第10話 森の奥のエルフの村へ
「さっきは本当にすまなかった。私は命の恩人をスパスパの輪切りにしてしまうところだった。まずは森の神と風の精霊に誓って、お前に心からの感謝を」
エルフは1度右手を大きく上にあげた後、お辞儀しながら右手を自分の胸へと当てた。
エルフの感謝の挨拶ってとこなのかな?
それより感謝はいいとして、怖えよ。
そんなおっかないこと考えてたのかよ。
「かつて人族は、すべて等しく我々エルフを奴隷として捕らえ、酷使し、悪逆の限りを尽くした野蛮な種族だと教えられてきた。また私自身は、今でも人族はそうに違いないと考えている」
エルフは真っ直ぐに俺の目を見ながら話した。
何というか、そこはかとなく正面切って否定するのが憚られる圧力を感じる。
「だが、お前の目からはそういう邪悪めいたものは感じない。だから私は自分の直感に従い、お前のことだけは信じることにした」
んん?どこにでもあるような目だと思うけどな。
まあ、褒められて悪い気はしないよね!
「…もちろん悪い人間もいるでしょうが、全員が全員ではないと思いますよ?」
「…ふっ、そうであればいいのだがな…」
俺から視線を逸らし、少し遠い目をしながら、エルフは呟いた。
含みのある言い方が少し気にはなるが、まあ今は深く考えても仕方がない。
そんなことを話しながら俺とシロは、オオカミの群れから助け出したエルフに連れられ、森の中を歩いていた。
「自己紹介が遅れたが、私はリア。この森に住むエルフ族だ」
「僕はレインフォード・プラウドロードと申します。一応王国からこの森の管理を任されている、プラウドロード男爵家の者です」
「なるほど。君は人族の貴族の子供というわけだな?」
「一応そうなりますね」
俺たちは歩きながら、遅まきの自己紹介を行った。
隣を歩いているリアには、俺が光魔法で傷の治療を行ったことやこちらには害意など一切無いことを繰り返し説明したところ、納得してくれた。
俺がシロに乗っていたことも大きな要因の1つのようだが。
リアは出会いこそ碌なもんじゃなかったが、過剰に人間を警戒しているだけで、話せば悪いエルフではなさそうだ。
余談だか、背も高くスタイルもいい。
頭はちょっとアレかもだが…。
それよりも俺は、リアが人間のことをかなりの悪逆非道生物だと思っている所が妙に気になっていた。
俺は父やフリードから、この世界の奴隷制度なるものを少しだけ聞かされたことがある。
奴隷には色んな種類があり、借金が払えなかった結果の金銭奴隷、犯罪を犯した者が落とされ、鉱山などで強制労働をさせられるという犯罪奴隷などなど。
…しかしおそらく、女性や子供を搾取の対象とした性奴隷なども存在するのだろう…。
父やフリードから聞かされてはいないが…。
確かにリアのような容姿端麗なエルフを奴隷にして云々という話は、一部の人間ならやりそうなことだと思われるが…。
「うむ。しかし神獣フェンリルと心を通わせるとはな…。私もフェンリルを見たのは初めてだが、にわかには信じられん話だな」
俺はまとまらない思考を一旦止め、リアの方へ視線をやった。
リアは俺の横をペタペタ歩いているシロを物珍しそうにまじまじと見ながら、神獣フェンリルという存在について教えてくれた。
なんでも、エルフの中でのフェンリルという存在は、不老不死にも近い寿命を持ちながら、森の守護者として、永きに渡ってこの白銀の森を護ってきたものだと考えられているらしい。
またそれとは別に、強大な膂力と魔力を振りかざし、森の調和を乱す者は種族を問わず、その鋭い牙と爪ですべからく皆殺しにする、という苛烈な魔獣としての側面も伝えられているとのことだった。
まあどこまでが真実なのかはわからんな。
現にシロは出会ったときはちっちゃくて、いかにも子犬というかんじだったが、今ではかなり大きく成長している。
なので不老長寿の不思議生物だとは、ちょっと考えにくいように思えたからだ。
まあシロの出生については確認を取りようもないことだが…。
「フェンリルというか…、本当にうちの家族にとっては、ただのかわいいワンちゃんなんですけどねぇ」
俺はシロに近づき、シロの額や喉、また頬の部分などを手でワシャワシャモフモフしながら、お互いにじゃれ合う。
シロもすぐにノリノリになり、俺の手を甘噛みしてくる。
最初はこれが痛かったんだよなぁ。
まあこんなシロはうちの家族だけでなく、領民たちのマスコットキャラでもあるがな、えっへん。
そうだ!シロのぬいぐるみかなんかを作って売り捌けば、かなりの儲けにつながりそうな予感が…。
…うわ!めちゃくちゃシロのよだれが顔についたよ!?
エルフは俺とシロのやり取りに微笑みを浮かべながらも、難しい顔をする。
「ふむ…。しかしそれは私以外にはあまり言わない方がいいだろう。エルフ族はフェンリルを森の守護者として神聖視しているからな。そのような物言いに納得しない者もいるだろう。人族のお前が言うとなおさらだな」
リアは顎に右手を当て、考え込むように言った。
成程、触らぬ神に祟りなしだな。
「わかりました、気を付けます。ところでリアさん、僕たちは一体どこへ向かっているのでしょうか?僕たちがやってきた森の入り口とは、どうも反対方向に進んでいる気がするのですが」
何気なくリアと一緒に歩いていたが、俺たちはそろそろ家に帰らないと。
腹も減ってるし。
あとうちの母は普段は優しいけど、門限にはめちゃ厳しいという恐ろしい一面があるのだ。
森でシロと遊んでいて、寝入ってしまった結果夕食に遅れ、何度俺のかわいいお尻が腫れあがったことか…。
知ってるか…?魔法で身体強化された手でのお尻ペンって、マジで痛いんだぜ…?
そんな中、リアはごく自然な感じで、俺に向かって話しかけてくる。
「どこへって、私の村に決まっているじゃないか」
えっ!?何が決まってんだよ。
っていうか、いつ決まったんだよ。
コイツは本当に…。
「いや、リアさん…。もう日も暮れますし、僕もシロも家に帰らないと…僕のお尻の危機…、いや、まあそれは置いといて。今日のところはそれぞれ帰宅し、また後日改めて僕が訪問する、ということでいかがでしょうか」
今ならシロに乗って全速力でぶっ飛ばせば、何とか夕食に間に合うはずだ!
頑張れ俺!戦え俺!
自分のお尻は自分で守るんだ!
「はっはっは、お前はまだ子供だろうに。いいから遠慮などするな。私とてお前に命を救われたんだぞ?人族とは言え、それ相応の礼は尽くさねば申し訳が立たないだろう。これは決定事項だ」
はぁ…。
子供だとわかってるなら、こんな時間に連れ回すんじゃないよ。
前の世界なら、完全に未成年者誘拐罪でアウトだろ…。
「あ、そうだ。リアさん!エルフの皆さんは人間がお嫌いなのでは?さっきも奴隷云々の悲しい話をしていたじゃなですか。そんな所へ僕なんかが行ってもエルフの皆さんは気分を害されるだけだと思うのですが」
そんな閉鎖空間に下手に足を踏み入れたら、これ幸いとばかりに絡まれそうだしな。
ここは全力で帰ることを主張するぞ。
「私のことはリアでいい。さん付けなど気持ちが悪いぞ。私もレインと呼ぶ。それでいいだろう?」
「は…はぁ、それはかまいませんが」
「それにな、昔の因縁もあって、確かにエルフは人族が嫌いだ。それは紛れもない事実だな。もしかしたら村に入った瞬間、お前を矢で射殺そうとするかも知れんし、棍棒とかで撲殺しようと飛びかかってくるかも知れん」
怖えよ!絡まれるどころじゃないじゃん!
帰る!絶対帰るぅ!!
「だが、私がレインに命の危機を救われたのもまた真実だ。だからな、そんな奴らがいれば、…そんな奴らがいればな…うーむむ…うむ!拳骨でぶっ飛ばしてやればいいんだ。あっはっはっはっは!」
リアは仁王立ちの姿勢で豪快に笑っている。
よし決めた、今決めた!
いざとなったらシロに乗って全力疾走で逃げよう。
これ以外に俺が生きる道はないと見た。
「お、そうこうしている間に村に着いたぞ。おーい、リアだ!今帰って来たぞ!」
リアは突然そう言って大声で叫び出した。
しかしその先には当然何も見えず、ただひたすらに木々が生い茂るのみ…。
あぁ…、コイツやっぱりアレだったか…?
俺は生暖かい目で、大声を張り上げるリアを眺めていたのだが。
その時だった。
単なる森の茂みに見えた目の前の空間が、突如水面に小石を投げた時の波紋のように数回波打つと、なんと徐々に視界が開けていく。
そして驚く俺の前に立派な門が見えたかと思うと、そこには門番と思われるエルフ族の男性が現れたのだった。
成程…。
人の目を欺く結界を魔法で構築しているのか。
俺も全然わかんなかったな…。
「リア様!?リア様か!!生きていたのか!?よかった!!おーい、みんな!リア様が帰って来たぞ!!」
門番はリアの様子を見るや、嬉しそうに声を張り上げ、村の皆に知らせている。
ふーん、リアってなかなかの人気者だったんだな。
俺はちょっとだけ嬉しくなり、その光景を微笑ましく思っていた。
「着いたぞ、ここが私の村だ。…ところでレイン、さっき変な目つきをしていたように思うが、何か失礼なことを考えていなかっただろうな?」
リアは目を細め、責めるように俺を見た。
「…い…いえ!何を言ってるのかよくわかりませんよ。…は…ははは…!」
側から見れば微笑ましく思える俺とリアのやり取りだったのだが。
次の瞬間、事態は急転する。
イエス!予想通り悪い方向へ、だね!
だって俺を見た門番さんが大騒ぎし始めたからな。
「き、貴様!?人間だな!?何をしに来た!!そ、そうか…、わかったぞ。リア様を脅して無理やりここへ案内させたか!敵襲ー!敵襲ーーーー!!」
カンカンカンカン!
カンカンカンカン!
エルフの門番は、警戒用に設置していたと思われる木の板をかき鳴らし、仲間へ緊急事態を伝える。
なんか訳もわからず疑われるのには、段々慣れてきた気がする…。
エルフって一見思慮深そうに見えるけどさぁ、実はちょっと違うのかな…。
俺の中の理知的なエルフのイメージがガガ…。
「ちっ、違う!待て!こいつは違うんだ!こらっ、お前たち!待てったら!!私の話を聞かないか!!」
リアはあたふたしながら精一杯身振り手振りも踏まえて事情を説明している様子だが、他のエルフたちは全く聞く耳を持っていないようだ。
おーい、たくさん集まって来たぞー。
ぶっ飛ばすんじゃなかったのかなー。
「みんな、こっちだ!早く来て構えろ!!」
はぁ…、けっこうな人数が集まってしまった。
おぉ。エルフ、エルフまたエルフ…。
これはなかなかに壮観だぁ。
えっ?何がって?
だってそりゃ、ほとんどのエルフが、立派なでっかい弓に、いかにも刺さったら痛そうな鋭い矢をつがえ、それらをしっかりと俺に向かって構えてるんだからな…。
ははは…、はぁ。
「やめろ、お前ら!!やめろってば!!」
半泣きのリアと絶叫にも近い叫び声。
しかしその声は届かない。
「一斉に………放てーーーー!!」
エルフの門番が大声でそう叫んだ瞬間。
ヒュン!
ヒュヒュヒュン!!
もの凄いスピードの矢が、遠くから一斉に俺に向かって飛んでくる。
腕がいいなぁ、うちの警備兵さんたちにも見習ってほしいくらいだ。
めちゃくちゃ正確に飛んで来てる。
しゃあない、風魔法で撃ち落とすか…。
そう思い、半ばこうなることを予想してあらかじめ練り込んでいた魔力を開放しようとした時だった。
「グアオーーーーーーーーーン!」
俺の乗っていたシロが、リアを助けた時のように、再び大きな雄叫びを上げたのだ。
けど今回は、ただのでっかい声じゃない…?
これは……魔法だ!!
「な、なにぃ!?」
その瞬間、俺に向かって真っすぐに飛んできていた矢の雨が、まるで糸でも付いていたんじゃあないかという程急転回したかと思うと、そのままあさっての方向に飛んでいき、次々に周囲の木に刺さっていく。
そうか、わかったぞ。
これはシロが風魔法で空気の結界のようなものを構築し、矢を弾き返してくれているんだ。
シロよ…フェンリルだかなんだか知らんが、やっぱお前はいい子だよ。
あとでモフモフしてやろうな。
「あ…あれは…」
「…フェンリル…!?」
「フェ…フェンリルだと!?…なぜ人間が神獣フェンリルと一緒にいるのだ!」
エルフたちは今さらながらにシロの姿を確認するや、俺と彼らの言う神獣フェンリルが一緒にいることに、驚きを禁じ得ないようだ。
いやぁ、しかしなぁ…。
いきなり弓で射殺そう!っていう考えはちょっとなくない?
こりゃ撲殺云々もあながち否定はできんな…。
いくらうちが管理する森の住人さんとは言え、近所付き合いを考えさせられるレベルだよ、これは。
「す、すまなかった。レイン、シロ。私という者が付いていながら…」
駆け寄ってきたリアは、俺とシロが無傷だとわかると、ほっと胸を撫でおろし、大きく安堵の息をついた。
どうやらちゃんと心配してくれていたらしい。
まあ俺は最初から、こんなことになるんじゃないかと思っていたけどな。
「みんなやめろ!こいつはレインといって、フォレストウルフの群れに襲われた瀕死の私を助けてくれたんだ!無礼な振る舞いは許さんぞ!」
リアは凛とした表情でエルフたちに向き直り、再び大きな声で真正面から全員に向かって叫び、俺の無実を訴えかけたてくれた。
「…リア様を助けてくれた…だって?」
「いや、そんなこと言ったって…」
「もしかしてリア様は、既に闇の隷属魔法で洗脳されているんじゃないのか…?」
しかしエルフたちは、リアの言葉を信じるどころか、益々疑念に満ち満ちた眼差しを俺へと突き刺す。
と、そこへ。
「リア姉様ー!!」
1人の小さなエルフが俺とシロの横を猛ダッシュで駆け抜けたかと思うと、涙を流しつつリアに勢いよく抱き着いた。
「リア姉様!帰ってきてくれてよかった…。よかったよぉ!うわぁーん!!」
「ルル…。ルルじゃないか!よかった。無事に村に辿り着けたんだな。うむ、よかった…」
リアは、その頬を伝う涙を拭いながら、ルルと呼ばれた背丈の小さなエルフに合わせるようにしゃがみ込み、優しく、しかしとても力強く抱き締めた。
リアとルル。
2人のエルフが心から無事を喜び合っている温かい空気が、離れていてもしっかりと伝わってきて、俺の心までも癒してくれているようだ。
俺もエルフたちも、しばらくお互いの立場や時間を忘れ、その優しさに包まれた光景を見守っていた。
「ねぇ、あなたがリア姉様を助けてくれたの?」
ルルという小さなエルフは、ふと俺の方を振り向くと、唐突に話しかけてきた。
背丈は俺と一緒ぐらいか。
ということは、やっぱり10歳くらい?
「ん?いや、僕は特に何も。僕が乗っているこのシロが、オオカミの群れを追い払ってくれたんですよ」
「へー、そうなんだ。でもそうよね、あなたはまだまだ子供だものね?うふふ」
ルルはニッと白い歯を見せた後、笑顔で俺に向かってうんうんと頷いている。
おいおい、子供に子供と言われてもな。
「あはは。子供なのはお互い様でしょう?」
「そうかしら?私は見た目はあなたと変わらないけれど、これでも今年52歳なんだからね!あなたは人族だから、見た目どおり、どうせ9歳か10歳ぐらいでしょう?私の方がきっとお姉さんよ!」
…な!なんだとぉ!?
その姿で50オーバーだとぉ!?
エルフが長生きの種族だということはなんとなく知っていたが、ここまで人間と違うもんなのか…。
まさに見た目は子供、頭脳は…まあちょっと弱そうだが、名探偵コ〇ンそのものじゃないか!
「は!?そうなると…」
俺は戦慄を覚える…。
リアは一体いくつ…。
ゴ・ク・リ…。
俺は固唾を飲んで、ふとリアに視線をやったのだが…。
「うっ!?」
リアの無言の圧力を伴った爽やか笑顔が怖すぎる。
オオカミの群れも裸足で逃げ出すド迫力!
あかんあかん、これはスルーしておこう。
きっと世の中知らなくていいこともあるよね。
…そこへ。
ザッ…ザッ…ザッ…
ひとつの足音が近づいてくる。
かなり濃密な魔力をまとっていることが、離れていても伝わってくる。
ザッ…ザッ…ザッ…
なおも近づいてくる足音。
うーん、これはちょっと気合を入れないといけない相手かな。
俺は誰とも戦いたくなんてないんだがなぁ。
そう思いながらも俺は、相手からの不意の攻撃にいつでも対応できるよう、静かに、しかし確実に全身に魔力を練り込んでいく。
しかし俺の警戒とは裏腹に、濃密な魔力をまとった存在は、そのまま進み出て来ると甲高い声で叫んだ。
「お前たち。リアを救ってくれた恩人になんという振る舞いをしているんだ。まったく!恥を知ってほしいものだよ!」
足音の主が近づくにつれ、弓を構えていたエルフたちは、弓を下げ頭を低くしながら、恭しく下がっていく。
どうやら、あれがこの村の責任者らしいな。
話の分かるエルフだといいんだけどなぁ。
「村の者が失礼したね。まずは森の神と風の精霊に誓って心から非礼を詫びるよ。だからそんなに警戒しないでくれるかな?僕は君と争う気なんてこれっぽっちも無いんだからさ!」
俺に相対したエルフの女性は、かなりフレンドリーで砕けた口調でそう言うと、目の前で歩みを止めた。
おぉ、この人…?
「リアにそっくりだ…」
そこには、俺が助けたリアと瓜二つの僕っ娘エルフがいた。
そしてビックリするぐらい、めちゃくちゃ爽やかな笑顔で仁王立ちしていたのだった。
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