道化師と林檎パイ 2
その写真に映っていたのは、並んで歩く僕と糸の二人の姿だった。
それは僕に向けて顔を上げた糸と、少し覗き込むようにして彼女に向かって微笑んでいる僕の姿を切り取った瞬間。
「ふッ。……ハハッ。あはははッ」
膝から力が抜けた。
ふらふらとソファまで歩くと、身体を投げ出す。しばらく顔を覆っていたその手に握られたままの
そこに映し出された僕の感情を。
目の前に突きつけられた現状を。
「……参ったな」
仰向けに寝転び、顔の上に腕を置く。
そこにある糸に向けた僕の眼差しを見れば、どんな言い逃れも無駄だと分かる。
隠していた。
抑えていた。
その筈だった。
……本当に?
再び
そこに表示された一文。
『コマドリを殺すのは?』
ああ、そうだ。
誰かなんて分かっている。
こんなことをするのは、一人しかいない。
……
――僕が、
そう……今の糸と同じ年齢の僕だった。
誰にも興味を持てない糸と同じく……いや、違う。糸は僕と違って他人に興味がなかったわけではない。糸は『自分の感情は自分だけのもので、他人と共有するものだとは考えていなかった』だけだ。
それにひきかえあの頃の僕は、単に誰のことにも興味が無かったのだ。
それは僕自身でさえも同じ。
空っぽの自分を持て余していた時に出会ったのが
ひと言で言えば、
恵まれた外見と傑出した知性が備わってはいたが、善悪とは彼岸にあるようなところがあった。
善悪?
だが善悪とは、何だろう。
一般的に善悪とは、集団においての行為や事柄を客観性を持ってそれが望ましいものであるか否かを総合的に判断したときに生じるものであるが、本来その特定の基準はどこにもない。
それだからこそ当たり前ではあるが、
それがいかに世間からは遠く離れたものであるとしても。
その危うい魅力は、彼を彼たらしめるものの一つだった。
あの日、教室の窓が閉まっていたら、お互いに気づくことなく高校生活も、その後もまた、すれ違ったままに過ごすことになったのだろうか。
それともあの日でなくとも、いずれ僕たちは出会ってしまったのだろうか。
今となっては、分からない。
春の突風が、教室の白いカーテンを船の帆のように大きく揺らす。
窓際の前後に座った僕たちは、その帆のように風を孕んだ邪魔なカーテンを押し返そうと反射的に手を上げ、突如として巻き上げられたプリントを目で追いながら僕は振り返る。
視線が、かち合った。
その瞬間。
互いの中に暗い空洞を見たのだ。
「おまえの名前、四季って言ったよな?」
風が収まった後の床に落ちたプリントを集めながら
「似た者同士上手くやろうな」
その通り、僕と彼はよく似ていた。
実際違うのは、空っぽの身体の奥にぬめりと横たわる狂気を、表に出すか否かというところだけ。
――
僕の最悪な親友。
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