第18話 理由

 麦はそこで、昨日桐島と会った事を話した。


「桐島とって……」

「まぁ、偶然なんだけどな。それで、小春と一緒にあいつの路上ライブに行く事になったんだよ」


 桐島はその日、路上ライブを一人でするつもりだったらしい。麦と小春はそこで誘われ、一緒に行く事になったという訳だ。


「ちょっとまって。それじゃあただ桐島のライブを見に行っただけで、付き合うまでには至らないと思うのだけど?」

「まぁな。でもさ、ライブって不思議なもので気まずい相手と見ているはずなのに自然と距離を埋めてくれる……まぁ、桐島の曲にそれだけの力があるって事でもあるんだけどな」


 ただ麦がいうには、会話は弾む様になったものの別にそれが理由という訳ではないらしい。


「そこで、牧村の妹が来たんだよ」

「ああ、唯音か。あいつら付き合っているらしいしな。彼氏のライブを観に来るくらいあるだろうな」


 麦はそこで、息を飲む。

 となると唯音の奴が焚き付けたのか? まさか祭りの時の話を麦に……。


 冷や汗が噴き出すのがわかる。


「そこで、妹に言われたわけよ」

「え……言われた?」

「そう。『付き合ってるんですか?』ってな」

「それで麦は付き合ってるって言ったのか?」


 そう言うと麦は笑い出す。


「いわねーよ! だけどな、小春の奴がそうだって言いやがったんだよ」

「小春……むちゃくちゃするなぁ」

「だろ? だけど、俺はその後で小春に謝られたんだよ。『衝動的に言っちゃった』ってさ」


 そう言って麦は、窓の外を見た。


「なんかさ、そこで俺思ったんだよな。小春はすげー勇気出したんだろうなって……」

「まぁ、一度お前に告白してるって話だろ?」

「なんだよ、知ってたのかよ」

「それで?」

「だからさ……俺も、佑とか牧村を理由にシャットアウトするんじゃなくて、ちゃんと向き合おうって思ったんだ」


 麦は、だから僕に話したんだ。

 彼にとっては、小春も大事な友達でどこかで線を引いていた事が違うと思ったのだろう。


「まぁ、付き合うって言ってもお試しだけどな。小春の事は普通に好きだし、恋愛感情が無いのは佑が小春を好きな事知ってたからと言うのもあるからなぁ……わりぃけどそういう事!」


 そう言って麦は僕の顔を見る。次はお前の番だとでもいいたげな表情だ。


「僕は…………嘘なんだ」

「はぁ?」

「麦が牧村に近づく事で、小春がどんどん落ち込むのがわかったから牧村に協力してもらって仲直りさせようと──」


 麦に嘘はつけない。

 僕はそう思い牧村に悪いと思いつつ暴露した。


「お前、相変わらず不器用だよな。余計に仲悪くなるとは思わなかったのかよ?」

「思ったけど、麦なら割り切ってくれると信じてた……」

「なるほど、それであんなにあからさまな態度で見せつけていた訳か……」


 すると急に麦はスマートフォンを取り出した。どうやら誰かからメールが届いた様だった。


「小春から?」

「いや、桐島だ…………あぁ」


 悩ましげな表情で僕にスマートフォンの画面を見せた。


「どうやら色々と遅かったみたいだ」


 その画面には、桐島から今週末に『トリプルデート』のお誘いのメールが届いていた。


「牧村の奴……妹にもう言ってたのかよ」



♦︎



 その日の昼休み、僕は牧村にバレた事を話そうと思っていた。しかし、彼女は実行委員の打ち合わせの為、少し遅れて教室にきた。


「お知らせー! 出演の順番決まったよ!」

「おおー!」


 文化祭の仮のタイムテーブルが出たとの事で、彼女は先に教えてくれた。


「【Preset】は今回最後です!」

「いいな、大トリかよ!」

「まぁ、一応これで先生に出すから週明けには正式なプリントで出演者にお知らせする予定だよ」


 手書きで書かれた紙には、五つの出演グループの時間割が記されている。もちろんその中には桐島のバンドも入っていた。


 なるほど、桐島は僕らの前か。


 ふと、僕は夢の記憶が蘇る。タイムテーブルのプリントを貰った時点では、既に四つだったのを思い出す。


「牧む……花音、これって週明けに配られるんだよね?」

「もう渡してもいいけど、先生にパソコンで打って印刷してもらうからねー」


 ということは、これまでの流れで出来事が変わったのか。それとも今週末までに桐島に何かが起こるのだろうか?


 生憎僕らは週末に遊ぶ約束をした。正直その時点でなにも無けれは変更はないだろう。


 嫌な予感が襲う中、麦が面白がって牧村を弄りだした。


「なぁ、佑と付き合ったんだろ?」

「そだよー? でもでも妹から聞いたよ?」


 そう言って小春を見る。


「か、花音ちゃん。冷やかさないでよ」


 牧村はまだ、麦にバラした事を知らない。それを知ってか麦は際どい質問をした。


「なぁなぁ、お前こそどこまで行ったんだよ?」

「麦、セクハラだよ!」


「んー、どこまでってまぁ。ター君の味は知ってるくらいにかな?」

「お……マジかよ。味って……」

「ちょっと牧村、変なこと言うのやめてよ!」

「もう、ター君はすぐ名字で呼びたがる。週末は妹も牧村なんだからね!」


 多分牧村は、祭りのキスの事を言っているのだろうが、あまりにヒヤヒヤする返しに小春の顔が赤くなっているのがわかった。


 四人とも仮とはいえ、カップルになった事で変な方向にテンションが上がり、この昼休みはまともに話ができる状態では無くなっていた。


 帰り道、ノリノリで手を繋いでくる牧村に麦にバレた事を話そうと思っていた。


「良かったよねー仲直りできて。しかしこのタイミングで付き合っちゃうとはねぇ」

「僕も驚いたよ。それでさ、学校出てから話があるんだけどいいかな?」

「なになに? 深刻な顔しちゃって。小春ちゃん取られたから本気で付き合う気にでもなった?」


 気軽な雰囲気で返す牧村を見て、バレた事……いや自らバラした事を言ったら怒るだろうかと悩む。


 しかし、彼女が知らないままで後々バレる方が色々とややこしい問題になると思った。僕らは話をするために自転車を押しながら駅に向かう。


「あのさ……」

「さっきの話?」

「うん、それなんだけどさ。実は麦には話しちゃったんだよね……」

「えーっ! 早く言ってよ!」

「ごめん……」

「まぁでも、そんな事だろうと思ってたよ? 麦くんの質問が怪しかったしね!」

「あれは絶対に悪意があったよね!」


 すると牧村は歩いていた足を止めた。


「それで……バレちゃったけどどうする?」

「うーん。確かに……」

「あたしとしては、ちょっとやりすぎちゃったし、文化祭終わるくらいまで続けてくれるとありがたいかな?」

「そうだよね。僕も花音と居るのは楽しいから別に問題ないよ」

「良かった……」


 そう言った牧村はどこか思い悩んでいる様な顔をしていた。無理もない、広げた風呂敷が思っていたより大きかったのは僕も同じだ。


 ある程度熱りが冷めるようにしてから動きたい。ただ僕は引っかかっていた。バンドがやりたかった事に関しては妹の事もあって理解はできる。


 でも、彼女にとって何のメリットもないこの状況を楽しんでいるだけとは考えられなかった。


 もしかしたら彼女には、他に目的があるのでは無いだろうか? あるいは……いや、もしそうなら彼女はもっと行動しているに違いない。


 でも、僕に気が有るのだとしたら……。

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