第5話 興味は誤解の種
「は? 何言ってんだよ!」
「何って、あんたのせいでしょ?」
「僕の? 正直心当たりがないのだけど」
少し怒ったように、自転車のスピードを上げたのが分かる。
「西村さんに何か渡そうかなって。誰かさんが、仲良くなりたいみたいなこと言ってくれちゃったから?」
「ごめんて……」
「まぁ、仲良くなりたいのは、あながち間違ってないけどね!」
明るくそう返した牧村の声に、怒っている訳じゃ無いのだと分かり、僕は少しホッとした。
「それでさ、どうしてバスケなわけ?」
「あー、それね。僕と麦は同じ中学でバスケ部だったんだよ」
「ふーん、麦くんはスタメンとしてあんたは補欠でしょ?」
「は? 失礼な奴だな、ちゃんと試合には出てたよ……」
「ん?」
「半分だけ……」
「やっぱり!」
中学から始めた僕は、同級生で一番上手い麦と練習していた事もあってギリギリ控えのメンバーにはなっていた。
「それで、麦くんは?」
「……うちのエース」
「それマジ?」
「……うん」
「それなら推薦とか来てたんじゃ無いの?」
「そこなんだよね、麦の奴推薦蹴ってうちの高校に来たのもあるけど、どうしてドラム始めたんだろ」
彼は元々そのつもりだったのかも知れない。ただ、中学の時からギターを始めていた僕とは違い麦は受験が終わってからドラムを始めた。
「まぁ、得意な事がやりたい事とは限らないし。でもドラムも結構向いているんでしょ?」
「リズム感は最初から良かったと思う」
「それじゃ、バスケはもうやり切ったのかも知れないね!」
牧村が言っている様に麦はやり切ったのか知れない。県大会の最後の試合、全国常連の強豪校にダブルスコアで負けた。
僕が最後の試合に出して貰えないほど、麦はコテンパンにやられた。満足と言う意味なら才能の壁を感じるには充分だったのだろう。
「西村さん、アロマとか好きかな?」
「まぁ、好きなんじゃ無い? 女の子だし」
「何それ、あんたは好きな子の好きな物も分からないわけ?」
「だってそんなの聞かないし」
牧村はアテが外れたのか、店に入ると『バスボム』と呼ばれる入浴剤を買い丁寧に包装までしてもらっていた。
「宮園はもうちょっと好きな子に興味持った方がいいと思うよ……女の子は興味持たれない事が一番辛い事なんだから」
そう言った彼女はどこか悲しそうに見え、さっきみたいに茶化している訳では無いというのが伝わってきた。
興味か……持っていると思うんだけどな。
だけど、あの夢の中での失敗は牧村が言う様に小春の事を見れていなかったからなのだろう。
その日牧村を駅まで送ると、家に帰り曲を完成させようと思った。あの時聞いたメロディは時期のせいもあって卒業式のイメージだったのだけど、覚えている歌詞を書き出すと恋愛の歌にも思える。
卒業のイメージから『主よ人の望みの喜びよ』のギターアレンジを入れてみる。一部コードが合わないせいか、繋ぎで入れたフレーズがしっくりこなかった。この曲の雰囲気がまとまらない事にはイントロのフレーズはずっと完成はしないと思う。
足りないのは恋愛の部分?……僕は本当に恋と呼ばれる物をしているのだろうか?
次の日の休み時間、牧村がうちの教室に来た。表向きは小春に昨日の『バスボム』を渡す為。だけど実際は麦に会いに来たのだと知っている。
「小春にプレゼント? もったいねー、こいつをいい匂いにさせても仕方ないぜ?」
「は? どう言う意味よ」
「そうかな、西村さんかわいいからきっとドキドキするよ? 麦くんはこの香りは嫌い?」
そう言って牧村は麦に匂いを嗅がせる。自然に近づいていく彼女に僕は感心する。
興味か……。
「小春もこういうの好きなの?」
「うん、わたしも女子力高いアイテムは好きだよ」
その表現自体があまり女子力が高く無い様に思ったのだけど、口にはしなかった。
「牧村さんメイク上手だよね」
「そう? 雑誌とか見て色々工夫はしてるけど、西村さんも充分だと思うよ?」
興味、興味……って牧村の奴、二人の時と全然違う。普段は猫でも被っているのだろうか?
牧村の作戦通り小春はあっさりと懐柔されている。下心があるにしてもそれを上手く利用して仲良くなって行くのは流石だなと思う。心なしか僕は麦とも上手く仲良くなるのを応援していた。
「なぁ、佑。お前、牧村とはどんな感じなんだよ」
「どんなって、普通だけど」
「あれ、佑も一緒に買いに行ったんだろ?」
「え、どうしてそれを?」
「お前、元々入っているものが『バスボム』だって知ってただろ?」
迂闊だった。
別に昨日牧村と買いに行った事を秘密にするつもりはなかった。だけど、彼女との約束がある以上麦にこんな形で気付かれたく無い。
「なぁ麦……麦はさ、牧村の事どう思う?」
「どうって、なんだよその質問」
「いや、どう思っているのかなって……」
彼は少し考える素振りを見せると、溜息をついた。
「別に、なんとも思ってねーよ。そりゃまぁ、学年の人気者だし、かわいいとは思うけど」
「いいとは思ってるんだ?」
「だからって、何も言わずにコソコソされる方が俺は嫌だけどな?」
麦は少し怒っているのか不機嫌そうな顔でそう言った。
「多分麦は、勘違いしてると思う……」
「そうか? まぁ、佑の事はわかっているつもりだから、その言葉を含めて信じるよ」
引っかかるような麦のいい方は、彼なりの牽制なのだろうと感じた。夢の中の出来事と少しづつ乖離しているのを感じ、この記憶が後悔するなと言っている様に思えて来た。
多分麦はかわいいと言う理由では牧村には靡かない。中学の頃から彼を見てきた僕にそれくらいは分かる。彼は恋愛でも相性や人間性を重視している様に思う。
逆に言えば、ルックスでのメリットが無くなる分牧村にとっては不利になるのかも知れない。
「それってどう言う意味?」
「いや、麦は見た目より性格重視だからさ。まぁ、自分では言わないのだけど」
何故かこの日も牧村と二人で帰る事になり、彼女に麦の事について話した。
「だからさぁ、性格重視だとどうしてあたしが不利になるのよ?」
「だって牧村はルックスがいいから」
「そこまではいいの。あたしは、な・ん・で性格が悪いのが前提になっているのかって聞いてるの」
……確かに。
「性格いいの?」
「そんなの知らないし、自分で性格いいですって言う人なんて居ないでしょ?」
「それはそうだけど……」
「あんたはどう思ってるわけ?」
「別に僕がどう思ってても麦には関係と思うけどね……性格も好みも違うのに変な事を聞くね」
麦は牧村の事についてはかわいいとしか言わなかった。だが、それ以上時にまだ興味が有る様には思えない。
「一番仲のいいあんたが、いい子だって思っているなら自然とそう思うんじゃ無い?」
「そう?」
「仮に麦くんが美味しい店あるって言ったら行きたくなるでしょ?」
「まぁ……麦が勧めてきそうな物は大体予想はつくけど、行ってみたいとは思うかな」
「そこまで深く考えなくてもいいけど、それと同じよ。自分を知った上で勧めてる信頼?」
美味しい店と書いてあるより、第三者のレビュー。それよりは友人の紹介みたいな理論は恋愛でも関係があるみたいな考えなのだろう。そして彼女はもう一度聞いた。
「それで、あんたはどうなのよ?」
「そんなの本人に言える訳ないだろ、何を答えても損しかしないし」
「そっか、そうなんだ……」
牧村は少し落ち込んだ様に声のトーンが下がる。意外と彼女は気にしているのかも知れないと思いなるべく気をつけてフォローする。
「性格悪いとは思ってないよ、なんだかんだで話しやすいし」
「なにそれ、別にそんなフォロー要らないから」
「でもいいとか悪いとかって人それぞれだと思うんだよね。いいと感じれたり、一般的に悪くても許容出来る範囲だと逆に魅力的に感じたりもするし」
どうして牧村にこんな事を話したのかは分からない。少なからず彼女が話しやすいというのは間違い無いのだと思う。
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