咸臨丸 with関西弁

三衣 千月

船揺れなんぞ、たいしたことあらへん。

 咸臨丸に乗ってサンフランシスコまで行く。これに何の意味があるんか、っちゅう話やったな。

 福沢諭吉ともあろうもんが、アメリカを知らんのはアカン。そらアカンことや。


 せやから木村くんに頼んで政府の船に乗せてもろた。

 そしたらまあボロい船でなあ。あ、いや、これは言うたらあかんヤツやった。


 ともあれ、1隻の軍艦にで外交目的で100人近く乗り込んでサンフランシスコに行った。


 道中もえらいもんやったけど、まあ耐えれんことはなかった。

 船揺れなんぞ、ちょっとした地震と変わらんさかいな。


 ハワイに寄るか寄らんかでも悩んだ。こらあれや。水を補給するかどうかや。我慢したら一気呵成にサンフランシスコまで行けんこともない。

 結局、ハワイには寄らんとそっからは水の節約や。せやのに! せやのに一部の水夫のアホンダラががばがば水を使いよる。こらあかんやろ言うてキャプテンはんに物申したら一言。「問答無用で鉄砲で撃ってええで」や。

 話の分かるキャプテンはんやった。船旅で水が枯れたら全滅やさかいな。


 どうにかこうにかサンフランシスコに着いた。

 驚いたことに大歓迎や。港には黒山の人だかり。


 なんや向こうの軍のお偉いさんが船まで来てくれて陸からは歓迎歓待の嵐。


 どんと一発、空砲。

 えらい驚いたけど、隣で船酔いしてふらっふらしとった勝君がびっくぅてなっとった。

 続いてどん、どん、どん。


 こらあれや。礼砲ちゅう歓迎の合図や。

 しかも、間隔きっちりぴたりと合わせて21発。皇族なんぞに使われる最上位の礼を示しよる。


 嬉しい反面、こらあ困った。

 日本のメンツにかけて返礼の空砲を打たなあかん場面や。なんやけど、われらが咸臨丸は知っての通りオンボロ、あ、いや、風情がある艦や。

 砲の整備もろくにしとらんかった。これでうまいこと撃てるかどうか。


 勝君がえらいきりきり場を仕切りだしよった。

 指揮官職やからな。勝君は。せやけど船に弱い男やった。船旅中はげろげろ吐いて、自分の部屋にこもりっきりやったくせに港についたとたんにまあ威張り散らして。


 ほんで勝君が言うには、絶対あかん、と。

 もし万が一失敗したら日本の恥さらしやと。


 せやけど礼を失するのもそれはそれでアカンやろっちゅうことで大揉めや。


 ここでびっしぃと手ぇ挙げたんが運転士の佐々倉君や。あれは男前やった。

 やってやれんことはない、と堂々と言うてのけた。


 勝君は面白なかったやんやろな。

 お前でけへんかったらどないすんねんと詰め寄った。さらには勝君、できたら俺の首を持っていけとまで言う。

 そこまで言われたら佐々倉君も黙っとらん。売り言葉に買い言葉。きびきび動いて砲門の掃除から火薬の整備まで砲兵に指示を出しよる。

 もちろん、こっちも21発の礼砲や。


 きっちり整備して1回目、2回目。

 なかなかうまいことやりよる。次々打ち出して6回目、7回目。


 ところがや。

 最後の一発を打つ砲兵ががくりと倒れた。長旅の上に、ハワイで水分補給もせんやったから、限界やったんやろう。

 背筋が凍った。政府の船でそないなことやらかしたら全員まとめて切腹もんや。


 誰よりも早く異変に気付いたんは佐々倉君やった。走り寄って、見事に21回目を打ち上げた。

 艦は拍手喝采。


 勝君も思わずほお、とうなっとった。

 しかしまあ、佐々倉くんに反対した手前、手放しで褒めることもできんかったんやろうな。


 佐々倉君は胸を張ってドヤ顔もええとこや。

 勝君の首は俺のもんやと呵々と笑う。地団太踏む勝君を見てまあスカッとした気持ちもあったことはここだけの秘密や。


 佐々倉君は言うた。

 航海中はまあ忙しいよって、勝君の首は勝君に預けとくことにしたると。


 艦は大いに湧いた。

 21発の空砲を吸い込んだサンフランシスコの空は、えらいスカッとしとったもんや。

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