第8話 水と歌

 楽しいはずの小春との夏祭り。本当なら牧村の様にテンションが上がっているのを必死で抑えている場面だろう。


 だけど、僕はこのデートじみた状況を素直に楽しめないでいた。


「佑、まだ気にしてるの? 折角なんだから、何かしようよ!」

「うん……そうだね」


 目の前を金魚すくいや、射的、輪投げと言ったお祭りならではの出店が見える。浴衣の小春はどれをしようかと目を輝かせていた。


 いくつかしてみたものの結果は残念賞。お祭りとはそう言う物なのだとそれでも小春は満足そうだった。少し疲れた僕は一旦座る事を提案する。牧村と麦はもう少し遊んでくる様で、それを小春と待つ事にした。


「あの二人、楽しそうだね……」

「性格もどことなく似ている気がするし、案外相性もいいんじゃないかな」


 結果的には予定通りになっている。記憶の中には無い小春とのデートじみた状況。色々考える所ではあるけど僕は僕で頑張り所だった。


「小春、何か食べたい物ある?」

「どうしたの、急に」

「いや、楽しめて無いんじゃ無いかなって思ってさ……」


 小春は手を下ろし、薄暗くなっている空を見上げた。


「別にいいよ気なんて使わなくて。あたしらの仲じゃん」

「でも、羨ましいって思ってたんじゃないの?」

「そりゃまぁ……でも、無理に背伸びしたって逆にしんどくなるだけだよ」


 僕は多分、そんな自然体で過ごせる小春が好きになったのだと思う。


「あ、そしたらりんご飴」

「結局頼むのかよ。しかもりんご飴って、あれ結構食べ辛いんだよ?」

「でも、あれがいい」


 そう言って、指差した先には何処かテレビで見た様な懐かしい雰囲気のお店がある。


「わかった、買ってくる」


 目に入ったお店の中で少し気になっただけなのかも知れない。そう言って僕が立ち上がろうとすると小春はぼくのTシャツを引っ張った。


「わたしも行く」

「ここに居ればいいのに」

「折角お祭りなんだから、行きたいの」


 立ち上がり、二人でりんご飴の店を覗く。祭りだからといって、繁盛している訳ではないのか赤や緑、他にも苺と言ったフルーツが飴にされている。


「苺なんてあるんだ」

「でも可愛い」


「らっしゃい!」


 りんご飴屋のおじさんが声をかけた。


「えっと、りんご飴一つ……」

「わたし、苺がいい! 佑も一緒にたべよ?」


 苺なら小さくて食べやすいかも知れない。少し食べてみたい気もあって苺を二つ頼みお金を払う。


「ちょっと待ってな! にいちゃん達はカップルかい?」

「あ……いや、カップルって訳じゃ」

「なんだい、今日カップルになる予定かい。色違いにしといてやるから一緒にたべな?」


 おじさんはそう言って赤と緑の苺飴を僕に手渡した。小春は赤く恥ずかしそうにしているのが分かる。


「よろしくやれよ!」


 僕はお辞儀をして座っていた場所に戻り、小春が座ったのを確認すると苺飴を取り出す。


「勢いのあるおじさんだったね」

「ちょっと恥ずかしかったし」

「小春は照れすぎ、どっちにする?」


 彼女が指差した赤い方を渡す。僕は緑の方を食べる事にした。


「佑、それって味違うのかな?」

「なに、食べたいの?」

「わたしのは苺の味だけど、どう?」

「うーん、飴の味? なんだろ、おばあちゃんちで出てくる飴みたいな感じかな?」

「なにそれ?」


 そう言って小春は赤い飴を僕に向けた。


「苺味、確かめてみて?」

「ありがと……」


 間接キスとか気にしないのか? 緊張しながら小春の飴を舐めて見ようとすると、赤い苺が遠のいて行く。


 あれ?


「ちょっと待って、意識しすぎ!」

「ご、ごめん」

「謝らないでよ。やっぱり無し無し!」


 そう言って小春は向こうを向く。案の定、おじさんの思惑通りになった様で少し悔しい。


「じゃあ、はい。見本みせてよ」

「見本って……わかった」


 小春は目を軽く閉じ、緑の飴に近づく。飴をどけてキスしたらどうなるのだろうと、良くない考えが頭をよぎる。


 彼女の唇が飴に触れた瞬間、僕は近づいていた事に気づく。


「えっ……佑、どうしたの? なんか近くない?」

「いや、かわいいなって……」

「なになに、なんか変だよ?」


 告白するタイミング。多分、記憶が無ければそこまでの勇気はなかったと思う。あのどうしようもなくなった後悔があるから言葉に出来る。


「あのさ……俺、小春の事……」

「俺?」

「あ、いや。そこはよくて」


 空気的に、格好つけるはずが思いも寄らない返しに焦る。


「なーに、いい感じになってんだよ?」


 戻ってきた麦の声。

 僕は終わりの始まりを感じた。


「あ、麦……」

「小春も、『あ、麦……』じゃねーよ! とりあえずはいいから、あいつを止めてくれ!」


 真っ青な顔をした麦は、どうやらそれどころでは無いらしかった。


「おい麦ぃ、宮園つれてこい、宮園を!」


 明らかにおかしな言動。


「ちょっと麦、クスリはダメだって!」

「アホか、酒だよ。牧村の先輩に会って、その人が悪ノリしたんだよ」


 悪ノリ?

 僕は牧村が無理矢理飲まされる様には思えず、奪って飲んだ様にしか思えなかった。


「お? 宮園いるじゃん!」

「まぁ、とりあえずお前指名みたいだから、水でも飲ませてやってくれ」

「……わかった」


 僕は牧村を連れ、自販機で水を買う。正直酒に弱いのは意外だった。


「ほら、牧村。とりあえず水飲んどきなよ」

「水なんか要らないってぇ」

「いや、絶対要るだろ」


 ペットボトルの蓋を開け、牧村の口元に持っていく。彼女は仕方なさそうに水を口に含む。


「それで、どうして飲んだの?」

「宮園に会うためだよ〜?」

「冗談はいいから。牧村、麦に告白しようとしてたんじゃないのか?」


 そう言うと、彼女は落ち着いた様に俯く。


「やっぱりかよ。らしくないんじゃないの?」


 牧村は無言で水を飲む。


「違うよ……別に告白する為に飲んだ訳じゃない」

「ならどうして、麦と楽しそうにしてただろ?」


 予定通り。本来別に今日告白する予定でも無かった筈だ。だけど、雰囲気的に今しか無いと思ったのだと思っていた。


「宮園はさぁ、どうだったの?」

「どうって、それなりに……」

「やっぱり、西村さんが好き?」

「……まぁ、って何言わすんだよ!」


 牧村はそう言った後、僕の手を握る。暖かい手はお酒を飲んだからなのだろうか。そのまま彼女はもたれかかる様に身体を預けた。


「なんだよ、牧村……」


 返事は無く、騒がしい周りの音の中、彼女の寝息が微かに聞こえて来た。


「寝たのかよ……」


 見慣れた長いアッシュ色の髪を纏めているのが分かり首元が見える。嗅いだ事のある甘い香りがほのかに香り、彼女の体温が伝わって来ると愛おしく思えてくる。


「本当に、牧村は無茶苦茶だな……」



 しばらくして、麦と小春が様子を見にやって来た。もたれかかる姿をみて驚いているのに気づき焦って弁解する。


「あ、いや。なんか水飲ませたらねちゃってさ」

「そうなんだ……」

「まぁ、あれだけはしゃいでたら疲れるだろうしな」


 麦もそれについて行っていたせいか、少し疲れている様に見えた。


「そろそろ花火だし、場所取りして来るわ」

「うん、起きたら向かうよ。何か入りそうならLINEくれたら買ってく」


 ある意味牧村のおかげで麦との気まずい空気は無くなった。予定とは変わってしまったのだけどそれはそれで良かったのかも知れない。


 だけどまた、根本的な解決がされてない以上ぶつかってしまうのだろう。悔やまれるのは、小春に告白するタイミングがそのせいで流れてしまった事くらいだ。


「この恨みは大きいぜ?」


 僕はそう言って、牧村の頭をポンポンと叩く。少しづつ夜の涼しさが増していく。おかげで牧村の体温もそこまで暑くは感じない。


 しばらくすると、麦から場所をとったとLINEが届き、目印の写真が送られてきた。


 まだ寝ている牧村を横目に、『もう少しかかりそう』と返事を返す。するとすぐそばから小さく歌っているのが聞こえた。


 えっ……この歌……。

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