第7話 麦は好き
夏休みが始まり、文化祭の練習にも身が入る。だが僕らは受験生。なるべく大人から文句を言われない様に受験勉強にも手をつける様にした。
『明日、夏祭りだな!』
夏祭りをカウントダウンする麦のLINEからは、待ち遠しいのだと伝わってくる。僕もいつもと違う牧村を含めたメンバーで行くのが楽しみだった。
『ねえこれあげる!』
牧村も楽しみなのか画像を送ってくる。明日着る浴衣の写真……いや、こういうのはお楽しみなんじゃないのか?
って、ちょっと!
牧村の浴衣の写真の後に、小春の写真も入っている。これ本人は了承しているのかよ……。牧村が撮影したからなのか、絶妙な上目遣いの角度。
僕はその写真をそっとスマートフォンに保存した。
『どうだった?』
『小春が可愛かった……』
『感謝しなよ! このお礼は明日期待しとく』
僕と牧村は、夏祭りに向けて計画を立てていた。お昼はバスケをするとして、夜は出店を見た後花火を見に行く予定を立てている。
花火の直前、僕は麦と牧村に場所取りを頼んで小春と買い出しに行く。戻る頃には人が混み二人で花火を見ると言うあからさまには見えない流れだ。
だが、きっと麦は買い出しに行くと言うだろう。そこは、女の子を二人で置いて行けないと言えば多分アイツは納得する。
牧村とLINEで打ち合わせを済ませると、明日に向けて早めに眠る事にした。
だが、次の日。
あらかじめ麦が予約していた体育館に集まりバスケが始まると、僕の計画はスタートからつまずいてしまう。
「チーム分けは佑と牧村の方がいいだろ?」
「なんでだよ」
「いや、深い意味はないぜ? 単純に戦力的に、牧村は結構スポーツ得意だし」
そっと牧村の方を見ると、小さく頷いた。案の定、牧村はバスケ部ではなかったにしては上手い。
しかし、チームプレイを持ってしても麦を止める事が出来ない。点を入れれたとしても確実に入れられる展開は点差以上に厳しかった。
「ちょっとあんたしっかり止めてよ!」
「いや、やっぱり麦は上手いよ。そもそも僕はシューティングガードだから、1on1はあまり得意じゃ無いんだよ……」
「だって、あんたが勝たないとチーム変え出来ないし……」
「それは本当に申し訳ない」
すると麦が近づいてくるのが分かった。
「おっ作戦会議か? いいだろう、そしたら牧村に助言してやるよ」
「助言? 何か教えてくれるの?」
「佑は、ドリブルで攻めるのはあまり得意じゃない、だけどフリーでシュート打たせたら俺より上手いぜ?」
「本当に?」
「ああ、シューティングの特化型のプレイヤーだからな!」
麦の話で理解したのか、牧村は僕に麦の居ない方に走る様に言った。だが、彼女に助言すると彼は小さく僕に呟いた。
「本当は佑が言えばいいだけなんだけどな……」
麦が少し機嫌が悪くなった様な気がした。
だが、助言を理解した様に牧村は離れると、パスが通り接戦になる。小春のフォローに回らなくては行けなくなった麦を避け僕にパスが来た。
ジャンプシュート。
中学の時何度も、何度も練習したシュート。フォームに入った瞬間、麦が飛び込んでくるのが見え一瞬遅れてはなったシュートとは彼の手を掠めた。
「手ぇ抜いてんじゃねぇよ!」
「ちょっと待ってくれ、何でそんなにキレてんだよ……」
外に外れたボールを追うこと無く麦は僕の方に迫って来た。楽しむはずのバスケだったはずか、麦の怒声で空気が凍りつく。
「ほら牧村も驚いてるし……」
僕は心配そうに見ている牧村と、俯いて顔を逸らしたままの小春の方に視線を流した。
「昔のお前ならこんな事しなかったのにな」
「なんだよそれ」
麦は僕の腕を強く掴み、彼女達には聞こえない位の声で呟いた。
「良かったな。牧村がいて」
小春は牧村に駆け寄ると明るい声を振り絞ったかの様にフォローした。
「ごめんね牧村さん。麦の奴、急にスイッチ入っちゃう事あるんだよね」
「ああ……そうなの? なんかびっくりしちゃった」
すると、麦は振り返り、軽い口調で笑ってみせた。
「って、冗談! 佑の奴が本気出さねーから、ちょっと煽ってみただけ。ごめんな!」
彼はそう言ったものの、キレて居たのは事実なのだろう。確かに、牧村との約束が無ければもっと集中していたのかも知れない。
ただ、麦の怒りはそれだけじゃ無い様な気がして少し不安になった。
それからのバスケは、麦も遊びだと割り切った様に気迫みたいな物は消えた。普段なら絶対しない様な派手な技も見せて場を盛り上げて終わった。
僕たちは一旦家に帰り、再び待ち合わせをする事になっており、それぞれ家に向かうと牧村から電話がかかって来る。
「どうしたの? 小春もいるんだろ?」
「うん、大丈夫?」
「えっと、なにが?」
「何がって、麦くんと喧嘩してたし。別に仲直りしたわけじゃ無いでしょ?」
彼女は気にしていたのか、いつもより落ち着いた口調に思えた。
「まぁ、小春も言ってたみたいに時々ある事だから。麦が熱くなりやすいのはいい所でもあるからさ……」
「ならいいけど。あたしのせいかなって気になっちゃってさ」
「いや、それは無い。僕と麦の問題だよ」
正直、少し不安な部分もあるものの牧村に迷惑をかける訳にはいかない。多分麦は、今の僕の行動に思う所があってすれ違っているだけなのだと思う。
そして、彼も多分それを分かっている。
待ち合わせの時間になると、浴衣に着替えた二人が既に待っていた。普段見慣れない格好は可愛さが二割増しに思えてくる。
「宮園、何かコメントはないの?」
「えっと、可愛いと思うよ」
「なんであたしが聞いているのに西村さんの方を見ていうわけ?」
「佑は照れているんだよ」
「ほほう、なるほどね……」
何かを企んだような牧村の顔は、言いたい事が手に取る様に伝わってくる。
「なんだよお前ら早いな!」
「時間ぴったりで来てるの麦君だけだよ?」
「男はジャストタイムだろ?」
普段の麦の雰囲気に、牧村も少し安心して話している。その様子をみて夏祭りの間は大丈夫なのだろうと思った。
待ち合わせ場所から歩いてすぐの場所から屋台が始まり、祭りを楽しみに来た沢山の人が居るのがわかる。定番の屋台や出店も牧村や小春と来るのは初めてだった。
「なんかダブルデートみたいじゃね?」
「はーい、じゃああたしは麦くんとペア!」
「おっ? いいねー」
牧村はそう言ってアイコンタクトをして来る。
「じゃあ、僕は小春とペア?」
「まぁ、佑でいいけど」
ペアだからと言って別行動する訳では無い。でも牧村のノリに合わせた小春はそっと腕を組む。
「!?」
「浴衣は歩き辛いの!」
「なるほど……」
平然を装ってはいるものの、内心ドキドキしている。小春は別に平気なのだろうか。
「牧村さんが気になる?」
「いや、どちらかと言うと麦の方かな」
「やっぱり、昼間の事きにしてるんだ……でも、熱くなりやすいのはいつもの事だよ」
彼女は麦の事もわかっていると同時に、僕の事も分かっている。
「小春は何か聞いてる?」
「麦から?」
「うん……」
そう言うと彼女は、麦の方を見ながら呟いた。
「別に、聞いてる訳じゃ無いけどなんとなく分かる気はする」
「分かるってなにが?」
「最近の佑は、牧村さんに夢中なのかなって」
「いやいや、別に牧村とは何もないけど」
「恋愛とかじゃ無くて、興味が向いてるって言うかバンドの方に向いて無い感じはする」
「えっ……」
「もしかして、自覚は無かった?」
確かに最近は牧村と帰る事も多かった。だけど、なるべく距離を置こうとも考えていた。でも、それ自体が、牧村に対しての興味と言われたらそうなのかも知れない。
「だから、麦はきっと寂しいんだよ」
「そんな奴じゃないだろ」
「だって佑は麦の事大好きだし、それが急に可愛い女の子に夢中になってたら麦も嫉妬するんじゃない?」
小春はニッコリと笑顔になると、首を傾げながら僕の方を見る。
前を歩く牧村と麦の姿が、そのまま何処か遠くに行ってしまいそうな気がして、小春の言っている事がなんとなく分かった様な気がした。
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