第20話 機転

「出れなくなったってどういう事だよ?」

「一言で言うと、出たくないんすよね……」


 桐島の言葉に僕は『あの曲』が頭をよぎる。もしかして先に出した事で彼の曲を奪ってしまったのではないだろうか?


「皆さんを見ていて決心がつきました」

「僕らをみてってどういうこと?」

「自分でいうのも変なんですけど、俺のバンドは自分のワンマンバンドなんすよ」


 他のメンバーの音を聞いたことはない。だけど彼ほどのクオリティがそう何人もいるとは思えない。


「それはいいんすよ。結成した時からわかってた事なんで……でも、あいつらにはやる気が無い」


 その気持ちは分からなくはない。最初から弾ける小春はともかくとして、麦とはじめた時に、彼が練習しない奴だったら仲が良くても軽蔑していたかもしれない。


「なるほどな。でもお前がやりてぇなら、引っ張っていくしかねーんじゃないのか?」

「それはそうなんすけど……」

「嘘ついてんじゃねぇよ。お前が暴走して見放されたんだろ? ちがうか?」


 麦の勢いに押されて桐島は吃る。すると唯音は麦を睨む。


「ちょっと、今のはひどくない? 弱っている所に追い討ちかけるなんてほんとクソ!」

「唯音……やめろよ」

「実力がある奴の宿命だ。そうやって過保護にしてんじゃねーよ」


 血の登った麦をなだめて、桐島にフォローを入れた。


「桐島、あんまり悪く思わないで。麦も部活時代は周りより上手すぎて似たような時期があったから」

「そうなんすか?」

「悪い……正直いいすぎた。俺も佑がいなけりゃ同じ事になってただろうな……」

「えっ? 僕?」

「ああ……」


 麦はドリンクを口に含むと落ち着いた口調になり、桐島に語りかけた。


「中学に上がったばかりの頃、自慢じゃ無いけどバスケで俺に勝てる奴は居なかった」

「事実だけど自慢でしょ!」

「佑はちょっと黙っててくれ」


 確かに麦はミニバスで有名な位には上手かった。中学に入学したての時に初めて麦のプレーを見た先輩が無言になったのを覚えている。


 だからというわけではないのだけど、麦が桐島の事を気にかける理由はわからなくも無い。


「あの頃の俺は正直焦っていたんだ。もっと強い学校なら、もっと強いメンバーがいたら……だけど、必要なのはそうじゃなかったんだ」


 麦は辛い記憶を思い出したのか、拳をギュッと握り締める。


「そんな時に現れたのが佑だ。どちらかと言えば桐島と同じように運動は得意じゃ無い。背丈も普通で、線も細く更には初心者となればバスケでは到底活躍出来ないだろう」

「まぁ、案の定すぐに怪我しちゃったしね」


「でも、佑は諦めなかった」


 あの時僕は、麦がいうように諦めなかったわけじゃない。誰よりも上手い天才の麦に憧れて一緒に試合に出たいと思っていただけだ。


「捻挫して出来る事がなかったからシュート練習してただけだよ。まぁ、試合には出たかったからね」

「でも、浮いてた俺に色々と聞いて来ただろ?」

「一番上手いと思った奴に聞くのが上手くなる為の近道だと思ったんだよ」


 桐島は目を逸らすと小さく呟いた。


「そんな事があったんすか……」

「俺はそれを見て佑を試合に出れるようにしてやろうと思ったよ……だけど」

「まぁ、出れる様にはなったから後悔はしていない。麦には感謝してるよ」


 桐島は目を赤くしてテーブルを叩き唸った。


「だけど、俺にはそんな奴いないんす。ついてこようとする奴だっていない……」

「桐島は見えてないだけだよ」

「何言ってんすか! 現に俺は一人なんすよ、ライブ前のスタジオにだって遅刻してくる奴らで、別にいい演奏しようなんて思ってないんすよ!」


「うっせぇ!」

「ちょっと麦、それはダメだって」

「止めんな佑。マジで我慢できねぇ……」


 麦は桐島の胸ぐらを掴み睨む。


「やめて下さいよ……」

「一人だ? お前よく唯音の前でそれが言えるな? 今回だってお前をどうにかしようとして俺らと遊ぶ事になったんじゃねーのかよ?」

「麦さん、言わなくていいよ……」


 唯音の言葉で、僕は彼女の意図を理解した。そして麦は知っていたんだ……。


「唯音が……?」

「そうだよ。こいつはお前の事を思って才能を信じて助けてくれてんだよ」

「そうなのか?」


 すると彼女は恥ずかしそうにすると、


「ずっとファンだって言ってんじゃん?」

「……ごめん」


 多分これは、僕らが牧村と知り合わなければ桐島は勝手に潰れてライブに出れなかったのだろう。このままなら前回と同じように僕らが一番いい演奏をして終わる。


 だけど、それじゃ何も変わらない。僕らが知り合った意味さえ無駄になってしまう。


 僕には彼をライブに出す方法が一つだけある。

 それは……。


「桐島、ライブでなよ?」

「いや佑も鬼だな、一人で出さす気かよ?」

「それはちょっと……」

「いや、僕らが桐島のバックバンドをやればいいんだ!」


「あ、ありがたいっすけど。それって、マジで言ってんすか?」

「麦、小春……別にいいよな?」

「佑がいうなら、俺は構わないぜ?」

「私も、面白いと思うし……」


 僕は牧村をみる。


「スケジュールもあるから、あたしはありがたいけど……?」

「それじゃ、覆面でも被って出ようぜ!」

「いいね! シークレットバンドみたいで!」


 正直二つ分の練習をする事になるし、順番的にも桐島のクオリティは自分の首を絞めるかも知れない。これで何かが変わる。きっと夢の中には無かった何かが起こる気がする。


 そして僕らはデートをやめそのまま桐島と打ち合わせする事になった。


「花音、わるいな……巻き込んじゃって」

「いいよ。妹の希望は叶った事だし。でも良かったの?」

「多分、僕らはこのメンバーで出来る文化祭は最後になると思うんだ。だから桐島には来年ちゃんと元のメンバーで出て欲しいと思う」

「それじゃ……」

「折角あんなすげー奴がいるんだし、来年は自分達がって思って貰えるようにしたいんだ」


 そう言うと牧村は頷き笑顔を見せた。

 

 それから僕らは文化祭までの期間、もともと桐島がとっていた音楽室を使い、彼の曲も合わせて練習するスケジュールを立てる。するとその日の晩に桐島は曲のデータを送ってきた。


 四曲か。まぁ、いくつかは聞いた事もあるしどうにか出来るだろう。


 だが、『canon』は無かった。

 やはり僕の思いすごしなのだろうか?


 元のメンバーで録画していたフレーズは、桐島が指示していたのか、粗削りながらも細かく丁寧に作られているのがわかる。


 僕は彼の軌跡を追う様にフレーズをなぞり、アレンジをしていく。特殊なコード進行、アコースティック出身ならではの展開。


 彼のフレーズはそれだけで新しい発見がある。あとは実際に音を合わせて見ない事にはなんとも言えないな。



♦︎



 初めての練習の日。案の定桐島は気合いが入っていた。


「ちゃんとした形で出来るなんて最高っす!」

「まぁ、期待に添えるかはわからないけど?」

「俺は完璧だぜ?」

「ベースはちょっとアレンジしてみたのだけど……」


 すると桐島が叫ぶ。


「こういうの待ってたんすよ!」


 いつもとは違う雰囲気の中、先輩三人という事に遠慮なく桐島はアレンジに意見する。


「その部分は雰囲気的にはもっとエッジを効かせてほしいす」

「こんな感じ?」

「それです。それでちょっとメリハリをつけたいっていうか……」

「そしたらドラムもちょっと合わせてもらう方がいいかも?」

「ドラムすか? 一回やってみてもらえます?」


 イメージがしっかりあるのか曲がみるみるうちにまとまっていく。やはり桐島は天才だ。


「はぁ〜あいつらもこれくらい纏まると面白いんすけどね〜」

「桐島、曲を聴いて思ったのだけど別にやる気がなかったわけじゃ無いと思うんだ」


 僕は、今後彼のバンドが復活する為にもこれだけは言っておかないといけないと思った。


 

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