彗星

時津彼方

本編

 あの日、ちょうど西暦二〇〇〇年のあの日に降ってきた君は、ちょうど今日、二十一回目の誕生日を迎えた。



 俺は、彼女に笑いかける。


 誕生日おめでとう、って、柄にもなく口角を緩めてみる。ちょうど今のように、星がきれいに見える日。俺が無心で空を見ほうけていた時、ねがいごとをしていたわけでも無いのに、君は空から降ってきた。

 二十一年前の明日のニュースは、君の話題で持ちきりだった。俺もいくつかインタビューに答えたっけ。臭いことしか言えなくて、ほとんど使われなかったけどね。あれから何回か、天体観測が流行った時期があったけど、俺はあれ以来星を見てないんだ。都会に引っ越しちゃったからかな。都会は明るすぎて、すべての自然の輝きが消されてしまう。たまにこうして帰ってこないと病んでしまいそうだ。



 俺は持ってきたペットボトルを懸命に振って、炭酸の抜けたレモンソーダを彼女に分け与える。


 あれから何年か経ったけど、結局君のことは全然わからない。炭酸が飲めないっていうのは、数少ない君についての情報だ。あまりにもベールに包まれすぎて、UFOとかイエティとかみたいに、テレビ番組で特集が組まれそうなほどミステリアスな君は、一体どうして。どうして、降ってきたの?



 俺は、一つの花束を彼女に渡した。


 花の好みなんか、自分の親友のものですら知らないから、この季節に合うものにしたよ。絶対食べないでね。これは食用じゃないんだから。



 俺はまたねと言って、彼女の墓をあとにした。



 あの日、ちょうど西暦二〇〇〇年のあの日に彼女が自殺してから、ちょうど今日で二十一回忌だ。



*****



「ねえ、そこの人」


 俺が無心で空を見ほうけていた時、上から声が聞こえた。背を預けた、背の低いビルの上に、自分と歳が変わらないほどの少女が、こちらを見下ろしていた。


「何してるの?」


「夜風に当たってるだけ。ここは昔から、俺の縄張り」


「へえ、動物っぽいことを言うんだね。で、縄張りから出て行けって言いたいの?」


「いや、そんなつもりはない。好きなだけいればいい。」


「そっか」


 会話が途切れる。俺は持ってきたレモンソーダを飲み干し、そのまま前を向く。


「ねぇ、ここっていつもよく星が見えるの?」


「そうだけど、この辺りに住んでないの?」


「うん。家出してきちゃった」


「そうか」


 また会話が途切れる。俺は少し寒くなって、毛布にくるまる。


「何か言わないの?」


「全く。俺が口をはさむことじゃないだろ」


「そっか。君は他人に無関心なのかな?」


「そうかもな。最低限の交友関係しか持たないし」


「唐突だけどさ、君って何かねがいごととかないの?」


 ほんとに唐突だな。


「特にないな。君は?」


「私か……。もっと自由に生きたかったな、なんて」


「人生なんかまだこれからだろ。君は若そうだし、きっと自由に生きることができるさ」


「なんか臭いこと言うね、君」


「そうだな」


「あとなんでも肯定する。本当に他人に関心がないんだね」


「なんでだろうな。いつからだろう、こうなったのは」


 レモンソーダを、また一口飲む。その時に、上で彼女が聞き取れないほどの声で何かを言った。

 俺は何を言ったのかが気になり、ビルの上を見た。


 そこには彼女の姿はなく、後ろで同じ質量の何かが落ちる音がした。


―――ああ、そういうことか。


 俺は彼女に駆け寄る。


「……そ…………」


 彼女の口元に、耳を近づける。


「それ…………ちょうだい」


 彼女は震える指で、懸命に俺の右手のレモンソーダを指した。


「炭酸……ぬきで」


 俺はペットボトルを懸命に振って、炭酸の抜けたレモンソーダを彼女に分け与える。


「…………ありがとう」


 彼女はそう言って、目を閉じた。



 俺は彼女に毛布を掛け、手を合わせた。



*****


 君が生まれ変わってから、ちょうど今日で二十一年。

 輪廻転生が上手くいけば、今日が二十一歳の誕生日。


 君は今、自由に生きていますか。


 君が自由に生きること。

 俺の今のねがいごとは、それだけだ。


 どこかで流れている彗星に、俺は祈りをささげた。

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彗星 時津彼方 @g2-kurupan

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