第10話 告白

「別になんもねーよ。それより何もなかったにしては牧村の浴衣が汚れている様に思うけど」


 明るい所でみた彼女は思ったより汚れが目立つ。


「人が多かったから防波堤に登ったんだよ」

「牧村さん浴衣なのに?」

「いや、登ろうと言ったのは牧村の方」

「ああ……」


 酔っ払いの姿を見ていた事もあり、二人は納得した様に唸った。


「人も落ち着いて来た事だし、そろそろ帰るか」

「そうだね、そろそろ……」


 麦になんとなくはぐらかされた様な気がして、小春の事が気になっている……だけど、それと同じ位に牧村との秘密も後ろめたく思えていた。


 でも、伝えなくてはいけない事は別にある。

 駅に向かう人混みを抜け、人がいなくなると僕は足を止め、話す事にした。


「あのさ、ちょっといいかな?」

「なんだよ?」

「あのさ。もう一つの新曲の事だけど、その曲だけ牧村をボーカルにしたらダメかな?」


 合わせて足を止めると、麦は言った。


「佑が言うなら一回合わせてみてもいいけど、牧村の歌は聴いたのか?」

「口ずさんでいる位だったけど聞いた」

「ならいい。佑が聴いてそれで合うと思ったんだろ? それで俺たちにも確認している。断る理由はねえよ」

「良かった。小春はどう?」

「牧村さんでしょ? ライブでも面白い演出になると思うし、ちゃんと歌えるならわたしもいいよ」


 小春は多分、牧村なら人前に立つのも平気だと思ったのだろう。僕もそれは同感だ。


 だけど、肝心の彼女は何かいいたそうな顔をしていた。


「宮園、こんなに早く言ってくれるのは嬉しい。でも……歌を聞かせた記憶が無いのだけど」


「佑、どういう事だよ?」

「あ、いや。牧村は寝ている間に歌ってたんだよ」


 ふと思い返す。確かに彼女にはその意識は無いのかもしれ無い。


「え、寝てる時? あたし、歌ってたの?」

「それもあって、歌いたいって言ってくれたからやってみようかなって」

「そうだったんだ……」


 僕は、少し焦りながら寝ていた牧村の事を話す。小春は興味がある様にみえたが、麦はうまく言えないけど、どこか諦めた様な顔をしているのが気になった。


「それじゃ、うちこっちだから!」

「わたしも!」

「おう、小春は帰り大丈夫か?」

「うん、牧村パパが送ってくれるって!」

「それなら大丈夫だな」


 小春は着替えを取りに牧村の家に寄るとの事で二人と別れる事になった。


「バイバイまたね!」


 牧村がそう言った後、それまでの騒がしさが無くなった様に静かになる。僕と麦は自転車を置いている場所に向かう。


「佑もクローバーに置いてるのか?」

「うん、あそこが一番近いからね」


 ローカルなスーパーのクローバー。祭りの場所が近い事もあり、この時期は地元民の自転車置き場になる。


「あのさ。お前……いや、いいや」

「なんだよ麦、気になるだろ?」

「いいって、それより曲はどうなんだよ? 牧村入れるって言ってだけど、あの曲出来てないだろ」


 イメージが出来た事をそういえば麦はまだ知らない。


「うん……でも、すぐに出来るよ」

「ならいいけど。佑は文化祭盛り上げる気あるんだよな?」

「なんだよ急に、当たり前だろ?」


 クローバーが見え、駐車場の入り口に差しかかると麦は足を止めて空を見た。


 月の光が麦を照らす。短い髪とバスケットマンらしい運動部の体格。


「最近、お前の事よくわかんねーんだわ」

「……」


 彼の言葉に、僕は何を返せばいいかわからない。


「前はさ。なんか音楽に夢中なんだろうなってかんじがしてたし、俺も佑と作るのが楽しかった」

「うん……」

「でも、最近のお前はさ音楽に気持ちが向いてる気がしねーんだよ」

「そんな事無いって……」


 麦には返したものの、記憶のせいで以前とは変わった自覚はある。


「別に下手になってるとか、曲を作ってないとかそんなんじゃない。なんなら上手くなるのは前より早いと思ってる」

「それなら、何が気になってんだよ?」

「お前、何か俺に隠しているだろ?」


 そう麦が言った瞬間、時間が止まった様に感じ、冷や汗でTシャツがくっ付くのがわかる。


「隠してるって……」

「小春か、牧村と付き合ってるとか……いや、違うな」


 牧村とくっ付けようとしている事なのか、それとも記憶の事なのか……勘のいい麦なら両方かもしれない。


「まぁ、ここで聞き出すのもフェアじゃねぇな。佑も俺に聞けない事あるだろ、言えよ?」


 正直以前から気になっていた事はある。いつもなら触れない麦だが、余程気になっているのだろうか、交渉条件に出してくるとは思わなかった。


 多分、ここで進めなければ僕たちは終わる。


「じゃあ……麦はどうしてバンドに入ったの?」

「それは、面白そうだったし? って入る時も言ったよな?」


「違う。僕が聞いているのは、バスケの推薦蹴ってまで付いてきた理由は何?」


 色々あると思って触れなかった。でも、麦の聞いて来いと言っている事はこの事なのだろう。


「……バスケはもういいかなって」

「そんなわけないだろ。今日だってただの遊びと割り切れないくらいしたいはずなんだよ」


「やっぱ気づいてんじゃん、佑ってそういう所あるよな。でも……やっとここに来た」


 彼の言っている意味はわからない。だけど、どこかスッキリしたような顔を見せた。


「あのさ。県大会の最後、お前出れなかったよな?」

「うん……まぁ、元々控えだったからね」

「あれ、俺が監督に言ったんだよ。マッチアップ的に佑じゃ勝てないって」

「そうなんだ……まぁ、麦が言うならそうだろうね……」


 正直残念ではあった。だけど、実力が足りないと思っていたから、気にはしていない。


「違うんだ。監督はお前を出そうとしてたんだよ。勝算もあると言っていたし、だけど俺が負けたくなかったんだ……監督も許可したのは自分だと、それを言わなかった」

「そうだったんだ……まぁ、仕方ないよ」


「仕方ないわけないだろ。経験者でもないのに誘って、夜まで練習付き合わせて……挙げ句の果てには監督が認めていたのに出すなと言って負けたんだ」


 麦がそんな事思っていたとは知らなかった。


「だから……僕に?」

「今度は俺の番だと思った。付き合わせて無くした時間を取り戻せるように……でも、俺はバスケもバンドも本気だったんだよ、佑が本気ならそれでいいんだよ……」


 いつだって麦は本気だ。

 僕は、そんな麦が好きだし鋭い意見も彼が本気だと言うのがわかっていたから嫌な気持ちにはならなかった。


 でも、麦はそのせいもあって僕の迷いに気がついていたのかも知れない。


「だからって勘違いするなよ。俺は自分で決めてドラムやってんだよ。理由はあるにしてもきっかけだって事はわかるだろ?」

「わかってる。麦が惰性でやってるなんて思って無いよ。それに県大会の事は僕は気にしていない、麦がいなかったら他の試合にだって出れなかったと思ってる」


 多分真っ直ぐな彼にとって、試合の時の事は本当にいい出せなかったのだと思う。現に記憶の麦はその事は全く言う事は無かった。だが今はちがう。

 それを言ってでも僕に対する疑念を晴らしたいと思ったのだろう。僕は、夢の事も、牧村の事も麦にだけは言っておいた方がいいと思った。


 フェアじゃない。


 そう言った麦の言葉が僕に重くのしかかる。


「麦……信じてもらえるかわからないけど、君には言っておかないといけないと思う」

「今更かよ。別に俺はなんだって信じてやるよ」


 いつもの麦。多分何を言っても受け止めてくれる様な安心感がある。


 息を呑んで僕は麦に告白した。


「僕は卒業式の直前で死んでタイムリープしてきたんだ……」

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