第13話 全てが彼女に恋をする

 僕は何を期待していたのだろう。

 容姿は似ていても、全くの別人と言うのはうすうす分かっていた。


「何この曲。誰かの歌?」


 唯音はそう僕を突き放した。


「そっか……ならいいや」


 ガッカリしたのかホッとしたのかは自分でもよくわかっては居ない。だが、思い出したかの様に彼女は目を見開いた。


「あ、今の曲。お姉ちゃんが歌ってる曲だ……」

「牧村が?」

「うん……お風呂入っている時に歌ってる」


 なるほど。唯音がこの曲を知らないわけじゃ無いのか。だけどそれは僕が牧村に伝えているから知っているわけで元々知るきっかけがあったわけじゃない。


 じゃあ、どこで……。


 考えてもわからない。僕は彼女に別れを告げ帰って頭を整理しようとした。


「それじゃ」


 グッ……。

 振り返ろうとすると服がひっぱられる。


「ちょっと、何帰ろうとしてんの?」

「えっ、だって話は終わ──」

「ゲス男の話は終わったかも知んないけど、唯音はまだ何も話してないよね?」


 ……そうだった。

 そもそもコイツが無理矢理乱入してきた事で、今の状況になった事をすっかり忘れていた。


「それで、ゲス男はお姉ちゃんとは付き合ってないの?」

「別に付き合っては無いけど」

「それじゃ、なんでキスしてたわけ?」

「あ、いや。あれは事故っていうか、牧村もノーカンって言ってたしあんまり掘り下げ無い方がいいと思うけど」


 唯音は腕を組みスリッパを鳴らす。


「ゲス男の理屈は分かったわ。でも、お姉ちゃんとキスまでして好きにならないとかそれでも男?」

「まぁ、牧村美人だし性格も嫌いじゃないけどさ……あいつ麦の事好きだからね」


 呟くと同時に彼女は胸ぐらを掴む。


「えーっ!? お姉ちゃん好きな人いるの?」

「もしかして知らなかった……?」


 マズい。てっきりシスコンでストーカー気質な唯音は知っていると思っていたが、秘密にしていたのなら牧村に悪い事をしてしまった。


「てっきりゲス男だと思ってた……」

「あのさ、誤解も解けたと思うし、そろそろそのゲス男って止めてくれない?」

「ま、まぁ……じゃあ……はい!」


 そう言うと唯音はマイクを向ける様な素振りを見せた。


「え、なにこれ?」

「名前、言ったら?」

宮園みやぞの……たすく

「じゃあ、佑だな」

「ちょ、お前。いきなり呼び捨てかよ……」

「佑先輩……」


 いや、それはそれでちょっと恥ずかしいな。


「とでも呼ばれたかった?」


 別に先輩だからとかは気にしないけど、無性に腹の立つ妹だ。まぁ、ともかくこんなに夢の女の子に似ている子が何人もいる訳が無い。あの子はただ、僕に曲を伝えてくれた夢の住人なんだ。


 唯音は誤解が解けた事で、警戒心が薄れた様な気がする。まぁ、口が悪いのは別に怒っていたからとう訳だけでは無くそもそも口が悪いらしい。


 校舎を出ると、唯音は捨て台詞の様に言う。


「お姉ちゃんに手を出すんじゃねぇぞ!」



 そう言って別れようとした時、スマートフォンが鳴った。


「あー、もしもしカズくん? うんうん、今? 何もしてないけど──」


 カズくん? 友達……かな?

 それにしてもやけに親しげに話している。これから会う約束でもしているのか、何処かに行く話になったのが分かると電話を切った。


「今から待ち合わせ?」

「そ! 彼氏なんだぁ」

「ってシスコンの癖に彼氏居るのかよ! まぁ、居てもおかしくは無いけど……」


 唯音は口は悪いが牧村の妹というだけあってかルックスはいい。それに年頃の高校生だから別に彼氏が居るのはむしろ健全なのかも知れない。


「彼氏、音楽やっているんだよね。唯音に相応しいイケメンの天才!」


 彼女が自信満々に言うくらいだから、結構凄いのかも知れない。だけど、音楽なら僕も負ける気はしない。


「あのさ、僕も音楽やっているんだけど」

「はぁ、佑が?」

「去年の文化祭見てないのかよ?」

「見てたけど、大したのは出てなかったかなー。去年はカズ君バンド作りたてで間に合わなかったしね、今年は出るよ?」


 大したことないと言い放つ彼女の言葉は、苦しいと言うか悔しいと言うか……


「文化祭、でるの?」

「うん、今その為に曲つくっているって!」

「それじゃ、同じステージかも知れないね」

「えー、佑もでるんだ……」


 牧村もボーカルで出る予定なのは、自分からは言わないでおこうと思った。


 唯音と別れてから、家に帰りギターを触る。そのカズ君と呼ばれる彼氏のバンドが少し気になっている。


 彼女が言う様に凄いバンドだったのなら、記憶の中の文化祭で何かしら印象は残っている筈なのだけど、出ていた三組の中にそれらしい人は居ない。


 やっぱり違うのかな……。


『え? 唯音に会ったの?』

『たまたまね。ところで文化祭ってもう締め切っているよね?』

『うん、バンドは五つ。タイムテーブルが大変だよー』


 僕気になり、牧村に連絡する。予想通り記憶の中には無いバンドが増えている。もしかして牧村が渋っていたのはそのせいなのか?


 だとしたら、僕が干渉する余地は無くなり、記憶とは全く別の世界という事になる。

 

『大変そうだね。そろそろアレンジが纏まりそうだから、牧村の予定も教えてくれよ』


 あの曲には自信がある。

 去年の演奏から大きく成長した自信もある。

 だけど……。


 事実上自分達より上と言われたバンドを、聞いた事が無い不安に襲われる。


 今のままじゃダメかも知れない。だけど、どこを目指せばいいのかがわからなくなっていた。ただがむしゃらに考えギターを弾く。今まで正解だと思っていたフレーズが違う様な気がして何度も詰め直した。



 牧村との練習の日はあっという間に訪れた。


「こんにちは!」

「お? 来たか牧村、今日は実力をたっぷり見せて貰おうじゃねーか!」


 麦も気持ちの整理が付いたのか、牧村のテストを楽しみにしている様にみえる。


「麦と牧村さん楽しそうだね」

「うん、なんか安心した」


 二人のやり取りを見て、小春とほっこりする。唯音との事も気にしていない素振りなのが、安心する様な悲しい様な気分。


「牧村、歌えそう?」

「うん、まかせて!」


 マイクを持つ彼女は初めてとは思えないくらい落ち着いている。流石は人前に出る事に慣れているというか、カラオケの様な感覚なのかも知れない。


 四人の準備が終わるのを確認すると、僕は麦と目を合わせ、カウントに入る。


 新曲のイントロ、ここ数日何度も詰め直したフレーズ。少しづつ音が重なって行くのが分かる。


 そして、牧村が歌い始めるとその透き通った声が音楽室に反響し一つの音楽になった。


 技術とかじゃない。

 多分この存在感は、牧村のカリスマ性からくる彼女自身の様な歌。


 力強く、優しい……。


 一番が終わり、ここから未完成の二番。打ち合わせでは一番をもう一度歌う事になっている。


 だけど彼女は、全く違う歌詞を歌い始める。

 卒業式のような喜びと悲しさの入り混じった一番から、まるで片思いでもしている様な二番。


 そうか……彼女は作っていたんだ。


 多分、麦に向けて。

 そう思った瞬間、少し胸が苦しくなる。


 少し寂しい様な、嫉妬心にも似た感覚。


 一体僕は彼女の事をどう思っているのだろう。

 いや、ちがうな……この曲は歌詞をつける事で牧村が完成させたんだ。





 全てが彼女に恋をする──。





 

 そんな世界に引き込む様な曲になった。



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