一角獣とホワイトシチュー 12
「……だとしたら」
糸は間に僕を挟んで座る宗田くんに向かって身を乗り出すようにして、言った。
「だとしたら、この女性は手鏡に閉じ込められてしまって、そこから救われたいと思っていると考えて良いんですよね?」
「ええッ? あ、うん。えーっと、そうじゃないのかなぁ〜って思ったんだけど……や、マジで?」
「だけど……どうしてこの女性は手鏡の中に……」
次の糸の一言で、そう呟きながらなんとなく手持ち無沙汰でテーブルの上に散らばる古い日記を集めていた僕の手が、止まる。
「わたし、シキさんが絹糸が視えるようになったと言われた時から考えていたことが、あるんです。
どうしてこの女性は、手鏡の中に入ってしまったのか。どうやったらこの女性を救えるのか……。
まず、この女性が手鏡の中に入ってしまったのは、なぜなのか。
それを考えるきっかけ、となったのは幼い頃に従姉妹がわたしに言った怖い話なんですが……耳から白い糸が出ているのが見えたので何だろうと思って引っ張ってみたら、ぷつん。目の前が真っ暗になってしまった……。
この話、聞いたことありませんか?」
突然、恩田氏が驚いたような、間の抜けたような声を出した。
「ああ……それ、知ってます。私の子供の頃に、そんな話が流行ったなぁ。もう随分と昔ですが、今でもそんな……都市伝説? って言うんですかね……へぇ……そうですか」
「それを、思い出したんです。その女性が覗き込む手鏡に絹糸のようなものが見えたとしましょう」
いつものように、胸元からすっと手鏡を取り出す。
左右に視線を泳がせ、誰にも見られていないことを確かめる。
そうしてからそこに映る自分を覗き込む。
もうすぐ娘時代が終わる。
何かが、変わってしまうの?
私は、変わってしまうの?
……。
あら何かしら。
髪が、一本。
嫌ね、落ちたのかもしれない。
そっと指で摘もうとしても、なかなか上手くいかない。
ああ、ようやく摘めた。
……?
一瞬、指に微かな引っ掛かりのようなものを感じたけれど、そのまま摘み上げる。
ぷつん。
「……気づいたら、闇の中」
落ちたのか……。
「手鏡の中に」
僕の腕にそっと温かな体温を感じた。見れば、そこには身体を寄り添わせる宗田くんが居る。えっと……?
「……こ、怖ッ。それからずっと、独りでその中に? ヤバくね? じゃあ、絹糸を視せているのはさ、その女の人? 視えてる糸を引っ張ったら……どうなんの? みんな手鏡の中に引っ張られて行くとか?」
「独りは、寂しい……ですよね」
「お、恩田さん? 何、なんなの? そんな突然、良い人みたいにって……いやいやいや、恩田さんも孤独だって言ってる? だからって鏡の中に入るとか言わないよね?」
「……まあ、そうですね。入ろうとは思いませんが……」
ちらと、風呂敷に包まれたままの手鏡に視線を動かした恩田氏は、そのまま黙り込む。
人は、誰しも孤独を飼っているのだ。
孤独は不安を生み、不安は孤独を増す。
その大きさの程度はあれ、飢えた孤独の糧になるのは寄生する人であり、また同時に飼い主である人を喰らうしかない。
どうであれ人は、孤独に喰われながら生きるしかないのだ。
「手鏡を見た時……僕は、その漆黒の闇の中に手を差し入れたいと……思ってしまったんだよね」
魅せられたのだ。
その闇に。
深い孤独に。
喰われても良いとすら思った。
「……孤独は、癒すことが出来ます。
それがたとえ僅かな間であっても、孤独に呑まれまいと抗うしかないんです。
どうしたってわたし達は、孤独と生きていかなくてはならないんですから」
糸の、きっぱりとした声が胸を打つ。
「……そして次に、わたしが考えていたのは手鏡に閉じ込められてしまった女性を救う方法なんですが、ひとつだけ」
手鏡を壊してしまうんです――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます