第2話 成長した俺、ある日森の中で

「それでは少々森で遊んできますね、父上、母上、フリード」


「あぁ、気をつけてな。」


「気を付けてね、レイン。森の奥へは入ってはだめよ」


「承知いたしました、坊ちゃま」


 あれから月日は流れ、俺は10

歳になった。

 いわゆるわんぱく坊やというやつだ。


 朝から領内の大きな森の中をうろうろし、日が暮れるころには帰ってくる。

 え?それは十歳児のやることじゃないって?

 ふふふ、いいのさ。

 両親はきっと、「わんぱくでもいい。たくましく育ってほしい」と思ってるはずだ。


 そしてそして、なんとなんと。


「エリーも行ってくるね」


「はい、おにたま。お気をつけて!」


 パンパカパーン!めちゃくちゃかわいい妹ができました!

 ほっぺたがふわっふわだなぁ、ほっこり。

 妹ってかわいいよね、お兄ちゃんお前のためならなんだってするぞ!

 ようがんばった、父母よ。


 こちらの世界に転生して10年。

 俺は今自分が置かれている状況をようやっと正確に把握できるようになってきた。


 まず俺や家族のこと。

 俺はレインフォード・プラウドロード。

 グレイトバリア王国に属するこの付近一帯の「エリーゼ地方」を治める、プラウドロード男爵家の長男だ。

 知ってのとおり、何となく魔法が使える男の子。

 母上譲りの銀髪がかわいいだろ?


 父はグレンフィード・プラウドロード。

「騎士」として王国のために働く、プラウドロード家の長。

 既に亡くなった爺さんの後を継いで領主となったらしい。

 若い頃は、いわゆる「冒険者」として、母と一緒にパーティを組んで、あちこち飛び回っていたとのこと。

 毎日剣を振るわ筋トレするわの筋肉もりもりマッチョマンだ。

 そのくせただの脳筋かと思いきや、領民からの信頼は厚く、かなりできた領主のようだ。

 まあ領主が贅を尽くして領民が貧乏なんていうのは、典型的なあかん貴族っぽいしね。


 続いて母は、ミリアム・プラウドロード。

「魔法使い」でありながら、献身的に領主を支える妻。

 銀色のふわふわロングヘアーでかなり美人。

 しかしその実態は、かなり天然のゆるふわ母だ。よく言えば癒し系?

 我がことながら、子育てをしながら毎日忙しい父を支えてよくやっていると思うよ。

 昔は名うての魔法使いとしてかなり有名だったらしい。

 でもこれ絶対「ごめんなさーい」とか言いながら山火事とか起こすようなタイプだな。


 そしてそして、可愛すぎる妹ことエリザベート・プラウドロード。

 聞いてくれよ、俺が「エリー」って声をかけるとにこっと笑うんだぜ…。

 お兄ちゃん嬉しいよ。

 将来お前に近づいてくるであろう悪い虫、これはめちゃ許せんよなぁ!

 必ず焼き払ってあげるからね。


 最後に執事のかっこいいお兄さんのフリードリヒ。

 炊事・洗濯・掃除から接客対応まで何でもござれのチート執事さんだ。

 俺とも気さくに話してくれるし、かなり頼れる兄という感じ。


 あとは領地を警護している兵隊の方々や、数人のメイドさん、人の好さそうな料理長さんなんかがいるが、その話はまたおいおい。


 そして父が治めるこのエリーゼ地方のこと。

 王国そのものの事情はまだ詳しくはわからないが、このエリーゼ地方は、端的に言うとあまり豊かな土地ではないらしい。

 領地の西半分は「白銀の森」と呼ばれる広大な森に囲まれ、かなり奥へ行くと、なんと魔獣と呼ばれるモンスターに遭遇するらしいのだ。

 俺もまだ生まれてこのかた、魔獣というものを見たことがない。

 滅多に森の中からは出てこないそうだが、ほんとにござるかぁ?

 森なのに白銀ってところも気になるけどなぁ。

 あと、東半分は広大な荒れ地になっていて、農地として使うこともできておらず、西部劇で言う無人の荒野といったところかな。


 これらが原因で、あまり領地の開拓は進んでいるとは言えないようだ。

 もちろん俺が知らないだけで、何かしら特殊な事情があるのだろうが。


 領民の方々については、常に飢えで苦しんでいるというようなことはないが、日々の暮らしでみんな精一杯というように見える。

 主な収益は農業だが、それも栄えているという程ではない。

 やはり農業は気候などに大きく左右され、必ずしも順風満帆とはいかないのだ。


 そんな厳しい中でも父を中心に、領民みんなで助け合って頑張って暮らしている。

 こう見ると、ほんとみんな家族のようなものなんだよな。

 いい両親のもとに生まれて、俺は果報者だよ。


「では行ってまいります」


 自宅を出ようとする俺に、父が声をかける。


「レイン、わかっていると思うが。周囲は十分警戒するんだぞ」


「はい、父上。承知しております」


「はぁ、本当にわかっているんだか」


 げんなりする父に対し、今日もはつらつ笑顔の俺は、一目散に森の奥へ。

 今日も実験するんだモン。


 ※※


 森の入り口から10分程度歩いた後、俺は体中に「魔力」を巡らせる。

 属性は持たせず、ただただ魔力を淀みなく、体の隅々まで。


 するとどうだ。

 俺の身体能力は10歳児とは思えない程跳ね上がり、凄まじいポテンシャルを発揮する。

 これがルーシアから貰った魔法の才能の一端だ。


 この世界の魔法については、マッチョ父の書斎をちょっと失礼していた時に見つけた本で学んだ。

 何でも「火・土・水・風・闇・光」の六属性が定義づけられており、この中でも2つ3つ適性をもっていれば、いわゆる「天才」と讃えられるらしい。


 ところがどっこい。奥さん、ちょっと聞いてよ…。

 俺、6属性全てに適性があるんだぜ…。

 ルーシアさん、あんた『ある程度の才能』とかおっしゃってましたよねぇ!?

 これ完全にやばい奴認定だよ。


 父にそのことを軽く話したときの唖然とした顔、あごがはずれて地面まで刺さるかと思ったよ。

 「国王にどう報告すれば…、いやまだ早いか…?」とかって悩んでいたな。禿げるよ?

 母は母で「あらあら、まあまあ」って言って笑顔だし。

 フリードは「さすがは我が主のご子息です」って言って、目頭をハンカチで押さえていたな。


 そんなことを思い出しながら、猛然と森の中をダッシュで駆け抜けると、慣れ親しんだ一角に差し掛かる。


「なんか昔作った秘密基地みたいだよな」


 かつて生きいてた世界でも、小さい頃、近所の友達と一緒によく秘密基地ごっこをして遊んでいた。

 家から持ってきたおもちゃや、どっかから拾ってきた車の部品なんかを保管したりしたもんだ。

 あともちろんエロ本とかもね!

 

 さて、ここで俺が何をしているかというと。


「おぉ、大きくなってるぅ!」


 森の中の少し開けた場所で土いじりをして、ちょっとした作物を育てているのだ。

 母が世話をしている草木の苗を少し貰い、この森で生育の実験を行っていた。


「やっぱりこっち側の方が、かなり大きく育っているな…」


 片方は近くの川から汲んできた水をやって育て、もう片方は俺が魔法で水を作りだし、それを与えて育てている。

 その両方を比べると、魔法で作り出した水で育てた方が、明らかに生育状況が良いのだ。


「うーん、この方法で領内の作物を育てれば、もっと育つんじゃないか?そうすれば、より食卓が豪華になって俺があんまり働かなくても、より良い生活水準が…」


 自堕落さが前面に出てはいるものの、自分の実験結果が満足いくものになり、思わず顔がほころぶ。


「よし、それじゃあ今日もやるか」


 畑から少し離れた大きな池の畔に立ち、体の力を抜いて自然体となる。

 そしてゆっくりと右手を前にかざし、そのまま自分の体の中に「魔力」を流し始める。


(イメージは単純な水。山から湧き出す雪解け水。そのやわらかな水の流れは、やがて川の源流となる。そして激しい水の流れは大きな大きな川へとつながり、母なる海へと還ってゆく…)


 強く、強くイメージする。

 そう。俺が魔法を使うときに何より大事にしているのは「イメージ、つまりは想像力」だ。


 水の魔法ひとつにしても、ただ単に水を想像して使うのと、具体的な水の流れる様子なんかをしっかりとイメージして使うのとでは、その効果において雲泥の差が出るのだ。


 そして、右手からものすごい量の水があふれ出てくる。

 これが「水魔法」だ。

 どこまでも透き通った水、コンビニの天然水にも負けないぜ?


「よし、水の魔法はほぼ完璧だな!なら今度は、そのままこの水を」


 ふと思いつきで、前方にかざした腕をスッと上へ持ち上げると同時に、吹き出す水に「風魔法」を混ぜ合わせて回転を与えてみる。

 そう、ご存じのスプリンクラーだ。


「おおー、こりゃ水やりが楽ちんだ!」


 実験対象として育てている薬草にたっぷりと水をやろう。

 もっともっと大きくなってもらわないとな!


「あっ、しまった。水魔法で育成してない方に水がかかっちまう!」


 俺はとっさに足の方に魔力を流し込み、足の裏から地面に向かって「土魔法」と「火魔法」を同時に発動しつつ、それを混ぜ合わせる。


(イメージはちょっと丈夫な耐熱レンガでいこう。水をさえぎるだけじゃなく、俺の実験ですぐ壊れちゃっても困るしな)


 するとその瞬間、育成中の作物の境界部分から土が隆起し、火の魔力を帯びた土は瞬く間に丈夫な耐熱レンガとなって壁を形成しはじめる、のだが。


「お、おぉ!?」


 壁は予想を超え、ぐんぐんと上と横に向かって伸びていく。

 それはあたかもジャックと豆の木に出てくる巨大な豆の木のように、そして古代中国において建造された万里の長城のそれを思わせるように成長していく。


 驚いた俺は、あわてて魔力供給をストップして溜息をつく。


「ひえぇ、うちの方向に行ってないだろうなぁ。まったく、加減が難しいんだよなぁ」


 複数の魔法を同時に行使し、それを混ぜ合わせる、つまり「合成する」。

 これが、俺が色々な遊び…、もとい試行錯誤の結果考えだした、「合成魔法」なのだ。

 けっこう便利なんだぜ?

 

 俺はこんな風に色々な実験を兼ねて魔法の練習に励んでいた。

 実は水を注ぎこんでいた巨大なため池も実験の過程でできてしまった副産物だったりする。


 この辺りを空から見ることができたならば、巨大な池の付近であちらこちらに見える異様な土の盛り上がりや不自然なクレーター、また岩が溶解して一部がガラス結晶化した超高熱の痕跡など、悲惨な状況が見て取れただろう。

 環境保護団体も真っ青だ。


「…うっ、来た…」


 そのような訓練兼実験を早朝から昼前まで繰り返していたとき、唐突に「頭痛や倦怠感、脱力感」などが襲ってきた。


「ふぅ。魔力切れ、だな」


 その場にペタンと座り込んでつぶやきながら、そのままごろんと寝転び、空を見上げる。

 今日もいい天気だ。

 白い大きな雲が流れ、頬にそよぐ風が心地よい。


 俺は魔法が大好きになっていた。

 もともとファンタジー大好きな日本人気質なのかもしれない。

 訓練の名のもと、魔法で遊んでいると、つい時間を忘れてしまう。


「かなり長い時間魔法を使ってられるようになってきたな」


 事実レインは魔法を使い始めた当初、同じような魔法を行使すれば、30分程度で魔力切れを起こしていた。

 しかし訓練を重ねた今では、半日程度は十分に魔力はもつようになってきていたのだ。


「うー、だいぶ気分が良くなってきた。けどまぁちょっとずつだけど、成長してきたよな。かなり魔法を使ってられるようになってきたし」


 俺は体を起こしてピョンッと立ち上がる。

 そして、再び魔法の訓練を始めようとしたのだが。


「ワオーーン!!」


 バサバサバサ…!

 木々を止まり木にしていた、野鳥たちが一斉に飛び立っていく。

 同時に、腹の奥にズシンと来るような、大きな動物の鳴き声が辺りに響き渡った。


「なっ、なんだ!?」


 俺は声の方を向くが、何も見えない。

 どうやら声の主はここからもっと森の奥の方にいるらしい。


「なんか嫌な予感がするなぁ…」


 森の奥の方からは何となく嫌な気配を感じる。

 もしかして、噂の魔獣というやつかいな?


「…けど、このままほっとくわけにも…。はぁ、どうかフラグじゃありませんように」


 俺は再び身体に魔力を集中させ、森の奥へと走り始めるのだった。

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