今度こそスローライフを送るために異世界転生した俺、女神様にもらった「ある程度の魔法の才能」で世の中をうまく渡っていきます。

比古 新

第1話 プロローグ ~まさか自分が異世界へ転生するなんて~

「高橋さん!?高橋さん!!しっかりしてください!!」


 …はぁ、部下に心配かけちまったなぁ…、こりゃいかん。


「…いてて…、やっべ、血が止まらないや…」


 へへへっと、力なく笑いながらつぶやく。


 あぁ…、意識が薄れてきた…。

 俺はここで死ぬのかなぁ…。


 俺こと高橋正一郎26歳は、某県某市在住のいわゆる一般的な会社員である。


 毎日サービス残業に次ぐサービス残業を強いられながらも、日々なんとか働いていた俺なのだが、明日久しぶりに一日休みが貰える!という矢先の帰り道、一緒に歩く後輩の方に向かって狙ったようにトラックが迫って来たのだ。


 えぇ、俺は特に正義感なんて持ってませんし、自己犠牲愛なんて物も全く持ち合わせてはいなかったんですがね、なんていうかさ、体が勝手に動いてしまったのさ…。


「高橋さん…!高……さ………」


 あぁ…、声が遠くなってきた…。身体もなんだか痛くなくなってきた…。

まぁこいつが助かったし、それはそれでよかったのだろう。

 それだけでも儲けもんってとこかな。


 心残りは家族のことか…。

 父さんや母さん、あとはまだ高校生の妹のことだけが気がかりだなぁ。

 もうすぐ妹の誕生日だったな…、プレゼント、先に渡しときゃよかったな…。

 やっぱ今際の際ってときは、頭に浮かぶのは家族のことなのかなぁ。


 あ、そういえば、午前中作りかけの報告書、まだ途中だったな…。

 引き継ぎ書でも作っとくべきだったかな…。

 いやそもそも体が勝手に動いたのって、あんだけ丁寧に仕事を教えた後輩がこんなとこでぽしゃってしまうのはあかんやろ!?って思ってしまったがゆえ…。


 …はは、最後は仕事のことなんて、俺も大概ワーカーホリックだ…。


 そんなことを考えながら、徐々に遠のいていく意識の中、最後に少しだけ考える…。


……まだ、死にたくなかったな…。今度生まれ変わるなら…、スローライフ…を…。


※※


 ふと目を覚ました。

 気が付くとそこは、一面真っ白の空間、いや、自分の認識として空間と呼べるような場所なのだろうか。

 体はあるが、足は地面についていない。言うなれば、浮遊しているような状態だろうか。


「あれ…俺、死んだはずじゃ…?」


 ハッとして身体を見てみる。

 しかしそこには何の傷痕もない。

 血も流れていない。


 あれだけ思いっきりトラックにぶつかったのに…?

 …っていうか服を着ていない…。裸じゃん…、俺。なんで…?


 自分の身に一体何が起こっているのか?

 必死に考えるが、答えは出ない。


 するとそこへ、声が聞こえる。


 それは透き通った、あたかも一条の光のようにさえ感じるやさしく、そして温かな女性の声。


「こんにちは、高橋正一郎さん」


 戸惑いながらも返答する。


「…えっと…、こ、こんにちは?…あのー、ここは一体…。あと俺…、裸なんですけど…。大丈夫ですかね…?」


 声の主は、ふふっと笑って答える。


「大丈夫です、ここはいわゆる精神世界ですので」


「なるほど。とりあえずよかったです。聞いたところ女性の声だし、一瞬やばい!と思いましたよ。そうでなくても、セクハラとかパワハラとかに厳しい職場環境なんで。」


「な、なるほど。それは大変でしたね」


 声の主は少し困惑している様子だったが、そのまま話を続ける。


「高橋さん、憶えていらっしゃるかと思いますが、あなたは後輩の方を、過労運転で暴走するトラックから庇った結果、その生涯を終えられました。有体に言えば、交通事故死です」


 …なるほど、やっぱりな。

 あんだけぶつかられたら、そりゃ死んじゃうよね。

 意外とスムーズに事実を受け入れることができた。


「…となると、死んだはずの俺が何でこんな所にいるんでしょう?ここは死後の世界的な…?」


「そうですね、そういう認識で良いかと思います。今あなたの肉体は滅び、魂だけの存在となりました。そして輪廻の円環に戻ろうとするあなたの魂に、私がちょっと失礼してお声かけしている状況です」


「ははは、ちょっと失礼できるんですね。魂って」


 おいおい、俺の魂はスーパーの試食ソーセージみたいなもんかよ。


「もちろんあなたの世界の管理者、わかりやすく言えば神様への了承は得ていますし、ましてや新商品のベーコンをつまみ食いしようというわけではありませんよ」


 おっと、俺の考えはお見通しかな?くわばらくわばら


 声の主はふっと一息つくと、またやさしげな声で話し出す。


「単刀直入に言います。高橋さん、あなたは私の管理する世界に転生する気はありませんか?」


「転生…、と言いますと?」


「あなたの世界の輪廻の円環を抜けて、私が管理する世界に生まれ変わり、そこで生きてほしいんです」


 突然の話に唖然とする。


「一体全体、なんでそんな話に?俺はただの会社員で、特になんの取柄もない人間ですけど?」


「そうですね。わかっています、今のあなたは特にこれと言って何もありませんね」


「…それほど断言されると、それはそれで、なんかこう、グッとくるものがあるな」


 ど真ん中を打ち抜くようなストレートな発言、むしろ清々しくはあるが。


「転生って言われても、俺は本当に良くも悪くも普通の人間ですよ?特別な力なんてなんにもありゃしないし。普通に生きて普通に就職して、まぁ仕事は好きでしたけど。最後はほら、交通事故で死んじゃいましたし」


 そう。俺は自分で言うのもなんだが、本当に一般ピーポーなんだぜ?


 毎日毎日仕事に明け暮れ、たまの休みは出不精で趣味オンリー。


 もちろん、程々にゲームもしたし、こんな感じの転生もんライトノベルだって読んだことはあるよ。


 けどさぁ。


 いや、ないない、あり得ないだろ。


「ええ、あなたの歩んできた道のりは、そちらの世界の閻魔ペディアで閲覧させていただきました。可もなく不可もなく、いわゆる普通の人生を歩まれてきたと思います。ですが、あなたは日々まじめに精一杯仕事をされていたではありませんか。そして最期は、あなたの指導後輩を交通事故から庇って亡くなられてしまった」


 閻魔帳…ではないんだな。わりと電子化が進んでるのか?神様界隈も。


「…体が勝手に動いたんですよ、俺はそんなに殊勝な人間じゃありません。確かに仕事は好きでしたけど、それはやらざるを得なかったからやっただけで。それ以外は基本的に趣味にばっかり時間を使ってましたし、自分が興味の湧かないことはなんにもしてません。ですので、何かを期待されるような人材ではないと思いますけどね」


 自分自身に対し、割と否定的なのだが、声の主は構わずに話を進めていく。


「なればこそ、です。そのような心をお持ちの方がこのまま消えてしまうのはあまりにも惜しい。あなたが生きるはずだった時間を取り戻し、私の世界にその生涯を役立ててはいただけないでしょうか」


 声の主から、真摯な気持ちが伝わってくる。


 確かに最期の瞬間、俺は「死にたくない」と願った。

 であるならば、たとえ違った世界に転生するのだとしても、自分にとっては悪い話ではなかろう。

 憧れのスローライフが手に入るかもしれないしな。


 しばし考え、俺は決意する。


「わかりました、俺でよければ、まあなんとか頑張ってみます。そのかわり期待なんてしないでほしいですよ。俺は平々凡々と平和な暮らしをしていきたいと思ってますんで。…ところで、俺はどんな世界へ行くんですか。転生したはいいけど、実は全員ミミズみたいな生き物で言葉はしゃべれないんですよ、てへペロ。っていうのはちょっと…」


 声の主は安堵した様子で、声を弾ませる。


「ありがとうございます。心配はいりませんよ。全員ミミズでもゾウリムシでもありません。あなた達のような人族もたくさんいます」


 …ん?人族も、とは?


「わかりやすく言うと、私が管理する世界は、あなたたちの世界でいう中世ヨーロッパのような文明水準で、種族も人族の他、獣人族やエルフ族、またドワーフ族や魔族など多種多様な種族であふれています。また、魔獣と呼ばれる危険なモンスターなども多く生息しています」


 これにはさすがに驚いた。


「…魔族って…。まさか緑色の顔で、口からオエェっと卵を産んだりするアレですか…?目から怪光線なんかも…」


「…いえ?そのような種族はいなかったように思いますが…、些か変わった人物像をお持ちですね…」


「そ、そうですか?個人的に魔族って言葉には、そんなイメージが…」


 声の主はちょっと不安そうな様子ではあるが、話を続ける。

 もう後には引けないようだ。


「…あとは、あなたたちの世界で言う「科学」とは違って、いわゆる「魔法」という技術が発展しています」


「…魔法、ですか。なるほど。手から火が飛び出したり、風で物を切り裂いたりとか…?」


「そう!それですよ!!それ!!ジャストミートです!!あと怪我を治したりとか、雷でドッカンドッカンとかですよ!!」


 突如荒ぶる声の主、静まり給へ。

 正直ビビった。そういうのを待ってたんかよ…。


「ふぅふぅ…、少々取り乱してしまいました、申し訳ありません。とにかく、そのような私が管理する世界なのですが、あなたにはかつての知識を生かし、ただ存分に生を謳歌してほしいのです。その結果、私の世界の森羅万象が、多少なりともいい方向に発展すれば御の字なのですよ」


「なるほどね。俺はバーベキューの時の化学燃料みたいなもんですか」


「言いえて妙、ですね。よろしくお願いいたします。もちろん、私の方からお願いするんですから、それ相応の能力は付与させていただきます。特にあなたはそちらの世界の技術を存分に生かせるよう、魔法の分野に関し、ある程度の才能を与えましょう」


 その瞬間、急速に周りの世界が色づき始め、帯のように折り重なった風景が猛スピードで流れていく。

 陸が顕れ、海が見える。山や森、大きな城、そこに生活しているであろう多種多様な人達…。

 …そしてこれから進むであろう世界とは逆方向に流れていく些か見覚えのある景色。

 …これは、俺の世界だな…。

 いや、正確に言えば「俺がかつて生きていた世界」になるのか…。

 …見憶えのある景色。

 …見憶えのある人たち。


 このわけのわからない空間で、生きているか死んでいるかも正直わからない場所だが、どうやら涙は自然と流れてくれる仕様だったみたいだな。


 …俺は気を取り直して言う。


「タイムアップ、ですね?」


 声の主の話はなんとなくだが、概ね理解できた。

 ちょっと天然っぽい雰囲気もあって心配だが、これ以上質問しても野暮ってもんだし、あとは出たとこ勝負だな。

 それから少し考えて、最後に一言告げる。


「今一度生きる機会を与えて頂いて、ありがとうございます。ご期待に沿えるかどうかは置いといて、とりあえずまったりやってみますよ。最後にあなたのお名前を教えていただけますか?」


 声の主は、生きとし生けるもの全てに温もりを与えるような、声を聴いた誰もが深い慈しみを感じるような声で、優しく答える。


「私の名はルーシア。この世界を管理する者。かつては「女神」とも呼ばれていましたが、今を生きる人々にとっては私の名など、とうの昔に忘却の彼方でしょう。無理に私への信仰を広める必要などはありませんよ。ただ、あなたの人生に幸多からんことを」


「…あぁ、いや、女神とかそういうんじゃなく。居酒屋を予約しても相手の名前ぐらい聞いとくじゃないですか。じゃないと注文したコースが間違ってても、クレームも入れられないし」


 …薄れゆく意識の中、何かしら怒気をはらんだ声が聞こえたような気がしたが…、そんなことは気にしない。


 …じゃあ、いっちょやってみっか。

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