幽霊と綿あめ 10
「じゃあ、宗田くん後でね」
僕たちを……いや、浴衣姿の糸を名残惜しそうな目で見たあと宗田くんは、待ち合わせをしている友人の元へ去って行った。
その後ろ姿を見送れば、幽霊は相変わらず宗田くんと腕を組んで歩いており、前にも増して少しずつ鮮明になってきていた。
事務所の近くにあるこの寺社で昔から続いている夏のお祭りは、若者達のものというよりも、屋台を楽しみにしている子供達と盆踊りを楽しみにしているお年寄りがメインの、近所の人たちが賑わう、どちらかと言えばアットホームなものである。
もちろんこのような小さな寺社のお祭りでも、夏を目一杯に楽しむ宗田くんのような若者はあちこちに溢れていた。
浴衣を着てそぞろ歩く、孵化したばかりの蝶のような子たちも、それを振り返り見るそわそわとした素振りの青年たちも、それぞれにお祭りを楽しんでいる。
「盆踊りは、死者を供養するための念仏踊りが起源とか。それをいつ頃聞いたのかは忘れてしまったけど……そんなことを知らないまだ幼い頃から、こうやってお祭りに行く度に思うことがあってね? この沢山の溢れ返る人の中に、亡くなってしまった過去の人が紛れていても多分、分からないんじゃないだろうかって。だから僕は、なんとなく人波の中に、知った顔がないかと探してしまうんだよね」もう会えない筈の人の顔を……。
「いるかもしれません……きっと、多分、もしかしたら」
隣に並んで、僕の視線の先を見ている糸の横顔は、何を思うのだろう。
僕のように、会えなくなった人がいるのだろうか? そうならば、それはどんな人だろう、とぼんやり考えながら、なんとなく行き交う人を二人で見ていた。
「あ、アレは」
「宗田くんのストーカーに間違いありませんね」
写真に写っていた宗田くんのストーカーが、キョロキョロと辺りを見渡しながら歩いている姿だった。
浴衣姿で現れるかと思ったが、違うのは友達と連れだっておらず、一人だからだろうか。
彼女を見れば、時々手元に目を落とし、
「少し離れて、追いかけますか?」
声のする方を見下ろして、糸が浴衣姿だったことを思い出した。
いつもとは違う糸の姿が、夜だというのに鮮やかにくっきりと浮かび上がって見える僕の目は、どうかしてしまったようだ。
そんな浴衣姿の糸のため、と言い訳する自分にも気づかないふりをして言った。
「そうだね。……いや、まだもう少し……僕たちの待ち合わせの、盆踊りが始まるまでは時間もある。宗田くんの方は、コレで様子を見ながらあまり近づきすぎないにしよう。それに……せっかくお祭りに来たんだから、屋台を冷やかしながら歩こうか」
『コレ』と言った時に、糸に向かってお互い片方ずつしているワイヤレスイヤホンを指差し、
先ほど喫茶店に一旦、宗田くんに来て貰ったのには訳があった。
本人の了承を得て、宗田くんの
ただ、彼女もまた、
「もしかして、彼女に協力者がいるのでしょうか?」
「うーん。協力者ではないと思うけど、どうだろうね。知らず、協力者になっている可能性もあるかもしれない。宗田くんの友達は、あの子がストーカーだって知ってるのかな? 多分、知らないと思うよ。宗田くんは賢いから、自分に不利になること言ったりしないだろうしね」
「不利、ですか?」
「そうだよ。花火大会の時の心霊写真は、話題にもなるし宗田くんに何ら原因はない。だけど、ストーカーは? これだって本人とは預かり知らぬところで起こる事象だよね。でも、日頃の宗田くんを知る人は?」
成績も良く自分の見映えにも気を使っている宗田くんだけど、いくら本人の努力とはいえ、いかんせん、側から見れば遊び放題のその様子は、悪目立ち過ぎる。
友達だとしても、心のどこかで面白くないと思う瞬間は、あるはずだ。いや、友達だからこそ思うこともあるだろう。
アイツばっかり……と。
その時、ストーカーされてるなんて聞かされたら人はどう考えるだろう。
それが深刻なものだということは、知識として知ってはいても、実際のところ本人にしか苦しみなんて分からない。
だから……。
「モテ自慢かよ、って思ってしまうってことですか?」
「うん。……だね」それよりも、ザマアと思うかもしれない。
結局、人の不幸は蜜の味というやつだ。
もしかして宗田くんは、ストーカーされていることにどこかで気づいていて、それを写真に写った幽霊のせいにしたかったのかもしれない。まあ、実際に霊障があった訳だし。
――核心から目を背ける。
誰しもが無意識に、自分にとって恐ろしいものと向き合うのを避けているのは……。
こうして屋台を覗きながら、からんころん、と下駄の音を響かせる糸と並んで歩いているのは不思議な感じがした。
屋台と
人波を避ける度に、二人の肩が、手の甲が、触れた。
触れる度、音が消える。
気を取られ、景色が曖昧になる。
……何をやっているんだか。
たったそれだけの他愛のないことで、熱に浮かされたようになるのは、暑いからだと馬鹿な言い訳しか思いつかなかった。
その時、向こうから騒がしい一団が流れに逆らうように、無理やり人垣を掻き分け近づいて来るのが見えた。人に飲まれる……と、
「あの……はぐれてしまわないように」
薄く頬を染めた糸が上目遣いで、心持ち首を傾げ「掴んでいて、良いですか?」と言うその手を、引き寄せることは許されるのだろうかと、一瞬の逡巡の後。
「……良いよ」
僕は糸の手を取るかわりに、ポケットに親指を引っ掛けた――。
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