一角獣とホワイトシチュー 11
僕たちの座るテーブル席の周りにだけ、しんとした空気が張り詰めていた。
賑やかな店内が遠くに感じる。見えない壁が僕たちを隔てているようだった。
「……でも、恩田さんの眼の中には居ないんですよね」何ででしょう? と糸に可愛らしく小首を傾げた様子で見つめられた恩田氏は、顔を赤く染めて亀のように縮こまる。
「あ、分かった。四季さんのことが気に入ってるとか? 顔が良いしタイプだったんじゃね?」
「……宗田くん。なんだろうこの湧き上がる君に対する気持ちは」
軽く顰めた顔を向ければ、いひひと笑い返された。
「手紙を読んでも良いでしょうか?」
恩田氏が頷いたのを見て僕たちは、テーブルの上に頭を突き出すようにして並べられた手紙に目を走らせた。
昔の人の文字は、なんて読みづらいんだろうと嘆く宗田くんの呟きを半ば無視した形で僕は丁寧に文字を追っていく。
残されている手紙を読むと手鏡についての御礼状というよりもそれは、既に恋文といって差し支えないような言葉が
このような手紙を貰った方は、舞い上ってしまうだろう。
恋に酔っている者の無意識なのだろうか。
あるいは恋というのは花のように芳醇に香り、あまつさえ相手さえも酔わせてしまうのだろうか。
特にそれは『この手鏡を手にした時に私は、魂を抜かれてしまう運命にあったのかもしれません。』という一文である。
手鏡という言葉を清一郎に置き換えて読み取れば甘い恋の囁きでしかない。
この手紙を読んだ清一郎はおそらく、彼女は直接的には言葉にできない気持ちを綴るため、このように贈った手鏡に重ね合わせて清一郎とは運命にあると書いているのだと胸を高鳴らせたに違いなかった。
さらに続く、次の『清一郎さまに頂いた手鏡だからといって、そう夢中になって覗き込んでいては、それこそ本当に魂を抜かれてしまうと母に叱言を言われても片時も離さず持ち歩いては、何かの拍子に手に取って見るのをやめられないのでした。美しい手鏡を覗き込む時間が増えるにつれ、私が私で失くなってゆくようです。それでも手鏡が私を誘うのを諍うことが出来ずに、どうしても覗き込むのをやめられないのは、手鏡の向こうに清一郎さまがいらしているようで』云々。
まるで好きで好きで堪りません、と言っているようにもとれるこれらの文も、そのような含みを抜きで文字通りに素直にこれらを読んだらどうか。手鏡に既に魂を抜かれてつつあると言っているだけなのかもしれない。
受け取り方ひとつで恋の囁きにも取れるこの手紙は、だが実際には違ったのものなのかもしれなかった。
「この人、天然? なんなの? 気を持たせるのが、上手くね? 貰った手紙にさ、こんなこと書いてあったら間違いなく自分のことが好きだって言ってるって勘違いするよね」
「まあ、言っても婚約者だからね。恋に恋する年頃だし。滲み出るものがあっても不思議じゃないよ」
それを聞いても宗田くんは「いーや、間違いなく小悪魔タイプだ」と頬杖をつきながらテーブルの上にある手紙を睨むように見ているけれど……うん、何かあったんだね。
「手鏡に何が見えていたんでしょう? この手紙を読む限り、手鏡は普通に使えていますよね。今のように真っ黒な人型が見える訳では無さそうですし」
「そうだね」
「真っ黒な人型……。オレ思ったんだけど、それってもしかして自分じゃないんじゃね?」
「どういう意味なの?」
「だからー。手鏡の向こうに人がいて、こっちを覗き込んでるんだよ」
つまり、婚約者が消えたのは手鏡の中。
覗き込む人に助けて貰いたくて、向こうからこっちを見ているんじゃないの?
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