第15話 開戦!エンシェントドラゴン

 こんにちは!

 俺はレイン・プラウドロード!

 実は地球出身の26歳で、この世界には10年前に転生してきたのさ。

 女神様からもらったチートな魔法の才能がある、ちょっぴりおしゃまなカントリーボーイなんだぜ!


 えっ?

 そんなの知ってるって?

 何で今さらそんなこと言うのかだって?


 ははは!

 それはね!


 …今言っておかないと…生きていられる保証がないからなのさ…。


「はっ!」


 やばいやばい…。

 俺は優雅に滞空する、未だかつて見たこともないような巨大生物のせいで、一瞬意識がどこかへトリップしていたようだ。


「こ…これが…エンシェントドラゴン…」


 でかいとか大きいとか、そういう陳腐な言葉では全く言い表せないのだが…敢えて言おう。

 でかすぎるわ!!

 20メートル…いや30メートルぐらいか…?

 これがエンシェントドラゴンってやつなのか…。

 地球にいたコモドドラゴンとかと全然違うじゃん。

 むしろ地球のやつはこどもドラゴンじゃん。

 

 正直内心では、エルフたちの伝承って誇大広告なんじゃね?なんて思いながら話を聞いていた俺を、タイムマシンに乗ってぶん殴りに行きたい!

 ごめんなさい!


 はぁ…それにしてもドラゴンねぇ。

 おそらく現代日本に生きる者なら、空想上の生き物として、多少デザインの違いはあっても、きっと誰もが1度は目にしたことがあるはず。


 そう。

 目の前のそれは、体中が美しい銀色。

 いかにもカッチンカッチンで硬そうな無数の鱗に覆われており、背中からは、ゆっくりとだが力強く羽ばたく巨大な1対の翼。

 そして半開きの口からは、めちゃくちゃ鋭い牙がにょきにょきっと生えまくり、瞳はギョロリとした金色で、爬虫類を思わせる縦長の瞳孔が時折蠢いて不気味さを助長している。


 いやー、俺も色んなゲームをしてドラゴンをやっつけたり、時には仲間にして背中に乗っかって一緒に戦ったりしていたもんだけどさ…。

 いざリアルに目の前で見ると、なんと言うか、そりゃあもう怖いなんてもんじゃないっすわー。

 100%中の100%で、お・し・ま・い・DEATH!ってかんじDEATH!!


『グオォォォォォォォーーーーーーーーーーーーン!!』


 上空からのエンシェントドラゴンの雄叫び。

 地の果てまで響き渡り、大気を振動させるかのような、まさに怒号。


 突然発せられたその叫びは、もはや何らかの天災であるかの如く、エルフや魔獣などその種族を問わず、おそらく森に住む生きとし生ける者全てが、恐怖と戦慄を覚えたことだろう。


 俺はなんとか平静を保ったが、目の前のエルフたちの何名かは、その身に降りかかったあまりの恐怖に卒倒した。


「ぐっ…。レイン…平気か…?」


 突然の出来事に膝を屈してしまったリアも、俺の後ろで必死に立ち上がろうとしている。

 が、どうも足が言うことを聞かないらしい。


「…ガウゥゥ…グルルルルル…」


 そんな中シロは、ドラゴンの雄叫びに屈することなく、鋭い牙を剥き出しにし、天を仰ぎながら精一杯威嚇している。

 流石はうちのシロちゃん!

 頼りになるぅ!

 そこにしびれる!憧れるぅ!!


 ふと視線をエルの方へやると、なぜかヘラヘラ笑っている。

 おいおい…どうしたどうした?


「レインくん」


「はい?」


「だめだこりゃ、死ねるね!」


「…」


「しかしこう極限まで怖いと、むしろ逆に怖くないね!あっはっはっは!」


「お…おぅ…」


 エルは笑顔で、両手を腰に当てたままの姿勢から動かない。

 ある意味すげぇ度胸座ってんなコイツ…。


 その時、上から恐ろしげな声が…。


『…せ…ろ…』


「え?」


 …今ドラゴンがなんか…しゃ…


『…さぁ…早く…喰わせろ…』


 ひえぇぇ!!

 く、喰わせろって !?

 何をですかぁぁぁ??

 俺はちっちゃいし絶対まずいですよぉぉ!

 っていうかドラゴンしゃべってるぅぅ!


 ギョロリ…


 ドラゴンの巨大な金色の瞳が、笑顔で胸を張って立つエルを正確に捉える。


『そこな小さきエルフの長よ…。古よりの盟約、今が果たされる時であるぞ…』


 ドラゴンはエルの方を見ながら、低く恐ろし気な声でゆっくりと語り掛けた。

 あっちからすれば、チラッと見てちょこっとしゃべった程度なんだろうが、その巨大な瞳がほんの少し動くだけでもこっちは背筋が凍りそうだぜ。

 しかしエルよ、古よりの盟約とはなんぞ…?


「…えーっと、エルフの長?長は誰だったかなー?おーい長さーん。長さんやーい」


 エルは惚けた様子で、額に手を当てて口笛を吹きながら、周りをキョロキョロする。

 また、倒れているエルフたちを指さしながら「キミが長かい?いや、キミだったかな?」などとぬかしている。

 いやいや、お前しかおらんがな。


「はぁ、なんで僕が長だとわかったのかなぁ…」


 やがて諦めたのか、エルは首を横に振りながら肩をすくめた。

 そしてやっと、その軽薄な口を開いたのだが。


「盟約?盟約ねぇ………。うん、知らない。なんのことか僕にはさっぱりわからない!!正直1000年2000年昔のことなんてちゃんと伝わってるわけない!!」


『……』


 上空のドラゴンを含め時間が止まったように、しばしの不気味な沈黙が舞い降りてくる。


 エルはにこやかな笑顔で、驚くほど爽やかに答えた。


 おいおいさすがのドラゴンも頭に「?」じゃないのか…?

 どうも話から察するに、お宅らエルフのご先祖さんが、このドラゴンさんと何らかの約束をしてたんじゃないのか?

 今更知らないじゃあ済まされないぞ…?


『グワハハハハァ……冗談は程々にしておくがよいぞ…。さぁ、早く我に盟約の供物を差し出すのだ…』


 ほらほらぁ。

 供物とか言ってるよ?

 腹ぺこドラゴンになんか喰わせる約束でもしてたんじゃないの…?

 いかにも早く喰いたくて喰いたくてしょうがないって感じじゃん…。


「…あぁ、ああ。供物?供物ね…えーっとえーっと…。あっ、こちらのちっさい人族の方がその供物さんですかねぇ」


 エルは、再びわざとらしく額に右手を当ててキョロキョロした後、ハッ!としたように、すぐさま俺の方に視線を向け、何度も頷いた。


 そして小声で俺に向かってつぶやく。


「心配しないで、レイン君。きっと君も僕も早いか遅いかだけの問題だよ。まあ、君のでっかい魔力がちょっとした呼水になったところもあると思うし…。お先にどうぞ的な…?」


「お、おばあ様!何を!?…ぐっ…脚が言うことを…!」


 リアはエルに猛然と抗議するが、まだ脚がすくんで上手く立ち上がることができないようだ。


 ちっ…エルの野郎…。

 後で覚えてろよ…!


 ご指名に預かった俺は、恐る恐るドラゴンの方を見た。

 ドラゴンも同じようにエルの方から俺の方へその視線を向けていた。

 ひえ、目が合っちゃった!

 なんてど迫力!!

 エルフと人間で協力して何とかしようなんて言ったけど、これはいくらなんでも無理ゲーだろ…。


『グワハハハハ…!…エルフの長よ。バカも休み休み言うがよい…。この矮小な人族が我への供物だと…?本気で言うておるのか…?』


 いやいや供物じゃありませんよー。

 足元の蟻を食べても、恐竜さんの腹の足しにはなりませんぜー…。


『…我は先刻、強大な魔力の波動を感じたぞ…?間違いとは言わせぬ…。其れこそ我が供物となりうるものよ…』


 え…。

 ひえええええええ!?

 それ俺のことじゃね!?

 オワタ!第1部完!!


 しかし下手に隠し立てするわけにもいかず、俺は恐る恐るドラゴンに話しかけてみる。

 はぁ…やっぱりどんな願いでも1つだけ叶えてくれる云々のドラゴンじゃないよねぇ?


「…ど、どうも…。僕はレイン・プラウドロードと申…します。い、一応さっきの魔力というかなんかそんなかんじのものは、も…もしかしたら、僕から流れ出たというか…ポロッとこぼれ出てしまったというか…」


『…むぅ…?』


 ドラゴンはでっかい目を細めてしばらく俺を見つめていたが、しばらくすると、突然カッと目を見開いた。

 細くなる瞳孔が怖い!


『…グワハハハハハハァ!!成程…確かに人の子ならざる魔力を持っているようだな…。のフェンリルの幼生を連れているところを見ても、お主なら我が供物として不足はあるまい…』


 くぅー!

 笑い声もいちいちでかい!

 腹の底にビリビリ響いてくるぜ…。


「…いや、あの…。まだ僕は食べられたら困ると言いますか…。その…できたら供物とかそういうのになるのは、遠慮したいと申しますか…」


『…なにぃ…?…お主は古からの盟約を反故にすると言うのか…?』


 …わわ!

 怒り出したぞ…。


「…いえ、その盟約と申されましても…。それはそもそもあなたとエルフの皆さんとの約定ですよねぇ…?うちの家がそちら様と締結させていただいたものでもない以上、いきなり食べさせろ!とか反故にするのか!?などと申されましても…何と言いますか…ねぇ?」


 俺は揉み手擦り手で言い訳をする。

 かっこ悪くてもいいんだもん。

 こんな森の奥地で食われて死んでたまるかっての!


『…グルルルル…。小さき者どもの些末な事情など、我の知るところではない。お主が拒否するなら、そこなフェンリルやエルフどももまとめて頂いて、腹の足しにするまでよ…』


 おーい、何てこと言い出すんだよ…。

 今日び闇金の取り立てでもそんなことしねえよ…。

 うーん、どうしたもんか…。


『もうよい。お主がその身体に極上の魔力を宿している事実に変わりはあるまい…?それでも嫌だと言うのなら…』


 …ドラゴンの目つきが変わったぞ…?

 やばい、ヤバイやばいヤバイ。

 この流れはやばい!


『グオォォーーーーーーン!!少々痛めつけて、ゆっくり頂くまでよ!!』


 ドラゴンの雄叫びが響いたその刹那。

 ゆらゆらと揺らめいていたドラゴンの長い尻尾が、突然テレビ画面のノイズみたく、ぶれたように見えた。

 そしてなぜか、目の前が真っ白に。


(やべっ!)


 俺は咄嗟に体内の魔力を巡らせ、身体の隅々まで無属性魔力で強化しつつ、風魔法を発動させて自分の周りを全力でガードする。

 めちゃくちゃ丈夫な、ぽよんぽよんの風船を周りに張り巡らせた、と言えば分かりやすいか。


 だが。


 バシィィィィィン!!

 バキバキバキバキ…!!


 おそらく振り回された尻尾でぶん殴られたであろう俺は、そのまま凄まじい勢いで吹き飛ばされ、村の周りに作られた柵を容易に突き破り、何本も何本も木をなぎ倒しながら、やっと一本のでかい木の幹に衝突して止まった。

 上手く身体に力が入らないぜ…。


「…ぐぅ…痛てて…。なんて破壊力だよ…」


 俺は身体中の痛みに耐えながらも、仰向けに倒れたまましばらく立ち上がれないでいた。

 遠くに見えるドラゴンは、まるで何事もなかったかのように笑っているようだ。


(…あぁ、なんだか意識が遠のいていく…。こっちの世界に転生する前も…、こんな感じだったな…)


 あの時、後輩を庇ってトラックに跳ねられた時。

 奇しくも俺はかつての自分と同じような境遇に至ってしまった…。


(…また、死ぬのか…?)


 …あーあ、せっかく水路が稼働して、うまいこと作物も育ってきたってのに…。

 何より俺自身、魔法を駆使して生きるのがすごく楽しかったのになぁ…。

 エリー…お兄ちゃんもう駄目かも…。


(もういいか…、だんだん思考が遠くなってきた…。もう…ゆっくり…)


 俺が自分の意識を手放し、深くそして暗い闇の中へ沈んでいくような感覚に身を任せようとした時だった。


 …ペロ…ペロ…ペロ…


 俺は、自分の頬に温かく、そして優しい感触を感じた。


(なんだこれ…、なんかザラザラしてて温かいな…。ちょっと湿ってる?これは…?)


 …ペロ………ペロ…


 俺の頬を優しく撫でるその感触は、時間とともにだんだんと弱くなっていく。


(これは…舌…?)


 …はっ!?これは!!


「シ、シロ!?」


 俺は自分の身体の痛みも忘れて飛び起きる。

 そこで俺が見た光景。

 それは、何本も木をへし折りながら吹っ飛ばされていた最中、幾度となくその強烈な衝撃から俺を守るクッションのような役割を果たしたであろうシロが、それでもなお、最後の最後まで俺を守るように、巨大な木と俺の身体の間に挟まれるように倒れている姿だった…。


 そして傷ついた自分の体も顧みず、俺の頬を舐め、必死に俺を励ましてくれていたのだ。

 …俺は早々に諦めかけていたというのに…。


「…シ…シロ…?」


 声にならない声で呼びかけた。

 返事が返ってこない。

 どうやらシロは意識を失ったらしい。

 …が、シロの胸の部分がかすかに上下しているのが見て取れた。

 幸いにも呼吸はしている。


「…シロ…お前…」


 体中の骨が折れてるじゃないか…。


「…待ってろよ、すぐに治してやるからな」


 この時、俺は自分の身体のことなど完全に忘れ、全力でシロに光の治癒魔法を行使した。


 そうだ。

 そうだ、思い出した…。

 俺がぶっ飛ばされる直前、目の前が真っ白になったんだ。

 それはお前が庇ってくれたからなんだな…シロ…。

 バカだなぁ…お前…。

 俺なんかの代わりに、こんなに怪我してさ…。


「フェンリルだかなんだか知らんけど、シロはシロだよな…ごめんよ。僕がビビって動けなかったばっかりに、お前に痛い思いをさせて…」


 俺の両目から涙が溢れてくる。

 止まらない、止められない。

 次から次へと、とめどなく流れ出てくる。


 俺は自分のせいでシロに怪我をさせてしまったこと、そして、ドラゴンの迫力にビビりまくって動けなかった自分の心の弱さに心底腹が立ち、ぐしゃぐしゃに泣いていた。


 まったく…こんだけ助けられてばっかじゃあ、どっちが主人かわかりゃしないよなぁ…。


 俺の魔法でシロの傷は見る見るうちに治っていく。

 が、しばらく意識は戻らないだろう。


「…ちょっとだけ休んでてくれよな。大好きなシロよ…」


 俺は涙を拭ってシロの体を一撫でした。

 相変わらずのモフモフの毛並は、俺に勇気をくれる。


 失うわけにはいかない…。

 シロも、リアも、ルルもラルスのおっさんも。

 …エルはちょっとだけバチが当たってもいいかも。


「もうビビってなんていられるか」


 俺は凛とした姿勢で立ち上がると、悠然と構える上空のドラゴンを見据えた。

 そして1歩…また1歩と歩き始めた。


「ドラゴンさん…。話の途中でいきなりぶん殴るとかあんまりですよ。僕の大事な大事な友達が怪我をしてしまったじゃあないですか…」


 俺は歩みを止めることなく、言葉を発する。

 だが穏やかな口調とは裏腹に、腹わたは煮えくり返っている。


『グワハハハハハハハ…。強大な魔力を持つお主やフェンリルの幼生が、あの程度で参るはずがなかろうが…!』


 …ちっ、でかい声で笑いやがって。

 なんだよ、よく見りゃただのでっかいトカゲじゃねえかよ。

 なんで俺はこんなのにビビってたんだ?

 アホらしい。


「あっはっはっはっ。いやいや…、そういう問題じゃあ……」


 俺は愛想笑いを浮かべながら、膝を曲げて両の拳を腰構えにしつつ、身体中の魔力を急速に練り込んでいく。

 これまで生きてきた中で、ここまで魔力の密度を高めたことなんてなかっただろう。

 ただひたすらに魔力を練りに練っていく。


 そして。

 

「…ねぇわーーーーーー!!」


 身体の中で極限まで圧縮した火属性と風属性の魔力を混ぜ合わせて右手に一点集中。

 そこから左脚を1歩踏み込むと同時に、腰を回転させつつその勢いのまま、力強く右の掌を上空のドラゴンに向ける。

 俺は力の限り魔力を解放した。


 カッ!!


 突然の夜明けを思わせるような、強烈な閃光が迸る。

 尾を引く流星さながらの巨大な炎の竜巻が巻き起こり、ドラゴンの全身を光と火炎が渦巻く地獄へと引き摺り込んでゆく。


『…なにぃ…!?』


 ドッグオオォォォォーーーーーーン!!!


 空の果てまで雷鳴の如く轟音が鳴り響く。


(手応えあり。けどおそらくこんな程度じゃ倒せやしないだろうな。…だがそれがいい!)


「まだまだ。きっちり落とし前、つけさせていただきますからね」


 俺とエンシェントドラゴンの闘いが、幕を開けた。

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