第15話 亀裂

「桐島は……文化祭でるんだよね?」

「はい、そのつもりっすよ?」


 今のところ辞退する気は無さそうだ。だとしたらメンバーとの問題で出れなくなる……確かに、メンバーはまだ来ていない。彼とのモチベーションに差があるのかもしれないと思う。


「僕は、桐島に絶対出て欲しいと思う」

「そう言ってもらえると嬉しいっすね! 折角なので、文化祭一緒に盛り上げましょう!」


 麦もやる気を出し叫んでいた。

 ただ、彼にはまだ『canon』について話すことが出来なかった。


 帰り道、僕は考えた。

 もし、『canon』が桐島の作った曲だったとして、彼が作る前に聞かせてしまったらどうなるのだろうか?


 新たにインスピレーションを受けて新しい曲を生み出すのか、それとも挫折してしまうのか。僕なら後者になってしまうと思う。


 しかし、唯音が知らないだけで構想があるのだとしたら……彼は僕の事をパクリだと思うだろう。だけど、世に出さなかった事で葛藤する。


「佑? お前、落ち込んでんのか?」

「ちょっと考え事をしてただけだよ」

「でも、カズ君だっけ? 凄かったな!」

「……うん」


 麦は何故か目を輝かせて楽しそうだ。


「俺さ、やっぱり真剣にやってる奴好きなんだよな。相手の方が凄くても……あ、いや負けたって言ってるわけじゃ無いぜ?」

「大丈夫、わかってる。でも麦の言う様に彼は音楽にしっかり向き合ってる奴だと思う」


 夏の突き抜けた様な青い空にまだギラギラとした太陽が暑い。


「麦はさ……『canon』は今でも僕の曲だと思ってる?」

「いや、」

「そっか、やっぱり──」

「お前と牧村の曲だろ? あの曲は二人にしか作る事は出来ねーよ」


 迷いのない麦の言葉に、すこし気持ちが楽になる。


「あのさ……麦って好きな奴いる?」

「いきなり恋バナかよ、そりゃ俺だって男だから好きな奴の一人や二人いるさ」

「一人にしとけよ」

「あはは、ちげぇねぇ」


 麦は中学の頃もモテていた。運動が出来て、相手をよく見る高身長のイケメン。好みはあれどモテないはずはない。だけど彼はあまり恋愛には興味が無いように感じた。


 だからこそ好きな人が居る。麦がそう言ったのが意外だった。


「牧村……」

「え? 何?」

「だから、俺の好きな奴」

「マジで?」


 まさかの両思い。だけどこういうのって言っていい物なのだろうか?


「それで、佑は?」

「僕? なんで?」

「お前、俺にだけ言わせる気かよ、言ったんだから言えよな!」

「勝手に麦が言っただけだろ!」


 だけど麦は少し暗い顔をした。


「別に俺に遠慮なんてすんじゃねぇぞ?」

「小春……」

「はあ?」

「いやだから小春だって、僕が好きなのは」

「俺、遠慮すんなっつったよな?」


 僕は麦の言葉が理解出来ない。


「なんでキレてんだよ」

「いや、あれだけ一緒に帰ったり曲作ったり花火見てんのに牧村じゃねーんだよ?」

「その理由はおかしいだろ!」

「そもそも小春とお前、音楽以外ほとんど喋ってねーし、別にそれほど仲良くねーじゃん!」


 確かに……。

 麦が言う様に、僕が小春を好きになったのは夢の中での最後の文化祭。今の僕には夏祭りくらいしかきっかけは無い。その夏祭りでさえ、小春とは微妙な感じになってしまった。


「いや、でもおかしくない?」

「何がだよ?」

「なんで、自分の好きな子強要してるのさ。バスケを勧めるのとは話がちがうよ?」

「…………牧村がかわいそうだろ」

「いや、牧村が好きなのはお前だから!」


 言ってしまった……。

 その瞬間、麦は喜ぶわけでもなく落ち着いた口調で聞いた。


「牧村がそう言ったのか?」

「あ、いや……うん。夏祭りも麦と遊びたいからって……」


 言ってしまった以上、牧村には悪いけど麦に隠す事は出来ない。


「……あいつ」

「嬉しくないの? 両思いだよ?」

「わーったよ。そういう事にしといてやるよ、後悔しても知らねーからな」


 素直じゃないなと思いながらも、僕は少し複雑な気持ちになった。牧村の事を言ってしまった罪悪感からなのか胸の奥が締め付けられる様に痛んだ。


 実際、麦と牧村が付き合い始めたらどう思うのだろう。良かったと喜んでいるだろうか。いや、少し話しづらくなって寂しいと思うのかもしれない。


 牧村は麦が好き。

 今まで麦の事が好きな子を何人かは見てきたはずなのに、少しモヤモヤした気持ちが残る。


 恋愛って面倒くさいな──。


 別にどうだっていいはずの事が、もっと考え無くてはいけない事が沢山あるというのに邪魔をする。


 麦と別れた後、僕はこの色々な事がある状況に潰されてそうになる。正直悩んでも仕方がない、僕はいましなければならない事をして行くしかないと自分に言い聞かせた。



♦︎



 夏休みが終わる頃には、文化祭でやる曲は及第点と言ったところまでまとまった。後は当日の演出をまとめて行くだけだ。


 あれから麦は積極的に牧村に話しかけている。好きと言った以上彼の性格上、予想は出来た。


「牧村、夏休みも終わった事だし遊びにいかね?」

「いいけど、受験勉強とか大丈夫なの?」

「問題ねぇよ。俺天才だし?」


 だけど、小春はあまり良く思っていない様にみえる。


「なんか最近の麦チャラいと思わない?」

「まぁ、青春してるんじゃない?」

「なんかムカつく……」

「小春は青春してないの?」

「したいけど、それどころじゃないんだよね」


 麦が牧村と話しに行く事で、僕は自動的に小春と一緒になる事が多くなった。嬉しい事なのだけど、あまり仲良く無いと言っていた麦の言葉が引っかかる。


「佑、あの曲のベースアレンジちょっと変えてみたんだけど──」


 意識してみると、よく話している気はする。だけどほとんど曲の話をしている。小春は実際の所、恋愛とかには興味ないのだろうか?


「小春は今日ヒマ?」

「まぁ、特に予定はないけど?」

「ちょっと付き合ってよ?」

「楽器屋さんにでもいくの? いいよ、丁度替えの弦を買いに行こうと思ってたし」


 そう、この組み合わせがベスト。

 牧村と麦が上手くいって、小春と僕も上手くいく最初に予定していた形が自然に出来ている。


 放課後、小春と自転車置き場に向かう。


「何か怒ってる?」

「別に……」

「いや、怒ってるでしょ?」

「佑、ウザい!」


 彼女は相当ご立腹の様子だ。自転車置き場に着くと牧村と麦が見えた。


「お、お前らもどっかいくのか?」

「麦達も?」

「俺らはカラオケ〜」

「二人で?」

「なんだよ、お前らも行きたいのかよ? 別にいいぜ? な? 牧村!」

「うん、一緒に行こうよ!」


 小春の方を向くと、彼女は吐き捨てるように言った。


「行かない。ベースの弦買いに行かないと行けないし、佑も何か要るんだよね?」

「あ、ああ。僕も、ピックとクロスを……」

「じゃあ、仕方ねーな。俺等だけで行くか!」


 麦は「じゃあな」と言うと、牧村は麦の後ろに立ちのりして学校を出て行った。


「小春、別に買い物明日でも良かったんじゃない?」

「……もうすぐ文化祭なのに」

「まぁ、気持ちはわかるけどさ。たまには息抜きも必要だとおもうよ?」


 小春は黙ったまま自転車に乗り走り出した。楽器屋への道で彼女は一言も喋る事なく店に着く。


「あのさ、買い物終わったらあそこのクレープ食べない? 折角この辺に来たんだしさ」

「クラゲクレープ?」

「そうそう! 時々食べたくなるんだよねー」


 小春の機嫌を直そうと、必死に考えた。すると彼女は無言で頷く。買い物を終え、クレープ屋さんに向かう途中彼女は口を開いた。


「佑、私もうダメかも……」




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