【9】招集
カナン「まーた、本読んでる」
本の世界から現実へと引き戻される。
スクルド「・・・やぁ、カナン。薪(まき)なら既に準備したよ」
カナン「ありがと。じゃあお互い暇人ね」
昔みんなで作った木のベンチに、2人で腰掛ける。
カナン「何読んでるの?」
スクルド「海戦について書かれてる本だよ。まだ読んでない本がほとんどなくてね。元々乱読派だし、何でもいいんだよ」
カナン「要は活字があればいいのね」
スクルド「大砲を積んだ船だけじゃなくて、飛行機をたくさん載せて好きなところから飛ばすことができる船もあるんだって。”空母”って言うらしいよ」
カナン「へぇ〜、でもそれって戦争に使うための物なんでしょ?
あんまり発展してほしいものではないわよね。
ミラーだって、人が人を殺める戦争という行為は愚かなものって言ってるじゃない」
スクルド「確かに戦争はいけないことだと思う。武器だって100年前のものとは比べ物にならないよ。
でも皮肉なのか、戦争が文明を進化させている事実も受け入れなきゃいけないみたいなんだ」
カナン「それは・・・確かにそうね」
スクルド「この空母だって、軍の飛行機の基地をそのまま運んでる様なものなんだって。
具体的に想像できないけど、戦争以外に使える技術になるかもしれない」
カナン「そうね。新しい技術が生まれること自体は、きっと素晴らしいものなんでしょうね。
戦争は発明の母、なんていう人もいたかしら」
スクルド「発明もあるだろうけど、実用化の母って言った方がしっくりくるね」
カナン「ダイナマイトの話かしら。怖いわね」
スクルド「他にも面白いものがあってさ、船と飛行機それぞれの特性を持った”飛行艇”というものがあるんだって!」
カナン「まさか、船が飛ぶなんて言わないでしょうね?」
スクルド「船は飛ばないけど、飛行機が海面に浮くんだよ」
カナン「それでも十分すごいわね。この地球の7割が滑走路になるし、内地でも湖があればいいんだもんね」
スクルド「一つで船にも飛行機にも乗れる・・・。一回は乗ってみたいな」
カナン「大人になって偉くなればきっと乗り放題よ。勉強熱心なスクルドならきっと乗れるわ」
スクルド「あぁ、その時は教会のみんなで旅行しよう!」
カナン「あなたなら本当にやりかねないわね!」
スクルド「・・・」
ちょっと照れながら目のやり場を本に向けるスクルド。
カナン「あっ、ジュリー達は夕飯の準備進んでるかしら。ちょっと行ってくるわね」
そう言ってカナンは立ち上がり、教会へと戻っていく。
目線を上げ、彼女の後ろ姿を見た。
その瞬間、世界がグニャリと歪み出した。
教会が瞬く間に崩れ、瓦礫の山に変わる。
ジュリー「うっ・・ぐすっ・・・」
いつの間にか隣には、両手で顔を覆って泣いているジュリーがいた。
そして、教会だった瓦礫へを再び目を向けると、カナンが変わらない歩調でスクルド達から離れていくのが見えた。
スクルド「いくなああああ!!!」
カナンへ向けて手を伸ばした。
〜
バサッ
自分でも力を入れた感覚がないまま、思い切り上体を起こす。
時計は・・・まだ午前4時。
宙に伸ばした右手をゆっくり、ゆっくり下ろす。
スクルド「はぁ・・・はぁ・・・」
3年前、思い出したくないあの爆撃の翌日。
カナンとは、避難所で別れて以来ずっと会えていない。
条件は自分たちと同じだから、カナンもユヴェンを発動して、いずれパツィフィストで会えるかもしれないとジュリーは言っていたが、避難所でカルアが俺たち2人だけをヴェンダーと判断したことを考慮するに、カナンはヴェンダーではない。
ジュリーとカナンの2人は、この世にたった2人のかけがえのない家族だ。
ナルーシャには、フランツェ国での任務があれば優先的に振ってほしいと伝えた。
そのおかげでフランツェでの任務は他のヴェンダーより多かったが、未だに会うどころか、手がかりすら掴めていない。
もう一生会えないとしても、カナンが元気に暮らしていると分かるだけでも安心できるのだが・・・。
コンコンッ
シャルガ「スクルドくん、大丈夫かい?なにか声が聞こえたけど」
扉の向こうにいるのは、大先輩のヴェンダー、シャルガだ。
スクルド「夜分に失礼いたしました、大丈夫です。今夜は夢見が悪くて・・・」
シャルガ「そうか、ならいいが。
あっそうだ!もし二度寝しないのなら・・・」
〜
シャルガ「いいだろう?ちょうど東の空が見渡せる。コーヒーを飲みながら日の出と洒落込もうじゃないか」
本人曰く40代だというが、容姿、立ち振る舞い、言葉遣いなど、彼と話したことがある人物はみな、(実年齢よりずっと若い)と思うだろう。
目の前にカップにコーヒーを注ぎながら、ニコッとはにかむシャルガ。
口元まで隠れている長い襟のため、口元が微笑んでいるかどうかはわからない。
しかし、こちらを覗く目と頬によるシワだけでも、彼がどのような表情をしているのかが分かるほど、彼の笑顔はわかりやすかった。
ジェントルマンを絵に描いたような人柄は、誰からも指示を得ている。
スクルド自身も、シャルガに対しては敬語を使う。
スクルド「私の分まで用意していただき、ありがとうございます」
もちろん手伝うと申し出たが、「部屋から連れ出したのは自分だから」と言い、とにかく座っていてくれと念を押された
シャルガ「それにしても、もう3年か」
スクルド「私がパツィフィストに来てから、でしょうか」
シャルガ「あぁ。時の流れというのは本当に早いものだな。
スクルド君と出会ったのも、つい先週のことのように思えるよ」
スクルド「そういうユヴェンなんですか?」
冗談っぽく笑うスクルド。
シャルガ「・・・ははっ、ユヴェンの掛け持ちができたら、それはすごく便利だろうな」
ユヴェンは1人1つに限られる。
世界中からヴェンダーが集まるこのパツィフィストでも、複数のユヴェンを持つヴェンダーはいない。
スクルド「この世界が本の中の世界なら、きっとなんらかの方法や天性で、複数のユヴェンを持つ反則的な人間が現れるのでしょうけどね」
シャルガ「可能なら、本当に反則だよね。組み合わせ次第では他を圧倒するだろう。VN9も夢じゃない。
まぁ、スクルドくんの守護壁のユヴェンは優秀な方だし、そのままでも十分強いから欲張ることはないよ」
スクルド「恐縮です。シャルガさんのように強くなれるよう、もっと訓練と実践を積まなければ・・・」
シャルガ「コーヒー、もう冷めてきたよ」
湯気が出るコーヒーを飲みながら、目で催促するシャルガ。
スクルド「頂戴します。・・・・・・美味しい。
温まりますね」
シャルガ「おっと、私もまだ飲んでなかった」
くるりと向きを反転させ、持っているコーヒーを啜る。
鼻から下を人に見せたがらないシャルガは、何かを口にする際は必ず見えない方向を向く。
シャルガ「うん。少し肌寒いこの時期に朝、日を待ちながら飲むコーヒーは格別だ。
朝コーヒーは、一日中頭を冴え渡らせるには効果的だという」
スクルド「良いこと尽くめですよね。私も毎日飲みますよ。自室でですが」
シャルガ「さすがスクルド君!やっぱり君と話すと楽しいねぇ。大体話が合う」
スクルド「ありがとうございます。
私も、シャルガさんと話す時間は、他の人とは違う楽しみを感じるんです」
シャルガ「ふふふ。
あっ、ところでさっきの話でちょっと疑問に思ったんだけど、一つ聞いていいかな?」
スクルド「はい?どうぞ」
シャルガ「スクルド君は、なんで強くなりたいんだい?」
スクルド「・・・・・・」
すぐに頭に浮かんだのは、マウロ教会の頃の家族だ。
シャルガ「あっ・・・もし話したくないようなことなら大丈夫だよ!すまないね、同じヴェンダーなのに」
スクルド「いえ、実は回答が浮かばなかっただけでして。
うーん、強いて言うなら、”世界平和”のためですかね」
シャルガ「ほう、世界平和か」
スクルド「笑われないのですか?」
シャルガ「笑わないとも。壮大なことではあるけど、私たちはそれを実現できる力を持っている。それに、私もそれは最終目標なんだ」
スクルド「そうなんですね・・・」
シャルガ「ふふっ、本当に君とは気が合う。でも世界平和じゃ流石に抽象的すぎるな。具体的に何かビジョンはあるかい?」
スクルド「少なくとも、私たちのような人間がいなくなるような活動ができたらと思っています。
そのためには、自分自身が強くないといざという時に何もできないまま。
それじゃ、昔と変わらないんですよ・・・。
あっ・・・」
シャルガ「やっぱり絡んでくるよね、変なことを尋ねてすまない。
まぁ、強さはないよりあった方がいいよね。
そうか、ヴェンダーをこれ以上作らないように、か」
スクルド「はい、正直、世界平和なんて大それたテーマはあまり具体的に想像できなくて。でも、私と同じような経験をする人物が減ることは、私にとっても心から嬉しいことなので」
シャルガ「ふふふ。そうだね」
スクルド「あの、差し支えなければで良いのですが。
シャルガさんはなぜそこまで強くなられたのですか?
その、VN8クラスは3人だけと聞きます。
トップ3に選ばれるほどの力なんて、並大抵の努力ではたどり着けないと思いまして・・・」
シャルガ「買いかぶりすぎだよ!所詮パツィフィストが勝手に判断して管理しやすいようにつけた数字でしかない。
でもまぁ、強くなる理由、か・・・・・あ!」
その時、目が痛くなるほどの光が、辺り一帯を包んだ。
シャルガ「どうだい?このベランダから拝む朝日は」
スクルド「本当、急に明るくなるものなのですね。
それと・・・凄く綺麗です」
シャルガ「そうだろう!?
朝日を見たら綺麗だった、なんて口で言うと当たり前に思われるが、実際にこうやって見てみると、なかなか言葉じゃ表せない感想が生まれてくるだろう!?」
少し上機嫌なシャルガ。
ちょっと無邪気な一面を見れるのは、かなりレアな方だろう。
スクルド「・・・」
シャルガ「・・・」
お互い、明るく生まれ変わった世界を見つめ、沈黙の時間が流れる。
スクルド「・・・シャルガさんが、よくここにいらっしゃる理由がよくわかりました」
シャルガ「ふふふ。これからはちょくちょく会うかもね」
スクルド「あぁ、それなんですが。しばらくは見れなくなるみたいでして」
シャルガ「もしかして、東洋の島国の話かい?」
スクルド「なんでもご存知ですね、その通りです」
シャルガ「ナルーシャがニコニコ、イリアスがニヤニヤしてたよ」
スクルド「イリアスさん、ですか」
シャルガ「あー、まぁ知らないのも無理ないね」
スクルド「名前だけは聞いていますが、お話したことは・・・」
シャルガ「彼女の主任務は、副司令であるナルーシャの護衛なんだ。なかなか面白い人でね、スクルド君とも話が合うと思うよ」
スクルド「そんな心強い方が同行してくださるんですね・・・」
(なるほど、だから俺に任せたのかナルーシャめ。)
シャルガ「まぁ、ロケーションは違えど、朝日なんて世界のほとんどの場所から見れるしね。
こっちもソブリトとの戦争を落ち着かせて、そっちに応援が送れるように頑張るよ」
そう言って、空になったカップを集め出すシャルガ。
シャルガ「あ、スクルドくん!今日の君の運勢、あまり良くないようだよ・・・」
スクルド「コーヒー占いですか」
飲み干したコーヒーのカップの底に残ったコーヒーの形を見て、運勢をみる占い方だ。
シャルガ「午前はまあまあ良いけど、午後が良くない。一応気をつけておくといいよ」
スクルド「分かりました。占ってくださりありがとうございます」
シャルガ「ふふふ。意外と当たるんだよ。私の占いは」
そう言って上機嫌な辺り、おそらく自身の結果は悪いものではなかったのだろう。
みんなの父親のような存在であるシャルガの子供っぽい一面が見れたのは、早速午前の占い結果が的中しているからなのかもしれない。
〜同日午後・ドイル国内の湖〜
整備用の倉庫と、管理宿舎。
そして、大きく長い桟橋の先に湖に浮かぶ巨大な飛行機が見える。
ナルーシャ「初めて見る者もいるだろう、今回の長距離の移動は・・・飛行艇だ!」
スクルド「・・・・・」
ラーヘルが飛行艇について簡単に解説している。
ナルーシャ「というわけで、シンザポーラの港までこいつで飛ぶ。フライトは2時間後だ。
1時間もしないうちにスクルドが呼んだ奴らも到着するだろう」
ナルーシャが話し終えると、スクルドは一人で宿舎方へと歩き出した。
ジュリー「どこへ行くの?」
スクルド「ほっとけ」
ロウ「にしてもでっけぇなこれ!昔乗った輸送機よりでかいんじゃねぇのか?」
アマネ「おおおおっ!!!
これは、ドイル最新鋭最大、脅威の六発エンジン水上爆撃機、ブローム・ウント・フォスじゃないですかっ!!!
あれ?翼の爆弾倉が・・・あぁ!爆撃能力は抑えて、車両をも格納する輸送能力に特化しているのですね!!!
今回私たちが乗るのは積載量ギリギリまで燃料を積んだ航続距離重視のものみたいですね。
滑走路の長さと耐久度を考えないと大型化できない陸上機とは違い、飛行艇みたいな水上機は水面があればそれで良いからここまで大型化できたんですねぇ!」
ロウ「はえぇ〜。頭の良い奴らの考えることはほんとすごいな。
ってかアマネ、良くそんなこと知ってるな!」
アマネ「へへっ。こういうの、嫌いじゃないんですよね」
ロウ「まぁ、アマネのユヴェンなら、そういうの知ってた方がいいのかもしれないなぁ」
アマネ「そうなんですよ!
ユヴェンは、宿る人の無意識を表している可能性があるって言いますよね。
あれ、本当なんじゃないかなって思うんです。
だって、ロウさんも初めてお会いした時から、筋骨隆々のマッスルボディだったじゃないですか」
ロウ「確かになぁ・・・。やっぱり何かしら関係してそうだよな」
アマネ「とか話してたら、皆さん宿舎に行っちゃいましたね。
私たちもいきましょ」
ロウ「おうよ!」
〜飛行艇港 管理宿舎〜
ナルーシャ「緊張してるのか?」
ホットミルクとコーヒーをテーブルに置き、ジュリーの隣に座る。
ジュリー「いえ、初めての大規模任務って言うから緊張していましたが、いつもの第五分隊でちょっと安心しました」
落ち着かない様子で口にするジュリー。
ナルーシャ「今回のヴェンダーの人選なら、スクルドに任せているからな。
普段より共に行動し、互いを分かり合っている君らの連携には期待しているぞ」
ジュリー「は、はい!」
ブロロロ
管理宿舎の前に、一台の車が止まる。
イリアス「・・・全員揃ったみたいですね!」
バタンッ
車のドアが開く。
ウィール「はいはいは〜〜〜い!スクルドちゃんより選ばれし三銃士が到着しましたよ〜!」
ピンク髪の女「可愛い女の子と逞しい男の子・・・にひひっ!」
仮面の男「・・・」
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