第20話 レインの帰宅 ~自分のお尻は自分で護る~

「レイン、ちゃんと聞いてますか?」


「…は、はい!聞いてます、聞いてますよ!母上!」


「シクシク…なんの連絡もなく、2日間も帰ってこないだなんて…どれだけ母やエリーがあなたを心配したことか…食事も喉を通りませんでした…」


「本当に申し訳ありませんでした、母上」


 うぅ、なんか俺、最近謝りっぱなしな気がする…。

 

 ただ今俺は、ゆるふわ母からのきついお説教を頂いている最中だ。

 実はドラゴンとの一件の後、エルフの村でさらにもう一泊したのだ。

 …なぜかって?

 むふふふふ…そりゃあなた、営業活動に決まってるじゃないですか!!


 ※※


 闘いの後、俺は予定通りリアの家に泊めてもらった。

 はいはい、ちょっと期待したような、艶っぽい展開なんてまるでありませんでしたよ!

 それどころか…。


「さぁ!たんと召し上がれ!」


 ドン!

 ドドン!!


 俺の目の前に置かれる様々な木製の食器。

 単純だが、実に丁寧に作られており、いい味をだしている。

 だがそこに盛り付けられてるのは…いや盛り付けられている…のか?


「…こ…この丸こげの真っ黒い物体は、一体なんですか…?」


 俺はおそるおそるリアに聞いてみる。

 しかしリアは至極普通の表情で答えた。


「何と聞かれても。野菜サラダの盛り合わせとフォレストバードのソテーだが?ふふふ、森の恵みをふんだんに生かした栄養たっぷりの夕食だぞ?」


 ほ…ほえぇ…。

 エルフの作る野菜サラダって黒いのか…?

 俺の知ってるのと、だいぶ違うなぁ…。

 というか鳥の丸焼きと野菜サラダが、なぜ同じ形、同じ色をしている…?

 サラダの盛り合わせって言ったよね!?

 もはや材料の原型すらないし…。

 んでもってめちゃ焦げくさいし、加えて酸っぱい臭いも混じってますけど…。


「…そ…そうですかぁ…。森の恵み…ねぇ…」


 ほ…ほんとか…?

 くっ…エルフの食文化は、俺たちのものとはかけ離れた、こんなにも前衛的なものなのか…?


「食べないのか?」


 その声に、チラリとリアの方を見てみる俺。

 うっ。


 リアは、テーブルの向かいに座った俺の方にどんっと身を乗り出し、でっかい眼をキラキラさせながら、明らかに期待の眼差しを向けてきている。


(た…食べないわけにはいかん…。断ったら、今度こそ殺されるかも…)


 はっ!?

 シ…シロ!

 シロは食べないか!?

 普段食い意地が張ってるから、この物体エックスも…って、あ…あれ?

 シロがいないぞ?

 俺はキョロキョロしながらシロを探すが。


「あっ」


 ふと見ると、さっきまで俺の隣で寝ていたはずのシロは、遠く部屋の隅で小さく丸くなっている。

 なんだか小刻みに震えている気がするが…。


(くっ…シロめ…早々に逃走するとは…!帰ったら絶対おやつ抜きだからなぁ…)


「食べないのか?」


 うわっ、近!?

 視線を戻すと、リアがさっきよりもさらに前に出てきていた。

 期待の眼差しが、より一層俺を射抜く。


(…そ…そうだよ…。エルフの名物料理って言ってたし…。味はきっと美味しいんだ…。美味い…のか?いや…なんでも見た目で判断するのはよくない。…そうだよ…よくない…よな?)


「…い…いただきます!!」


 ドラゴンとだって渡り合えたんだ!

 絶対いける!

 勝利を我が手に!!


 意を決して、俺は目の前の物体エックスを口に運んだ。


 ああ、そうそう。

 俺、正直さ…、この時の記憶…なぜか曖昧なんだ…。

 1つだけ言えるのは…もう1回転生するのか?と思ったってことかな…。


「こんばんはー。レイン君元気してるー?いちゃいちゃしてるー…って、うわわぁ!?」


「…どうしたんですか、エル様。リア姉さまは…はわわわぁ!?」


 唐突にエルとルルが、リア宅に訪問してきた。

 リアがご機嫌な様子で出迎える。


「うむ、おばあ様にルルか。今しがた、レインに私の手料理を振る舞っていたところだったのだ。なあレイン!」


「…そ…そうですね…。エルフの郷土料理…。ごちそうさま…でし…た…」


 そう言い残し、俺はテーブルに突っ伏した。

 エルやルルは、リアの料理を平らげた俺を見るなり、両手を口に当てて絶句する。


「ひえぇぇ…レイン君…ドラゴンも真っ青なリアの料理を完食するとは…。恐れ入ったよ…き…君はやはり真の勇者だったんだね…」


「…す…凄まじいわ…。見た目は私と変わらないのに…あ…あなたはもう、違う次元の存在なのね…」


「ふんっ!なんだなんだ2人とも!まるで私が駄目な食べ物を出したみたいじゃないか!用事があるなら早くしてほしいな!」


 リアは、驚愕する2人をよそに、ぷんぷん怒りながら、食器などの片付けを始めた。

 なんとか息を吹き返した俺は、傍らに置いてあったお茶でお口直し。


「あー、このお茶は相変わらずうまいなぁ」

 

 これだよ、これ。

 このお茶、ほんっといい。


「おぉ…落ち着いたかい?こう言っちゃなんだが…リアはちょっと料理の腕が独創的でね…ちゃんとしたエルフの郷土料理は、また改めて振る舞うからさ」


 エルはひそひそと小声で話す。

 さすがにリアに気を遣っているようだ。


「…成程…。しょ…承知しましたです、はい」


 落ち着いてきた俺は、さらにお茶をもう一口。

 ふぅ、うまい。


「ところでさぁ、レイン君。僕は今回エルフの村の長として、レイン君にちょっとお願いがあって来たんだよねぇ。さあルル」


 エルの目がキラリと光った。

 そしてルルは、手に持っていた薬草のようなものの束を、スッとテーブルの上に置く。

 

 これは…。

 いいね…いいよいいよ!

 こちらの思惑とばっちり合致だ!

 だが俺はもう一歩踏み込むぜ。


「実は僕も、エルにお願いしたいことがありましてね…」


 俺も片目を瞑ってエルを見つつ、スチャッと眼鏡を直すような仕草をする。

 眼鏡かけてないんだけどね。


 ※※


 そしてエルとの話し合いの結果、次の日にエルフの村を隅から隅まで視察し、もう一泊した上で、こっそりシロと帰ってきたつもりだったんだけど…。

 やっぱり母に見つかってしまった。

 

 裏口からそっと屋敷に入ろうとしたところでガッツリ拿捕されたが…何でわかったんだ?

 くぅ…まだエリーの顔すら見てないというのに…。


「本当に申し訳ありませんでした、母上。二度と無断外泊などいたしません」


「ええ、ええ。本当に反省しているのね、母はわかっていますよ。ささ、ではしっかりとケジメのお仕置きをしましょう。レイン、お尻を出しなさい」


 ひえぇぇ!?

 やばい、無属性魔力で強化された母のケツビンタが来るぅ!

 ある意味ドラゴンのブレスよりやべぇよ…。

 これは…今があの切り札の使いどころか…?


 ジリジリと後退する俺。

 右手を魔法で強化しつつ、笑顔でにじり寄ってくる母。

 怖えぇぇぇ!

 その威圧感、マジではんぱねぇぇぇ!


 と、その時だった。

 表の方で馬車の停止する音が聞こえた。

 も…もしや…?


「おーい、帰ったぞー!」


「お…お帰りなさいませ、父上!!」


 俺は、視線を逸らした母の一瞬の隙をついてその場を逃れ、猛ダッシュでマッチョ父に飛びついた。

 さすがはマッチョ!

 俺のジャンピング抱っこにびくともせず、がっつり受け止めてくれた。


「うおぉ!?どうしたレイン?そんなにこの父が恋しかったか?」


「はい!はい!!ものすごく恋しかったですぅぅぅ!!」

 

 震えながら思いっきり抱き着く俺。

 逃げ切ったか?


「フフフ…なんという親子の愛、そして絆…。このフリード、プラウドロード家にお仕えして本当によかった…」


 ヨヨヨ…とハンカチを出して目頭を押さえるフリード。

 そこへ母がパタパタと駆け寄ってくる。


「あら、おかえりなさい。あなた」


「ああ。ただいま、ミリア」


 どちらともなく近づいていく2人は、熱い抱擁をかわし、そしてキスをする。

 おお…、いつも仲いいな、あんたら。

 もちろん空気を読んで俺は離れたさ…。


「おとたま?…あっ!おにたまも!!おかえりなたーい!!」


 トテトテっと走って俺に抱き着いてくるエリー。

 きゃん!

 可愛いすぎるぜ…妹よ。


「ただいま、エリー」


 今度は俺が抱き締める側に回った。

 ごめんな、寂しい思いをさせて。

 そんな俺とエリーにシロが体を摺り寄せる。

 そして俺とエリーは2人でシロをモフモフする。

 いやー、やっぱ我が家はいいわ。


「おにたま、どこへ行ってたの?エリーさみしかったよぅ」


 母が作った熊のぬいぐるみを抱きしめながら、エリーは大きな目をうるうるさせている。


「ごめんな、エリー。父上、母上も、此度の無断外泊、誠に申し訳ございません」


「む…無断外泊!?レイン…お前…」


 父の言葉をサッと遮る俺。

 ケツを護る正念場はここだ!


「処罰は受けます。しかしまずは事情をご説明いたしますので、どうぞリビングへお集まりください。そしてフリード、あなたには1つお願いが。今からこの茶葉で、皆にお茶を淹れていただけませんか」


「委細承知いたしました」


 恭しく茶葉を受け取り、厨房へと消えていくフリード。

 そして、俺の様子にただならぬ雰囲気を感じた父。

 

「…うむ。また何かあるのだな、レイン。…ミリアよ、ここはまずレインの話を聞いてからにしようではないか」


「ええ、わかりました。あなたがそうおっしゃるのなら。行きましょうか、エリー」


「はい!おにたま、また後でね」


 勝ーーーー利!

 ケツは護った!!

 あとは儲け話に一直線だぜ!!

 額から吹き出していた汗をぬぐった俺は、達成感とともに、小躍りしながらリビングへと向かった。


 ※※


「…これは…」


「あら、おいしい」


「おにたま!おいしいです!」


「私までご相伴に預かり、恐悦至極に存じます。…僭越ながら、なんと爽やかな口当たり…」


 全員が満足そうにお茶を飲んでいる。

 うんうん、そうでしょうそうでしょう?

 エルフ産のお茶葉はマジで美味しいでしょう?


「父上、母上、エリー、そしてフリード。実はこれはエルフの村で採れた茶葉で淹れたお茶なのです」


「…エ…エルフ!?エルフだと…!?」


 目を丸くする父と母とフリード。

 エリーは美味しそうにお茶を飲んでいる、かわええなぁ。


 そして俺は事の顛末を話す。

 ただ、ドラゴンの下りはあえて話さなかった。

 特に母が心配するだろうし、森に入っちゃだめ!って言われても困るしな。


「お前はまたとんでもないことを…。このままではまた報告のために王都にとんぼ返りだな…」


 ふふふ。

 だが父よ…。

 俺がお茶っ葉程度で終わる男じゃあないことは、ご存じだろう?


「実は、まだこのような物もあります」


 俺は皆の前に1つの物を差し出す。

 特に興味を示したのは、もちろん母だ。


「まあ!…これは!!」


 そう俺が提示したのはクルクルと巻かれた反物。

 素材は、エルフの村で何人かが普段着として着用していた「シルク」だ。


 あの日のエルとの話合い。

 謎の物体エックスのことも、同時に頭をよぎるが…。


 エルに確認したところ、モスーラという俺の背丈ぐらいある巨大な蝶の幼虫が、自らの体内で作り出すものらしい。

 モスーラと聞いた時はちょっと吹き出しそうになったが。

 またシルクの呼び方は、かつての俺の世界と同じく、シルクで間違いないらしい。

 最初にあえてシルークか?というと、微妙な顔をされた…。

 基準がようわからん。


 そのシルクは、エルフの村では単なる服の素材の一種として扱われているようだったが、俺はその希少価値を力説するとともに、茶葉についても絶対に売れると断言。

 そしてうちの家とエルフの村が、正当かつ対等な取引ができるよう、真摯にエルに働きかけたのだ。


 エルはエルで、せっかく久方ぶりに人間とつながりが持てたので、木製の器具ばかりでなく、鉄を用いた丈夫で長持ちする物品を村に仕入れたかったらしい。


 そんなお互いの思惑が見事に一致し、ここに至ったという訳だ。

 これはかなりの儲けになる気がする。

 また将来の安寧に一歩近づいたはずだ。


「エルフの村でこのような上質のシルクを発見しました。エルフの皆さんはあまり気にせずに、適当に服に仕立てて着用されていましたが、このシルクは、うちの領地にとって、必ずや大きな利益をもたらしましょう。父上、母上。どうかエルフの皆さんと取引することを許可していただけませんでしょうか」


 母はシルクに頬ずりして感触を確かめている。

 エリーも一緒にシルクに触ったり広げたりと、楽しそうだ。

 お兄ちゃん、お前にいい服をプレゼントしてやっからな。


 よしよし、この感触なら母はいけそうだな。

 …しかし下を向いたままの父。

 ど…どうした…?


「…レイン…お前は…」


 低く唸り、肩を震わせる父。


「…はい…父上…」


 ち…父はエルフを差別したりしないよな…?

 俺は信じてるぜ?


「お前という奴は…」


 もしや。

 か…勝手なことをしたと、どつかれるか…?


「でかしたぞーーーー!!」


 ガシ!!っと思いっきり両肩を掴まれる俺。

 うお!

 こんなに嬉しそうな父を見たのは久しぶりだ。


「ち…父上!?シ…シルクの肌触りがそんなに嬉しかったのですか?」


 キュルキュル素材フェチだったのか?

 我が父は。


「そんなことではない!エルフだぞ!?人間嫌いで有名なエルフが我が家と取引をしてくれるなどと!!しかもこのように上質なシルクと、うまい茶葉…。こんなに嬉しいことは他になかろう!!」


 おお…。

 おおおお!!

 父がめちゃくちゃ喜んでくれている!

 こりゃ俺もシロも骨を折ったかいがあったってもんだぜ!

 実際骨折したしな!


「ありがとうございます、父上。しかしながら、エルフの村は些か森の奥にございまして…。僕とシロのみで向かうならまだしも、大規模な交易を行うとなると、かなり大きく森を切り拓かねばなりません」


「…うむ、そうだな。しかし森には魔獣の類が出るであろう?馬車を走らせるとなると危険が伴うな。何か策はあるのか?」


 ドラゴンのお陰でエルフの村周辺から魔獣の気配は消えたが、やはり万が一ということもある。

 大切な領民を魔獣の危険に晒すわけにはいかない。


「はい、それも考えてございます。しかしこれは私1人では難しく、ワッツに相談が必要な案件です」


 そう。

 既に交易の方法はエルやリアと決めてあるし、許可も貰った。

 エルたちも相当に驚いていたな。

 だが問題は、さすがにこれは俺1人ではできないということだ。

 ワッツぐらい腕のいい職人の力が必要になってくる。

 ただ、ワッツだけでできるかどうか…。


「して、その方法とは?」


 父、母、エリーそしてフリード。それぞれの視線が俺に集まる。

 俺は満を持して言った。


「地上がだめなら、地下を通るんです」


 人差し指を立てて、ドヤ顔で話す俺。

 家族から何言ってんだコイツ?という視線がぶっ刺さる。

 当然だな、そういう発想なんてないだろうからな。

 だが俺は、絶対にやり遂げてみせる。

 将来楽をするためにな!

 ふははははは!


「あ、それはそうと。レイン?」


 スッと俺の方に歩いてくる母。

 ん?早速シルクについてのお問い合わせですかね、ふふふ…。


「無断外泊はだめでしょ?えいっ」


 父やエリーの歪んだ表情を視界の端に捉えながら、俺の魂の叫びが屋敷にこだました…。

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