第9話 うちのシロ

 王国からの増税の話も一時的に凍結し、うちの領地にはまたいつもの日常が戻っていた。


 あれから時々、育成実験名目でグレイトウォール公爵家に野菜などの農作物を送っている。

 ヴィンセント税務査察官からは結構真面目に味の批評などが返送されてくるので、割と参考になったりしている。


 あとその手紙の中には、俺がワッツと一緒に冗談で作った剣の試作品にも言及されており、それについて「少々難ありなので、実用化は今しばらく見送るが吉」等と書かれていた。


 実はこれ、先方が今から帰りますってなった時に、剣がたまたま・・・・無くなっていることに気付いた俺は焦り、適当に遊びで作った剣を一振り手渡した、というのが真相だ。

 もちろん「あ、これ冗談で作ったやつなんでどうぞ」なんてことは口が裂けても言えないので、俺は難しい顔をしながら領内の警備力に係るなお一層の充実を鑑みて云々かんぬん…等と訳わからんことを言って渡したよ。

 作ったことすら忘れていて、一切使ったりとかしてないからようわからんが、お偉いさんがそう言うのなら、きっと駄目なんだろう。

 コンセプトとしては「剣から魔法がでれば多分かっこいい」という超安直な発想の産物で、ワッツと一緒に面白がって作ったものだったし、そもそも俺の魔力で属性変換した魔石を取り付けたぐらいで、お手軽に魔法が飛び出すのなら世話はないだろう。

 まあこの件は別にどうでもいいし、また機会があれば考えるとしよう。


 開拓農地の税金に関しては未だ保留中だが、査察官からは大きな商家などとつながりを持ってうまく農作物を売ることができれば、かなり領地も潤うだろうということも言われているので、将来的には十分に採算は合いそうだ。

 その辺りはマッチョ父よしっかり頑張れ、としか言えないな。


 あと、そのうちまた視察に向かい、特にトマートの育成を確認したいとも書いてあった。

 あんたどんだけトマート好きやねん!


 …まあ、あちらとはちょっとした悲しい出来事があったけど、根は良い人そうでよかったぜ。

 本当にヤベェ奴だったら、今頃公爵家とドンパチ!っていう状況も十分に考えられたしな。

 無論、エリー絡みだったので後悔はないがな!


 …あ、そう言えば…。

 …今度エリーに色目使ったら、マジで生きてることを後悔させてやっからな…。

 ブツブツ…。


 おっと少し話が逸れたな。

 加えて農地の開墾も順調に進み、長らく放置されていた不毛な土地は、今は信じられないくらい緑に溢れ、立派な農耕地帯へと様変わりしていた。

 領民にも前より笑顔が増えたこともあり、俺としては一応満足している。

 きっと秋が来れば、豊かな実りとともに、ここは一面金色に変わっていくのだろうな。

 …ふっふっふっふっ…、左うちわ左うちわ…。


 そんなある日のこと。

 今マッチョ父は国王から召喚状が来たとかなんとかで、王国の首都、つまり王都にいる。

 お付きのフリードももちろん一緒。


 なんでも長年の課題であった荒地の開墾が実現されたことにより、お偉いさん方から、ご褒美を貰えるらしい。

 俺も一緒に来るようにしつこく言われたが、堅苦しいのはお断りさ!

 まだ10歳のシャイボーイだしね!

 森がどうのこうの、荒地がああだこうだと言い訳を並べ立て、シロと一緒に留守番することを勝ち取ったのだ、イェーイ!


 そして俺はいつものとおり、シロに跨って森の奥へと入っていたのだった。

 そろそろお腹も空いてきたし日も傾いてきたので、帰ろうとしていたのだが…。


「ウー…、ワン!ワン!」


「ん?どうした、シロ…って、わわっ」


 突然シロが何かの気配に気付いたかのように、俺を乗せたまま、森の奥へ奥へとものすごい勢いで走り出したのだ。

 シロが本気で走ると、めちゃくちゃ速いなんてもんじゃない。

 ポルシェもフェラーリも真っ青の豪速だ!…乗ったことはないけど…。

 この世界の犬はでかいし速いし、ほんっと高性能すぎるだろ。


「おい、シロ!?どうしたんだよ!」


「ワンワン!」


「ちょっと待てって、おい!シロ!」


 俺が止めてもシロは止まることなく走り続ける。

 シロは賢いので、普段俺の言うことを聞かないなんてことは、まずあり得ない。

 これは…、何かやっかいごとの臭いがする…。

 俺のスローライフを邪魔しようと忍び寄る、やっかいごとの臭いが…。

 はぁ。


 それでもシロは1度も休むことなく、どんどん森の奥深くまで進んでいく。

 俺の実験畑なんてとっくの昔に通り過ぎたし、俺とシロが出会って、紅の豚をぶっ飛ばした場所も既にどこへやらだ。

 しっかし、それにしてもでっかい森だなぁ。

 傘持ったお化けとか、猫の姿をしたバスでも出るんじゃあないか?


 なんて思いつつ、流れる景色をぼーっと見ていたその時。

 それは唐突に俺たちの視界に飛び込んできた。


「…あれは…エルフ…?」


 そこにいたのは、エメルラルドのような色をした美しく長い髪をなびかせ、透き通るような白い肌を持ち、そして非常に整った顔立ちと長く伸びた耳という特徴を重ね合わせた背の高い女性。

 そしてこんな森の奥深くにいるという事実から考えれば、誰でもその答えに行き着くだろう。


 …ただ。 


 魔獣の一種であろうオオカミの群れに囲まれて体中から赤い血を流し、1本の大きな木を背にして追い詰められた状況は、まさに絶体絶命というものだった。


 エルフはそんな俺を見るや、苦々しい表情を浮かべ、絞り出すように声を発した。


「くっ…、こんな時に人間などに見つかるとは…」


 しかしエルフは一転、俺が跨っていたシロを見ると、その表情を一変させ、大きく目を見開いた。


「なに…!?いや、まさかそんなことが。…しかし…」


 そうこうしている間にも、オオカミの群れは一歩、また一歩とエルフににじり寄っていく…。


「く…くそ…」


 エルフは歯噛みしながら、俺とオオカミとを交互に見ている。

 俺を見る目がオオカミを見る目と同列なのが気になるなぁ。


 …さて、どうしたもんか。

 一匹ずつ魔法で頭を打ち抜くにしても、ちょっと数が多いしな…。

 それかオオカミたちのど真ん中に、閃光弾的な光魔法を炸裂させてビビらせてみるか…?


「グルルルルル…」


 だがオオカミの群れは、今まさに傷だらけのエルフに止めをささんとばかりに、一斉に飛びかかろうとしていた。

 その時。


「アオーーーーーーーーーン!!」


 シロが突然めちゃくちゃでかい声で、強烈なインパクトのある雄叫びを発したのだった。

 あたかもライブハウスで、自分の真横からウーハーの重低音を最大ボリュームで響かされたかのような、腹にズシン!と来るでかい声。

 いきなり鳴くから俺もビビっちゃったじゃないかよ。


 しかし、なかなかどうしてシロの雄叫びは、オオカミたちに効果てきめんだったらしい。


「「クゥーン!?キャンキャンキャン!」」


 オオカミの群れは、突然後ろから現れたシロとその雄叫びに明らかに動揺した様子で、目の前の息も絶え絶えなエルフには目もくれず、一目散に逃げ出して森の奥へと消えていったのだった。


「えらいじゃないか、シロ!」


 俺がシロの頭をよしよしと撫でてやると、シロは嬉しそうに頭をすり寄せて甘えた声を出す。

 あぁ…、ほんっとかわいいなあ、お前。

 毛は真っ白でツヤツヤだしさ。


 そんなやり取りをしながら俺たちは、地面に膝をついたままの満身創痍のエルフに向かって歩き出す。

 しかし。


「…ち…近づくな、人間め…!」


 エルフはぜぇぜぇと呼吸を荒くしながらも、最大限に憎しみの籠められた、ドスの効いた声を俺に浴びせ掛けた。


「…いや、あの…」


 なぜか怒っているエルフに、咄嗟になんと声を掛けていいかわからず、しどろもどろになる俺。

 しょうがないだろ、コミュ力抜群!ってわけじゃなかったんだし。


「これ以上近づけば、お前を殺す…」


 はい!コロス、入りましたー。

 全っ然意味がわかりませんけどもー。


「あの、失礼ですが…。お怪我をされている様子が…」


 俺はエルフの傷を見ながら言った。

 これはどうみても重傷だ。

 体のあちらこちらに、さっきのオオカミに嚙まれたであろう傷痕があり、そこからはとめどなく血が流れ出ているし、その他にも打ち身であろう青痣や、擦り傷なんかも多数ある。

 いやいや冗談抜きで、それほっといたらあんた死んじゃうよ?

 野生のオオカミ?魔獣?まあどっちでもいいけど、いかにもばい菌とか持ってそうだし。


「黙れ人間!ここまで言ってもわからないか?ならばこちらにも考えがある…」


 エルフは何かぶつぶつと呟きはじめた。

 おそらく俺に向かって何かの魔法を行使しようとしているんだろう。

 ビンビン感じる敵意、そして殺意。

 お、俺なんか悪いことした?

 泣いちゃうよ?


「わ、わかりました。女性を傷つけたくはありませんので、すぐに立ち去りますから!」


 俺はシロと一緒にその場を去ろうと、元来た道を帰るべく、身を翻す。


 しかし歩き始める前に、俺はサッと右手を持ち上げると、一直線にエルフに向けた。


「くっ!やはりそう来るか!?」


 エルフは咄嗟に防御の姿勢を取った。

 どうやら俺が攻撃すると勘違いしているらしい。

 勘弁してよ…。


(傷口の殺菌、消毒、あとはまあ…、傷跡が残らないように、と)


 俺はエルフの身体に傷が残らないよう、しっかりと回復と治療のイメージを固めつつ、多少強めに光の魔力を練り込んでいく。


「それ!」


 俺はエルフに向かって、一気に光の回復魔法を放つ。


「ぐっ!?」


 エルフに降り注ぐ、辺りを白く染めるような白く輝く光。

 シロの時もそうだったが、特に治癒の光魔法って、かなり幻想的な光景に見えるんだよなぁ。

 多分どこぞの神父さんとかが、難しい顔をして「おぉ、神よ!」とか言いながら行使すれば、聖人扱いされたりするんだろうな。


 エルフは顔の前で腕を十字に組んで防御に集中しているようだが、もちろん俺に攻撃の意図などない。

 森の奥とはいえ、一応ご近所さんになるんだろうしな。

 こんなエルフがうちの管理する森の中にいるなんて、全く知らなかったけど。


 しばらくして光が収まると、エルフは眉間にしわを寄せたまま、怪訝な顔で俺とシロを見ている。

 まだ自分に何が起こっのたか、よく分かっていないようだ。


「…こ…これは…?」


 一瞬ハッとしたエルフは、どうやら自分の傷が癒えていることに気が付いたらしい。

 自身の身体中を見回して確認し、満身創痍だったその身に、傷一つ残っていないことに訳がわからず驚いているようだった。

 まあ、あとはほっといても大丈夫だろうし、帰ろうかな。


 そう思って俺とシロは歩き始めたのだが、その時、後ろから大きな声で呼び止められた。


「ま、待て!貴様、私に何をした!?」


 えぇ…、まだなんか怒ってんの?

 もういいよ、帰らせてくれよ。

 帰って飯食ってゴロゴロしたいんだよ。


「お怪我をされていましたので、とりあえず傷を治しました。おそらく傷跡は残っていないかと思います。ですが流れ出てしまった血液は戻りませんので、家に帰って安静にされたほうがいいと思います」


 俺が説明すると、エルフはなおも信じられない様子で続ける。


「治癒の光魔法だと…?う…嘘をつけ!魔法詠唱などしていなかったではないか!はっ、そうか!傷を治したと見せかけて闇の奴隷魔術で私に何か細工したのだろう!?そして私をどこか遠くへ連れ去り、あんなことやこんなことをして身も心もズタボロにした挙句、金貨一億枚とかの大金で売り払うつもりなのだろう!!ああ、なんということだ!!」


 エルフは自らを抱き抱えるような仕草をしながら、突然叫び出した。

 ひえー!なに言ってんだコイツ!?

 なんだよ、やベーよ、奴隷とか言ってるよ。

 無駄に自己評価が高くいらっしゃるし…。

 はよ帰ろ。


「いえいえ、そんなことはいたしませんよ。ではでは、失礼いたしますね」


 俺は適当に愛想笑いをして手を振りながら、さっさと立ち去ろうとした。

 駅とかで、にこにこしてるお姉さんから、宗教だかなんだかの勧誘にあった時と同じ対応だな、うん。


「おい、待てと言っているだろ!こっちへ来い!貴様!!」


 なんなんだよ。

 なんかもう泣きそうになってきたよ。

 近づいたらぶっ殺すと言われたかと思えば、今度はこっちへ来いと?

 もう許してくれよ。


「グルルルル…」


「…ヒッ!?」


 話の通じないエルフに辟易していた俺の感情を読み取ったのか、シロが鋭い牙を剥き出しにして、ど迫力でエルフにすごんだ。


 さすがシロちゃん!番犬の鑑!いい仕事するな!

 …ってそう言えば、この厄介ごとに首突っ込んだのお前じゃん!

 なにご主人のために一肌脱ぎましたよ的な雰囲気醸し出しちゃってんの!?


 だがシロの迫力に怯えたエルフは一転、後ずさりしてビビりながらも、気になることを言い出した。


「なぜだ…。なぜ人間風情が森の守護神獣であるフェンリルと一緒にいるのだ…」


 ん?フェンリル??

 フェンリルってなんだっけ?

 でっかい狼のことだったっけか。

 たしかマッチョ父の書斎で寝転んでクッキーを食べながら読んでた本に書いていた気がするけど。

 …ちょっと意味がわからないが、一体誰のこと言ってんだ?

 はっ…!もしかしてコイツ本当にパーなのか…?


 俺は辺りをきょろきょろと見回したが、フェンリルなどというものの姿は、全くもって見当たらない。


「フェンリル…?というのはよくわかりませんが。あ、あの…、もう失礼しますね。…お、お大事にしてくださいね?」


 俺は引きつった笑いと憐れみを込めた目をしながら、さっさと立ち去ろうとした。


「お、おい!なんだそのかわいそうなものを見るような目は!?その目はやめろ!!」


 うわぁ、ちょっと必死な感じになってきた…。

 いよいよアレだな。


「今まさに貴様が乗っかっているだろうが!!神獣フェンリルに!!」


 はぁ?


「…?これはうちで飼っている犬のシロですけれども…?」


「バカかお前は!?そんなでっかい犬がおるか!!」


「え…?」


「えぇ…?」


 俺は図らずもエルフとしばらく見つめ合った後、2人同時にゆっくりとシロの方へ視線をやる。


「ワン!!」


 シロはいつもと変わらず、真っ白でツヤツヤな毛並のまま元気に吠えると、頭を俺にすり寄せて甘えてくるのだった。

 モフモフモフ。

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