第17話 すれ違い

 別に僕は小春の事が嫌いになった訳でも、諦めて乗り換えるとかそんな気持ちはない。ただ、姿形は同じでも好きになった小春と違うという事に引っかかってはいた。


 駅に着くと僕は大事な事に気がついた。


「そういえば、どうして今日一緒に帰る事になったんだっけ?」

「ん? あたしが誘ったからだよ?」

「いや、それはわかっているんだけど、何か用事があったんじゃない?」


 そう言うと、牧村は無理矢理笑っている様な作り笑顔で呟いた。


「あたし、バンド辞めた方がいいかなって」


 少し泣きそうに笑う牧村。きっと彼女は今の状況を気にしているのだと理解する。


「気にするな……とは言えないか」

「うん。元々文化祭までのつもりではいたんだけどね。それでも、宮園達の関係を壊してしまうなら離れた方がいいのかなって……」


 牧村の言う様に、今の僕たちはバラバラで実際どうすればいいのかよくわからない。だけど、それが理由でバンドが成り立たないというのは納得できない。


「確かに今のままじゃ、麦は牧村にアプローチしていくだろうし、小春の不機嫌は治らないだろう」

「うん。だから……」

「でも、牧村が離れたところで、僕は変わるとは思えないんだよね」


 ただ気まずい雰囲気が残るだけなのは間違いないだろう。かと言って、これといっていい案はないし……。


 考えていると牧村と目が合った。

 やっぱりこのルックスに麦が夢中になるのはわからないでもない。上手く離して、小春が入り込める様に出来れば……そうなるとあからさまに気持ちを出してしまった小春は止まらず、麦にアプローチするのを見なくてはならなくなるけど……。


「よし!」

「何か思いついたの?」

「えっと。一つ確認なのだけど、牧村はもう麦の事はいいんだよね?」

「まぁ、バレちゃったからね」

「それなら、僕と付き合わない?」


 牧村は目を丸くして驚いた。


「えっ、ちょっとなんでそうなるわけ? み、宮園はあたしの事好きだったの?」

「いや、麦には残酷だと思うけど、正確には付き合ってるふりをしないかって話」

「なるほど……まぁ、キスした仲だしね」

「それを今のタイミングで言う!?」


 名案だと思ったのだが、牧村は少し乗り気ではない様にみえる。考えてみれば嘘とはいえ元彼欄に僕の名前が入るメリットは彼女にはない。


「宮園はそれでもいいの? あんたは小春ちゃん……西村さんの事好きなんでしょ?」

「まぁ……そうなんだけど……」

「それに、そんな事したら麦くんと険悪になっちゃうんじゃない?」


 問題はそこだ。麦がバンドをやめる様な事になっては意味がない。小春の事は、痛み分け……と言うわけでも無いけど、どっちにしても僕は振られているから発案者として覚悟している。


「麦の性格上、ドラムにエネルギーが向くとは思うのだけど……」

「確証は無いよね」

「それに、あいつは物凄く察しがいい。中途半端にすると直ぐにバレるだろうし、文化祭が終わるまでにバレるほうが面倒くさい」

「多分バレ無いと思うよ?」

「え、なんで?」

「まぁ、宮園がボロを出さなければね!」


 牧村は麦を騙す自信があるのか? まぁ、『恋は盲目』と言われる位だから麦の敏感センサーにもフィルターがかかるのかもしれない。


「まぁ、とりあえずはあたしに任せて!」

「う、うん……」


 元はと言えば、麦が小春を蔑ろにしたのが原因だ。少し気は引けるが、バンドの為にそのあたりは犠牲になってもらう。


 小春が麦を好きだったから……という嫉妬みたいなものは多分無いと思う。


 いや、思いたい。



♦︎



 次の日、僕は牧村に任せた事を後悔した。

 自転車を置き、校舎に入ろうとすると牧村が待っている。


「おはようター君!」

「は? 牧村、急にどうしたんだよ……」


 すると牧村は近づき、耳元で囁いた。


(仮でも付き合ってるんだから名字呼びは不自然でしょ?)


「まぁ、そうだけど……」

「ほれほれ!」


 ニヤニヤしながら呼ぶ様に促す。


「か……花音さん」

「お見合いかい!」

「いや、でも恥ずかしいだろ!」

「だから麦くんも信じるんじゃない?」


 余計に怪しい様な気もするがとりあえずは牧村に従うしか無いのか……。


 すると自然に手を繋いで来る。手汗が気になり牧村の顔をみる。いや、別に演技なんだし彼女の好感度なんて気にする必要はない。


 ただ、教室に向かうだけなのにやけに視線がいたい……。ちょっとスタジオの時に麦が離れるきっかけになればと思っていた。だが、僕の考えは甘かったのだと思い知る。


 そう、絶望するのは麦だけじゃ無い。彼女が学年トップクラスの人気者だと言うのを忘れていた。


 すれ違う奴がほぼ二度見する……。


「お前、いつも付き合ったらこんな感じなの?」

「いつも?」

「元彼の時とかさ?」

「別に、彼氏はいた事ないけど?」


 マジかよ……。

 今更だけど僕はとんでもない大罪を背負ってしまったのかもしれない。彼女の髪の色が目立つ事もあり、遠目で見ても認識されてしまうのはかなり問題だ。


「牧……か、花音。流石に校内で手を繋ぐのは止めておかないか?」

「麦くんに信じさせるんでしょ? これくらい見せておかないと彼は怪しむよ?」


 そう言うと、彼女は腕に絡み付く。柔らかい感触とお風呂上がりの様ないい匂いがほのかにするのがわかる。意識をしない様に、なるべく牧村の方を見ないようにした。


 教室の前に付くと、チラリと麦の姿が見える。彼女は耳元で「上手くやってよ」と囁き、腕を離した。


 多分、麦には見えていたと思う。


「よう、佑!」


 普段どおりに声をかける麦。後ろめたい気持ちと作戦を成功させなければと思う気持ちで、苦笑いになる。


「お、おはよう……」


 教室で僕を見る視線をチラホラと感じる。


「なんかお前、今日はやたらと見られてるな?」

「う、うん……」


 どうやってやり過ごすべきか、頭をフル回転させ考えた。昨日の事が麦は気になっているのか、何か言いたそうにも見える。


 隠したところですぐにバレる。

 僕は息を飲み、彼に打ち明ける覚悟を決めた。


「あのさ……麦……」

「ああ。大丈夫、大丈夫。お前のいいたい事はわかってるって!」

「そうだよね……麦は察しがいいから……」

「まぁ、悪いなとは思ってる。だけどな、俺なりに色々考えてみたんだけどさ……」


 麦も色々考えて納得したのかと思った。

 だが、何処となく感じるこの違和感。本当に話が噛み合っているのだろうか?


「それって……なんの話?」

「何ってそりゃ、俺が小春と付き合い始めた事を知ったんじゃないのか?」

「いや、てっきり牧村と付き合い始めたのに麦が気づいたとかと……」


 その瞬間、僕らは目を見合わせた。


「は? お前、花音と付き合い始めたのかよ?」

「いやいや、麦もいきなり何をいいだすんだ!」


 驚かすつもりが逆に驚かされてしまった。でも、どうしてそんな事になっていたのか……。


「ここではなんだし、ちょっとトイレ来い」

「まぁ……僕も聞きたい事だらけだよ」


 トイレに着くとしばらく沈黙する。だが何もしていない訳じゃなくどちらが話を切り出すのかと言う無言の攻防戦があった。


「それで……なんでそうなったんだよ」

「いや、麦だって……」


 なぜと言われても、嘘の僕らには話せる内容が無い。上手く言わない様に誤魔化すしかなかった。すると麦は諦めたのか、それまでの経緯を話し始めた。

 





 


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