第16話 距離

「ダメってどうしたんだよ?」

「もう……無理」


 小春の顔は、今にも泣きそうな顔をしている。原因は多分あの二人なのだろうと思った。


「麦達の事?」


 僕がそう尋ねると、小春は口を結ぶ。

 それをみて僕は気づいてしまった。それと同時に自分も泣きたくなった。


「そっか……、小春辛かったな」

「どうしてこんなに上手く行かないの」


 小春は麦の事が好きだったんだ。こんなに近くにいるのに僕は気づかなかった。


「佑、麦を止めて……」

「いや、流石にそれは出来ないよ。だって望んでいる訳だし」


 いくら小春の願いでも両思いの二人をどうにかする事は僕には出来ない。


「でも、麦がかわいそうだよ……」

「……はい?」

「佑は知ってるんでしょ?」

「えっと、小春が麦の事を好きって事でいいんだよね?」


 まさか、牧村と付き合うなんて麦がかわいそうとか訳の分からない事を言う気じゃないよな?


「まぁ、そうだけど……わたしは振られたから」

「そしたら僕も小春に振られたね」

「わたしの事はいいの、元々付き合えるとは思って無かったし花火の日の勢いだったから」


 さらりとショックな事を言われた。


「でも麦は……」

「麦は両思いなんじゃないの?」

「えっ? 麦、振られてるんだよ?」

「……はい? 嘘だろ?」


 斜め上の小春の返答に、僕は動揺する。


「でも牧村は……」

「麦が好きって言ってた?」

「気になるからセッティングしてくれって事で夏祭りだって呼んだんだぞ!」


「そう……なんだ……」


 小春はそう言うとしばらくの間黙って何も言わなくなった。もし麦が牧村に振られていたのだとしたら、彼女は何の為に麦に近づいだのだろう。


 そんな疑問が頭から離れない。


「夏祭りの時……麦と場所取りしに行ってたでしょ?」


 彼女は小さく呟いた。


「ああ。あの時牧村がお酒飲んじゃって寝てたからね……」

「その時に聞いたんだ」

「麦は告白したの?」

「ううん、してない。ただ、仲良くなろうと近づけば距離を取られるって……」

「それは、牧村が麦に緊張しているからなんじゃ無いのか?」


 小春に素直になれなかった時期がある。だから、牧村が麦のアプローチに上手く乗れなかったとしても何ら不思議な事はない。


「わたしも初めはそう思ったんだ、でも……」

「でも?」

「やっぱり言えない。佑が聞いてないって事は、麦か花音が言うべきだと思う」


 小春と目が合い、彼女はすぐに逸らす。


「何があったんだよ……」


 僕は夢の記憶に頼りすぎていたのかもしれない。記憶に無いから起こっていない訳じゃなく、ただ僕が知らないだけ──。


 ただ一つ言える事は、小春は麦の事が好きだった。いや、まだ好きなのだという事だけだ。


 告白する前の失恋に、正直何もかも考えるのが嫌になった。



♦︎



 それから一週間。僕はがむしゃらにギターを練習した。このバラバラになったバンドをこれ以上崩れさせる訳にはいかない。


 そう、思った。


 練習でもあからさまに麦と話そうとはしない小春とは裏腹に牧村は成長している。麦もそれに気づいているのだろう。小春とは話さず、僕も話しかけれなくなってしまった事で、自然と彼女が孤立していく様に感じた。



「牧村、今日はどうする?」

「ごめん、今日は佑に用事があるんだ」

「佑に?」


 彼女はコクリと頷くと僕の方に視線をやった。彼女は普段通り自然な笑顔でそう言って誘う。麦の視線を感じながら僕は「分かった」と頷いた。



 小春が言っていた事が本当だとしたら、牧村はなぜ麦を振ったのだろう。もし、彼女が麦の事を好きじゃ無いのなら何のために近づいてきたのか、正直僕には分からない。


 放課後、駐輪場で待っていると牧村が来た。


「なんか、久しぶりだね」

「いや、毎日会っているだろ?」

「こうやって、二人で帰るのがって事だよ」


 麦と帰る事が多くなった牧村とは、確かに最近は一緒に帰っていなかった。


「それで、用事ってなんだったの?」

「いやー、宮園の方が何か聞きたいんじゃ無いかなって……最近小春ちゃんとも雰囲気悪いし」


「気づいてたのかよ?」

「あれで気づかないのはよっぽどだよ? やっぱりあたしが原因?」


 牧村はそう言うと、自転車の荷台に座った。


「いいのかよ。麦に怒られるぞ?」

「別に、付き合っているわけじゃないし!」

「まぁ……あのさ、牧村はなんで夏祭りに一緒に行こうと思ったんだ?」


 彼女はきょとんと目を丸くする。


「なぜって、それは麦くんと……」

「いや、夏祭りで振ったんだよな?」


 そう言うと、牧村は目を逸らした。


「知ってたんだ……?」

「正確には、最近知った」

「それで、宮園はどう思ったの?」


 質問を質問で返す牧村は、やっぱり何を考えているのかがわからない。本当なら僕が有利なはずの内容はいつのまにか逆転する。


「麦の事、気になってたんじゃ無いのかよ」

「ふぅん。そう思ったんだ」


 一体牧村の本当の目的は何なのだろう?

 僕がそれを聞こうと口を開いた瞬間、牧村は少し視線を逸らし、また質問を投げかけた。


「宮園はさぁ、やり直せたらいいって思った事はない?」

「後悔とか、そう言う話?」

「まぁ、そんな感じ? あたしはあるんだよね。あの時出来ていればとか、もっと上手く出来たのにとか……」


「そんな事、幾らでもあるだろ。後悔せずに生きている奴の方が少ない」


 僕はそう言うと、自転車の荷台に座ったまま、僕を見つめた。



「宮園は実際にそう思ったことある?」



 そう言った彼女に、僕は何かを見透かされた様な気がした。


 やり直せたら……。

 自分でも言った様にそんな事は幾らでもある。ただ、僕は『夢の記憶』がある以上、ある意味やり直した側の人間だ。


 実際にやり直してみて、今まで見えなかった部分は沢山あった。それでも上手くやれたかと言えば、僕は上手くやれてはいないのだろう。


「やり直しても変わらないよ。多分、上手くやれる気がしているだけだと思う」

「そう……思っているより上手くは行かないのかもしれないね」


 牧村がなにを思ってそう言ったのかはわからないけれど、彼女も何かやり直そうとして失敗したのではないかと思った。


 すると彼女はサドルを叩き、自転車に乗る様に促した。頭の中でモヤモヤしたものが残る。


「それより、どうしてあんたまで西村さんと険悪な雰囲気になってるのよ」

「それは……元はと言えばお前のせいだろ」

「あたしの? なんで?」

「牧村はそう言う事には敏感だと思ってたんだけどな……」


 僕は自転車を漕ぎ出し、駅に向かって走り出した。


「ねぇ……宮園は本当に西村さんが好きなの?」

「うーん。最近はよくわからない」

「彼女が麦くんを好きって知ったから?」

「お前……やっぱり知ってたのかよ?」


 いつからだろう。仲がいいと思っていたバンドのメンバーと少しずつ距離が出来てきた。牧村が麦と仲良くする事でそうなったのだと思っていた。


 だけど。僕らは多分、音楽をする事で気づかないふりをしていただけなのかもしれない。


「牧村はどうしてうちのバンドに入ろうと思ったんだ? 流石に麦に近づきたいからなわけじゃないだろ?」

「なんでだろ? 唯音が羨ましいと思ったからかな?」

「当て付けか?」

「ちがうよ、……………………からだよ」


 彼女は小さくなにかをつぶやいた。ギリギリ聞き取れないくらいの声で。


 そう、言ったあと僕の肩に置いた手に力が入り、そのまま顔を埋めた。


「僕は、君の事結構好きかもしれない……」

「えっ? 今何か言った?」

「なんでもないよ」


 自分でも、何故そんな事を口にしたのかはわからなかった。

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