第6話 やっぱりコーラ。時々……
「宮園って、やっぱり曲作る人だよね」
「そうかな?」
「なんとなく客観的というか俯瞰的というか」
「それはそうなのかも知れない。でも、牧村や麦みたいな性格には憧れるよ」
夢のせいなのか、どこかこの世界に居ないような感覚が、僕にそう言わせたのかも知れない。
「ところで牧村は毎日僕を待ってるの?」
「だって、駅まで歩くの面倒くさいし」
「なんだよそれ、やっぱり性格悪いかも?」
そう言うと彼女は笑って軽く背中を叩いた。
駅まで本来なら自転車なら五分位で着くのだろう。だけど、二人乗りで話しながらゆっくりと走る僕らは倍くらいはかかっていた。
麦の事を知りたい牧村。大事な友達の事をもっと知って、もっと好きになって貰いたいと思い話が止まらなくなるのは自然な事なのだと思う。
「おっ、今日もご苦労!」
「そろそろ運賃を取ってもいいかも知れないな」
「またコーラ奢ってあげるからさ!」
「それは悪く無い」
連日一緒に帰っている事もあり、麦や小春ほどでは無いにしても牧村とはかなり打ち解けてきたと思う。僕と小春が上手く行き、麦と牧村も上手く行って四人で遊びに行けたら楽しいだろうと思う。
そのためには、今度の夏祭りに距離が縮まればいいなと思った。
牧村が駅に向かって歩いて行くと、彼女は一度こちらを向いて手を振る。僕も小さく手を挙げ振り返すと彼女は駅前にいた同じ制服の五人組のグループに向かい駆けて行った。
待ち合わせでもしてたのかな?
見た事のある顔の同級生のグループ。彼等はこちらを見て何かを話しているのが分かった。
まだ明るい空の中、僕は家に向かい自転車を漕ぐ。バンドマンの僕とは違い牧村は友達の多いグループの奴だ。その姿に近づいていたと思っていた牧村との距離が離れて行くような、少し寂しい気分になる。それと同時に、ゆっくりとチャリを漕いでいた事を後悔する。
あの時、記憶通りに申請書が受けとられていたら、僕はまた牧村がどんな人なのかすら知らずに終わっていたのかも知れない。
それはちょっと悲しいな……。
空が少し赤くそまり、涼しい風が心地よい。コンビニの光がぼんやりと目立つ。なんとなく立ち寄り無意識にコーラを手にしていた。
(バンドマンはみんなすきでしょ?)
牧村の言葉が頭をよぎる。なんか着実に洗脳されていっているのかも知れない。
「あれ? 佑?」
「……小春」
「なに、まだ帰ってなかったの?」
「うん……ちょっとね」
牧村と帰っていたというのは、小春には言いたく無い。
「小春こそ、こんな時間に居るなんて何かしていたのか?」
「うん。ちょっと先生に呼ばれててさ」
小春とは一年の時に出会った。麦にバンドをしたいと言った後、中学生の時に吹奏楽部でベースをしていたと言う子を彼が連れてきたのが最初だった。
「先生、進路希望表とか?」
「うん……進学したい大学がC判定だったから、もっと頑張れって」
「なるほどね……」
コンビニをでると少し立ち止まり、僕はコーラを開ける。小春はミルクティーをてにしているのが見えた。
「バンドマンだからって別にみんながコーラのんでるわけないし……」
「何か言った?」
「いや、別に……ミルクティー好きだよな」
「佑はコーラ? 好きだっけ?」
何気ない会話。だけど、小春はどこかそわそわしている様に見える。
「何か急いでた?」
「別に急いで無いけど……」
「けど?」
「佑さぁ、最近牧村さんと帰っているよね?」
「え? ああ、まあね」
そう言うと小春は少し俯く。なんだよその反応、牧村と居るのが嫌なのか?
「牧村さん、可愛いよね。明るくて元気で、私が男の子だったら好きになりそう」
「あのさ……小春は牧村の事嫌い?」
僕は、小春が嫌なら牧村との距離を少し考えようと思った。そもそも麦と近づけるのが目的というのは、僕が勝手に考えているだけだ。
「ちょっと色々あったけど、嫌いじゃないしいい子だと思う。あれだけ可愛い子には嫉妬したりはしないよ」
「ならいいけど。なんか小春変だしさ」
「憧れでもあるから嫉妬とかは全く無いけど……」
小春が少なからず何か気にしているというのは分かった。こういう時に気の利く言葉をかけてあげれたらいいのだけど、逆に傷つけてしまう気がして何も言えなかった。
麦ならなんて言うだろうか。
小さな積み重ねが僕と小春との距離を少しづつ広げているのかも知れない。その事が気になり、それから僕は自然に牧村と距離を置いた。
終業式の日、牧村が話しかけてきた。
「ねぇ、最近帰るの早く無い?」
「そ……そうかな?」
「いつも自転車ないんですけど?」
「牧村が遅いだけなんじゃ無い?」
そう言うと、牧村は頬を膨らます。クラスが違う事もあって急いで帰っている事には気づかれてはいないと思う。
「あ、西村さん!」
「こんにちは」
少し緊張した様に話す小春。憧れてると言っていたのは本当なのだろう。
「夏祭りの日、浴衣着るよね?」
「浴衣……で行くの?」
「お祭りでも無いと着れないよ?」
「でも、バスケもするし……」
勢いに押され気味の小春をフォローしようと考える。だが、牧村のペースに入る余地がない。
「そしたらさ、うちで着替えていく? 二人で着た方が早いし、浴衣も置いておいていいよ!」
「うん……でも、わたし浴衣が……」
「一緒に買いに行こっか? 今結構安いのもあるから見に行こうよ!」
終始押され気味の小春に、僕は牧村に目で合図を送る。疑問符が頭に浮かんだ様な顔になる牧村を廊下に連れ出した。
「なに? 西村さんと女子トークしてたのに」
「いや、意外と空気読めないんだな」
「読んでるよ?」
「どこが!!!」
牧村は堂々とした態度で、僕の目を見た。
「西村さん、あたしの事苦手だと思うんだよね」
「どう見てもそうだろう」
「でも、あたしまで話しかけなくなったらいつ話せる様になるの? 夏祭りまで時間ないんだよ?」
悔しいが、牧村の言っている事は間違っていない。彼女が話さず解決するには離れるしか無い。でもそれは、牧村の望む夏祭りにはならない。
悪気は無いみたいだし、ここは牧村を信じてみるか……。
「勝算は有るのかよ?」
「あたしだよ? 仲良くなれないわけないでしょ」
横目で教室をみる。僕に入る余地はない。
「わかった。小春の事頼むな……」
そう言って、彼女の肩を叩く。
「はい、セクハラ!」
「ちょっと、今それ言う?」
「なに格好つけてんの、あんたは別に西村さんの保護者じゃ無いでしょ」
そう言うと、アッシュ色の髪を靡かせ牧村は小春の元に駆けて行くと、そのすぐ後ろから聞き慣れた声がした。
「やっぱりお前ら仲いいよな」
「!! 麦、見てたの?」
「そりゃまぁ、トイレの帰りだし?」
多分牧村は麦の姿に気づいていたのだと悟る。彼は落ち着いた様子で拭いていた似合わないハンカチをポケットに直す。
「俺は牧村に賛成だな! 小春も人見知りしてるだけだろうし、あれくらいガンガン行ってもらったほうがアイツの為にもなるだろ」
「でも……」
「佑は一体どっちをきにしてんだよ」
そう言った麦は少し苦笑いを浮かべていた。
終業式が始まり、僕は記憶を辿る。大体校長の話なんて誰も聞こうとはしていない。だけどこの日、僕は一つだけありきたりな内容だけど引っかかる言葉があった事を覚えている。
「この夏は一度しか来ません──」
あの時は、だから絶対いい曲を書こうと思っていた。けれど二回目に来たであろう『この夏』には僕は何をすればいいのだろうか。
その瞬間、校長は言った。
「この夏は一度しか来ません──」
そうだな。いや……ちょっと待て、やっぱりあの夢は現実だったんじゃないのか? だとしたら何故夢と違う事が起こっているんだよ。
冷静になっていたからなのか、僕は今まで薄々と感じていた違和感に気づいた。あれが現実だったのなら、あの子はまた屋上で……僕は、あの冬迄に彼女を見つけなくてはいけないと思った。
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