第3話 俺は白いモフモフを手に入れた
「かなり奥まできちゃったけど。この辺かな…?」
先ほどの声の主を探して周囲を見ていたところ、前方に1匹の真っ白い犬が横たわっていた。
「…お前か?さっきでっかい声で鳴いたのは?…って、めっちゃ怪我してるじゃん!」
俺は地面に倒れている犬に駆け寄る。
よく見れば、この犬を中心にかなりの血が広がっていた。
「…お前…!」
俺は息を呑んだ。
血だまりのもとをよく見ると、そこは犬の右前脚で、さらにその脚の真ん中ぐらいから先がスッパリと切り取られたように無くなっていたのだった。
「一体誰がこんなひどいことを…」
その刹那、俺の背筋を嫌な気配が駆け巡ったかと思うや、ワンボックス車ぐらいの大きな岩が、俺と犬の方に飛んできた。
それももの凄いスピードで。
「うわっと!」
俺は咄嗟に左手から風魔法を噴出させ、巨岩の軌道をずらす。
グワッシャアーーーーーン!!
めちゃくちゃ大きな音を伴い、森の木々を何本もへし折りながら、巨岩はようやく止まった。
誰や!危ないわ!!
俺は岩が飛んできた方を見ると、何とそこには一体の豚がこちらを見ながら立っていたのだ。
いやらしい笑みを浮かべながら。
いや、豚が立っていたっていう表現はおかしいと思うだろ?
でも立ってたんだよ、真っ赤な豚が。
小汚い鎧を着て、べっとり赤い血が付着した、でっかい斧まで携えて。
俺はふとつぶやいた。
「あぁ、きっとあれがオークってやつなんだろうな。お前あいつにやられたのか?」
後ろの白い犬に声を掛ける。
マッチョ父の書斎でちょっとカフェブレイクしていた時、古い本で読んだことがある。
豚と人間が混じったような奴が「オーク」というらしいことが書かれていた。
字が多かったから、あんまり詳しく読んではいないが。
「グルルルル…」
白い犬も地面に伏しながら精一杯威嚇している。
多分オークだけじゃなくて俺のことも怖がってるんだろう。
確かに森の動物たちからしたら、俺だってめちゃくちゃ異分子だろうしな。
「まぁ、ちょっとだけ待っててくれよ、悪いようにはしないからさ」
俺は左手を犬の方にかざし、応急処置的な「光魔法」を発する。
(イメージはとりあえずの止血。殺菌消毒しつつ、傷口から血が止まるように、と)
次の瞬間犬の右前足の血が止まり、傷口がうっすらと筋肉の表皮に覆われる。
「ワオ!?」
犬は戸惑ったような声を出し、自分の足を見つめている。
何となく俺に対する警戒心が薄れたように感じた。
ふふふ、ワオっだって。
かわいいやっちゃ。
「さてと」
俺はオークの方に向き直る。
魔獣なんてのは初めて見るが、まずは対話だよね。
戦わずにすむなら、それが一番。
「ねえ、君…」
俺は前世で培った営業スマイルで、にこやかに話しかけたのだが。
次の瞬間、オークが猛然とこちらにダッシュしてくる。
すぐさま血塗れの斧を大きく力一杯振りかぶり、俺と犬のいる場所へと振り降ろす。
ゴッシャーーーン!!
俺は咄嗟にワンちゃんを抱っこしつつ、そこから飛び退いて難をのがれる。
大きな衝撃と同時に、俺たちが元いた場所には深いクレーターができていた。
「はぁ…。どう見ても友達になろうって感じじゃあないな。なら仕方ない、君は少しだけいい子にしててね」
そうつぶやきながら、ワンちゃんを自分の背後に降ろし、オークに向き直る。
初めて「魔獣」と呼ばれる存在を目にしたが、この時、不思議と恐怖感は抱かなかった。
白いワンちゃんを助けてやらないと、という気持ちの方が大きかったからだろうか。
「悪いけど、君をこのままにしておくわけにはいかない。僕の愛すべきスローライフにまで危害が及びそうだ」
ここに来る前にかなり魔法で遊んでいたため、実はあまり魔力に余裕はない。
ワンちゃんの怪我のこともあるしな。
「それでも」
俺は魔力を右手の指先に集中させながら、オークの眉間に狙いを定める。
オークは斧の一撃を避けられたのが相当に不愉快だったのだろう。
ブヒブヒ言いながら、青筋を立てて激おこだ。
(イメージは銃弾だな。硬くて丈夫に、最小の魔力で効率よく。)
俺は指先の土魔法を極限まで圧縮して発動ながら、火魔法を合成しつつ、高硬度の石を構築していく。
オークは再びいやらしい笑みを貼り付けると、猛然と走り出した。
どうやら次で決めるつもりらしい。
(強度は十分だ)
「発射!」
キィン…!
音にならない音が森の中にこだまする。
オークはその場で足を止めた。
己の身に何が起こったのかは理解していないようだが、その体はとても正直に、とめどなく額から血を流している。
そして膝をついたかと思うと、オークは轟音とともに、地面に崩れ落ちた。
「とどめは…。必要ないな」
既にオークの目からは光が失われていた。
オークの眉間を貫いた石は、背後の木々を貫いてもその勢いは劣えることなく遥か彼方へ消えていった。
俺はほっと一息つく。
「こわかったぁ…。飛べない豚はただの豚だって言ってたけど、全然ただの豚じゃないじゃんか」
あれ、今さらだけど、ちょっと足が震えてる…。
そりゃそうか、あんなの初めてみたし。
ふぅ…。
「おっと、そうだった」
俺は気を取り直し、白い犬に向き直る。
まだ警戒した様子ではあるが、その表情が些か柔らかく見える。
俺はゆっくりと地面に伏す犬の傍にしゃがみ込んだ。
「安心して。多分大丈夫だからさ」
手に光の魔力を集中させ、無くなった犬の前脚に当てがう。
(イメージしろ、強く、強く。犬の足は元に戻る。そう、白く力強い脚に。…元々脚が無くなってなんてなかったようにさ!!)
次の瞬間、一面を真っ白に変えるような一瞬の輝きの後、無くなっていたはずの犬の前脚は、最初から何事もなかったかのように、そこにしっかりと存在していた。
「アオン!」
白い犬は、おそるおそる脚の感覚を確かめた後、火がついたように俺の周りをクルクル走り回り、そしてその体を一生懸命にすり寄せてくる。
ワンちゃんも嬉しそうで、よかったよかった。
「そうだ、オークの死骸を処理しとかないと」
俺は犬に少し合図した後、オークの方に右手を向ける。
もう本当に魔力が残り少ないのだろう。
少し目まいがする。
ボゥ!!
次の瞬間、オークの死骸は激しく燃え上がり、その形を失っていく。
しばらくして火が消えるとそこには…
「おお、でっかい魔石!」
なんとバレーボールくらいの大きさな魔石が転がっていた。
淡く赤い光を浴びている。
きっと火属性なんだろう。
ちょっと魔石の話をすると、この世界の日常生活は、俺がいた世界のような電気の概念はなく、魔石から生まれる魔力をエネルギーの源としている。
水に関して言うなら、庶民は井戸水で生活しているが、水道が整備された貴族の家では、水の魔石に魔力を流し、そこから生まれる水を使っていたりする。
なのでこの世界で魔石というものは、大小問わず重宝されるし、特に大きくて内包された魔力が多い魔石については、かなりの高額で取引されているのだ。
「へえ、オークっていうのはこんなにでっかい魔石を持ってるのか。なんならさっきのオークを探して養殖すれば…、いや、それは危ないか。あ、でも登ってこれないような地下に施設を作って…」
「クゥーン…」
おっと、どうやらニヤニヤと悪い顔をしていて、ワンちゃんをビビらせてしまったようだ。
「まあそれは追々考えるとして、僕はもう行くよ。また襲われないように気をつけろよ?じゃあな」
俺はワンちゃんに手を振り、来た道を独りで歩き始める。
10分程度歩いただろうか。
「なんでついてくるの?」
俺の後ろを、さっきの白いワンちゃんがずっとついてきていた。
「お家にかえりなよ、家族がいるだろう?」
「クゥーン、クゥーン」
ワンちゃんは俺に体をすり寄せ、手なんかをペロペロとなめてくる。
か…かわえぇ…。
「仕方ないなぁ…。…うちに来る?」
俺はワンちゃんの目を覗きこんで一応聞いてみる。
「ワン!」
しっぽをぶんぶん振って、体全体で喜びを表現しているかんじだ。
なんとなく俺の言葉がわかるのかな?
「うちは母上は優しいけど、父上は礼儀には厳しいぞ!行儀よくしてくれよ?」
頭をなでなでモフモフしながら言う。
ええなぁ…。
モフモフモフモフ。
「でもそうなると名前をつけてやらないとな」
うーん、なにがいいかな。
モフモフしながら考える。
モフモフモフモフ。
「よし!単純だけどシロにしよう!」
シンプルイズザベスト!
シロも嬉しそうにシッポを振る。
ごめんな、あんまりネーミングセンス無くて。
「ワオーーーーン!」
シロが大きな声で吠える。
シッポはブンブン丸。
ほんとに嬉しそうだな。
まるでお前の気持ちが伝わってくるようだよ。
頼んだぜ、我が家のモフモフ担当?
「じゃあ帰ろっか」
「ワン!」
ほとんど、魔力を使い果たし、ヘトヘトになりながらも、新しい家族と一緒に家路につく。
そういえば、めちゃくちゃ奥まで来てた気がするな…。
けれど、小さなシロと歩くその足取りは、何だかとても軽く感じられた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます