君と嘘つき 8



 「……分かり、ました。シキさんと……その、稜さんという方の間に軋轢があること。そして、その方が宗田くんを……?」


 糸は先程まで僕の腕の中にいた所為もあって話を聞いている間も身体が触れそうなほどすぐ近くで見上げるような姿勢でいたが、話の途中から少しずつ後ろに下がり、今はまた、真っ直ぐに向けていた視線を、ついと逸らすのだった。


 まだ手を伸ばせば触れられる所にいる糸に、力なく垂れたままの腕を持ち上げることが出来ない僕は、ただ頷く。

「うん。稜のスマホには、宗田くんの姿があった。おそらく何処かに囚われていると考えて間違いない。ただ……場所を特定するのに時間的猶予は三日だと稜は言ってたんだ。つまり宗田くんは、まだ捕らわれてから間もないということなんだと思う」


 稜が無理矢理、力尽くで宗田くんをどうにかしたとは考えられない。そもそも稜はそんなタイプの人間じゃないからというのもあるが、だとしても宗田くんの方も稜のことを警戒していたことから、二人きりになってそんなことをさせるような隙を見せることはしないだろう。


 そうであれば……。


「声を……断れない状況に置かれて、声を掛けられたんじゃないでしょうか?」


「うん。多分そうだろうね。他の人の目のあるところで一緒に行くのを断れない、断りづらいことを言われたんじゃないかな。と、いうことはそれを見ていた人がいるということになる。塾の人達か、学校の友人か、とにかく宗田くんの姿は忽然と消えた訳じゃないのかもしれない」それとも誰もいないところで糸を囮に連れ去られた可能性もあるが、本人を前にしてそれを言うのは憚れた。いずれにせよ稜について行くしかない状況だったのは違いない。


「……スマホは、宗田くんのスマホは、きっと電源を切られてしまっていますよね? それはいつ頃でしょうか? 捕まってすぐ?」


 その言葉の後に続けて糸は、片方の頬に手を当て小さく首を傾げると、何かを思い出すかのように、ひと言ずつゆっくりと言葉を繋いでゆく。


「宗田くん……機種変するか悩んでるって話をしていた時に、その話のついでみたいな感じで……夏に入れた追跡アプリをまだ、そのままにしてるって……だから……『会いたい時は、それ見てオレのとこに、いつでも会いに来て良いんだよ』って冗談を、言って……わたしのスマホとは繋がっていませんよって言ったら、そっか、って笑ってました……『だったら二人で居る時は、四季さんに見られてたりするかもしんないからウソでも際どい所には行けないね』とか宗田くんが言って……『でも四季さんは、オレのことなんか見てやしないかって』……また笑って……だけど、気のせいかもしれませんが何故か寂しそうで。この話は冬休み前だったので、もしかしたらスマホ替えてしまったかもしれませんが……アプリは、そのままなんじゃないかなと思うんです」見つかりますよね?


 ……宗田くん。


「そうか……ソレすっかり忘れてた。今は連絡出来ないように稜に取り上げられているだろうけど、これで確かにある程度、宗田くんの位置を追跡出来る。運が良ければ電源も入れたり落としたりで、完全には落としてないかも……。突然、全く連絡が取れなくなるのは、不自然すぎるからね。まあ最初から予定されていた宗田くんの活動場所が、圏外となる所だったら話は別だけど」


「では警察には……?」


「人は飲まず食わずであれば二、三日しか持たないけれど水分があれば二週間。そこで稜が、三日間と言ったのには理由がある筈なんだ。つまり、その間は宗田くんが不在でも不自然ではない理由があるんだと見て良いと思う。その三日を過ぎたら以前のように、と光のことを匂わせたくらいだ」


「つまり……警察に連絡するのは」


「……三日、これから三日のうちに見つけられなかった時には直ぐに。いたずらに騒いでも周囲の人達を混乱させるだけだ。それにそうなった時に、万が一でも稜が極端な方法を取らないとも言えない」


「わたしの考えが間違いでなければ……」


 僕は、再び糸に向かって頷いて見せる。

「そうだと思う。僕の考えも君と同じだ。こんなことをしても無意識に稜は、僕に宗田くんを見つけて欲しいと思っているんだ。たとえ自分にはそのつもりはないと言い募ったとしても。そのうえ僕に、これはゲームだとまで言っている」だからこそ警察にはまだ言えないよ。


 そんな考えは、甘いのかもしれない。

 それでも……。


 その時、考え込む僕の耳に糸が囁くような声で、わたし……と言うのが聞こえた。


「あの……わたし、シキさんが分からないって言っていたことが、分かったかもしれません」


「え?」


 聞こえなかった訳ではない。驚いて糸を見れば、少し言い躊躇うように言葉を選びながらも、これは大事なことであるというように同じ話を繰り返すのだった。


「稜さんという方が、こんなことをする理由……それが、分かってしまったかもしれません」でもそれは、今はまだ言えませんが。


 それだけ言って唇を固く結んだ糸は、僕の方を大きな眼でじっと見上げる。

 ようやくまた、二人の視線が絡んだ。


 稜に会って話をしなくては。

 その為には、まず宗田くんを……。

 

「宗田くんを見つけよう。大丈夫……きっと見つかる。見つけてみせる」

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