第12話 叶うはずの
「なんか、二人で帰るの久しぶりだね」
「あ、うん」
頭の中にはさっきの女の子がチラついていて、小春の言葉への集中力が奪われる。
「こないだの夏祭り、楽しかったね」
「結局四人で花火は見れなかったけど……」
「まぁ、それも含めてお祭りだよ」
あの日の事を思い出すたびに、小春といい雰囲気になった事より牧村とのキスを思い出してしまう。
「麦がさ、言ってたんだ」
「なんて?」
祭りの時の事は、あのまま麦にはぐらかされたままだった。結局二人には何があったのか、なるべく気にしない様にしている。
「あいつは真っ直ぐな所もあるけど、一人で抱え込む癖もある。だから牧村みたいな奴が興味を持ってくれて良かったって」
「なんだよそれ。麦が言ってたのか?」
でも、牧村が興味を持ったのは麦の方。というのは小春には言わない事にした。
「佑はさ、canonを作ったのは牧村さんと出会ったから?」
「いや、その前に聞かせたと思うけど」
「そうだよね」
「なんで? 題名がcanonだから? あれはフレーズが──」
「それもあるけど、なんとなく大切な人に向けた曲なんじゃ無いかなって思って」
麦はあの曲は僕のメロディだと言った。でも、僕が喉につっかえていたのは、あの曲にはそういう部分があるからだと思う。
「だからって、大切な人がなんで牧村なんだよ」
ふと、つぶやいた瞬間。牧村と見た花火を思い出した。違う、僕が好きなのは──。
「違った? でも楽しそうだよ?」
「楽しく無くはないけど」
夢の中であの子が歌っていた曲。彼女を見つけてしまった事でその事が重くのしかかる。
「ところで、小春は音楽長いよね?」
「まぁ、ピアノもしてたしベースも吹奏楽部の時からだからね」
「小春はオリジナルの曲ってどこからだと思う?」
誰かに、いや小春にも『それは佑の曲だよ』と言ってもらいたかった。
「夢の話?」
「あれ、小春に夢の事言ってたっけ?」
「音楽室で弾き語りした時、言ってたよ」
「そっか……うん」
「でも夢で曲が出て来るなんて、作曲家ならよくある話だから気にしなくていいよ」
少しの安心。だけど僕はもっと救われたい。
「その夢で歌っていた子が現実に現れても?」
「うーん、それは恋かもね?」
予想外の返答に固まる。
「きっと佑は、牧村さんに恋してるんだと思う。きっとわたしじゃないんだよ」
「どういう意味?」
「その子が牧村さんなんじゃないの?」
「いや、そこじゃ無くて……いや、それも違うんだけどさ」
そう言うと、小春の顔は赤くなった。もしかして両思いだったって事?
「このタイミングで言うのも変なんだけど、小春は好きな人いるの?」
僕が夢で後悔していた言葉。だけど、夢の中とは違う意味になると思った。
「わたしは──」
「ねぇ……一回死ぬ?」
背後から物騒な言葉が聞こえ、慌てて振り返るとそこにはさっきの女の子が居た。
近くに居てもおかしくはない。だけど僕は動揺し、言葉が出ない。
「あ、
「ちょっと待って。小春、この子と知り合いなの?」
「そうだよ、浴衣の着付けに行った時に初めて会ったのだけど、同じ学校って聞いてたし」
浴衣の着付けって事は、牧村の家に行った時でその時知り合ったって事は……。
「この子は……」
「牧村さんの妹だよ?」
黒い髪をしているからあまりわからなかったが、言われてみれば整った顔は牧村に似ている。でも僕はこの子に逃げられる理由も、殺される理由も思い当たらない。
ただ、夢の女の子と違いあの特徴的なハスキーボイスでは無いのが気になった。
「あの……僕、何かした?」
曲を奪ったと言われるなら、この場で首を差し出す覚悟はある。
「何かって、自覚すらしてないとかクソだね」
思いの外口の悪い妹だ。
「小春さん、こいつ花火大会でお姉ちゃんとキ──」
「ちょっと待て!」
僕は唯音の顔を両手で挟む。
「えっ、何? いきなり女の子の顔を掴むのは良くないと思うよ?」
「小春、ちょっと待ってて」
僕は唯音を挟んだまま、校舎のなかに連れて行く、途中で口が開いたのか僕の手を思いっきり噛んだ。
「痛ってー!」
「いきなり何すんだよ」
「それはこっちのセリフだよ、小春に何言うつもりだったんだよ!」
彼女は袖で口を拭い睨む。
「何って、お前の被害者をこれ以上作らない為に小春さんに教えてあげないといけないだろ」
「ちょっとは空気読んでくれよ」
「二股しようとしてる奴の手助けはしない」
すると、息を吸い大声で叫ぶ。
「小春さー」
「ちょいちょい!」
その場で唯音をホールドする。
「えっと、佑は何やってんの?」
「あ……いや、コイツが口悪いからさちょっと注意をしようとして」
「妹さんと仲良くしたいのはわかるけど、唯音ちゃん、苦しそうだよ?」
「小春は何か勘違いしている!」
小春の目もあって僕は唯音に「事情は牧村に聞いてくれ、あいつも知られたくないはずだから」と小さく囁いてから彼女を離す。
「首おかしくなりそう。もう、なにすんだよ変態」
「あんまり、やり過ぎると牧村さんに嫌われるから止めた方がいいよ」
なんだよコイツは。見た目は一緒だが、屋上で会ったイメージとかけ離れている。
「小春さん、気にしないでコイツは嫌われるくらいが丁度いいから」
「まぁ、唯音ちゃんがいいならいいけど」
右に爆弾、左に小春。挟まれている僕は生きた心地がしない。もしかして唯音はシスコンなのか?
苦し紛れに話を変えてみる。
「牧村は、なにしてるの?」
「唯音も牧村なんだけど」
「お、お姉さんの方は?」
「教えない」
僕はあっさり撃沈した。
「それで、小春さんとゲス男はどういう関係?」
「バンドのメンバーだけど」
「ふぅん。そういう事……」
「キミは多分物すごい誤解をしていると思うぞ」
ダメ元で、小春に視線を送る。任せてと言わんばかりの小春の表情に悪い予感しかしなかった。
「唯音ちゃんは、佑の事知ってるの?」
「知らない。お姉ちゃんと仲が良いのは知ってる」
「へぇ……どう仲がいいの?」
予想通りの良くない展開になる。唯音が返答する前に僕は強行策に出る事にした。
「あー、唯音に話があるんだった。ちょーっと小春には悪いから先に帰ってくれるか」
「なにそれ、急に」
「悪いな、牧村の事で聞きたい事があったんだよ」
「そうなの? それならまぁ……」
勢いで誤魔化すと小春は腑に落ちない表情を浮かべながら僕の方を見た。
「お姉ちゃんの事で聞きたい事って何?」
「まあまあ、いいからいいから──」
小春から遠ざけるように彼女の肩を押し、校舎の奥に押し込み曲がる。僕はそっと曲がり角から小春が校舎を出て行くのを確認する。
「やっぱり小春さんに知られたくないだけじゃん」
「しー、声が大きいって」
「どうせ大した事聞くつもりない癖に」
小春の姿が見えなくなり、僕はホッとため息をついた。
「お前、祭りの時見てたのか?」
「丁度ね。別にお姉ちゃんが恋愛してる事にとやかく言うつもりはないけど、相手が浮気してるなら話は別」
「浮気って、そもそも付き合ってないし、あれは事故だったんだよ。それに牧村はうちのドラムの事が好きなんだぞ」
「うそ?」
「本当だよ。なんなら本人に聞いてみてくれ」
妹にこんな事を言うのは酷な話かもしれない。だけど誤解を解いておかない事には牧村にも迷惑がかかるのは頂けない。
「それと、お前には別に用があるんだよ」
「何? どうせつまらない事言うんでしょ?」
「お前、音楽やってる?」
「うちは姉妹でピアノ習ってたからそれなりには」
やはりか……。
「それで、この曲は知ってる?」
そう言って僕はアカペラで小さな声で歌う。
聞いている唯音の顔が、少しづつ変わって行くのがわかった。
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