第2話 もう一度
麦との会話で三年生の夏休み前に戻ったというのは理解が出来た。ただ、理解はしてはいても、卒業直前の気持ちでいたのを夏休み前に切り替えるのに気持ちが付いていかない。
「佑、これ!」
「これはなに?」
「まーだ寝ぼけてるの? 文化祭の実行委員に提出するセットリストだよ?」
「ああ……それか。曲順を書けばいいんだろ?」
「まぁ、実際演奏が出来るのは二十分位だから五曲で提出かな?」
こうして小春が自然に話しかけてくるのが懐かしく感じる。それもそのはず、僕には文化祭の練習を必死でした記憶がある。彼女の渡してきた用紙に、練習していた曲順でタイトルを書くと、小春は前屈みに覗きこみ首を傾げる。
「この『SWEET』って今作ってる新曲?」
「えっ? ああ、そうか」
この時点では夏休み中に完成させた『SWEET』は出来ていない。それに気づいた僕は、新曲と書いて出した事を思い出す。
「うん、今作ってる新曲」
「佑が先にタイトル決めてるって珍しいね」
「確かに。今回はコレというか、なんとなくしっくりと来たんだよね」
「という事は……」
小春はワクワクした様に上目遣いで見つめ、僕の言葉を待っているのがわかる。徐々に状況に慣れ始め、この瞬間に頭が追いついてくる。取り戻したかった大切な時間がいとも簡単に目の前に現れ、少し複雑な気分になるのを押し殺し笑顔で言った。
「うん、出来たよ。今日から直ぐに練習に入れると思う」
記憶にしっかりとある『SWEET』はこのライブで披露した新曲。文化祭でも評判は良かっただけにそれなりの自信がある。本来なら夏休みの途中で発表するはずだったのだが、少し位早くなっても問題はないだろうと思った。
「そしたらこれで一旦出そうよ!」
「え、今? それは麦がいいって言うかな?」
「まぁ麦だしねー、何出しても練習で変えればいいって言うと思うけど?」
それもそうかと、もう一度申請用紙の記載に間違いがないかを確認する。問題が無いと思った僕は右端に書いてある文化祭の実行委員の元に向かった。
実行委員の
バンドマンは目立ち、人を集めるという特性上カーストにはあまり左右されない。とはいえ牧村の見た目は、コテなどで自然な雰囲気にセットされていて、アッシュがかった茶色い長い髪にピアスという一般人離れしたインパクト。
化粧が上手いからなのか、芸能人の様な質感の肌まであるというのは高校三年生という事を考えても垢抜け過ぎていた。
だが、僕には夢の中での記憶がある。
いくら緊張したとはいえ、特に何もなく彼女の可愛さを堪能しただけで、あっさりと申請が終わった事を知っている。緊張という面で、この記憶があるのと無いのとでは天と地位の差はあるのだ。
彼女のクラスに着くと、教室の入り口でクラスの人に声をかる。奥で友達と話している牧村を呼んでもらう。
急いでいる素振りを見せる彼女のオーラは別格だった。
「あーごめんごめん。えっと、文化祭に出演の申請書を持って来たんだよね?」
「うん、これが申請書なんだけど……」
流石は人気者。軽い雰囲気で距離をつめる彼女に申請書を渡すと意外にもしっかりと目を通しているのが分かる。緊張感が薄れているせいか彼女の様子を落ち着いて見る事が出来た。
だが、笑顔で見ていた彼女の表情が一瞬曇り、少しガッカリした声で紙を突き返して言った。
「却下。これじゃ出演させられない」
「えっ……何か書き漏れていたりしてます?」
いきなりの却下に慌てて敬語で返してしまう。するとプロデューサーの様に腕を組み首を傾げると問い詰める様な口調になる。
「
「ま、まぁ出てたけど、それなら実績も経験もあるって事だし何が問題なんだよ?」
代表して来ている以上、流石に却下と言われて、はいそうですかと引き下がる訳にはいかない。
「だって、この内容面白くない。実績や経験って曲が去年と一緒なわけでしょ? それなら枠も決まっているから出た事無い人を出してあげたいかな?」
「で、でも新曲も入っているし、バンドは曲が全てなんじゃ無いのか……?」
「それで? その曲は名曲? 君たちが出演したら文化祭は盛り上がるの?」
引き下がれないのを見過ごした様な目。正直嫌がらせとしか考えられない。一年で何曲も出来るわけないし、高校生で盛り上がる自信なんてものがあるならそれはただの傲慢な考えだ。
それに──。
「ああ、盛り上がるよ」
「麦!?」
「佑。相手が牧村だからって、何言われっぱなしで黙ってんだよ」
いきなり現れた麦に、彼女は不意を突かれた様なきょとんとした様な顔を見せる。
「えっと、キミもバンドのメンバー?」
流れを持っていこうと麦にも強気にでるが、相手が悪い。彼がその程度で怯む訳がない。
「俺は
麦は突き返された申請書を取り上げると、半分に折り牧村にそっと渡す。
「そんなに去年と同じか気になるなら、バッチリ違いをみせてやるから今日の放課後、音楽準備室に練習見に来いよ?」
空気を掴み切った麦は自信満々に言い放った。
「──わかった。そこまで言うなら、見てみるまで保留にしてあげる」
牧村は不服そうな態度をとりながらも、麦のおかげで文化祭への出演は保留になる。すぐ様ことの経緯を小春に話すため教室に向かった。
「あのさぁ……」
「佑の言いたい事はわかってるよ。あんな啖呵きってどうするんだっていいたいんだろ?」
「……でも、ありがと」
「まぁ、気にする事ないと思うぜ? 今年は先輩も居なくなってる事だしな。牧村も本気で盛り上げたいと思っての事だろうし、出てくれって言わしてやろうぜ!」
教室に戻ると、小春も麦に賛同し牧村が練習を見に来る事に賛成した。だけど、一つ気になる事があった。未来の記憶の中で牧村はすんなり申請書を受け取っているはずなのに、何故今回は却下したのだろう。
前回と違うのは……新曲?
記憶では数日遅く、未定と書いていた。曲名を書いた事で無難に終わらそうと思われたという事なのだろうか?
いや、まさかそれだけで却下される訳はない。
挑戦する意思が未定の曲が入っているというだけで納得したとは考え辛い。やはり、夢は予知夢では無かったのだろうか──。
新曲の『SWEET』に自信がない訳じゃない。名曲の『ラヴァーズコンチェルト』をギターのフレーズに取り入れて縦ノリのロックにアレンジした力作だ。だが記憶には無い展開に、この曲を牧村に聞かせても出演出来なかったらと不安になった。
もっといい曲が出来たなら……。
そう考えていると、屋上で女の子が歌っていた曲を思い出す。
あの時彼女が歌っていた曲。あれは誰の曲だったのだろう。もしあの曲がこの世に存在していない曲なのだとしたら──。
いやいや、それ以前にあの子が本当にこの学校に居たなら、彼女と僕は屋上から落ちて死んでしまうのかもしれない。
あの子は居てはいけない、あれは別の世界での夢だった。そう考えないと僕はおかしくなってしまいそうだ。
窓から入る風を涼しいと意識できる位には、今の現実に慣れてきたのだろう。だけど余計に屋上での記憶の事も気になり始め、考えが何もまとまらないまま決戦となる放課後を迎えてしまった。
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