第22話 夢の続き
「ライブ、始まるんですけど?」
そう言って仁王立ちする唯音。僕は麦の方に視線を逸らした。
「そう言えば言って無かったな……」
「いや、麦。それはまずいって」
唯音は目を細めて僕らを見る。明らかに彼女は疑っている様に見える。
「どういう事か説明してよね?」
「あのね、唯音……」
「お姉ちゃんもグルなわけ?」
説明するにしても状況が悪い。彼女に麦の意図が伝わる気がしない。
「カズ君をハメようとしてたなら許さないんだけど?」
「違うんだ唯音。ライブには元のメンバーに覆面を被って出てもらってて」
「なんで? やっぱりハメようとしてんじゃん?」
すると麦が立ち上がった。
「桐島は気付いてるよ」
「何? どういう事? 本っ当わけわかんないんだけど?」
「だからあいつは、メンバーとやりたかったんだよ。それで俺たちがお膳立てしたって訳。お前に言わなかったのは悪いと思ってるよ……」
彼女はまだ信じられず迷っているのか、助けを求める様に牧村を見た。
「本当だよ。リハーサルの時から変わってる」
「まぁ……お姉ちゃんが言うなら……」
少し不満気ながらも納得した様に見える。だが僕は彼女の姿に嫌な予感しかしない。
「それで、何しに来たんだよ」
すると彼女は拡声器を抱え悪い笑みを浮かべた。
「まだまだ外に人はいっぱいいるじゃん? 全員中にぶち込んでやろうと思ってね!」
「そんな事したら、あとで職員室に呼び出し祭りになるよ?」
「まぁ……唯音が出来る事なんてこれくらいしかないから!」
そう言って彼女はスイッチを入れた。ハウリングした様な音が響き僕らは唖然とした。
「おいおい、あいつアレで呼び込みする気かよ」
「これは流石にマズイんじゃない?」
小春が心配そうに言う。
「だな、先生が来る前に逃げる準備した方が良さそうだ」
麦がそう言った瞬間、拡声器を通した唯音の声が響き渡る。
「みんなステージへ集合! 桐島一樹がこんな所でライブする事なんて、二度とないから!」
ざわついていた校庭が、波の様に静かになっていくのがわかる。唯音はさらに呼び込みを続け、ステージのある講堂へ煽る。
流石に目立ち過ぎだ。
だが、ざわついていた校庭の声は明らかに反応を見せる。まさか本当に誘導できているのか?
僕はその事が気になり、屋上から顔を出す。全員とまではいかないが、講堂へ向かう者や友達の反応を見ている奴がいるのがわかる。
「思ったより行ってくれないなぁ……」
「いや、充分行っていると思うよ」
「どんないい演奏や曲を作っても知られない事には意味は無いんだよ……」
その言葉に僕は夢の中の女の子が重なって聞こえた。だからあの子は……。
見た目は似ている。だけどどことなく違うと思っていた唯音。現実なのか、深層心理的なものなのかもしかしたら僕は生活の中で断片的に作り上げていたのかも知れない。
「その通りだと思う……」
気づくと僕はそう漏らしていた。だが、その瞬間とんでもない過ちを犯したのだと気づいた。
「おい、唯音! 何やってんだよ!」
「もっと目立てば入れられるでしょ?」
そう言って彼女は防護柵に登る。
僕の中で夢の中の出来事がリアルにフラッシュバックする。
慌てて僕は唯音を柵から下ろそうと近づいた。
「えっ……」
彼女は僕に気づくと、手を伸ばした先からゆっくりと流れる様に姿を消した。
視界から消えてすぐに、鈍い音と共に校庭から悲鳴が聞こえる。
助けようとした。
落ちない様に、あの時を繰り返さない様に……。
すぐに麦と牧村が近づいて来るのが分かる。
「佑、なにしたの!? 唯音は大丈夫なんだよね? 落ちた訳じゃないよね!?」
「僕は……僕は……」
麦は一度下を見てから振り向くと言った。
「これは事故だ。佑が落としたわけじゃないのは分かってる、とりあえず大人を呼んでくるから待ってろ!」
そう言って麦が屋上を降りて行ってからは、牧村の泣き叫ぶ声が僕の頭の中で響き、何も考える事が出来なくなった。
あの夢はこの事を予言した予知夢だったのだろうか? それから警察が来たり、して事情を話した結果事故という事で一旦話はついた。
それでも罪悪感は消えず、ただただ病院に運ばれて行った唯音の無事を祈るしか無かった。
それまで積み上げたはずのものが一瞬でなくなった様な気がした。一体何の為に僕は頑張ってきたのだろうか。
若気の至りと言ってしまえば終わりなのだけど、取り戻す事は出来ない。起きてしまった出来事の重さが僕に重くのしかかった。
あの日、桐島とバンドをしなければ……。
彼は僕を恨んでいるだろう。
あの日、『canon』を弾かなければ……。
牧村にも許される事はないだろう。
牧村は病院に向かうと、麦や小春もただただ黙りそのまま家に帰るしか無かった。現場にいた僕らには様子を見に行く資格すらない。
誰も、牧村にその話をする事は出来なかった。
無言のまま、三人で帰り道を歩く。少し涼しくなっている夕方の空は本来なら文化祭の打ち上げ前に笑顔で見ていたものなのだろう。
正直なところ、次に桐島と会うのが怖かった。
「仕方なかったんだよ……」
ふと、麦が口にする。
そう言いたい気持ちは僕にだってある。
「佑が悪いなら、俺たちだって悪い……多分、牧村もその事はよく分かっていると思う」
麦は慰めてくれているのだろう。だけど僕は、あの牧村が動揺し訴えかけていた様な姿が脳裏に焼きついたままだ。
小春も精神的にやられている様子で、麦の裾を持ったまま俯いている。
「佑、なんか言ってくれよ……」
「ご、ごめん。だけど僕は止める事が出来た筈なんだ……少し変わったとはいえ僕以上に予想できる奴はいなかったと思う」
「あの夢の話かよ? そんなの偶然だろ」
リアルに体験していないと分からない様な記憶。
「別に信じてないわけじゃねーけど、現実と繋がるとは思ってねーから」
「夢って何……?」
「いや、小春には」
「言って。麦が必死にフォローしてるんだから、関係ないって事はないよね?」
俯いていた小春がふいに口を開く。
「おい小春。タイミングって物があるだろ!」
「いいんだ麦。こうなった以上、僕には話す義務がある」
「佑……」
僕は足を止めたまま、深呼吸をする。小春に告白しようとしてた事もあり、どこまで話すか考えた。
だけど小春に納得してもらうには、そんな事は言っていられない。僕は覚悟を決め、夢の内容を話す事にした。
「夢って言うのは……予知夢を見たんだ──」
話終わるまで、小春は黙ったままだった。簡単には話していた麦も驚いている様にみえた。
「それって本当に予知夢なの?」
「わからない。鮮明な予知夢なのか、それとも僕は一度死んで戻って来たのか……」
ただ、今の現実とは違う内容に予知夢というには不確かな内容だと僕自身思っている。
「なんとなくわかった。急に佑がわたしに興味を持った素振りを見せたのもそれが理由だったんだね」
「うん……だけど今は二人を応援しているよ」
そう言うと、小春は悲しそうな顔で言った。
「また、牧村さんと……」
だけど彼女はそれ以上は言わなかった。本当はもう気持ちは牧村に向いていたのだと思う。少しづつ近づいて行く距離と憧れや理想以外の部分でも彼女自身の人間性がいつの間にか無くてはならないものとなっていた。
「何で必要と気づくのは無くなってからなんだろうか……」
「ある時は気づかない物だよ。佑もわたしも」
二人と別れ、家に着いた僕は親に聞かれる事も無く、何も考える事が出来なかった。普段ならすぐにギターを持っているのだけど、この日僕はベッドに横たわると顔を隠し、暗闇の中で時が過ぎるのをただ待つだけだった。
ブーン。ブーン。ブーン。
「……麦かな?」
夜中の二時。スマートフォンの振動で目を覚ます。気が進まない中画面を開くと眩しい光の中ぼんやりと牧村の名前が見えた。
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