第23話 この曲はキミの物かも知れない

「牧村……」


 電話を取ろうとすると、ちょうど切れてしまった。パスワードを入れ画面を開くと四件の着信履歴が残されている。


 もしかして唯音が……。


 悪い予感しかせず、かけ直す勇気が湧かない。もしそんな知らせだったとしたら僕はどう接したらいいのかがわからない。


 しばらく悩んでいると再びスマートフォンが鳴る。やはり牧村からだ。


 僕は覚悟を決め、通話のボタンに触れた。


「……もしもし?」

「佑。今までどうして出てくれなかったの?」

「ごめん……僕から連絡しなきゃダメだったのに」

「いいよ、こっちこそごめん」


 少し落ちついた彼女の声。ある意味覚悟が決まった様にも聞こえる。


「一応、山場は超えたって先生が言ってた」

「良かった……じゃあ唯音は」

「まだ意識は戻らないけどね……」


 安定したとはいえ油断は出来ない状況には変わりない。僕には牧村がそう言っていると理解した。


「ねぇ……今から出れない?」


 時計は夜中の二時を過ぎている。親も寝ている時間だ。


「抜け出せば多分、大丈夫」

「じゃあ病院の近くまで来て。学校の近くの総合病院だから……」

「わかった。すぐ行くよ」


 僕は家と自転車の鍵、そして財布をポケットに入れなるべく音を立てない様に家を出る。自転車で十五分ほどの病院までの道は月明かりだけの静かな道だった。


 牧村に何を言われるのだろう?

 呼ばれたのは僕だけなのだろうか。それなら

少しでも彼女の気が済むように罵倒される覚悟を決めておこう。


 暗く静かな町は色々な事を考えさせる。


 10分ほど飛ばし病院が見えたくらいに、再びスマートフォンが鳴っているのがわかった。


「いまどこ?」

「もう病院が見えてる」

「そこのそばに体育館の有る公園が見える?」

「中央体育館だよね? 分かるよ」

「そこの前に居る」


 僕は言われた場所に向かうと、彼女の灰色の目立つ髪が見えた。


「牧村!」


 声をかけると、彼女はメイクが取れ目元が腫れている様に見える。僕に気づいた彼女は、何も言わずに近づいて来るといきなり僕に抱きついた。


「ちょっと牧村?」


 予想外の行動に、慌てる。

 すると彼女は小さな声で言った。


「遅いよ……」

「ごめん。これでも頑張って飛ばしてきたつもりなんだよ」

「何で一緒にいてくれなかったの?」

「病院には入れないし、事情聴取とかもあったりして……」


 彼女は震えていた。

 彼女は周りの人とも会っている分、僕の分まで色々な人から責められたのかも知れない。


「ごめん、牧村だけに……」

「うん……大丈夫。来てくれてありがと」

「それで唯音は?」

「骨折とかはして意識はないけど、出血とかがとままったから時間が経てば目を覚ますだろうって」


 それを聞いて、僕は少しだけホッとした。


「よかったぁ……」

「本当に、うちの妹がご迷惑をおかけしました」

「なんとか無事で良かったよ」


 一名を取り留めた事で彼女も少し落ち着いた様子が見て取れる。


「でも、文化祭めちゃくちゃになっちゃったね」

「唯音が無事ならそれでいいよ」


 すると彼女は、少し離れて『canon』を歌いだす。泣き過ぎたのか声は掠れまるでハスキーボイスの様になる。


 だけどどこか悲しさのある、存在感が月明かりで際だっていた。


「あのさ、覚えてる?」

「えっと……何を?」

「この曲、あたしの為に佑が作ってくれたんだよ」

「いや別に、牧村に作った訳じゃ……」


 そういうと彼女は作り笑いをする。


「そっか……やっぱり覚えてないんだ。この曲を歌ってたからキミは覚えているんだと……」


 彼女の言葉に、夢の記憶が重なって来るのがわかる。この声、この雰囲気……。


「あの時屋上に居たのは……」

「あたしだよ」

「だって髪も短くて黒かったし」

「そりゃあ、受験だもん。流石にこれではいけないよ……」


 記憶が繋がっていく。夢はやっぱり夢じゃなかった。彼女があの時出演を拒否したのも、夏祭りに行ったのも、麦を好きって言ってたのも全てわかってたんだ。


「あたしはこれで三回目なんだ。戻されるの……佑は多分二回目からだよね?」

「なんだよそれ。何で言わなかったんだよ」

「だってもう誰も傷つけたくなかったんだ。でも……また佑に声かけちゃった。だってあの曲をまた歌っちゃうんだもん……」


 牧村の中だけにあった曲。彼女はそれを心の中に入れたまま何度も繰り返していたのか?


「でも、シンデレラはおしまい。文化祭はボロボロになっちゃったけど、約束はここまでだからね。小春ちゃんの事好きなのに、今まで無理言ってごめんね……」


 文化祭が終わるまで。

 僕が牧村と付き合っている事にするのは、ここまでの約束だった。


「牧村。僕は……」

「ごめん。それ以上は言わないで、あたしが好きになったのは二回前のキミだから……」


 彼女の言葉に何も返す事ができない。彼女は僕に近づいて来るともう一度ハグをすると耳元で囁いた。


「佑。大好きだったよ、バイバイ……」


 そう言って彼女最後にキスをした。柔らかい唇が触れた後、鼻を啜り後ろを向く。泣いている様に見える彼女の姿を追いかける事は出来なかった。


 同じように見えて違うというのは、僕が一番理解している事でもあったから。


 歩いて行く彼女の姿が暗闇に消える前に僕は大声で叫んだ。


「牧村ー!」


 彼女はその声に驚いた様に振り向く。


「僕は……僕は牧村花音が好きだ! だけど、割り切れないのも分かってる。でも……でもさ、今の僕を好きになったら、今度はちゃんと付き合ってくれますか?」


 すると牧村が笑った様にみえた。


「うーん、考えとく!」

「今度『canon』を超える曲を作るから。牧村の為に絶対負けない曲を作るから!」

「それまで期待しとく」

「だから作者の居なくなった『canon』は僕じゃ無く牧村の物かも知れない!」

「あれはあげないよ!」


 しばらく僕はその場所に立ち尽くすと、牧村と別れる事になったのを嘆いた。



♦︎



 それから一カ月が過ぎた……。


「佑、お前勉強してるのかよ?」

「まぁ、家に帰るとギター弾いちゃって勉強出来ないんだよね。麦は今日も終わったらデート?」

「まぁ、だけど図書館。流石にそろそろ勉強しないとな……」


 僕らは以前の生活が戻ってきたと思う。それも唯音の意識がもどり快方に向かっている事が大きい。


「佑、今日もついてきてくれるの?」

「うん、行くよ」

「もしかしてまだ責任感じてる?」


 牧村とは、別れる事は公言したものの、仮で付き合っていた時とほとんど変わらない関係のままだ。その証拠に今日もこうして自転車を二人乗りして唯音がリハビリをしている病院に向かう。


「いや、牧村と一緒にいたいんだよ」

「はいはい」


 あれから彼女は、二人で居るときにはよく『canon』を歌う様になった。


 だけどその度に、彼女の未練が頭をよぎる。


 少しづつだけど、距離は近づいてきている様に感じている。僕には牧村の一回目の記憶は無い。だけどあの日、牧村の過去を知ったひから少しづつ彼女は教えてくれる。


 そのせいか最近は、『canon』を歌っていても文化祭で出来なかった曲の方に思えている。


 いつか、そのかけら達を集めた上でちゃんと好きになってもらい、牧村と付き合いたいと思っていた。


 彼女は歌い終わると、自転車の後ろから抱きついて言った。


「そうそう、佑。『canon』なんだけどさ、やっぱりこの曲はキミの物かも知れない」

「じゃあ付き合う?」

「うーん、考えとく!」


 そう言って彼女は頬にキスをした。


終わり



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この曲は君のものかもしれない 竹野きの @takenoko_kinoko

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