第21話 試練
練習の後、音楽準備室にギターを置きにいく桐島を見計らい僕は声をかけた。
「おつかれ!」
「お疲れ様す!」
満足した様な様子。僕らの演奏には不満はなさそうに見える。
「桐島はさぁ、元のメンバーと戻る気はないの?」
「今更戻りたいって言われても嫌っすね」
「そっか……」
簡単には埋まりそうに無い確執。だけど、音源を聴いた僕の感覚は間違って無いと思う。
「僕が思うにさ、自分の出来る事ってみんな出来ると思っちゃうんだよね」
「どういう事っすか?」
不思議そうにする桐島に言葉を選ぶ。
「麦、どうだった?」
「音圧ヤバいっすね。リズムも正確だし、始めて二年であれなら自分で天才って言うだけの事はあると思うっす」
「僕も天才だとおもうよ。だけど麦は努力の天才かな……」
「いや、佑さんは始めたばかりを見てるからそう思うだけっすよ」
ため息を吐く様に彼は言ってギターを置いた。
「麦がドラム始めた時、正直僕はガッカリしたんだ……あのなんでも出来そうな彼が思いの外叩けなかったから」
「そりゃ始めはみんなそんなもんすよ」
「その時思ったんだよね。勝手に天才だと思っていたけどバスケもそうだったんじゃ無いかって」
「バスケが上手かったんすよね?」
「うん。あの身長とパワーだし、バスケする為に生まれてきたみたいに思ったよ」
言葉を交わす度に少しづつ桐島が落ち着いて行くのがわかる。
「でも実際はだれよりも練習してた。だからレベルの差がありえない程あった僕が、本気で練習している事にも気づいたんだと思う」
「佑さん何がいいたいんすか?」
「メンバーがちゃんと練習してた事にきづいてんだろ?」
そう、彼も最初からこのレベルだったわけじゃない。早く始めていた事もあり、それまでの練習で今の桐島ができている。
「俺は焦ってんすよ。早くバンドを完成させて高校生のうちにプロになる道を作りたい……」
「結果遠回りなんじゃないか?」
「わかってるすよ。でも壊れた物は直らないのも自分で分かってます」
桐島はまた元のメンバーとやりたい気持ちはあるのか……でも、どうすればいいかわからなくなっているんだな。
「そっか。ならいい……多分次は上手くやれるよ」
そう言って、僕は音楽準備室をでようとした。
「佑さん!」
「どうしたの?」
「あの『canon』て曲……」
「……うん」
「なんか、佑さんの優しい雰囲気が詰まってる感じが、めっちゃいいと思います!」
「うん……ありがとう……」
桐島の曲をやってみて思った事は、彼の世界観が詰め込まれているような良さがあった。それと同時に『canon』にも世界観がある。
だけど、あの曲はあの日屋上で聞いた時のイメージから、雰囲気は似ていても桐島の世界観とはどこか違う様に感じた。
結局あれは、誰の曲なのだろう。
みんなが言う様に僕の曲なのだろうか……?
こうして二つのバンド練習と、クラスの文化祭の準備という忙しい一カ月は最終日を迎えた。夢の中の時よりも遥かに充実した時間を過ごせたと思う。
だがこの日、麦はとんでもない事を言い出した。
「ちょっと麦、桐島のライブに出ないってどういう事だよ!」
「だから、そのままの意味だよ」
「ドタキャンは流石に酷すぎるだろ、桐島だって頑張って準備してたんだぞ! 小春もなんか言ってくれよ!」
「私は最初から知ってたんだ……」
「最初から? どういう事だよ?」
「まぁ、落ち着けって。別にライブをさせないとは言ってないだろ?」
「だけど……」
「実はさ、あいつら別で練習してんだよ」
「別で?」
麦が言うには、覆面を被るリハーサルから元メンバーと中身をすり替えると言うもの。そうは言ってもアレンジですぐにわかる。
「乗る代わりにあいつらには条件を出してんだ。もし気づかれたら本番は俺たちがでる」
「そんなの音で直ぐに気づくだろ!」
「普通はな。でも納得する演奏をしていたら桐島は気付いても気づかないフリをするとおもうんだよな……」
麦が言う様に、桐島は後悔している。
もしかしたら本当に言わないのかも知れない。
「だけど……」
「いざとなったら俺が責任とるよ。佑は知らなかった事にしてもいい」
「麦……何で桐島にそこまでするんだよ」
「俺はさぁ……孤独に何かを本気になっている時、本気で手を差し伸べる奴が居てもいいとおもうんだよ。それで救われた事は、次に別の事を始める事になってもまた頑張れる……」
そう呟いた麦の目はずっと先を見ていた。僕にとって麦がそうだった様に、麦もまたそんな時があったのだろうと思う。
そして当日、僕らは作戦通りに元のメンバーと入れ替わる事になった。
「麦〜、佑はいいとして、わたしは流石にバレると思うんだけど?」
「いいんだよそれで。俺だって多分バレる」
「いくらなんでも厳しいと思うんだけどね……」
それほど元メンバーの成長に自信があるのだろうか?
「小春、桐島の奴は俺たちが思っている以上に天才だ。それは練習でも充分分かっただろ?」
彼は本物の天才。
演奏をした事の無い人からしたら、大した違いでは無いのだろう。だけど一緒にアレンジをしてみて分かった事がある。曲の完成形を完璧にイメージできる感覚と、リアルタイムで演奏中に修正出来る能力。
臨機応変に曲をまとめあげる事のできる彼は、ギター歴の問題じゃない。
リハーサルの直前。麦は桐島の肩を叩き最後の言い訳を作る。
「始まったら身バレしない様に、俺たちは何も喋らねーから」
「分かりました。このステージに立てるのは先輩達のおかげです」
桐島の雰囲気が変わる。ピリピリとした緊張感のある顔で僕らを見つめ、後ろを振り返る事無くステージに向かった。
それを見た僕らは直ぐに元のメンバーに覆面を渡した。
「それじゃ、頑張って!」
「はいっ!!!」
彼らの背中をみて僕は自分の事の様に緊張する。桐島はギターを持ちマイクの高さを合わせた。
ベースの人デカっ!
「いや、麦。あれはちょっとやりすぎなんじゃ? だって麦と同じ位じゃん?」
「とはいえドラムさせる訳にもいかねーだろ」
「まぁ、そうだけど……」
桐島は俯き自分の世界に入っている様に見える。このままいけば……。
その瞬間、桐島はベースにアイコンタクトを送る。まさか、気づいてない?
いや、ニヤリと笑う彼は気づいた。
(先輩マジぱねーっすわ……)
桐島は声に出さずにそう言った様な気がした。
ドラムのカウントが入り曲が始まる……。
一瞬ズレた様な気がしたが、すぐに修正される。次の瞬間、桐島の歌は今までに無いくらいの圧力を見せた。
あいつ……。
「な? 正解はこれだろ?」
「麦……、敵に塩を送り過ぎなんじゃないの?」
「何言ってんだよ。こっちの歌姫はもっとすげーから。もちろん俺たちもな!」
「違いない」
桐島は、いつも以上のトーンでメンバーに指示を送る。この一カ月……いや、今までの練習を取り戻すかの様に。
そして僕らは、そのまま桐島と話す事無く本番を迎える事になった。
「しかしわざわざ屋上に隠れる必要はないんじゃないのか?」
「魔法は魔法だから成立するんだよ」
「妹になんて言おうかな……」
あの時とは違う屋上の空。
あれから僕は、ここに集まる事を避けていた。
「俺たち文化祭は準備班だからいいけどさ、牧村は実行委員だろ? それに隠れる必要もないんじゃ無いのか?」
「いいの! あたしにも心の準備があるんだから」
文化祭で賑わうみんなの声は静かな屋上に響いてる。すると屋上の柵が何かに当たる音がした。
「あれ? なんでここにいる訳?」
現れたのは拡声器を持った唯音だった。
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