第11話 エルフの村長と森の異変
エルフの集落は、大小様々な自然を有効利用して作られていた。
住居はもちろん木でできていたし、その他にも切り株を利用した椅子や大きな木から削り出したと思われる机、そして村の中央には集会等で使われるであろう大きな広場などなど。
俺がいた世界なら、おしゃれなキャンプ場ってかんじか。
また村のエルフたちと言えば、麻を編んで作ったような簡素な服を着ている者もいれば、ツヤツヤのシルクのような生地のものを着ている者もいる。
いずれにしても、あんまり飾り気はなく、おしゃれには無頓着なようだ。
みんなそれぞれ農作業をしていたり、植物を煎じて薬草のような物を作ったりしていたりと、思い思いに仕事をしている。
そんな村の中をリアに連れられて歩いていく俺やシロ。
シロを見たエルフたちは驚いたり、涙を流しながらお辞儀をしたり、中には腰を抜かして尻もちをつくエルフまでいた。
だがやはり、シロに乗った俺に対しては、一様にいい印象を持っていないというのがよく伝わってくるし、あからさまに敵対心を剥き出しにしている者もいる。
まあ、気にしてもしゃあないんだけどね。
そんな中、俺はエルフの村の中でも一際大きなログハウスに案内された。
どうやら村長の屋敷らしい。
簡素ではあるが、細部までしっかりと作り込まれたログハウス。
きっと立派な動物の革で作ったであろうフカフカのソファーがあり、俺はそこに座るように言われた。
また、森は既に日が落ち、周りに立てられた燭台の上で蝋燭の炎がゆらめいていた。
俺に向かって正面に座っているのは、先程村の入り口で会ったリアにそっくりな女性のエルフ。
違う点と言えば、リアは長い髪なのに対し、こちらは肩口で短く切り揃えられており、さらに何らかの属性を持った魔石が埋め込まれた首飾りを掛けていた。
またその後ろには、端正な顔立ちをしつつも、筋骨隆々という感じの、いかにも護衛のような男性のエルフが2名、佇立している。
ちなみにリアは俺の隣に座り、シロは俺の後ろで丸くなると、速攻で爆睡モードに入っていた。
「粗茶ですが」
別の女性エルフが、木のカップで俺に温かいお茶を淹れてくれた。
ほのかにかハーブを蒸したようないい香りがする。
ちょうど喉も渇いているし、遠慮なく飲んじゃおっかな!
「頂きます」
…うん、うまいなこれ!
飲んだ瞬間に爽やかな香りが鼻腔を駆け抜け、ほんのりとした甘みが口の中いっぱいに広がっていく。
なのに後口は全然しつこい感じがせず、口の中に余計な味などは残らない。
これはぜひぜひ我が家にも分けてほしい茶葉だな。
…この茶葉を売りにした喫茶店などを経営すれば…むふふふ。
「ふふふ。とても美味しそうにお茶を飲むね。なんだかこっちまで嬉しくなってくるよ」
リアに似たエルフは俺の顔を下から覗き込むように、ニヤニヤとした顔で見て来る。
「えぇ、とても美味しいお茶です。後味もすっきりしていますし、うちの家族にも飲ませてあげたいぐらいですよ」
「気に入ってもらえてすごく嬉しいよ」
そう言うと、リアに似たエルフの女性は、今度は一転、ニヤリと意地の悪そうな笑みを浮かべた。
「…けどさぁ。そのお茶に毒が入っている、とは思わなかったのかい?エルフが人間たちを嫌っているのはもう知っているんだろう?」
にわかに場が緊張した空気に包まれる。
リアも眉間にしわを寄せて口を一文字に結び、じっと向かいのエルフを見ている。
「毒ですか?いえ、特には」
俺は首を横に振って即答した。
リアに似たエルフの女性は目を丸くして少し驚いたようだが、すぐに、元の品定めするような笑顔に戻った。
「ほう…、その理由を聞いても?」
「理由という程大したものではありませんが…。僕を殺すつもりなら、いちいち毒なんて盛らずとも、あなたのように強い魔力をお持ちであれば幾らでもバレずに殺せる方法があるだろうな、と思っただけですよ」
「ほぅ…。成程なるほど」
エルフは右手を顎にやり、わざとらしくうんうんと何度も頷いた。
「…あと1つ。僕は先程リアと友達になったつもりです。ですので、友達の村の人が出してくれたものを疑うなんて、おかしいじゃないですか」
俺が笑顔でそう言うと、隣に座っているリアや護衛の人たち、そしてお茶を淹れてくれた女性エルフまでが、目を丸くしていた。
ん?俺なんか変なこと言った?
「ぷっ…くくく…あーっはっはっはっは!そうだね、そりゃそうだよ!君の言うとおりだ!」
どうやら相当ツボにはまったのか、リアに似たエルフは腹を抱えてヒイヒイ言いながら涙を流して笑っている。
やっぱエルフってちょっと変わってんのな…。
「もう意地悪はそれぐらいにしていただけませんか?これ以上はレインに失礼かと存じますが」
その様子を見かねたリアが、片目を閉じながら、睨むように口を挟んだ。
「はははは…はぁ…。そうだね。これは失礼したよ。いやぁ、まさかあのリアが人間のお友達を連れてくるとは夢にも思わなかったからね。少し意地悪してみたくなっちゃったんだよ。悪く思わないでおくれよ」
エルフは手で涙を拭いながら、申し訳なさそうにリアに言った。
リアの方もブツブツ言いながらも納得したようだ。
「改めて礼を言うよ。うちのリアをフォレストウルフから助けてくれた上に、傷の治療までしてくれたと聞いている。森の神と風の精霊に誓うよ。本当にありがとう」
エルフはそう言うと、後ろで佇立している従者たちや、お茶を出してくれた女性のエルフともども、俺に向かって深く頭を下げた。
「いえいえ、そんな。僕は本当に何もしてないんです。オオカミの群れからリアを助けたのは、僕たちの後ろで寝ているシロなんですよ」
「ふふふ、そうかい?そんなに謙遜しなくてもいいと思うよ。確かにそのフェンリルの力もあったかも知れないけど、そもそも君という人間とフェンリルの関係性が無ければ、神獣と呼ばれているフェンリルが、わざわざいちエルフを助けてくれたとは思えないしね。それにさっき君から感じた魔力、いや、むしろ逆に超巨大な魔力が服を着て歩いているようにさえ感じたけどね。その魔力の一端に少しでも触れれば、色んなことに納得できるよ」
むむ。
やはり俺が有事対応のために練り込んでいた魔力は見抜かれていたか。
まあ俺も何となくこのエルフが持っている魔力の強さはわかるしな…。
いずれにしても俺は、ただでかい魔力を持っているというだけで、魔法使いとしてはまだまだ経験不足なんだろう。
これも今後の参考にしなければ。
「…まあ僕のことは。それよりもあなたはこの村の村長様なんですよね?なんて言うか、その…リアとあまりにもそっくりに見えるんですが…。リアのお姉様か何かでいらっしゃるんですか?」
「…え…」
隣のリアを含め、そこにいたエルフ全員がキョトンとした顔をする。
あれ?また俺なんか変なこと言った??
しかしそれから程なくして、リア以外の全員が大笑いした。
「あっはっはっはっ!お姉さん!?これはいい!!なんというか、僕にとっては大変ありがたい話だね!!リア、これから僕のことはお姉さんと呼んでくれたまえよ!」
リアはと言えば、なぜか憮然とした表情で俺に向き直る。
「そんなわけがないだろうが!レインの目は節穴なのか!?ええ!!」
両肩を掴まれ、ガックンガックン揺すられる俺。
えええ…。
そ、そんなに怒らんでも。
俺にはそっくりさんにしか見えん。
「いやー、すごく残念なんだけどね、僕はリアの姉ではないんだよ。そうであれば愉快痛快なんだけどね。僕はこの村の村長でエルというんだ。加えて、そこなリアちゃんは僕の孫娘なんだよ」
「えっ、マジかよ!?おばあちゃん!?」
うおっと、思わず素が出てしまったぜ…。
しかしまさか、ばあちゃんとはな…。
さっきのルルもそうだが、エルフの若作りマジ恐るべし…。
「まあ人族とエルフとでは寿命にかなりの差があるからね。僕たちエルフは長命な分だけ成長速度が遅く、老化の速度も人のそれよりはかなり緩やかなのさ」
「な…成程…。承知いたしました。それにしても…驚きました」
まだ納得がいかない様子のリアは、腕を組んでぷんぷん怒りながら口を挟む。
「そんなに驚くことはないだろう。おばあ様などと比べられても私は困るのだがな!!肌のはりつやが全然違うだろうが。あと目尻の小じわとか…」
あ!
リア、お前…それは多分悪手だぞ。
「リア…。後でゆっくりお話をしようか。村の共同トイレの裏まで来てよ。必ずだよ、異論は許さない」
ビビって涙目になっているリアを尻目に、エルは俺に向き直り、ちょっと真面目な顔つきになった。
「さて、それはそうと。さっきは村の者たちが大変失礼をしたね。実は最近森の様子がおかしくて、村中がピリピリしてしまっているんだ。そうでなくとも、エルフは人間たちに散々な目に遭わされた過去があるからね」
リアが言っていた奴隷云々の話なんだろう。
もちろん俺がそういうことをしたわけではないのだが、やはり申し訳ない気持ちになってしまう。
「まあそこはそれ。過去はどうあれ、同胞を助けてもらった恩人に対して、これ以上刃を向けるようなエルフはいないと、僕は信じているよ」
「そ、そうです…かね?」
つい引きつった笑みを浮かべてしまった。
だって俺エルフって、もっと思慮深くて、石橋を叩いて叩いて叩きまくってむしろ壊して作り直して渡るぐらいの慎重派かと思ってたんですけど。
それが話も聞かずに、治療を施した人間を魔法で輪切り?にしようとしたり、いきなり弓を射ってきたり…。
ちょっと考えちゃうよなぁ。
「あ…あの…。森の様子がおかしい、というのは?」
まあここでそれを責め立てても仕方がない。
俺は頭を切り替えてエルの話を聞くことにした。
だってこの森のことは、うちの領地の事情に直結するからな。
何か森に異変があるなら、それはそれで問題だ。
「うんうん、君も気になるよね?」
エルは大きく頷いて、その内情を話し始める。
「リアから聞いたけど、君のお家は人族の王様からこの白銀の森の管理権を委譲されているんだよね?僕たちは人族の決めた領土や国の境界線のことなんかは正直よくわかんないんだけど、君には関係のあることだろうから、寧ろこっちからお願いしたいくらいさ」
「と、言いますと?」
「簡単に言うとね、ここ最近なぜか森の中で魔獣の数が急増しているのさ。それも弱い魔獣だけでなく、大きな力を持った魔獣がさ」
リアもエルの話に合いの手を打つ。
「私が襲われたフォレストウルフも、普段はこの村の近くに出没するような魔獣ではない。もっと森の奥深くにいて、滅多に姿を見せることなどないんだ」
うむぅ、魔獣問題か…。
これは由々しき事態だな。
森から魔獣がゾロゾロ出てきて、こんにちは!なんてことになれば、そりゃえらいことだ。
よくはわからんが、魔獣たちは魔獣たちで、何か事情が変わったのか?
「普段出ない魔獣が出る…ということは森の生態系?とかはよくわかりませんが、魔獣同士の縄張りのようなものに異変が起きていると?」
エルやその従者たちは一瞬目を丸くし、驚いた表情を浮かべる。
「君は賢いね。とても10歳の少年とは思えないな!中身を取り出したら年配のおじさんでも出てくるんじゃないのかい?」
「ははは!?…ま…まさかですよ」
エルは冗談のつもりなんだろうが、笑えない…。
実はおじさんが出てくるどころか、この世界の人間じゃないのが飛び出しますぅ…。
「まあ、冗談はさておき」
リアやエル、そして周りのエルフたちも含め、場の雰囲気が明らかに重いものへと変わっていく。
「結論から言うとね、おそらく森の奥でドラゴンが目覚めているようなんだ」
えっ?
今なんと?
「…ド…ドラゴンとは…。空を飛んだり火を吹いたりするアレですか?」
「概ねそうだね。ただこの森の中で眠っていると伝えられているのは、
「エンシェントドラゴン…」
俺が繰り返して呟いた言葉は、ゆらゆらとゆらめく蝋燭の炎に吸い込まれていく。
外はいつの間にか雨が降り出していた。
夜の帳に包まれた森の木々は、その闇の中で、暗く、静かに佇んでいるようだった。
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