺は目を細めて、横目でエルを見る。


「…そう言えばさっき、僕のことお先にどうぞ的な感じで、速攻で生贄に差し出したこと、忘れちゃあいませんからね…」


 エルは上を向き、右手で顔を押さえながら言う。


「あちゃー、憶えてた?いや、あれは何と言うか、いわゆる言葉のあや的な?…そう、いやいや、そうだとも!僕はこうなることがわかっていたんだよ!…年長者の勘というか何というか」


「「ぷっ」」


 エルの全然悪びれない釈明に、リアと目が合った俺は、つい吹き出してしまった。

 いいさ、別に。

 俺の魔力が大きな原因になっていたみたいだし、遅かれ早かれ、この事態は避けられなかっただろう。

 むしろ俺の方こそ、闘いで森をめちゃくちゃにしてしまって申し訳ない。


 いつの間にか、村のエルフたちも俺たちの周りに集まってきていた。

 そこにはルルやラルスの姿もある。


「ところでエル、リア。そして村の皆々様。さっきは僕に力を貸してくれてありがとう。あれがなかったら、僕はこのドラゴンにきっと勝てなかったです。本当にありがとうございました」


 深々と頭を下げる俺。

 そこへ1人の男が近づいてくる。

 その足取りは、先刻とは打って変わって軽い。

 ラルスだ。


「こちらこそ礼を言わせてくれ。お前や神獣フェンリルは森を守るために自らの命を顧みずに闘ってくれた。お前たちがいなければ、我々は皆そのエンシェントドラゴンに喰われていたことだろう。森の神と風の精霊に誓って感謝を」


「感謝を」


 エルやリアもそれにならい、今度はみんなが俺にこうべをたれる。

 なんだよなんだよ、改めてお礼言われると照れるじゃん!


「そ…そんなにかしこまらないでくださいよ。みなさんはうちの家のご近所さんなんだし、これからもよき隣人でいることができれば、それに勝るものはありません」


「…私は先程あんなに強くお前に当たったというのに…。変わっているのだな、お前は。他の人間とは違うようだ」


 ラルスは優しく微笑んで呟いた。

 その表情からは険が無くなり、普通の優しい男性そのものだ。


「僕は別に特別などではありませんよ。少なくともうちの家族に皆さんを害してやろう!なんて人間は1人もいません。きっと仲良くなれます。特に僕の妹なんてそりゃかわいくて…あぁエリーって言うんですけどね、そのかわいさと言ったらですね…」


 それからしばらく、俺はエリーの話をはじめ、家族や領内の話をした。

 荒野の開拓、農地の改良、灌漑設備、ドワーフのワッツの話などなど。

 まあ主にエリーの話が中心だったが。

 エルフのみんなは楽しそうに聞いてくれた。

 あまり外界との接触がなかったのか、むしろ興味津々な感じ。


「それにしても色々と話を聞くと、ますます君って異常者だよね!特に魔石の属性を根本から換えてしまうなんて、見たことも聞いたこともないよ?」


 エルは肩をすくめて呆れた顔で言う。

 おいそこ、何回も異常者言うな。

 シロもなんとか言ってくれ…あっ!寝てる!

 まあいいや、他に聞きたいこともあるしね。


「…あの、ところで、さっき僕に魔力を送ってくれたのは、エルフたちの特殊な魔法なんですか?」


「いや、特に固有の魔法というわけではないさ。魔力を効率よく循環させられる配置にみんなに並んでもらっただけだよ。そして魔力の受け渡しの核となったものはこれさ」


 エルはフッと笑うと、首の後ろに手を回して魔石が埋め込まれた首飾りを外し、俺に差し出した。


「…あれ…?これって最初もっとキラキラしてませんでしたっけ?」


 俺は魔石のはめ込まれた首飾りを手に取り、色んな角度から眺めてみる。

 最初にエルが首から提げているのを見た時は、なんかこう宝石みたいにキラキラしていた気が…。

 しかしそれが今は、石炭みたいに黒ずんだ色になってしまっている。


「ふむ。この魔石はエルフに伝わる秘宝でね。魔力を注入して貯蔵できる性質があるのさ。けど、さっきの闘いで、僕がこの魔石に長い年月をかけて注ぎ込んできた魔力は全て君に送ってしまったからね。それでこんな色になっちゃったんだよ」


 エルの表情は少し寂しそうだ。

 まあ愛着のある物なら当然か。


「ちなみに何年、いや何十年ぐら…うっ!?」


 エルの表情に鬼気迫るものを感じる。

 ふー、危ない危ない。

 地雷を踏み抜いて爆死するところだったぜ…。


「ごめん、何か言ったかい?」


「…いいえ、何も!ところでこの魔石には、今からでも魔力を注入できるんですか?」


 エルは少しキョトンとした表情をした。


「もちろんできるともさ。けどこの魔石に魔力を注入するには、それこそ魔力切れになるくらい魔力を吸われてヘトヘトになって…」


「よっ」


 俺はエルの首飾りを右手に持ち、魔石を属性変換する時の要領で無属性の魔力を少し注入してみた。

 すると。


「…ちょっ!?…君…これは…!?」


 エルは驚愕の表情を浮かべる。

 首飾りにはめ込まれた魔石は極上の輝きを帯び、しかし以前よりもはるかに眩しく、まるでダイヤモンドのように輝き始めたのだ。


「…なっ!…レイン…お前…!?」


 リアやエルフのみんなも唖然としている。

 あれ?そんなにおかしいことしたかな?


「そ…そんなに驚くことですか?」


 エルは大きな目を、より大きく見開きながら、珍しく狼狽した様子で言葉を投げかけてくる。


「…いや…君…。この魔石は、僕が二百年以上かけて少しずつ魔力を注ぎこんできたというのに…。それをこの一瞬で、前以上の魔力を帯びた魔石にしただって…?…というか君魔力切れじゃなかったのかな!?」


二百年!?

今二百年って言った!?

しかしこれは罠だ…、話題にはすまい。


「いやぁ…だって、あれから30分くらいみなさんと談笑してたじゃないですか?そりゃ魔力も元に戻ってきますよね?」


「…えぇ…?」


「…え?なんかちょっと違う感じですか?」


「そんなわけないだろ、君!やはり異常者だよ、変態だよ!!あんな途方もない魔力を有していながら、30分そこらで空っぽの状態から回復するだって?一体どんな体の構造してるのさ!おかしい!ズルい!僕もそうなれるように体をいじってくれよ!改造してくれたまえよ!さあ!さああ!!」


 うおお…!?

 どうしたどうした!?

 俺はそういうもんだと思っていたんだけど、もしかして他の人は違ったのか?

 最後はなんか悲痛な叫びが聞こえたし。


「レイン、それはきっと普通じゃないぞ。私の経験上一旦魔力切れを起こせば、どのような種族でも普通丸1日はフラフラになって動けないはずだ」


 リアはエルを取り押さえつつ、怪訝な表情で教えてくれた。

 またもや心配かけてごめんなさい。

 しょんぼり。


「…そ、そうなんですか。…むむ…そう言えばなんか今になって眩暈が…」


 俺は額に手を当てがい、酔っぱらいの千鳥足のように、あっちにフラフラこっちにフラフラしてみたのだが。


「「嘘つけ!!」」


 エルフ総出で突っ込まれてしまった。

 仕方ないじゃん、知らなかったんだもの!

 知らないものは知らないよ、ソクラテスだってきっとそう答えるよ。


「あっ、そう言えば」


 俺は倒れたままのエンシェントドラゴンに再び目をやる。

 体から立ち昇る黒煙は消えたが、まだ意識は戻っていない。

 コイツをなんとかしないとなぁ。

 ここに放置プレイってわけにはいかないし。

 まあ、どうせ俺は異常者だし?あとプラス変態だし?

 ちょっとぐらいおかしなこともさせてもらいましょうか、的な?


「エル、リア。そして皆さん。このドラゴンでっかいの、僕が処理してしまってもいいですか?」


「それはかまわないけど…。どうするんだいこんな巨大なドラゴン…。持ち運ぶこともできないから、エルフの村人総出で食べるにしても何十年かかることやら…。塩漬け…いや、保存のことを考えると燻製の方が適しているかなぁ。いや、でもなんか固そうだし…」


 エルは顎に手を当てて上を向き、ドラゴンステーキの調理方法について考えを巡らせているようだ。

 というか食べるんかい。

 まあ悪いけど今回は遠慮してもらおうかな。


 俺は右手を、倒れ沈んだドラゴンの顔に優しく添えた。

 そしておもむろに魔力を練り込む。


「…持ち運べないなら、自分で帰宅してもらいましょう!」


「「えっ!?」」


 エルフのみんなは理解ができていない様子。

 でもごめんね。

 闘いの途中から決めてたことなんだわ。


 俺はそう言うと、一気にエンシェントドラゴンに光の回復魔法を行使した。

 あたり一面が、再び白くそして優しい光に包まれていく。


 シロは見向きもせずに爆睡している。

 ふふふ、きっと俺がすることを理解してくれているんだろう。


「レイン!?お前一体何をするつもりだ!!そいつはこの村を滅ぼそうと…」


 リアは焦って俺の肩を掴み、またもやグワングワン揺すってくる。

 ア゛ア゛ア゛…揺れるぅ。


「…たたた多分、だだだいじょうぶぶぶぶですよよよ…揺れる…揺れるううううう」


 揺れる視界の中、見る見る回復していくエンシェントドラゴン。

 体を覆う鱗も、その神々しいばかりの銀色の輝きを取り戻していく。

 寧ろ前より輝き度増し増しって感じ?

 車を洗車して、めちゃくちゃ気合入れてワックスかけた的な。


 それからしばらくの後、巨大生物は横倒しのままゆっくりとその金色の目を開く。

 消えていく白い光の残滓が眩しいのか、縦に長い瞳孔が細くなる。


「おはようございます。お目覚めはいかがですか」


 まずは笑顔でご挨拶。

 さて…鬼が出るか蛇が出るか…。

 まあ、既に蛇というか、鬼もびっくりのでかすぎる蛇なんだけどもね。

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