仰げば尊死

tolico

推しは推せる時に推せ!


 だだっ広い敷地の小高い丘にそびえ立つ、真っ白な校舎の一室。

 講義が終わってざわつく教室の一角で、講義の内容もそこそこに、私、松永まつなが妙子たえこは軽く現実逃避をしていた。



「てぇてぇなぁ……」


 スマホの画面を見つめてしみじみ呟いた私を、訝しげな表情で覗き込む同じ大学の男子、小暮こぐれ。確か下の名前は燈也とうや

 ゼミが一緒で、取ってる学科も被るものが多く、何かとつるんでいる。


「……なんだって?」


「てぇてぇですよ。てぇてぇ。尊いってこと!」

「ならそう言えよな。何が尊いって?」


 呆れたように苦笑しながら小暮燈也は、未だスマホ画面に陶酔する私に聞いてくる。


 待ち受け画面いっぱいの笑顔の天使は、五年も前からの私の最推しの人である。

 ベビーフェイスで30代とはとても思えないその男子は、最近メジャーデビューを果たしたアーティスト。TKこと剣崎けんざき隆史たかしだ。

 インストメインの音楽プロデューサーで、メジャーデビューに際しプロダクションも立ち上げた。小柄だが締まった身体で、クラブハウスなどではDJをしながらダンスもする。


 高校時代から、バイトで貯めたお金は全て彼に捧げて来た。グッズは全コンプ、愛でる用と保存用に2つずつ。CDも勿論、保存用と聴く用に2枚ずつ。

 出演するライブは、フェスも含めて全通だった。


 一度大学にCDを持って来た時に、隣でたまたま同じCDを聴いていたのが小暮だった。

 高身長パーリーピーポー系のチャラ男に見えて、断然私の苦手なタイプだったが、TK好きに悪い奴は居ない。

 だから私は喜んで話しかけたし、夏休みには一緒にフェスだって廻ったりした。荷物持ちがいるとフェス廻りはかなり楽だということがわかった。

 小暮には大いに感謝している。


 そういえば小暮はTKとイニシャルが一緒である。羨まけしからん。小暮の苗字が貰えたら、私だってイニシャル一緒なんだ。

 そう言ってやったら小暮は。


「おい、松永妙子よ。迂闊なことは言うんじゃねーよ」


 と、大仰にしっしっと手払いをした。



 今日も今日とて、推しの素晴らしさを小暮に語る。


 曰く、常に低姿勢でいつも笑顔。そもそも最初に出会った時の、楽しそうに自分の楽曲を紹介していた無邪気な笑顔にやられた。

 音楽大好きですって全身で主張してた。可愛い。


 ライブハウスのフロアで会えば、必ず声をかけてくれる。

 DJ姿やダンスはそりゃあ真剣でかっこいいけど、時にはお茶目にフリを入れたり、おどけてみたり。それがまたギャップ萌えで可愛いんだ!


 SNSもフォロー返しされてるし、コメントしたらいいねも忘れない。リプ返だってしてくれる。ジャンクフード好きだったり変なお菓子紹介したり、子供みたいな無邪気さがたまらない。

 去年結婚したらしいけど、そんなことで推さなくなるなんてことは無い。むしろ奥さんが撮ったであろう写真が素晴らしい。

 最高である。奥さんにしか撮れない貴重なTKを拝めるしあわせ。感無量。

 分かるか小暮。


 そんな話を熱く熱く、熱量たっぷりにスマホの画像資料も交えながら語ったら、小暮はそっぽを向いてこう言った。


「お前の方こそてぇてぇわ!」



 なんでだ。





 一方、此方は小暮燈也。


 ひたすらに推しを語る松永妙子。小さくて可愛いのはお前の方だ。

 苗字くれとか告白か!?


 好きな事を全力で、瞳をキラキラと輝かせて語る彼女は、それだけでもう尊い。

 俺にとっての松永妙子はそんな存在だった。


 頼むから、顔が赤いのにはどうか気付いてくれるなよ?


 まだ、この距離感で。推しを推す、俺の推しを推してたい。

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