一角獣とホワイトシチュー 13


 「なんだか、君らしくないね?」


 いきなり結論を出すのは、これまでの糸から見るとらしくない。そう思って口にしたものの、何を持って糸が彼女自身らしいとするかどうかなんて、分かりはしないのだから僕も大概失礼であると思う。


 そんなことを考えていたら「確かに、説明もなしに少し飛躍しすぎましたね」と糸が恥ずかしそうに笑ってテーブルに視線を落とした後、そのまま身体を硬くした。


「……高桜さん? どーしたの?」

 心配そうに宗田くんが糸の方へ首を傾げながらその視線を追った先に、婚約者の写真があることに気づいてそれを自分の方へと引き寄せる。


「あんな手紙書いちゃう小悪魔女子には見えないよなー。だから小悪魔なんだけどさ」


 しみじみ呟きながらその写真を眺めているのを見て、僕はあることに気づく。

 着物姿の女性が腰から上、椅子に座った格好で収められている。


「……この写真、斜めに椅子に座って撮られているけれど、あれ?」

 古い写真だからだろうか? 顔の片側半分が、影になり良く見えないのは。

 それに、糸が何か言ってなかっただろうか? 僕の眼の中に居る女性の顔に……。


「おそらくそちら側の頬に痣、があるんです。……そっか、そうかも。わたし、この女性が何度も手鏡を覗き込んでいた理由が、分かったような気がします。嫁すことへの不安も、勿論あったと思いますが、もしかしたらこの女性、顔に痣があるのを清一郎さんに知られるのが怖くて、何度も手鏡を覗き込んでいたんじゃないでしょうか?」


 素肌を晒した時に、どう思われるかしら。

 例え晒さなくとも、間近で見られたら分かってしまうのではないかしら。

 幻滅されたら、嫌われてしまったら、どうしましょう。


 だって化粧で誤魔化している痣も、手鏡でじっと覗き込むとそこには、ほら。


「でもさ、幼い頃に遊んだことがあるって話じゃん? 顔に痣があるとかくらいは知ってんじゃないの?」


「知らないんだろう。知っていても覚えてないとか。だから手鏡なんて贈ってるんだよ。それに、周りからも評判の美人というくらいだから、目立つものではないんだろうね。本人ばかりが気になって仕方がない、そういうことは多々あるものだし」


 たがら手鏡を頻繁に覗き込んでいたのだ。

 そして、絡め取られてしまった。

 自らの不安を映す手鏡の中へ。


「恩田さんの曽祖父? だったよね? 清一郎さんは、さ。その手鏡を持ち帰ってきちゃったわけじゃん? まあ、あるいはそれを譲り受けたかは知らないけど……それを……その手鏡を持って見たりしてないの? そんなこと書いてある日記とかなかったわけ?」


 突然に宗田くんから話を振られた恩田氏はあたふたと、テーブルに広げたばらばらの日記の中から何枚かを探しだすとそれを僕たちに差し出しながら言った。


「あるには、あるんです。ただ……何て言うかその……」


 差し出されたその日記を読めば、そこに書かれていたのは裏切られた、だの親の知らぬ間に別に想う相手がいたのではないか、だの駆け落ちを知って騙しているのではないかという記載に混じって、消えてしまった婚約者の持ち物を手にした男の僅かな感傷だった。

 


 『実に不思議だ。手鏡を覗き込むと、自分の顔に重なるようにしての人の顔が見えるのはどうしたものだろう。』


 また別の日にも似たような記載があった。


 『の人への執着心が、それを手放すのを拒み幻影の如く見せているに違いない。』


 何度か手に取り眺めはするものの、清一郎はそれほど長く感傷に浸ってはいなかった。

 もともとが現実的で鈍感、さらに言えばロマンチシストではないのだろう。

 幼い頃に知っているとはいえ、何度か手紙をやり取りしたとはいえ、ようは家の繋がりで婚約を交わしただけの相手。美人だからと浮かれもしたが、それだけのものだったというのが後々の日記を読めば手に取るように分かる。


 手鏡はやがて仕舞い込まれ、忘れられてしまうのだった。

 だが、風呂敷で包み手提げ金庫に仕舞い込むまでしたのは、いくら鈍感で現実的な清一郎でも何か気味の悪い物を感じていたのだろうか。


「なんか切り替え早くね? オレだったら……もう少し待つとかするけどね。それかもっと手鏡を不審に思うとかさ、あんな手紙貰ってたら……や、マジで」


 宗田くんはクズっぷりを擬態しているだけの意外にロマンチシストだということが分かって、僕は堪えきれずに小さく笑みを浮かべてしまう。

 そうなんだろうとは思っていたけど。


「……何? 四季さん言いたいことがあれば、言ったら?」

「別にないよ。特には、ね」


 宗田くんの不貞腐れた顔に、また少し笑ってしまうのだった。


「……手鏡に魂を抜かれてしまう……か。まさか、その中に引き摺り込まれるとはね」


 手鏡の中から誰かが掬い上げてくれるのを見上げた、長いながい時間。


「それでも、やっぱり手鏡を壊すことでしかこの女性を解放することは出来ないかもしれません。長らく鏡に囚われてしまったせいかどうかは分かりませんが、絹糸を視せることで誰彼構わず鏡の中へ引き寄せようとしているのだとしたら。

 それにシキさんの眼の中に視える女性の姿は、何を意味するんでしょう?

 シキさんは手鏡だけに留まらず、他の鏡に映る自分自身も真っ黒な人影にしか見えないというのは、つまり……」


「つまり僕はすでに手鏡に……いや、その女性に絡め取られつつあるんだろうね」

 

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