壁にめり込んだ男:5 粒 影

 わたしは、目を閉じ、口を一文字に結び、鼻腔から静かに息を吸い込んだ。

 程なくして、わたしの瞼の裏スクリーンに無数の粒子が輝きだす。

 わたしの犬としての嗅覚によって形成された、匂いを根幹とする痕跡の宇宙トレパスだ。

 その光景は、色彩形状の多様な粒が、ヒトやモノの造形を現す幻想的で捉え処のないもの、と言えば近いかもしれない。

「相変わらずシュールな絵面だな」

「あ、あのぉ、このわんちゃんは」

 この時は聴覚も鋭敏となり、位置関係の補正に繋がっている。

 左側の、銀色の針状の粒影グリントがデニさん。

 眼前にある、同じく針状でくすんだ萌木色が主人だ。

 既知の情報から始まり、従業員クリーム色の綿状行き来した警官の残り香オーカー色の扇状のものが多い、室内に漂う建材やワックス幾何学的な図形型アルコールアメーバ状煙草結晶状と、漂う情報を精査してゆく。

「そろそろだ。静かに頼む」

 頃合いを見計らい、主人が注意を促した。

 恩に着る主人。

 では、始めよう。

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