第13話 エルフの親子とレインの思いつき

「じゃあ今日は一旦解散するとしよう。各々何かいい方法がないか模索しつつ、明日の朝、もう一度ここで集合ということでよろしく頼むよ」


 エルがそのようにまとめたことで、この日の会議はお開きとなり、俺は爆睡していたシロを起こしてリアと一緒にエルの家を出た。


 いつの間にか雨は止んでいたが、外はすっかり日が落ちてしまった。

 空には前世と同じように月がぽっかりと浮かんでいた。

 今日はどうやら満月のようだが、まだ分厚い雲がかかっている。

 

 俺は正直自宅に帰ろうと思えば帰れるが、真っ暗な森の中をウロウロするのはちょっと怖いし、今日はこの村に泊めてもらおうかな。

 …夜中に暗殺されたりしないだろうなぁ。


「リア。この村に宿か何かはないですか?お金の持ち合わせは少ないのですが、何とか交渉して泊めてもらおうかと考えていますので」


 大きな石を幾つも埋めて舗装された道路を歩きながら、俺は横を歩くリアに尋ねてみた。


「宿?おいおい、この村にそんなものがあるわけないだろう?こんな森の奥の奥まで誰が来るというんだ」


 リアはカラカラと笑いながら答えた。

 そりゃそうだな。

 俺だってシロと一緒だったからここまで来られたようなものだ。

 でなければ鬱蒼と木々が生茂る深い森の中、普通の子供はおろか、大人の足でも何日かかるかわかったもんじゃない。

 無論辿り着いたとて、結界魔法で村の姿は見えないのだろうが。


「では物置か何かでもいいんで、貸してもらうことは可能ですか?そこでシロと一緒に雑魚寝でもすることにします」


 俺がキョロキョロと辺りを見回していると、リアは片眉を上げ、不思議そうに答える。


「何を言っているんだ?レインは私の家で泊まってもらうに決まっているじゃないか。おばあ様からも丁重に扱うように言われているぞ?」


「えっ、リアの家!?」


 つい変な声が出てもうた。

 おいおいおい、何を考えているんだ。

 いきなり家に来いとか…。

 それはちょっとヤバくない?

 こっちの世界で生まれて初めての外泊が、いきなり女性の家とかハードル高すぎない?


「む。私の家は嫌か?」


 リアは上目遣いで口を尖らせ、目を潤ませながら俺を見てくる。

 その姿に俺は不覚にもちょっとドキッとしてしまった。


「い…いえ、嫌といいますか…。その、僕なんかがいきなりお邪魔したら、ご家族の方に迷惑が掛かると思いますし…」


「私の家に家族はいないぞ?」


「えっ?」


 おいおい、1人暮らしかよ!

 余計あかんやつや!


「私の家族はとっくの昔に人間に殺されてしまった。奴隷として連れていかれた挙句、魔法が使えるということで、無理やり戦争に駆り出されてな。皆そこで死んでしまったよ」


「…!」


 …マジか…。

 俺は言葉を失ってしまった。


「だから今私の肉親と言えるのは、村長であり祖母のエルだけだ」


 なんて過酷な経験だよ…。


「…そうだったんですか。申し訳ありません。辛いことを思い出させてしまいました…」


 戸惑う俺に、エルはふっと優しく笑いかける。


「おいおい、顔を上げてくれレイン。私の家族の死に、お前は何ひとつ関係ないだろう」


「…でも…」


 リアと最初に会った時の憎しみに満ちた目。

 人間に対する怨嗟の目。

 今その理由を垣間見た気がする。

 俺だって家族がそんな非道い仕打ちを受けたのなら、そんな風になってしまったかも知れない。


「家族を人間に殺されたのは事実だ。しかし今日私がお前に助けられたのもまた事実。お前のような人族に会えたことで、私の心もいかばかりか救われたような気もしているさ」


「リア…」


「ついでに言うとな。私にとっては、この村の1人ひとりが大切な家族なのだ。誰ひとりとして失いたくない、本当に大事な大事な家族たちなのさ」


 リアは大きく両手を広げ、屈託のない笑顔を俺に向けながら話してくれている。

 嘘偽りなく、本当にこの村に生きる仲間のことを大切に思っているのだろう。


「だからな、レイン。そんな顔をするな。まだまだ村には人族を信用していない者もいるだろうが、今度は私がお前の盾になってみせよう。」


 く…。

 なんて男前なんだリア…。

 さっきは頭がちょっとアレとか思ってすまんかった。


 そうだよな…、少なくとも俺の周りの人間は絶対にリアたちを悲しませるような非道いことはしない。

 もちろん領民の皆にもそんな奴はいないと思いたい。

 人間みんなが悪い奴ばっかじゃないっていうのを、俺が行動で示さないとな!


「…それに私はな…………………、……………」


 リアが俯いて両手の人差し指をもじもじさせながら、小さな小さな声で何か呟いた。

 俺は少し驚いて、しばらくリアの顔を見ていたのだが…。


「…すみません。声が小さくてよく聞こえなかったのですが…」


 俺は耳に手を添えるようにして聞き返したが、リアはなんだか赤くなって怒り出した。


「う…うるさいぞ!聞こえてなければそれでいい!!さあ、帰って夕食にするぞ。こう見えても私は料理が得意なんだ。エルフの名物料理をとことん堪能させてくれる!」


「それは楽しみですね!」


「ふふ!期待してくれていいぞ!!私は容姿もいいが、料理にも精通していると自負しているのだ!」


 リアはふんぞり返ってエッヘンしている。

 コイツは時々自己評価が高いな…まあ自信があるんだろうけどさ。

 あー、ご飯の話したら急激に腹が減ってきたな…。


 そんな風に和気藹々と話をしていると、俺たちの進行方向から、小さなエルフが歩いてくるのが見えた。


 あれはたしかルルだったか。

 小さいけど50オーバーの。


「リア姉様!」


 ルルは嬉しそうにリアに手を振った。

 元気いっぱいの姿はどう見ても子供なんだがな…。

 ん?その隣にいるのは…?


「ルル。こんな時間に散歩か?」


「うん、父様が家で寝てたら身体がなまっちゃうからって」


 そのときルルの横から男のエルフが一歩前に出て、リアに恭しく頭を下げた。

 やや顔色が悪くて頬もこけており、全体的に痩せているかんじだ。

 体調不良だろうか?


「リア様、いつもルルがお世話になっております」


「いやいやラルスよ、何を言う。私の方こそ常に皆に助けてもらってばかりだ」


 どうやらリアやルルと話をしているのは、ラルスという男のエルフで、ルルの父親らしい。

 ルルは俺やシロにも目を向ける。


「あ、小さな人間!レインと言ったかな。あんたにも一応感謝してるよ。リア姉様を助けてもらったわけだしね」


 ルルは、なぜか腕を組んで仁王立ちのポーズを取る。

 流行ってるのか?それ。

 あ、シロが欠伸してる。


「いえ、先程も言いましたが僕は何も。たまたまこのシロと散歩していたら、リアが襲われているところに通りかかっただけですので、気にしないでください。ルルおばさん」


「ちょっと!なんで私だけルルおばさん・・・・なのよ!?」


 あぁ…、頭の中で50オーバー50オーバーと反芻していたら、つい余計なことを口走ってしまった。

 そんな風にルルやリアとまるで漫才のような会話をしていると、ふとラルスが俺を見ていることに気が付いた。

 …例によって、あまり好意的なものとは言えない視線だが。


「…人間よ、リア様を救ってもらったことは素直に感謝しよう。だがな、私ははっきり言って人間が嫌いだ。かつて人間がどれ程非道い仕打ちをエルフに行ったかお前は知っているか?現にリア様のご両親などは…」


「ラルス」 


 俺を睨みながら怨嗟の言葉を吐くラルスを、リアは手で制した。


「ラルス。お前が人間を憎むのは自由だし、私はそれを止めるつもりも無い。そしてこれが私のことを案じてくれているが故の行動であることも理解している。だがな、私自身がレインに命を救われたのもまぎれもない事実だ。そして私の家族のこともレインには関係がない。…すまないが、この場は私に免じて鉾を納めてくれないか」


「…はっ。申し訳ありません。つい…」


 ハッとしたラルスは、慌ててリアに頭を下げた。


「じゃあリア姉様、もう行きますね!」


「ああ、もう暗くなってきている。ラルスも足元には気をつけてな」


「はい。リア様、失礼いたします」


 立ち去っていくルルやラルスたち。

 俺の横を通り過ぎる際も、ラルスは俺を睨み続け、敵意を隠そうとはしていなかった。

 だが、彼が俺を襲う心配は無いように思えるし、仮に攻撃されても負けはしないだろう。

 俺を見るその目は暗い憎しみを宿してこそいるものの、その表情などからは、ほとんど覇気のようなものは感じられないし、身体も衰えている様子だ。

 加えてもう1つ。


「あの人、脚が…」


 俺は俯き加減に呟いた。

 歩きにくそうに去っていくラルスの左脚は、膝の下から先が失われていたのだ…。


「うむ…ラルスは森で狩りをしていたところを魔獣に襲われてしまってな。それ以来満足に動くこともできず、衰えていくばかりなんだ。何もしてやることができない自分が歯がゆいよ…」


 リアは強く唇を噛んで辛そうにしていた。

 悔しくて仕方ないのだろう。

 その両の拳もギュッと固く握り締められている。


 …なるほど。

 ここは村全体が1つの家族のようなものなのか。

 それぞれの立場はあっても、お互いに、支え合い、励まし合って助け合いながら、森の中で生活しているのだろう。


(だからこそ、さっきのラルスは、かつてリアの家族の命を奪った人間おれたちが許せないんだろうな)


「…レイン…」


 俺は言葉無く、リアの方を見る。

 リアの拳は固く握られたままだった。


「ドラゴンが現れていよいよ、という時…、我々は村を捨てねばならん…」


 リアは俯いており、表情を読み取ることはできない。

 しかし声が少し震えているように感じる…。


「村を捨てる…ですか」


 成程。

 まあドラゴンなどという危険な生き物が現れたなら、それも致し方なかろう。


「…だがな…今この村には負傷者も多く、全員が満足にドラゴンから逃げることなど…到底できないだろう…」


 リアは続ける。


「…もちろん私は皆を護るために最期まで戦う。たとえこの身をドラゴンのブレスで焼かれようとも、その顎でかみ砕かれようとも、もはや死など怖くはないさ」


「……」


 俺は黙ってリアの話に耳を傾ける。


「私が唯一怖いのはな、レイン…。大切な仲間たちが…死んでしまうこと、私の前からいなくなってしまうことなんだ…。だが…今の私にはどうすることもできん…」


「…リア…」


「せめて全員がまともに動くことができればな…。怪我人を守りながらの戦いとなれば、各々の魔法の使用もままならぬ……。一体どうすれば…」


 リアは両方の拳を固く握りしめ、唇を強く噛みしめる。

 …拳と唇からはうっすらと血がにじんで見える…。


 その時俺は、ふと考えた。

 俺に与えられた力を使えば、いくらかこの状況を改善することができるんじゃないか?

 人間とエルフの間にできた大きな溝を、少しでも埋めることができるんじゃないか?

 俺はリアに尋ねてみる。


「ねえリア。怪我をされたエルフの方はラルスさんの他にも、もっとたくさんいるんですか?」


「あぁ。彼のような重傷者からかすり傷程度の者まで幅は広いが、かなり多くのの負傷者が出てしまっているが…」


「ではリア。村中の負傷者達を、どこか一カ所に集めることはできますか?」


「うむ?…可能だが。なぜだ?」


「ええ。僕の家はこの森の管理者ですからね。状況を好転させるためなら、打てる手は少しでも打っておきたいと思いまして!」


 俺の話を了承しくてれたリアは、再び村の方へ戻っていった。

 よし、ここからは俺のターンだな!

 ここまで来たからには、やるっきゃない!


 ふと空を見上げると、空にかかっていた分厚い雲は何処へやら。

 地球のそれとほとんど変わらない明るい月は真円を描きながら、やさしい光をたたえていた。

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