第12話 ドラゴン起こしたの、だあれ?

 大きなログハウスは重い沈黙に支配されていた。

 他の家屋よりも下手に広いだけに、雨音や風の吹き抜ける音だけが、妙に耳に残った。


(あぁ、なんかこの雰囲気…。後輩が取引先とやらかして、謝りに行った時の雰囲気そっくりだな…)


 俺はかつてのことを思い出しながら、静寂を破るように口火を切った。

 というか、俺が話を進めないと、みんな永遠にしゃべらなさそうだし。


「エンシェントドラゴン…とはまた仰々しい名前ですね…。な、なんかこうカッコイイ感じ的な?…」


 俺は会えて陽気な口調で言ってみた。

 言ってみたのだが。


「カッコイイだけならばいいんだけどね!」


 エルは笑いながら答えるが、どこか自虐的とも思える笑みにも見えた。


「…目覚めているらしい、というのは?そのドラゴンは普段は眠っているんですか?」


「らしい」っていうぐらいだから、少なくとも以前は寝てたんだろう。

 加えてエルフたちが、件のドラゴンが森の奥にいることも把握していたような口振りも気になる。


「御先祖様の残した言い伝えでは、ドラゴンは2000年前に深い眠りについたと言われているんだよ」


「に、2000年!?」


 思わず目が飛び出しそうになった。

 食っちゃ寝好きの俺でも2000年はさすがに長いと思うよ!

 前世の人類史なら、紀元後ほぼ寝っぱなしじゃん!


「その言い伝えには続きがあってね。ドラゴンは3000年の永きに渡る眠りの後、再び覚醒し…」


「…覚醒し…?」


 ゴクリ。

 おいおい…もったいぶるなよ…。


「世界を未曾有の危機に陥れるであろう、と」


 エルはどこか遠い目をしていた。

 外の雨はより一層強くなっているようだ。

 風もますます吹き荒んでいく。


 エルは、さっきのおちゃらけた雰囲気からは想像もできない程に重々しい口調で、小さく、しかしはっきりと「世界の危機」という言葉を口にした。

 全員がエルの話に息を飲む。

 戸惑う俺をよそに、他のエルフたちは俯いて、完全に押し黙ってしまった…。


「…世界の危機、ですかぁ。それはまた…」


 俺は頬を指で軽く掻きながら呟いた。

 うーん、話がちょっとワールドワイド過ぎて、今いちピンと来ないな。

 …これは俺の異世界スローライフ計画にも黄色信号が点灯か?

 あれ?でも待てよ。


「しかしその言い伝えが本当なら、まだドラゴンが目覚めるまで1000年ぐらいの猶予があるように思うのですが…」


 エルは深く溜息をつき、大きく頭を振って視線を落とす。


「それがねぇ…、僕たちにとって一番分からない点なんだよ。いやまあ…点だった・・・・と言うべきか…いずれにしてもこれは、白銀の森に住むエルフに代々伝わる言い伝えだから、多少時期にズレがあってしかるべきかとは思うんだけど…。確かに1000年のズレはあまりにも…ねえ」


 エルの奥歯にものがはさまったような、含みのある言い方が若干気になるが…。


「その言い伝えというのは、何かこう正確な記録のような物で残されたりはしていないんですか?例えば古文書とか、どこかの石碑に刻まれてるとか…」


 俺の問いかけに、エルはちょっと困ったように、右手で頭の後ろを掻きながら答える。


「うーん。僕たちエルフはね、種族としての寿命が長い分、人族のように何かを書物に書き残したり、石に何らかのメッセージを刻んだり、ということは殆どしないんだよね。長生きな分、伝えたいことは概ね死ぬ前に伝えることができてしまうし、正直自分が長生きして死んだ後のことなんて…ねぇ?」


 エルは少し気が緩んだのか、苦笑いを浮かべながら、他のエルフやリアの方を見る。

 助け舟を出してほしいらしい。


「…うむ、確かに。おばあ様の言うことは正しいな」


 リアはさも当然のように大きく頷いた。

 マジかよ!?

 ちょっとエルフたち、どうなのよそれは。

 ちゃんと記録しとけよ。


「何か心当たりはないんですか?危険なドラゴンだけど、まだ目覚めるには1000年かかるんですよね?そんな寝坊助君が目を覚ますんだから、何かしらトリガーになるような事象などがあるはずでは…?」


 実はなんかあるだろ?エルフさんたちぃ?

 俺はきっとエルフたちがなんかやらかしてるパターンと見たぜ。

 1000年だぜ、1000年!?

 3年寝太郎も裸足で逃げ出すってんだよ!

 例えばドラゴンを封印していた宝石を盗んだとか、なんかこうクリスタル的な物を破壊したとかさ!

 うちのゆるふわ母なら絶対やるぞ?

「あーん、こけちゃった」とか言いながらドラゴンの封印すらうっかり破りそうだしな。


「君さっきから何か失礼なこと考えていないかな?僕たちエルフにそんな心当たりなんてないからね!」


 おお、なんだなんだムキになって。

 ますます怪しいな、これは。

 俺は今基本的にエルフたちに対する信頼/ZERO、だからな!

 あの門番辺り、絶対なんかやってまっせ!


「…そうでなくても、今エルフの村は怪我人だらけで何もできないからね…」


 エルは悔しそうに呟くと、膝の上で両の拳をギュッと握った。


「…と言いますと?」


「…実は少し前に、この森の中でオークキングと思われる個体の姿が確認されてね…。これもドラゴンの覚醒による異常事態の一環と考えているんだが」


「オークキング…ですか」


 あの飛べない紅い豚のことか?


「そう。そのあまりの強さや凶悪さで、歩く大災害とも呼称されるオークの変異種さ。凶暴なオーク種の中でもその頂点に位置するオークキングは、僕たちエルフでは到底かなわない。なのでそんな奴が村へ近づかないように結界の魔法を行使するのが精一杯だったんだがね」


 エルの言葉に、俯いて黙っていたリアも重い口を開いた。


「…実はな、オークキングの動向を含めた森の調査で多くの重傷者が出ているんだ。村の入り口でレインが会ったルルも父親が魔獣に襲われて大怪我をしてしまってな…。1人で怪我に効く薬草を採取に行った折、フォレストウルフの群れに襲われてしまったというわけなのだ」


「成程。そしてそれをかばったリアがズタボロに、という訳だったんですね」


「不覚だった。まさかあんな場所にフォレストウルフの群れが現れるとは思いもよらなかった」


 リアは悔しそうに歯噛みしている。

 うーん、事情は大体分かった。

 まあオークキングの件はさておき、結局そのエンシェントドラゴンとやらが、この森の異常を引き起こしている全ての原因ということだな。


「…ところで、レイン君…」


 エルは何か言いたそうな様子で、若干上目遣いに俺を見ていた。

 お?ようやくエルフの過ちを正直に話す気になったか。

 何か心当たりがあるなら、早く言った方が楽になるよ?

 罪を憎んで人を憎まず、の精神だよ!


「これは仮説なんだがね」


 エルは人指し指を上に向けながら、説明するような口調で話す。


「この眠れるドラゴンはさ。何かとてつもない力を持って現れた存在に、まるで連鎖するような形で覚醒したと僕は考えている」


「ほうほう」


 顎に手を当てて相槌を打つ。

 ちっ、あの紅の豚野郎のことだな?

 確かにあいつ、実は強かったらしいしな。

 死してなお迷惑を撒き散らすとは、けしからん奴!


「…しかしそれは、件のオークキングなどではなく、もっと強大な存在…だと思う」


 エルやその従者たちは目をキョロキョロさせ始め、俺を見ながらなんだかソワソワしている。

 ふとリアと目が合ったのだが、すぐに目線を逸らされてしまった。

 何か言いたいことでもあるのか?


「…あっ」


 そ…そうか。

 強い力に連鎖する、ということは…つまりそういうことだったのか。

 やっとわかったよ…そりゃ俺には言いにくいよな。


 俺は口をへの字にして眉間にしわを寄せ、腕を組んで唸ってしまう。


「…そういう…ことですか…」


 エルは一瞬ハッとした表情をしたかと思うと、バツが悪そうに俺から眼を逸らした。


「…ごめんよ…。気付いてくれたんだね…?」


「そうですね…。皆様の様子を見る限り…それしか原因はないかと…」


 その場に重苦しい沈黙が訪れた。

 さて、どうしたもんか。


「エルフさんたちの言い伝えでは、現状ドラゴンに対する何か有効な手立てとかは残されていないのですか?」


 俺は思い切って聞いてみた。

 俺の考えが正しければ、俺はもはや無関係ではない。

 いやむしろ当事者と言える立場だ。


「それがね…申し訳ないんだけれど、具体的なことは何も伝えられていないんだよ。ただ漠然と、世界の危機としか伝えられていない」


 エルは苦虫を嚙み潰したような顔をして答えた。

 おいおい、エルフの御先祖さんよ!

 有効打のなんか1つくらい残しといてくれよな!


「それは困りましたね…。では例えば戦って勝てる見込みなどはあるんですか?」


 エルは肩を落として溜息をつき、両手の手の平を上に向ける。


「ドラゴンとまともに戦える者、ましてや倒せる者なんて、長生きしてる僕でも聞いたことがないね…。そもそもドラゴンは、どんな刃も通さない固い鱗を全身にまとい、その強靭な顎は大地を丸ごとかみ砕く。加えて最も恐るべきは、ドラゴンのブレス。まともにくらえば、この世に生きた証など何ひとつとして残らないだろうね」


 場がさらに重苦しい雰囲気になってしまった。

 そりゃそうだわな。

 村の近くにそんな超危険生物がいたら誰だって怖いだろう。

 俺だって安心して部屋でゴロゴロできやしない。


「…では、こうしましょう」


「おお、さすがはレイン君!何かいい方法が!?」


 エルの表情が少し明るくなる。

 藁にもすがるとは、きっとこういうことを言うのだろう。


「当事者同士で、対話を試みるんですよ!」


 俺は自信を持って提案した。

 前世の営業で、今まさに契約を取る!的な、奥義とも言えるプレゼンだぜ!


「対話…かい?」


「そうです、対話です」


 俺はゆっくりとソファーから立ち上がり、そこらを徘徊し始める。

 意味?この行動に意味などない!

 仰々しく、それっぽく、そして容赦なく皆の注目を集めつつ、最後に一気に畳みかけるのさ!


「確かにドラゴンは高い知能を持っていると言われているけれども…」


 エルは半信半疑という目を俺に向ける。

 だが俺は動じないぜ。


 コツ…コツ…コツ…。

 俺の靴の音がいい感じに響いている。


「だって話せば分かってくれるかもしれないじゃないですか。どんなことにもまずは対話が必要だと僕は考えます。幸いにもある意味獣同士。そこは動物的なアレで……きっとなんとかなる!!」


 俺は振り向きざまにピシッとエルを指さしながら不敵な笑みを浮かべつつ、決めポーズを取った。

 さながら「犯人はあなただ!」と言わんばかりのポーズ。

 決まったな…。

 自分がオークキングを即ぶっ殺してしまったことは気にしてはいけない。

 きっとそれとは話のスケールが違うだろう、うんうん。


 しかしながら、エルをはじめエルフの面々のぽかーんとした顔が気になる。

 俺の営業トークがエルフたちのハートをガッチリ鷲掴みにしてしまったかな?


「…えっと、1つ確認なんだけど…」


 エルはゴクリと唾を飲み込むと、意を決したように口を開く。


「レイン君はその…人族ではなく、獣人族…だったのかい?」


 んん?


「…いえ…私は人族…ですが?」


 何言ってんだ、コイツ。

 なんで俺が獣人なんだよ、どうみてもモフモフポイントがないだろ、つるっつるだろ。

 まああと何年かしたら、ある場所はモフモフするだろうけどさ。


 エルは続ける。


「いやぁ。当事者は獣同士・・・なんて言うからさ…てっきりそうなのかと…」


「…?…いやぁ…。ですので、対話はうちのシロが…」


「え?」


「えぇ?」


 ん?

 なんだか話が嚙み合わないな。


「あの、ちょっと確認ですけど…。ドラゴンを起こした原因って…、うちのシロなんですよね?神獣フェンリルとかなんとか持ち上げられてたし…」


 俺はちょっと引きつった笑顔を浮かべながら、後ろで爆睡するうちのワンちゃんを、親指で指して確認したが。


「「「いや、あんたしかいないだろ!」」」


「えーーーーーーーー!??」


 俺だったんかーーーーーい!

 その場にいる全員から、「犯人はお前だろうが!」的に指をさされ、強烈なツッコミが入ったのだった。


「いやいやいやいや、僕にそんなことを言われましても…。なんの心当たりもないと言いますか、そもそも僕はどこにでも転がっている10歳の子供ですよ?そんな大それたものじゃ…」


 その時エルは後方の従者から、何か耳打ちをされている。

 なんだなんだ?


「レイン君。実はここ最近の調査でさ、森の中に突然巨大な溜め池や不自然なクレーターが発見されていてね。果ては素材のよくわからない異常な硬さの長城がまるで森を分断するように、ある日突然築かれていたりと、僕たちエルフの常識からずいぶんとかけ離れた超常現象が認められてるんだけど…。何か心当たりはないかな?」


 あっ…俺だ…。


「これらの現象にはね、異常なまでの濃密な魔力の痕跡が残されててね…。実は僕も似たような魔力をついさっき村の入り口付近で見たような気もするんだよね」


 う…。


「これも仮説なんだけどね。あ、いやいや、寧ろ裏付けのとれた定説・・と言ってももはや過言ではないかも知れないんだけど。ドラゴンは、突然この世に現れたその強大かつ異常な魔力に惹かれてしまい、まだ1000年はあるはずの、深い深いまどろみの底から一気に覚醒してしまったとは考えられないかな?」


 俺の背中を冷たいが汗が流れ続ける。

 自分が実験だのなんだのとヒャッハーしていたせいで、こんなご近所トラブルを引き起こしていたとは…。


「そ、そうですか…。うーん。な…なんとか対策を考えないといけませんよね…」


 急に責任が重たくなったきがする…。

 もともと自分が蒔いた種なのだが、まだ死にたくはないぜ。

 何かいい方法はないものだろうか…。


「やっぱり戦うしかありませんかねぇ…?そういえば基本的なところなんですが、そのドラゴンはどれくらいの大きさなのでしょうか?」


「言い伝えでは、この集落程度はすっぽり覆いつくされる程だと…」


「勝てるか!でかすぎるわ!!」


 俺は人生で一番の速さのツッコミを入れたのだった。

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