第14話 超絶癒し空間と、呼ばれてないのに飛び出てきちゃった余計なもの

 村の中央の大きめの円形広場。

 そこには、木製の学校で使う朝礼台のようなものがあったり、広場の真ん中にはかがり火を灯す大きな設備が置かれたりしていた。

 村のそれぞれの住居は、この円形広場を中心として円を描くように建てられており、その一番奥に、村長のエルの家がある。


 そして現在この円形広場には、約50名程度のエルフが集まっており、そのまた半分くらいのエルフは大小様々ではあるものの、皆負傷していた。

 もちろんさっき出会ったルルやラルスの姿もある。


「皆様、夜分にお集まりいただき申し訳ありません」


 俺は朝礼台?の横に立ち、しっかりと一礼して、居並ぶエルフ達に声を掛けた。

 シロも空気を読んでか、俺の横で凛とした姿勢をとってくれている。


「人間め!何のつもりだ!?リア様から言われたから集まったんだぞ!」


「フェンリルを置いてさっさと村を出て行ったらどうだ!」


「ウホッ!いい男!」


「この身体が自由に動くなら、村からつまみ出してやるものを…!」


 リアの呼び掛けに応じて集まったエルフたちは、俺の姿を見た途端、見る見る殺気立っていく。

 中には好意的な意見もあるようだが…ちょっとこれ、大丈夫なやつだよな?


 リアも怪訝な顔で、そっと耳打ちしてくる。


「レ…レイン、大丈夫なのか?一体彼らをどうするつもりなんだ?」


「ええ、リア。心配しないでください。僕はこのご近所トラブルをしっかりと解決して、エルフの皆さんと仲良くしたいだけなんですよ」


「…ご…ご近所?…仲良く?」


 不安そうにしていたリアは、今度は片眉を上げながら、頭に?のマークが出ている様子。

 まあ見ててくれよ。


 俺はエルフたちに向き直る。


「ゴホン。えー皆さん、僕はレインフォード・プラウドロードと申します。この国を治めるグレイトバリア王国からこの森の管理を任されております、プラウドロード男爵家の長男です」


 話が森のことに及ぶと、エルフたちは一層殺気立ち、場がどんどん殺伐としていく。

 まさに一触即発という状況になってきた。


「森の管理だと…?」


「思い上がるなよ人間風情が…!」


「人族が勝手に決めた国境など知るか!」


 まあ、そりゃそうなるわな。

 リアもかなり不安そうな表情だ。

 けどここで簡単にくじけるわけにはいかないもんね!


「そうですね、ご意見はごもっともです。しかし、私どもも、王国から指示を受けている以上、森の異変を放置するわけにはまいりません」


「人間の事情など知るかぁ!!」


「村から追い出せ!」


「いや生温いぞ!こんな子供、切り刻んでしまえ!」


 興奮したエルフの1人が魔法で俺を攻撃すべく、詠唱を始めた。

 この魔力は風属性だな、うん。

 だが、これにはうちのシロが黙っていなかった。


「グアァルルル…!!」


 シロはその巨体を躍動させて1歩前に出ると、力強く前傾姿勢を取り、恐ろしげに鋭い歯を剥き出しにして、今にも飛びかからんとばかりに、詠唱中のエルフを威嚇した。


「ヒィィ…!?」


 声にならない声を上げ、詠唱を中断して尻餅をつくエルフ。


「シロ」


 俺は一応手でシロを制する行動を取りながら、頭を優しく撫でてやる。

 あんがとな、お前はいい奴だよ。


「クゥーン」


 シロも俺の気持ちをわかってくれたのか、威嚇をやめ、俺に体を擦り付けてくる。


「おお…あの神獣フェンリルを」


「…なんと…」


「ウホッ…!(ポッ)」


 シロの行動は効果てきめんで、広場には、にわかに静寂が訪れた。


「ゴホン。続けさせていただきますね。先程申しましたとおり、この森の異変はエルフの皆様だけの問題ではなく、我々プラウドロード家、ひいてはうちの領民たちの問題でもあります」


 先程とは打って変わって、エルフたちは俺の話を聞いてくれているようだ。

 ルルも父親のラルスを支えながら不安そうな顔で、俺の方をしっかりと見ている。

 神獣フェンリルの威光といったところかな。


「そこで僕は提案します。この森の異変を、エルフ族と人族の協力で解決していきませんか?」


「ふざけるなぁ!人間!!」


 1人のエルフが、目に明らかな怒りと敵意を浮かべ、小さな女性エルフに支えられながら歩きにくそうに、しかし、1歩また1歩と前に歩み出てきた。

 そう、それはルルの父親である片脚を失ったラルスだった。

 痩せこけた顔が、余計に憎しみの籠められた落ち窪んだ目を際立たせる。


「ラルスさん、僕はふざけてなどいませんよ」


「人間風情が、私の名を呼ぶなぁ!!」


 ラルスは魔力を伴ったものすごい形相で俺を睨みつけた。

 かつて俺がヴィンセント税務査察官にしたような、無属性魔力の威圧をぶつけられているようだ。

 ルルは手を胸の辺りで組み、不安そうに俺たちのやり取りを見ている。


「協力だと!?笑わせるな!!貴様ら如きに何ができる!今の今まで森の異変に気づきもしていなかっただろう!!いや、たとえ知っていたところでどうなる!?森を知らぬ人族にできることなどなかろう!」


 ラルスは一気に捲し立てた。

 そしてそれに追従するように、他のエルフたちも我も我もと野次を飛ばしはじめた。


「おっしゃるとおりです。森の異変に気付かなかったことについては、管理者失格と言われても仕方ありません。本当に申し訳ありませんでした」


 しかしここで感情に流されては元の木阿弥。

 俺は野次が一旦収まるのを待って、エルフみんなに丁寧に頭を下げた。

 この白銀の森はうちの領地だ。

 ラルスの言うとおり、気付かなかった俺たちの方が悪い。

 1分…2分…、俺はしっかりと頭を下げ続けた。


「…レイン、もういい。頭を上げろ。皆もいいな?」


 リアが見ていられないとばかりに、助け舟を出してくれた。


「…っ」


 ラルスは俺が頭を下げたのが意外だったのか、困惑しつつ、少々毒気を抜かれたような表情を浮かべていた。


「あ、頭を下げた程度で信用などできるか」


 頭を上げた俺は、呼びかけ続ける。


「ごもっともです。しかしながら、このままエルフの皆様と人間が争っていても何も解決いたしません。先程僕も村長のエル様から事情を伺いました。…森の最奥で、エンシェントドラゴンが目覚めているかもしれない…と」


 ………!!

 広場が一気に緊張した空気に包まれる。


「…だからどうだと言うんだ…。人族と手を取り合えば、ドラゴンの侵略をどうにかできるとでも言うのか?」


「…それはわかりません」


「ほら見ろ、我々エルフは…」


 俯いていた俺は、ラルスの言葉を遮り、ここぞとばかりに顔を上げて、大きな声で呼びかける。


「しかしながら!お互いで情報を共有し、それぞれの得意分野を集めて協力し合えば、たとえ相手が強大な力をもったドラゴンといえども、何らかの対策を取ることが可能かもしれません!」


 …ざわ…ざわ…


「人族と手を取り合うだと…?」


「協力などできるか!」


「…しかし、エンシェントドラゴンはエルフ族だけではどうにもならぬのも事実…」


 エルフたちはドラゴンの話が出るや、不安な表情を浮かべ、ひそひそとお互いに話し始めた。

 やはり村の生死に関わる切実な問題なんだろう。

 もちろんそれは我がプラウドロード男爵家も一緒なんだが。


「もちろん無償でとは言いません。僕はここに来て、我々人族が過去にエルフの皆さまに酷い仕打ちをしたということを学びました…。ですので、まずは僕に敵意が無いことを知ってもらい、話し合いの場だけでも設けていただきたいと考えています」


「ほう、人間が我々エルフに何をしてくれると言うのかね」


 ラルスは肩をすくめ、両の手の平を上に向けて、挑発するような表情で、俺に詰め寄る。


「ここにいらっしゃる皆様は、今回の森の異変が原因で怪我をされたと伺いました。ですので、まずは僕の治療を受けていただき、頭のてっぺんからつま先に至るまで、元気ハツラツ、笑顔ウルトラZになっていただこうと思います!」


「ちょっと最後の方は意味がわからんが、傷の治療だと!?貴様如きに何ができる!!リア様を助けられたのもフェンリルの力あってこそだろうが!!」


 ラルスは再び大きな怒りをまといながら、俺に詰め寄ってくる。

 魔獣の牙は、彼の脚にとどまらず、心まで深く抉ったのだろう。

 やり場のない怒り。

 きっと、もはや彼自身どうしようもないのだ。


「それは違うぞラルス。確かにフェンリルに助けられはしたが、私の傷を癒してくれたのは紛れもなくそこにいるレインだ」


 リアが再び援護射撃してくれている。

 リアも村長の孫という立場があるだろうに…、ありがとな。

 じゃあ俺だって男を見せないとな。

 うん、漢字の漢と書いて、おとこと読む方のやつね!


「ラルスさん。もし僕の治癒の力が至らなかった場合、1つケジメを取りましょう」


 俺はラルスを指さし、さらにその目を真っすぐに見て言った。

 耳に風の音がざわめく。


「…ほう、どうするというのだ?」


「この場で僕の首をはねてください」


 …ざわ…ざわ…!!

 エルフたちに一斉にどよめきが巻き起こった。


「レイン!?何を言っている!?だ…だめだ!!そんなことはこの私が許さんぞ!?」


 俺の突然の首チョンパ宣言に、リアはびっくりして胸倉に掴みかかってきた。

 ア゛ア゛ア゛ア゛揺れる揺れるぅー。


 俺はリアの両手を優しく取って、まっすぐにリアを見た。


「リア。心配してくれてありがとうございます。でも僕は本気です」


「…な、なぜそこまで…?お前は我々エルフとは会ったばっかりではないか…」


 リアは不安と戸惑いがぐちゃぐちゃに混じったような、複雑な表情で俺を見ていた。

 しかし俺はそんなリアに向かって笑いかける。


「だって、リア」


 実はさ。

 自分で言うのもなんだが、この時の俺の笑顔ったら、超さわやかだったと思うんだ。


「この村の人たちは、みんなリアの家族なんでしょう?」


「……!!」


 リアは大きく大きく目を見開く。

 吸い込まれそうな大きな目と、サファイアのような澄んだ青い瞳の色が印象的だ。


「リアと僕はもう友達です。エルフがどうとか人間がどうとか、そんな些末なことは僕にとってはどうでもいいんです。そんなことよりも、ただ友達の家族を助けたいと思うのは当然のことでは?」


「…レイン…お前という奴は…」


 リアはその大きな瞳いっぱいに涙を浮かべていた…。

 怪我したみんなを見るのは辛かったよな…?

 そんなみんなの所にドラゴンなんてものが襲ってきたらと思うと、きっと不安で夜も眠れなかったよな?

 わかるぜ、俺も家族やエリーがそんなことになったら耐えられる自信ないからさ。


「うん。僕にまかせておいて」


「レイン……私の…ヒック…大切な家族たちを…ヒック…助けて……」


 俺は、嗚咽を漏らして膝から泣き崩れたリアを、ほんの少しの間だけ優しく抱きしめた後、再び前へ出る。

 失敗は許されない。


「ラルスさん。そしてエルフの皆様。そろそろ始めてもよろしいですか?」


「…そこまで言うならやってみるがいいさ…。だがリア様が何と言おうと、約束は守ってもらうぞ…」


 ラルスも声のトーンがだいぶ落ちてきていた。

 リアの涙が相当こたえたようだ。

 わかってるぜ、この人だって根は絶対に悪い人じゃあない。


「では…まいります…!」


 俺は脚を肩幅に開いて深く腰を落とし、腕を胸の前でクロスさせながら、思いっきり魔力を練り始める。


(強くイメージしろ、俺。この円形広場を埋め尽くすような治癒の空間…。1人ひとりに対してじゃなく、ここを「超絶癒しリラクゼーション空間(笑)」にするんだ。)


 …ズォォォオ…!!


 ちょっと変なネーミングに意識が逸れたが、俺はいつもより出力の高い光の魔法を行使するため、体内でガンガン魔力を練り込んでいく。


 ただ今回はどう考えても人数が多い。

 個々人に対してそれぞれ光の治癒魔法を使えば、間違いなく魔力が枯渇する。

 だからこそ効率よく魔法を行使するため、ここに集まってもらったんだぜぃ。


「まだだ…もっと、もっとだ…」

(そしてより強く、強く、強く治癒のイメージを!)


 …ギュアアアアアアア…!!


 既に日が落ちていた白銀の森から、瞬く間に夜の帳が消え去る。

 そして俺を中心として、あらゆるものが白銀のような煌めきを帯びていく。


「レイン…」


 背中越しにリアの涙声が聞こえる。

 リアは膝をついたまま、この光輝く治癒の空間を見ているのだろう。

 まあ、たまにはカッコよく女の子を助けてもいいよね?


「こ…こいつの魔力は一体…?本当に…人間なのか…?」


 さすがのラルスも、驚きとまどっている。


「ちょっとちょっと!これは一体何の騒ぎ…!?…はっ!…こ、この膨大な魔力は!!」


 どうやら村長宅から、エルやその従者達が慌てて飛び出してきたらしい。


「はあぁぁぁぁぁああああ!!」


 その時俺は、一気に両手を天にかざす。

 そして円形広場の中心から外側方向に向かって治癒の空間が広がるように魔法を構築した。


 カッ!


 付近一帯が、なお一層の真っ白な輝きに包まれる。

 そして広場の中心には巨大な光の柱が形成された。

 それはさながら、地上から天空に向かって伸びる長い長い塔と言っても過言ではなかった。


「なんて綺麗で、優しい光…」


 リアは小さく呟いた。

 その頬に一筋の涙が伝う。


 村の誰もがその巨大な光の柱に目を奪われていた。

 それからしばらくの後、白い光は徐々に収束し、音もなく消え去ると、森には再び暗闇が戻ってくる。

 広場のエルフたちは、元通り、煌々と燃える松明の明かりに照らされている。

 そして…。


「私の目が…見える…見えるぞ…!?」


「お…俺の腕が…ある…!」


「奇跡が…」


 ふぃー、なんとか成功したかな。

 魔獣にかじられたりして無くなってた部分も、無事元に戻すことができたみたいだ。


「わ…私の…脚が…治ったと…いうのか…?」


 ラルスは半ば放心状態で自らの身体を確認している。


「父様!」


 ルルが泣きながら、勢いよくラルスに抱き着いた。

 弱ったラルスは娘の突撃を支える体力はなかったのか、そのまま2人とも倒れてしまった。

 あれは痛そうだ…、半ばプロレス技…。


「父様!父様!よかったね!うわーん!!」


「痛たた…。ルル…これは夢なのか…?」


「うぅ…ヒック…うえーん…夢じゃないよ!あの子の魔法のお陰だよ!」


 ルルはラルスにしがみついて泣きじゃくっている。

 ちっ…よかったな…ラルス…ぐすん。


「そう…だな…。夢ではないのだな…。心配をかけたなルル…」


 ラルスもそっと涙を流しながら、ルルを優しく、しかし確かに強く抱き締めた。


「レイン」


 リアが俺の肩に優しく手を置いた。

 俺はリアの方を振り向いた。

 松明の明かりに照らされた、嬉しそうに微笑むリアの表情は、びっくりするぐらい綺麗に見えた。


「リア。なんとか治療は成功したようです。僕の首も、胴体とサヨナラバイバイしなくて済みそうです」


 俺はなんだか照れてしまい、軽口を叩いた見せたのだが。


「…リア!?」


 次の瞬間、リアは思いっきり俺を抱きしめた。

 細いリアの力とは思えない程、きつく、きつく…。


「…ヒック…心から感謝する…レイン…」


 リアは涙声になっていた。

 最初に出会った時からは想像もできないな、今のリアは。

 輪切りとかなんとか言ってたのにさ。


「さっきも言いましたよ。僕はただ友達の家族を助けたかっただけです。そして願わくば、今後は良好な関係を築いていきたいと思っています」


「…築いていけるさ…。その…私と…レインがいれば…」


 ん?今なんて…。


「ゴッホン。えーっと、大変いい雰囲気のところ、申し訳ないのだけれどね」


「「わ!」」


 突然横からエルに話しかけられ、俺たちはなぜかすごい勢いで離れてお互いに背を向けてしまった。


「す…すみません、ご相談もせずに勝手な行動を…。リアは何も悪くないんです」


 今さらながら、エルに一言相談しておけばよかったかな、と後悔した。

 世の中ほうれんそう(報告連絡相談)が大事だよね。

 そりゃエルだって、よそ者が村のど真ん中で勝手に演説したりわけのわからん魔法を使ったりすれば、いい気はしないかもな。


「いや、おばあ様、それは私が勝手に…」


「ぷぷ…、あっはっはっはっは!」


 エルは豪快に笑いだした…。

 ど、どうした?


「いや君たち。別に僕は何も咎めてやしないよ。なのにそんなにお互いを庇いあって!いやいや、なかなかどうして、若いっていうのはいいもんだね!その純情エキスを僕にも分けてほしいぐらいだよ!」


 ボッ!

 ボボッ!


 エルにそんな風に指摘され、俺とリアは何だか顔が真っ赤になってしまった。

 いやらしい言い方するなぁ、さすがスーパー高齢…おっと。


「まずは僕からも心から感謝を。村の者の怪我を治してくれて本当にありがとう。特にラルスような重傷者は本当にショックを受けていてね…。魔獣などが多く生息する厳しい森の環境下では、大きな怪我は即命取りになってしまうのでね…」


「いえ、僕は自分ができることをしただけです。エルフと人間が仲が悪いままなのは嫌ですし、ドラゴン云々の対策を取るにしても、お互いにしがらみを捨てて話し合いをする必要があると考えましたので」


 …あと、リアが悲しそうにしてたから…というのは今は言わないでおこう。

 もっとからかわれてしまう。


「そう言ってもらえると僕も大変ありがたいね。ただ…。ただね…ちょっとだけ困ったことが…」


 エルは周りの様子を窺うように目をキョロキョロさせている。


「…あ。ですよね。やっぱり先に相談した方がよかったですよね。『物事はきっちり忘れずほうれんそう』ですかね?」


 俺は軽く頭を下げながら、かつて会社に貼ってあった標語を読み上げつつ、上目遣いでエルを見た。


「いや…そんなことはどうでもいいんだよ。そう…トマートでもムーギでもなんでもいいのさ。…ただねぇ…さっきみたいな巨大な魔力、もはや神の御業と言っても過言ではない、部位欠損すら復元した強力な治癒魔法…。あれがねぇ…。その…魔法自体は素晴らしいものなんだけれどね…」


 ふらふらと漂っていたエルの視線が、俺の後方の一か所で固定されたように見える。


「あれが…?」


引き金トリガーになったようでねぇ…」


 んん?エルの顔から表情が消えて…?

 あれ?そういえばなんかさっきより周りが暗くなってない?

 松明は…あれ?消えてないな?

 …ん?

 みんななんで青い顔して上を見てんだ?


 俺もみんなに倣って上を見てみる。


 …あぁ、そういうことかぁ…。

 見なきゃよかったなぁ、こりゃ…。

 しくしく。


『…グルルルルル…』


 それはいた。

「いた」という表現よりも、そこに「あった」という方がしっくりくるかもしれない。

 俺たちがいる広場の…、というよりも「村」の上空。


 文字通りエルフの村を覆いつくすような。

「でっかい」という表現じゃ陳腐すぎて言い表せないような。


 この空すら狭いと言わんばかりに、その巨大な体を大きくうねらせ、全身に美しい銀色の鱗をまとったドラゴンが、そこに悠然と浮かんでいたのだった。

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