第3話 牧村とコーラ

 放課後になるとバンドの練習をする為に音楽室に向かう。


「なぁ佑、まだ気にしてんのかよ?」

「そりゃあ気にするよ。文化祭に出れないとか、全く予想していなかった訳だし」

「でも、却下された理由はなんだろうな?」

「それは僕も気になっている」


 僕らは部活として活動をしていない。週に二回、吹奏楽部の休みの日に音楽室を借りている。それも去年の文化祭でライブを見ていた先生からの提案だった。


「そうだよね。先生のお墨付きをもらっている私たちが出ないのはちょっとマズいかも?」

「実行委員とはいえ牧村にそこまでの権限があるとは思えないしなぁ……」


 麦のドラムセットを組み立てるのを手伝い、ギターを出してアンプに繋ぐ。マイクの位置を確認し、窓を閉めると麦はシャツを脱ぎTシャツになった。


「とりあえず牧村さん来るまで新曲やらない? 私昼休みから気になっているんだよねー」

「うん、そしたら一度弾いてみるよ」


 本来ならまだ未完成の新曲。受験でのブランクの記憶があるとはいえ、一度細かく詰めて練習した曲を弾くのは簡単だ。


 名曲のメロディを取り入れたイントロ。ここまでの事はこの時期には話していただろうか?


 リズムをある程度掴んだのか、麦が合わせるようにバスドラを踏み始める。小春もルートの音を取りコードの音を取り始めると次第に曲になっていく。


 記憶のアレンジにはまだまだ遠いが、初見でこれくらいまとまって居れば充分だろう。


「ふぅ〜。今回はかなりイメージが出来ているみたいだな?」

「うん、アレンジも結構入ってたね!」


 一度完成している曲だから当たり前なのだけど、この調子なら進むのも早いだろう。


「それで……どうかな?」

「俺は結構いいと思うぜ? メロディもキャッチーだしそこそこいけるんじゃないか?」

「うんうん。アレンジ詰めれば良さそうだよね!」


 反応も上々。曲のイメージが出来たのか、それぞれ大まかなアレンジを考え始める。僕は一度座り、ギターの音量を下げ、何気なく屋上で聴いた曲を弾いてみる。


「……なんとなくリフがしっくり来ないな」


 すると二人のアレンジが止まる。


「……その曲は?」

「うん、夢の中で聞いた曲。だから誰かの曲かも知れないのだけど弾いてみたくてさ」


「なんだよ、新曲じゃないのかよ?」

「残念ながらね。でも世の中にないなら曲が降りてきたって奴かも知れないけどね」


 するとドアの方から音がする。

 多分牧村が来たのだろう。


「いよいよお出ましか?」


 ドアが開くと案の定牧村が顔をだした。


「よう、ちゃんと来たんだな?」

「そりゃあね。保留にして来ない訳には行かないでしょ?」


 何か怒っているのだろうか。牧村は不機嫌な雰囲気で置いてある椅子に腰をかけた。


「それで、演奏してくれるんでしょ?」

「えっと……牧村さん。どうして怒ってるの?」

「西村さんだっけ? 別に怒ってないよ」


 小春にそう言ったものの、彼女の雰囲気はどこかピリピリとしているのを感じる。


 すると麦は挑発する様にカウントを入れた。これは前回文化祭ではしていない曲。慌ててボリュームを上げ合わせる。この曲はアレンジもしっかり詰めてあり、練習を聴かせるにはちょうどいい。


 牧村は演奏を無表情でみている。心なしか僕は何度か目が合った様な気がした。サビが終わると彼女は立ち上がり曲を止める。


「おい、なんだよ?」

「ごめん、ちょっときになったのだけど……ギターが浮いている気がする」


 僕の事?

 確かに今日は少し合わない様な気はする。


「ふむ、確かに。些細な差だとは思うけどお前、結構耳いいんだな……」

「ちょっと、麦……」

「別につまらない所で意地張って出演出来ても仕方ないだろ? 現に佑の調子は悪い」

「うん、分かってる」


 考え事をしていたからと言うだけじゃない。受験の間も多少は練習していたとはいえ五ヶ月間のブランクを感じる。夢とはいえ体感時間は繊細な音を合わせるのに影響が出ている。


「うーん、違うな……佑のギターのキレはいい。多分数回合わせれば治ると思うけど」

「別にいいよ。ライブなわけじゃないし、自信があるだけの実力は認めるわ」


「それじゃ……」

「そうね、申請書は受け取ってあげる」


 僕は麦と小春に目を合わせ、今にも叫びそうになった。


「だけど……」

「おいおい、今更枠が無いとか言い出すんじゃないだろうな?」

「枠はある。だけど、さっき弾き語りしていた曲」

「あの曲がどうかしたのか?」

「あれはやらないの?」


 牧村がそう言うと、麦は「俺は分からない」といいたげな表情でこっちを見た。


「あれは……出来ないんだ」

「出来ない?」

「夢で聞いた曲で、もしかしたら誰かの曲なのかもしれない……」


「なるほどね。それならカバーとしてすればいいじゃない? 文化祭だし別にそこまで細かくは無いと思うけど?」

「なるほどな、俺もあの曲をする方に乗るぜ?」

「いや……でも」

「牧村が言う様にオリジナルって言わなければいいだけだろ? 作者知らないんだから仕方ねーだろ」


 麦の言う事には一理ある。

 だが、あの時歌っていた子が学校に居たら……あの子は間違い無く知っている気がする。


「ごめん……少し時間が欲しい」

「まぁ、コードを起こしたりもしなきゃいけないし、とりあえず善処しろよ!」

「うん、分かった」


 その日の練習を終えると、麦と小春は楽器屋に行くと言っていたので先に帰ってもらい、音楽室の鍵を返し、練習用のギターをロッカーに置きに行く。僕は家で曲について調べて見たかった事もあり、この日は一人で帰る事にした。


 自転車置き場に着くと、ポツンと自分のチャリが止まって居るのが見え、鞄を籠にいれ鍵を開けた。


「あれ宮園くん一人?」

「あぁ二人は先に楽器屋に行ったよ。それで牧村も今帰り?」

「まぁ、そんな感じかな?」


 夕方の涼しい風にアッシュ色の髪が揺れる。やっぱり人気者なだけあって絵になると思う。


「そっか……先帰っちゃったんだ」

「何か用だった?」

「うーん、そしたらキミでいいや」

「はい?」


 牧村は笑顔を向け、僕の方を指差した。それも物理的に頬にブスリと。


「痛い痛い……何するんだよ!」

「あんまり興味無さそうだから、ちょっとムカつく……」

「ムカつくって。突き刺す前にネイルは外して欲しかったんだけど」

「ジェルネイルだよ? 外れるわけないじゃん?」

「明らかに付け爪に見えるけど外れないのか」


 牧村は不機嫌そうに頬を膨らました。


「それで? 何か用?」

「ちょっと買い物に付き合ってくれない?」

「いやいや、用があるから麦たちと別れたんだけど……」

「そんな事言ってるとモテないよ? ほらほら」


 そう言って牧村は躊躇なく自転車ね後ろに座る。無理矢理にでも下ろしていこうかと思ったが、彼女は学年の人気者。ただ自慢したいよりも後が怖いの方が勝った。


「まぁ、少しだけなら……」

「何〜? 嬉しくないわけ?」

「人類皆自分の事が好きとか思ってるの? 少なくとも僕は脅迫されているだけなんで」

「つべこべ言わず出る! レッツゴー!」


 言葉のチョイスが古い感じがしたが、逆撫でしない為にも言わなかった。明るく命令してくる彼女の指示のまま自転車を走らせる。


「ところで買い物ってどこ行く気なんだよ?」

「……コンビニ」

「はぁ? 普通にいけよ!」

「別にいいでしょ? だって、駅まで遠いし……」

「それ、アシとして使いたいだけなんじゃ……まぁそれくらいなら別にいいけど」


 どこか遠くを指示されるよりはマシだ。


「あのさぁ、やっぱり宮園ってギター上手いんだねー」

「まぁ、こればっかりしてるからね」

「あの曲出来そう?」

「うーん、正直ギターで苦戦中……」

「そう言うものなのかねぇ」

「そんなもんだよ」


 牧村はあざとい部分はあるものの、なんとなく話しやすい様な不思議な感じがした。

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