17.婚姻届

 ヒロイン(アメリア)視点


「リア、起きれる? もうすぐお昼だよ」


 名前を呼ばれて目を開けると目の前にはカミラさん。

 え? お昼?? ぼんやりする頭で記憶を辿れば、昨日はひたすら甘いカミラさんが離してくれなくて、ほとんどの時間をくっついて過ごした。


 誰もが見惚れる美人な人が、私が少しでも離れると眉を下げて悲しそうな顔をするんだよ? 普段はキリッとしているカミラさんがしょんぼりすると物凄く悪いことをしている気になってくる。


 そんなカミラさんは今日も麗しい。

 昨日の夜はそれはもう大人の色気が凄かった。待つ、という約束は守ってくれたけれど、色々されたことを思い出しただけで恥ずかしい。


「おはようございます……」

「おはよ。リア、顔赤いけど」

「ちょっと色々思い出して」

「ふふ、可愛かったよ」


 隣に横になって微笑むカミラさんは余裕な表情。大人の余裕ってやつ?


「今度は膨れちゃって、何か不満?」

「いつも余裕だなーって」

「私が? そう見えるなら良かった」


 そう言うと優しい表情で頭を撫でてくれる。カミラさんに撫でられると落ち着く。


 今日はのんびりしてから婚姻届を提出しに行くことになっている。そういえば、カミラさんのご家族に挨拶をしていないけれど良かったのかな? もう番登録をしてしまったから事後報告になるけれど。


「あの、カミラさんのご家族への挨拶って……」

「ん? ああ、気にしなくて大丈夫。人族とは違って事後報告が普通だから。蜜月期間を終えてからの報告が一般的かな」


 色々と違うことが多すぎる。そういえばお姉ちゃんが番を見つけたらその日に登録が普通、って言ってたな。そのまま蜜月期間に入っちゃうって事だもんね……

 まずうちの家族に挨拶してくれたり、待ってくれたり、カミラさんは私に寄り添ってくれてるんだな、って改めて実感する。


「色々すみません」

「リアが謝ることなんてないよ」


 落ち込む私に気づいて、ぎゅっと抱きしめてくれる。抱きしめられるとカミラさんの胸に顔を埋める状態になって、自分との差に愕然とするのは何度目だろうか。不公平すぎませんか?


「カミラさん、ずるい」

「え、何が?」


 思わず口に出てしまって、カミラさんがきょとんとしている。美人でスタイルも良くて、笑うと可愛いくて何より優しい。最強じゃない? 欠点どこ?


「だって完璧じゃないですか」

「完璧って私が?」 


 なんでそんなに不思議そうなの?


「はい」

「かなり情けない所を見せてると思うけどな。昨日もリアに怒られたし」


 私に怒られた? 昨日夜ご飯を作っている時に後ろから抱きしめてくるから、危ないので向こうに行ってて下さい、って言ったことかな? 怒ったつもりは無かったけどな。


 思い出したのか、ちょっと落ち込んでいる気がする。


「あれはカミラさんが抱きついてくるからびっくりして……別に怒ってないですよ」

「ほんと?」

「はい」


 安心したように笑ってくれて、笑顔が可愛い。いつ見てもギャップがやばい。


「そろそろ起きますか? 離してもらえます?」

「えー。もうちょっと」


 離すのを渋っていたけれど、今日はご飯一緒に作りましょう? って聞いたら即起き上がってくれた。薄々気づいてはいたけれど、カミラさんって結構単純かもしれない。



「いただきます。うん、美味しい。リアのご飯はやっぱり美味しいね」


 昨日に続いて二回目だけれど、カミラさんが喜んでくれてよかった。こんなに喜んでくれると作りがいがある。


「カミラさんが作ってくれたのも美味しいですよ」


 料理を全くしない訳じゃないみたいで、安心して任せられた。ただ、細かい作業は嫌いらしい。



「ねー、リア。今日帰っちゃうの?」

「え? はい」


 ご飯を食べ終わってソファに座っていたら、カミラさんが床に座って見上げてくる。元々1泊の予定だったけどどうしたんだろう?


「リアに合わせるって言ったのにごめん。いつから一緒に暮らせる? 明日? やっぱりリアと離れたくない」


 普段はカミラさんの方が高いから私が見上げる側だけれど、カミラさんの上目遣い、やば……

 大人だから甘えさせてくれるけれど、こんな風に甘えてくれるとキュンとする。


「え、明日?」

「うん。なんなら今日からでもいいよ? でも今日から住める家あるかな? しばらくは宿でもいいけど」


 大分気が早い。カミラさん的にはかなり待ってるんだろうけれど。旅行に来た日も家に来ないかって言われたもんね。それにしても、今日から住める家って来てくれるつもりなのかな?


「カミラさんは騎士さんですし、他国に住む訳にはいかないと思うので私がこっちに住むのがいいのかな、と思ってました」


 さすがに国に仕える騎士さんが他国に住むって不味いと思う。


「それだとリアが仕事辞めないとだよ? すぐには辞められないんだけど、辞めたいって話はしてるし、私がそっちに行くから一緒に住も?」


 カミラさん、辞めたいって話してたの?


「辞めたいって話してるんですか?」

「うん。みんなも辞めるって言い出してエマが頭抱えてる」


 え? カミラさんが辞めるならついて行きます、的な感じ?? エマさんって副隊長さんだったよね? そりゃそうなるよ……


「でも、隊長さんですよね? 辞めちゃっていいんですか?」

「うん。リアより大切なものなんてないから」


 相変わらず真っ直ぐというか……そう言うなり隣に座って愛しげに見つめてきて、唇が重ねられる。

 ここまで想われることにまだ全然慣れない。そしてこの甘い空気にも全然慣れない……


「ちょっと時間ください……!!」

「分かった。それなら、しばらくは週末だけ家で一緒に過ごそう?」


 なんだかんだ、ちゃんと待ってくれるんだよね。


「はい」

「ありがとう。リア、好きだよ。大好き」


 あわあわする私を落ち着かせる気なんてないのか更に気持ちを伝えてくれるカミラさん……もう充分伝わってますから抑えて??


 カミラさんが離してくれなくて、一緒にいられる時間いっぱいくっついて過ごして来た時と同じように送ってもらう。


 入国の手続きをしてくれたのは多分前にカミラさんに見惚れていた騎士さんで、カミラさんと私を見て一瞬硬直し、今回も手続きを間違えていた。頑張れ。


「門番の騎士さん、なんだか凄く驚いてましたね。前と同じ人ですよね?」

「そうだった? よく覚えてるね」


 カミラさんに熱視線を送っていたからね。でもこの様子だと全く気づいていなさそう。

 好意を向けられるなんて慣れているだろうし、気づいていてスルーしているのかもしれないけど。



「婚姻の届出をしたいのですが」


 初めに婚姻届を出してしまおう、と手続きに来たけれど、何だか緊張する。


「はい。婚姻の届出ですね。失礼ですが、お2人がですか?」


 担当者の人が私とカミラさんを見て首を傾げている。2人とも女性だよね? っていう疑問が浮かんでいる。そっか、カミラさんは見た目は人族と変わらないもんね。


「番登録をしているんですが」


 プレートを見せれば納得したように頷いてくれた。


「お相手は他種族の方でしたか。プレートを貸して頂けますか?」


 プレートを渡すと、カミラさんの切れ長の目がすぅっと細められた。

 私に向けられる、柔らかく細められる視線とは全然違って威圧感すら感じられる。その証拠に担当の人がビクッとした。


「カミラさん、何か怒ってます?」


 見上げれば、一瞬で表情を柔らかいものに変えて、頭を撫でてくれる。


「あー、ごめんね。怖かった? 手続きに必要なのは理解してるんだけど。リア以外の手に渡るのは分かっててもちょっとね」


 これも独占欲なのかな? カミラさんの視線が逸らされて、担当の人がホッとしたように息を吐いた。

 私は向けられたことは無いけれど、カミラさんほど綺麗な人に無表情で見られると緊張するのは想像つく。


「怖くないですけど、カミラさんの無表情は違和感があります」

「ほとんどの人にとっては普通なんだけどね。元々表情に出るタイプじゃないから」

「うーん、表情豊かだと思いますけど」


 カミラさんは喜怒哀楽が分かりやすいと思う。怒りを向けられたことは無いけれど。


「リアにだけね」


 そう言われると悪い気はしない。というより嬉しい。


「すみません……こちらお返しします」


 ニヤニヤしていたら、カミラさんを気にしつつプレートが返却された。

 戻ってきたプレートを首にかければカミラさんが蕩けるように見つめてくる。そんなに見られると照れる。


「カミラさん見すぎです」

「リアが身につけてくれてるのを見ると幸せな気分になるんだ」


 そう言われると見ないで、なんて言えないじゃん。

 必要な書類を記入して無事に手続きが終わった。指輪も先に貰っていたし、手続きをしたからって何が変わったわけでもないから実感はないけれど。



「じゃあ、また来週迎えに来るね」

「はい。送ってくれてありがとうございました」


 家まで送ってくれて、名残惜しそうなカミラさんを置いて家に入るのはちょっと辛い。早めに答えを出しますからもう少し待ってくださいね。

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