第14話 夢の続き
「どうだった……?」
牧村は歌い終えると、雰囲気が変わり少し不安そうに尋ねた。
「俺はいいと思うよ。自信があっただけの事はあるんじゃねぇの?」
「うん、雰囲気すごく出てたよ」
麦も小春も賛成と言った様に答える。
「牧村……二番の歌詞、作ったのか?」
「なんだよ佑、不満か?」
牧村は恥ずかしいのか目を逸らし「うん……」とだけ答える。
「多分、この曲は牧村の歌詞で完成したのだと思う……」
「いや、何で佑はそんなに険しい顔してんだよ」
そう、今までずっと引っかかっていた不安。夢のカケラの様な曲はパズルのピースが揃う様にして出来上がった。だけど、この曲を持ってしても一つの不安は拭えない。
「牧村、妹の彼氏の事しってる?」
「カズ君でしょ? まぁ、時々会うし顔見知りだよ?」
「一度会ってみたいのだけど?」
夢の世界で全く出て来なかった存在。牧村や唯音とも大した接点は無かったが、見た目や存在を認識していた。その中で僕は絶対に有ってはいけない仮説が頭をよぎっている。
「おいおい佑、全然話が読めねーけど?」
「もし見えない敵が居たとしたら麦はどうする?」
「そりゃあ、調べてみるしか無い……」
「そう、その『カズ君』は出てくるんだよ、次の文化祭に。しかも牧村の妹のお墨付きでね」
麦は少し驚いた顔をして、すぐにニヤリと笑う。
「そういう事かよ。いいぜ、お前のやりたい事に俺は乗る……本気なんだろ?」
「うん。まだ、細かい事は聞かないで欲しい」
麦は、頷くとドラムスティックを握った。
「ちょっと、あたしは合わせるとは言ってないんだけど!」
牧村が慌てる中、練習を再開した。
麦は昔から察しがいい。いつだって一歩も二歩も先を読んで動いているのだと思う。そんな彼が今僕が考えている事をどれくらい分かって居るのかは分からないけど、『乗る』と言うからには納得しているのだと思う。
練習が終わった後、牧村に『カズ君』の事を聞いた。
牧村の反応からするに、やはりかなり上手いのだろう。
「それで、佑は意識してんのか?」
「まぁ……そんな所かな」
「正直牧村的にはどうなんだよ? 聞いた事位はあるんだろ?」
そう言うと牧村は首を傾げ少し悩んだ様に唸る。
「まぁ、上手いよ。曲も結構いい曲だったし」
「牧村が言う位だからハズレはなさそうだな」
音楽というのは、七年弾き続けて一人前という話がある。夢を含めても僕は四年、桐島一樹が中学の時に大人に混ざれるレベルなのだとしたら、最低五年……到底叶う相手ではない。
だけど、音楽は技術を競うわけではない。
色々な偶然が重なり、僕らはこの曲が完成するまでに至った。
それはみんな同じ事を思っていると思う。
メンバーの顔を見ると、誰一人として不安に思っている感じはしない。強いて言うなら牧村だが、あの曲で出たいと言っている以上、彼女にも自信はあるのだろう。
「見る機会が有ればいいのだけど」
「心配すんなって、練習でそのうち見るだろ」
こうして、この日の練習を終えた。この日僕は練習用のギターをメンテナンスする為に持って帰る。いつもなら、持ち運ぶのが大変という事もあり、ギリギリで本番用のギターに変える。だけどなんとなく出来る事はしたいと考えた。
フェンダージャパンのストラトキャスター。初めて買ったギターは比較的安価な割に使いやすくいい音が出る。だけど、本番で使う芯が強くギブソンのSGとは音が違う為、練習でバランスを見なくてはいけない。
その為当分はメインのSGを使い練習し、いつもより早く本番に備える事にした。
帰る途中、後ろから声がする。
「フェンダーのギター、好きなんすか?」
細身でスラッとした好青年。背は高いが、雰囲気から後輩なのだと分かる。
「うん、サブで使っている奴だけどね」
「メインは何使っているんすか?」
「ギブソンのSGだよ」
興味があるのか、ぐいぐい聞いて来る。
「いいギターっすね。という事は文化祭、出るんすよね?」
「うん、Presetっていうバンドで」
彼は頷くと、不敵な笑みを浮かべた。
「あなたが宮園さんっすね」
「えっと……誰?」
そう聞き返すと牧村が声をかけた。
「あー、カズ君!」
「お姉さん?」
「今日はカズ君も練習?」
マジかよ……、まさかこんなにあっさり会ってしまうとは思わなかった。確かに、文化祭の練習で学校を使うのは僕たちだけじゃない。
「ゆーから聞いてたんすよ。だから、練習の日を合わせたら会えるかなと」
少し恥ずかしそうにそう言った。
という事は彼が桐島一樹本人という事か……。
「お姉さん参加するんすよね?」
「うん、出るけど。カズ君は調子どう?」
牧村も久しぶりに会ったのか、彼との話が盛り上がっている。一見低姿勢に見える彼には何処か自信が有る様に感じた。
「演奏見たかったなぁ……」
「誰だよそいつ」
遅れて来た麦が、彼に気づく。
彼が桐島一樹なのだと説明すると、麦は少しテンションが上がっている様に見えた。
「なるほど、噂の新星か!」
「新星って、お手柔らかにお願いします」
時間もあるとの事で、僕らは桐島の演奏を見に行く事にする。一体どんなレベルなのか、それだけで胸が高鳴るのが分かった。
「うちのバンドは、あまり経験があるわけじゃ無いんで多めに見てほしいす」
「まぁ、最初はそんなもんだろ。俺たちもまともに演奏になってきたのは去年からだしな」
体育会系の麦は先輩風を吹かせるように桐島の肩を叩いた。
彼が鍵を取りに行っている間に音楽室に戻る。
「彼が噂の?」
「みたいだな。まぁ、一度見てみない事にはなんとも言えないけどな」
すると牧村は僕に耳打ちした。
「あんたが変な事言うから、ライバルみたいになっちゃったじゃん」
「間違ってはないでしょ」
「妹の彼氏だよ?」
「まぁ……たしかに」
音楽に勝ち負けはない。牧村の気持ちも分からなくはないが、どうしても意識はしてしまう。
「あいつらまだ来てないっすね……」
大きなギターの入ったバッグを持ち、桐島は戻って来ると中に入る。
「とりあえず準備するんで、適当に座ってて下さい」
彼はそう言ってギターケースを開けると、フェンダーのナチュラルカラーの使い込まれたテレキャスターが顔を出す。
「テレキャスかぁ」
「親父から貰ったんすけど、結構いい音なんすよ」
マイクとギターを繋ぎ、慣れた手付きでチューニングする。カッティングのフレーズを弾き始めた瞬間、戦慄した。
「凄いな……」
「そうか? 佑の方が上手いと思うけどな?」
「また、違うタイプのギターだよ。でも、それを差し引いても僕より上手い」
「マジかよ」
桐島は恥ずかしそうに「どうっすか?」と僕に聞いた。
「弾き語りとかしてたのかな?」
「はい、そうすね!」
安定感のあるリズム。やはりかなり弾き込んでいる。だが、歌い始めた瞬間それまでの事がどうでも良くなった。
「なんか佑の曲に似てるな」
麦の一言が全てを語っている。
独特のリズムで雰囲気は違うものの、canonを思わせるメロディライン。
間違いない。
あの曲を作ったのは桐島一樹だ。
彼の事を知った時から気になっていた。いや、正確には気にしないようにしていた。
あの日歌っていたあの子は牧村唯音。そして曲を作ったのは彼女の彼氏でもある桐島。だから夢は間違っていない。
それなら何故、文化祭に彼が出なかったのか?
いや、出なかったんじゃない。彼は何かしらの事があり出れなかったんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます