シーン2 私はしくじった
「おい、顔はやめとけよ」
馴染みのあるラブホテルの一室。
ベッドの上で私を散々いたぶり、弄んだ男が疲れを滲ませた声でいう。
一方で私は、鍛えられた肩に竜の入れ墨が彫られた男に髪を掴まれ、分厚く大きい手を頬に打ち込まれていた。
「ガキのクセに大人に歯向かいやがってっ!」
裸の私をまるでゴミのように投げ捨てる。頬を強くぶたれた私は鼻っ先がひどくツーンとし、目元に涙を滲ませる。
私は見事にしくじった。呼び出したのはベッドの男で、見た目は優しそうなロリコンだとばかり思っていた。いつものコースかと思って街中デートをし、日が暮れる寸前にラブホテルに入った瞬間、この入れ墨男が現れた。
呼び出した男は態度を豹変させ、無理やり私を押し倒し、散々好きなようにいたぶった。その様子を入れ墨男が取り出したハンディカムとスマートフォンのカメラで撮影し始めた。屈辱だ。だが、大の男に叶うわけもない。男たちは避妊具もなしに性行為に及んだ。
交替するように入れ墨男が私に乗っかっているとき、呼び出した男は私の鞄を漁り、財布の中の金を抜き取っていた。止める手立てはなかった。文字通り、私は無力だった。
行為が終わったあと、二度目の行為に及ぼうとした入れ墨男を拒否したためにぶたれたのだ。
「いいか? お前がこれから稼ぐのに俺たちが手を貸してあげようって言ってんだ? お前、もし俺たちが殺人鬼だったらどうするんだ? そういう危険があるからこそ、俺達のような存在が必要なんだろうが?」
もっともらしい事をいう入れ墨男。強気な言葉が鼻につく。なんとか見返してやりたい。でも、私には睨みつける事しかできない。
「なんだその目はよ? あ? 言いたい事があるならなんか言えよっ!」
男はがなりたてながらごつい指で私の顎と頬を乱暴に掴み、顔を無理矢理突き合わせてくる。途端にタバコ臭い息が鼻をつく。
「おい、あまり熱くなるなよっ! 放してやれよっ!」
ベッドの男が立ち上がり、だらしない性器を見せつけるようにぶらさげながら近づいてくる。
「俺らはな、お前の母ちゃんに頼まれてやってるんだぞ? 随分娘思いないい母ちゃんだ」
そういうなり、男は枕元に置いてあったスマートフォンを取り、手慣れた手つきで操作して画面を見せつけてくる。そこには裸で喘でいる中年女の姿を映した動画だった。女の顔を見た瞬間、思わず全身が強張って眩暈がする。
紛れもない、ママだ。ママの目は虚ろで、身体が前後に揺れる度に情けない声をよだれと共に漏らしている。
「ほら、おじさんとママは仲良しだってわかったろ?」
これ以上見たくないのに、男は頭を押さえつけて無理やり私の目と鼻の先にスマートフォンを押し付ける。スピーカーから流れるママの途切れる声に、私はさらに吐き気が込み上がる。
突き付けてくる男の顔は畜生そのものだ。吐き気に耐え切れず、トイレに駆け込み、すかさず便器に向かって嘔吐した。吐しゃ物と同時に吐き出す呻き声に、背後から男たちの嘲笑が響く。
頭の中が混乱する。なんで? ママは私を裏切った? でもそれならこの男たちが私を知ってることに納得がいく。でも、どうして?
──ママ、コンナ風ニナッテル私ガ可哀想ジャナイノ?
ひとしき胃の中のものを吐き出し、震える指先でタンクのつまみをひねり、吐しゃ物を流した。口の中が胃液の酸っぱさが残り、ひどく不快であった。
大きな音を立てて渦の中に吸い込まれていく濁った水が、私の中のよどみを流すかのようだった。
逃げよう。まずここから逃げ出すが大事だ。
その為には服を着て、奴らの隙をついてここを出なければ。
憔悴した振りをし、ゆっくりと立ち上がりトイレを出た。出てきた私の様子から男たちはクスクスと憎らしい笑みを浮かべながら見据えてくる。
「わかっただろう? 俺たちはお前の味方だよ」
ニヤニヤと腸が煮えくり返りそうな笑みを浮かべる入れ墨の男。私は従順に従うフリをするために無言で頷く。「もう着替える」と消えそうな声で呟き、男たちに剥ぎ取られた服を手に取る。
私がのそのそと着替えている間、二人の男は先ほどの情事の映像をカメラに備え付けられた小さなモニター確認している。
着替えが終わった私はパンプスの踵を整えると、男たちの隙を伺い、一気に部屋の外へ続くドアへ駆けた。
「あ、おいっ!」
背後で怒声が響くがもちろん止まるわけがない。このラブホはよく使っていたからドアのロックの外し方から、建物の構造まで全て知っているのが幸いだった。
廊下に出た私は建物の外に出る非常口へと駆けこむ。背後では恐らく入れ墨の男だろう、追いかけてくる足音が聞こえる。
不摂生な生活をしているとはいえ、十代の私のほうが早い。全力で腕を振り、私は非常階段に続く鉄扉のドアを身体をぶつけて押し開ける。
開け放ったドアの向こうに広がる繁華街にはいつの間にかひどい土砂降りであった。でも今は降りしきる大粒の雨など気にしている場合ではない。カンカンと大きな音を立てながら階段を下りていく。
鉄のステップで足を何度か滑らせ、尻や背中を何度も打ちながら、私は階下へと駆ける。
「おいっ! 逃げられると思ってんのかっ!」
階上から入れ墨の男が叫ぶ声が届く。だが、追いかけてくる足音はしない。それでも必死に地上まで降り、背の低いフェンスをがむしゃらによじ登った。その頃には全身すり傷と打ち身でチクチクとした痛みが走った。
目の前には傘をさして往来する人々が溢れる繁華街が広がる。私は明かりを避けて、裏路地を駆けた。
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