第11話 マボロシ

「タイムリープって……マジかよ」

「うん。だけど、前回とは色々と変わってきている。もしかしたら夢かも知れない、それでも繋がっている様な感じがあるんだ」


 僕はそう言って、恐る恐る麦の顔をみた。


「なるほどな。なんか色々納得したわ、文化祭も一回やったって事なんだろ?」

「うん。文化祭も受験も……それで……」

「変わった部分が牧村ってわけだ?」

「えっ……どうしてそれを?」


 幾ら麦でも察しが良すぎる。いや、もしかしたら元々それくらい考えている奴だったけど、僕が気づいていないだけだったのかも知れない。


「佑はあいつにだけ慣れてないんだよ。最初は、いきなりグループに入って来たからとも思ったんだけどな」

「うん……牧村はいなかった。いや、いたけど関わらなかったと言う方が正しいかな」

「それで? 牧村を入れて何か変えたいんだろ?」

「……うん。あの曲は、前回死ぬ直前に知らない女の子が歌っていた曲なんだ」


 すると彼は驚いた顔で肩を掴んだ。


「ちょっと待て。死ぬ直前って、お前死んだのかよ?」

「……うん。歌っていた子を助けようとして」

「マジか。それで運命を変えようとして」

「いや、そう言う訳でもないんだけど。屋上だったし、事故だったから知ってたら止められる内容だからね」


 自分が死ぬ事に関しては、すぐに変えられると思っている。


「ただ、女の子と曲については知りたいんだ」

「なるほど……佑、それやっぱり夢じゃないか?」

「どうしてそう思う?」

「どうしてって言われると感覚的な話になるんだけどさ。俺はあの曲を佑の曲だと思う」


 麦は真剣な表情で言う。僕の曲というのがどういう理由なのか気になる。


「メロディのクセといい、クラシックを取り入れた感じといい、今の佑のスタイルから生まれてもおかしくは無い。完成度は抜群に高いけどな!」

「クセ?」

「ああ、今まで10曲以上やってきてるだろ? そしたらなんとなくクセみたいな物がわかってくるんだよ。有名なアーティストでもあるだろ?」


 確かにプロのアーティストは初めて聴いた曲でも分かる。それが僕の曲にもあるって事なのか?


「だから俺は、他の子が歌ってたかも知れねーけど、あの曲は佑が作った物だと思うぜ?」


 麦は嘘をついて安心させる様な事はしない。それがまた信用でもあるのだけど、僕には違和感があった。


「でも作った記憶は……」

「だから、夢なんじゃ無いかって。普段思っている不安とか整理したい部分とか、まとめてくれるのが夢だろ?」


 練習でも寝て夢をみて起きたら出来るようになっている事があるだろうと。そう麦は言った。


「麦が言う様に、僕の中の音楽をまとめているのなら……。僕はまだ、夢の中なのかも知れないね」

「佑……お前」

「大丈夫、あの曲は完成する。ヒントは牧村がくれたからもう少し信じてまっててくれよ」


 麦は目だけで返事をして、自転車の鍵を開けた。


「あと、本人には言ったって言わないで欲しいんだけど、牧村は麦が気になってるらしいよ」

「俺が?」


 そう言って手を止め少し考える素振りを見せるといつもの様な自信のある表情になる。


「まぁ、俺だぜ? 学年一の美人に後から惚れても知らないからな」

「よく言う」


 流石の麦も牧村には緊張してたりするのだろう。彼が虚勢を張る時は『負けたく無い』と思っている時だ。


 麦と別れた後、小春と何があったのか聞けば良かったと後悔した。



 高校三年の夏は、『息抜き』という名目でしか遊びに行けない。そのせいもあって僕には曲纏める時間が少ない。これは前回の記憶でも同じだった。


 だが──。


「ちょっと佑、どうして2曲ともできてるの!」

「『SWEET』は夏休み前に出来てたし」

「新曲もアレンジかなりまとまったな。しかし卒業の歌としては早すぎるんじゃないか?」

「でも、僕らが学校で出来るのは最後だからね」


 週に二回、文化祭の練習として学校に通う。合わせるのももちろんだが、アレンジをして纏める必要がある。


「それで、新曲のタイトルは何にするの? やっぱり『卒業』とか?」

「それ尾崎豊しかイメージできねぇな。うちの親父が好きで刷り込まれてるからなぁ」


「新曲は『Canon』にしたいと思ってる」

「まぁ、そのままだけどいいんじゃないか?」

「本来はcanonはCから始まる輪唱みたいな音楽の事をいうけど、正典とか本当のって意味があるみたいなんだ」

「てっきり俺は牧村が歌う予定だからかと思ったんだけどな」


 正直それもあった。この曲は彼女がいなければ完成していない。いや、メロディやフレーズは出来ているものの歌詞はまだ1番しか出来てはいなかった。


 そもそも1番しか夢でも出て来なかった。


「歌詞はリピートする予定?」

「まぁ……今の所は。そのあたりは牧村が歌うわけだし、相談してって感じかな?」

「そうだね、女性ボーカルらしさもその方が出るかもね!」


 麦もタイムリープの事を知っているからなのか、ニヤニヤしながらそれを聞いていた。


 屋上の女の子なら二番をどう展開する?


 僕はあの時焼きついた情景がリフレインしてまだ頭から離れない。牧村をボーカルにしようとしたのもあの衝撃を再現したいからなのかも知れない。


 課題は残すものの、僕らは順調に曲を仕上げている。合わせていく事によってズレていた感覚も大分修正出来た。


「佑、今日は俺先帰るわ!」


 ドラムセットを片付けながら麦はそう言った。


「うん、いいけど。何かあるの?」

「バイトだよバイト。夏休み中に金作っとかないと受験とかもあるしな」

「短期のバイトかぁ……わたしも何かしとこうかなぁ……」


 この時期の金欠問題は切実だ。文化祭が終わってしまえば、使う余裕すらなくなってしまうから気にする事は無いのだけど。


「じゃあ佑、今日は麦抜きで帰ろっか」

「そうだね、じゃあ僕が音楽室の鍵返してくるから先に麦と自転車置き場に行って待ってて」


 職員室に向かい、先生に鍵を渡す。部活では無い為少し面倒なのが、夏休みは返した時に音楽室の利用理由を管理表に書かなくてはいけない。


「えっと……文化祭のバンド練習の為っと。施設の利用者は──」


 僕は書き終えると小春の待つ自転車置き場に急いで向かう。すると向かい側の実習棟の方に人影が見えた。


 他にも夏休みに来てる奴はいるんだな。


 そう、思っているとその中に黒髪の女の子の姿が見えた。いや、まさかね……。


 気にせず通り過ぎようとするも、気になり窓に近づいて凝視する。


 やっぱりあの子だ。しかも丁度出る所の様にみうる。


 僕は走り、渡り廊下を抜け実習棟に向かう。一つ上の三階、あの場所は視聴覚室だ。ようやく見つけた事にテンションが上がる。


 だけど、会ってどうしたらいいんだ。いきなりこの曲を知りませんかと聞く訳にもいかない。色々な問題が頭を過ぎるもとりあえず名前だけでも知ろうと思った。


 階段を登り廊下にでると窓から見えた何人かの生徒が見えその中に彼女を見つけた。


「あの……」


 声をかけようとした瞬間、彼女は僕に気づくと逃げる様に走り出す。


 えっ……なんで急に逃げるんだよ。


 そのまま彼女を追いかけ走る。一緒に居た子達も不思議そうに僕を見たのがわかる。そして、彼女が見える方向に走って行くも一向に追い付かなかった。


「はぁ……はぁ……ちょっと、なんであんなに速いんだよ……」


 そして裏口から出るのを見て、外に出ると完全に見失ってしまった。僕は彼女と会った事があるのか? いや、もしあるとしたら記憶の中の屋上だけしか心当たりがない。


 まさか彼女も?


「佑、そんなに走ってどうしたの?」


 呼んだのは待たせていた小春の声。そうか、ここは自転車置き場か。


「小春、今誰か来なかった?」

「別に来てないけど……それより汗びっしょりじゃない、帰り道風邪ひくよ?」


 小春の心配をよそに、僕は屋上の彼女の事が気にせずにはいられなかった。

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