先輩と隊長さん

 後輩視点


「グレースと申します。よろしくお願いします!」

「アメリアです。こちらこそ、よろしくお願いします」


 今日から働く職場で、仕事を教えてくれることになった先輩は中性的な美人さんだった。

 左手の薬指には指輪が光っていて、胸元には番登録のプレートがあるから既婚者みたい。私とそんなに変わらない気がするのに、若いうちに結婚されたんだなぁ。


 お相手は獣人さんかな? なんの獣人さんなんだろう。仲良くなったら聞いてみようかな。


「グレースさん、早速ですが色々説明していきますね」

「あ、さん付けも、敬語も無しでお願い出来ればと……」

「じゃあ、グレースちゃん、でいいかな?」

「はい! もちろんです!」


 様子を伺うような仕草が可愛らしい。これはお相手の方メロメロに違いない。

 色々教えてもらい、アメリアさんが先に休憩に入ったから、別の先輩がフォローしてくれる事になった。


「グレースちゃん、アメリアちゃんから聞いてるかもしれないけど、常連さんに竜人族の方々がいて……」

「え? 竜人族の方に会えるんですか!?」

「あ、聞いてないか」

「まだ聞いてなかったです! たまに巡回されている方を見ますが、皆さん麗しいですよねっ!! 遠目からしかお見かけしたことがないのですが、常連さんだなんて凄いんですね!!」

「あぁ、うん……」


 竜人族の方々は男女共に容姿端麗で、遠目から見られただけでもその日はいい日だな、と嬉しくなる。出かけると会えないかな、と周りを見渡しちゃうのは私だけじゃないと思う。


 この国は竜人族が治めていて、上層部とか騎士団とかに竜人族が多いらしい。この街には騎士団所属の方々ばかりだし、そんな方たちと出会う機会なんてほとんどないけれど、自分の住む街の治安部隊に所属されている方々の顔と名前はバッチリ把握している。こんな事、有名過ぎて自慢にもならないか。


 なんでも、隊長さんが最近番と出会われたとか。遭遇した人が隊長さんが笑ってた、と呆然としていたっけ。私も見たい。羨ましい……


 容姿端麗な竜人族の中でも、隊長さんは別格。遠くからでもキラキラしてて目が潰れるんじゃないかって思うもん。比喩じゃなくて、艶のある銀髪がキラッキラで眩しいです。

 怖いくらい綺麗なお顔は表情が変わらなさすぎて、初めて見かけた時には不機嫌なのかと思ったけれどあれが標準なんだとか。


 冷たい視線で見つめられたい、って願う危ない人たちも多いらしい。あれだけ美しかったら変なのも出てくるよね。返り討ち間違いなしだけど。


 まずい。私の興奮具合に先輩が引いている……落ち着かないと……


「続けて大丈夫?」

「あ、はい! すみません」

「来ることが多い時間帯は、お昼時か夕方で……」


 カランカラン


「いらっしゃいま……うぇ!?」

「いらっしゃいませ。アメリアちゃんを呼びますので、お好きなお席にどうぞ」

「ありがとう」

「はーい! あれ、新人さん? 初めまして、クロエです……ってカミラさん待ってくださいよー! 新人さん、これからよろしくねー」


 来店されたのは竜人族のお2人。え、隊長さん?? 常連さんって隊長さんも?? 隊長さんを前に冷静な先輩すごい……!!

 隊長さんは慣れているのか歩いていってしまって、クロエさんも追いかけていった。

 クロエさんは竜人族の中でも気さくだと有名だけれど、本当なんだ……


 初日にして竜人族のお2人に出会えるとか、ここは夢の職場なのでは……?


「グレースちゃん、アメリアちゃん呼んできてくれる?」

「え、でもアメリアさん休憩中……」

「大丈夫。竜人族のお2人が来ている、と伝えてくれる?」

「はい!」


 なんでアメリアさんなんだろう? 知り合いなのかな?


「アメリアさ……あ、どこか行かれますか?」

「うん。番が来たから」

「番……?」


 休憩室のドアをノックしようとしたらドアが開いて、アメリアさんが出てきたと思えば番が来たと言う。獣人同士とかだと匂いでわかるって言うけど、アメリアさんは人族だよね?

 服で隠れるところに獣人族の特徴があるのかな??


「あれ? 会わなかった?」

「獣人さんはいらしてなかったかと……」

「あぁ、そっか。竜人族と番になる人は少ないもんね」

「りゅう、じん……?」

「うん。私の番、竜人族なんだ」

「…………えぇ!?」


 竜人族。……竜人族!? 来店されたのはお2人。番がいると有名なのは隊長さん。アメリアさんの番って隊長さん?? え、隊長さんって女性だよね? あれ、同性婚って出来たっけ?? 


「ふふ、混乱するよね? 後でゆっくり説明するね」

「あ、はい。ありがとうございます……」


 優しく笑ってくれたアメリアさんを見送ってからしばらく立ちつくしてしまって、慌てて持ち場に戻れば、さらなる衝撃が待ち受けていた。


「リア、今日のオススメは?」

「うーん、新しいメニューは無いんですよね。今は何を食べたい気分ですか?」

「リア」

「……食べ物でお願いします」

「照れてるリアも可愛いね」

「ごほんっ、今日はこの定食がいいと思います。はい、決定です」

「うん。リアが選んでくれるなら何でも嬉しいよ。ありがとう」

「……っ、全肯定もそれはそれで……」

「あぁー!! 今日も最っ高!! アメリアちゃん、転職しよう! 今すぐに!!」


 甘い声に、表情。離れた距離からでも、その場から動けなくなるくらい衝撃を受けたのに、至近距離で対応するアメリアさん、何者? あ、番か。


 それにしても、隊長さんの溺愛が凄まじい。この会話だけでよく分かる。隊長さんをここまでにさせるアメリアさんって凄い。

 万が一にでもアメリアさんに何かあったら、隊長さんを止められる人っている? 竜人族って凄まじく強いのに、竜にもなれるんだよ? ブレスとか吐けちゃったりするの? しかも、隊長さんを慕う部下も多いんでしょ? アメリアさん無敵なんじゃ……


「……ちゃん? グレースちゃん」

「……はっ!! はいっ!!」

「ごめんね、ちょっと動けなくて……注文お願いしてもいいかな?」

「もちろんです!」


 アメリアさんに呼ばれて、慌てて近づけば苦笑するアメリアさん。

 理解しました。これは動けませんね。正面に座るクロエさんもガン見している先には、しっかり絡められた手。たまに隊長さんがにぎにぎしてる。ギャップ。こんな一面もあるんですね……人は見かけによらないんですね。


 注文を伝えにキッチンに入れば、視線が集中した。


「お2人はなんて!?」

「えっ」

「「「注文!!」」」

「あっ、A定食2つでお願いします」

「「「了解ー!!」」」


 先輩方の勢いがすごい。自分たちが作った料理を、街の誰もが知っているような有名人に食べて貰えるって確かに嬉しいよね。


 他のお客様の注文に向かえば、竜人族のお2人と同じもので、という注文が多くて、キッチンに伝えに行けば言う前からA定食? と聞かれて笑ってしまった。常連ということもあって、毎回こうなのかもしれない。



「お待たせしました。A定食です」

「グレースちゃん、ありがとう」

「ありがとう」

「美味しそうー! ありがとう」

「いっ、いえ。ごゆっくりどうぞ。失礼します」


 隊長さんと目が合って動揺してしまった。目力が凄い……お礼を言われただけなのに、表情が変わらないから威圧感すら感じた。



「カミラさん、手、離しますね……そんな悲しそうな顔しないでくださいよ」


 思わず振り返ってしまった先で見たのは、さっきとは別人ですか? という程に悲しそうな顔をした隊長さん。


「あー、もう……私が奥に座りますから、1回出て……っ!!」

「はぁ、今日も最高……アメリアちゃん、ずっとそこでいいんじゃない? そうしてください!」


 配置を変えようと立ち上がろうとしたアメリアさんは手を引かれて、隊長さんの膝の上へ。隊長さんの片手はアメリアさんの頬に添えられ、反対の手はアメリアさんの腰に……

 あっま!! ここ外ですよ? お店ですよ? 2人きりじゃないんですよ??

 これ、2人きりの時ってどうなんでしょうね……?


「クロエたまにはいいこと言うね。リア、このままここにいたら?」

「たまには!? 毎日いいことしか言ってないですよ!!」

「なんでそうなるんですか……」

「美味しそうだよ。ほら、あーん」

「私もうお昼食べたんですけど……まぁ、1口なら」

「かわい」


 アメリアさんに食べさせる隊長さんは幸せそうで、そんな隊長さんを見て仕方ないなぁ、と受け入れるアメリアさんも幸せそう。

 ずっと見ていたくなるけれど仕事に戻らなきゃ、と気合を入れて動き出せば、周りのお客様達もそんな2人を見て幸せそうで、需要と供給が完全に一致しているんだな、と理解した。


 正面に座っているクロエさんが誰よりも幸せそうで、近しい人から祝福されているって素敵だな、って幸せのおすそ分けをしてもらった勤務初日だった。

 これからもしっかり働きつつ、2人を見守る一員になりたいと強く思った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る